27 死の前の憂鬱
青松の後始末が終わるのに、さほど時間は掛からなかった。午後七時頃には青松兄が到着し、変わり果てた弟の姿を見て泣き崩れる。そのまま入院治療費の精算などを任せ、それで終わりだ。税金滞納のことも伝えておいた。葬儀は地元で行うということで、青松とはこれでお別れとなる。
午後九時頃、全てを終えたたかしと赤沢は病院を後にする。
「俺たちだけになっちまったな……」
思わずたかしはつぶやいた。ほんのちょっと前まで、ここに青松も白鳥もいたのだ。今はもう、たかしと赤沢しかいない。
次はたかしの番だ。青松に「もう戦わない方がいい」と言われたことは気になるが、この期に及んで途中下車はできない。勝手に青松の命を使った分も、たかしがやらねば。
赤沢は立ち止まり、まっすぐ前だけを見て、言った。
「……次は私の番だ。次こそ、私が戦って死ぬ。私はずっと死に場所を捜していた……!」
かっこいいことを言っているようだが、赤沢の顔は青ざめ、体は小刻みに震えていた。
命を大事にしろと怒る気力も湧かない。たかしは赤沢の頭をポンポンと叩いた。
「……無理すんな」
「だめだ。次で死なないと、私は誰にも必要とされないままになる……!」
何かの強迫観念に囚われているようで、赤沢は真っ青な顔をして震え続ける。たかしは声を荒げるでもなく淡々と言う。
「白鳥と青松を見たろ? 死んだら何も残らないんだ。みっともなくても、生きる努力をしようぜ」
半分は自分に向けた言葉だった。〈無職大将軍〉を使う展開になれば死ぬのはたかしだが、そうならないよう最大限がんばる。そのつもりで戦わないと、きっと心が折れてしまう。死ぬのは怖い。当たり前だ。
しかし、たかしの思いは赤沢に届かない。
「それでも私は、戦いの中で死ぬしかないのだ……!」
「あっ……おい!」
赤沢は瞳から大粒の涙をこぼしながら走り去った。たかしは意味もなく赤沢に向けて手を伸ばし、立ち止まる。こんなとき、どうすればいいのだろう。童貞で、彼女いない歴=年齢で、まずもって友達さえいないたかしにはわからない。
何もすることができず、たかしは赤沢を見送った。
○
翌朝の目覚めは最悪だった。夜、冷え込んでいたせいか頭が痛い。たかしは半分が優しさでできている頭痛薬を飲んでもう一度横になりつつ、テレビをつける。このまま二度寝して治療に専念したいところだが、あいにく今日は大学に行かなければならない日だ。
普通に行けば次はたかしが〈無職大将軍〉に乗って死ぬ予定なので、大学に行っても仕方がない。しかし家に一人で引き籠もっていると気が変になりそうだ。
どうしてだろう、無性に母か妹の声が聞きたい。普段なら電話が掛かってきただけでイライラするのに。たかしは実家に電話をしてみるが、やはりつながらないし携帯も着信拒否のままだった。たかしは携帯電話をベッドの脇に放り出し、テレビに目をやる。
テレビはニート戦隊と怪人軍団の話題で持ちきりだった。なぜか栃木の山奥に現れた〈無職大将軍〉のことも合わせて報道されている。
今のところ、被害らしい被害は地下駅の崩落だけなので、わりとおもしろおかしく取り上げられている。テレビでは、大金持ちによるイタズラという説が有力になっていた。無論、警察や自衛隊はそんなレベルの話でないことを把握している。
「……駅で発見された遺体の身元が判明しました。遺体はT市在住の平田浩介さんで……」
今のところ、世間で一連の事件の犠牲者と思われているのは、崩落した駅で見つかった変死体だけだった。一体目のデモシカシの素体になっていた人間のようだ。
たかしはテレビを消す。そろそろ時間である。体調は少しマシになってきた。面倒臭いが大学に行こう。
一年生に混じって必修講義に出席した後、たかしは研究室に顔を出す。
「ゼミがない日に君が来るなんて珍しいじゃないか」
「ええ。ちょっと……」
吉田先生はたかしの来訪に驚いていたが、歓待してくれた。たかしは煙草をくわえた吉田先生としばらくの間雑談する。
「……しかしさっきからずっと浮かない顔をしているねえ。何か悩みでもあるの?」
吉田先生に尋ねられ、たかしは逡巡する。まさか「もうすぐ死にます。お世話になりました」とは言えない。代わりにたかしは訊いた。
「……人生には、意味がありますか?」
「唐突だねえ。いったいどうしたの?」
吉田先生は苦笑し、灰皿に煙草を突っ込んで火を消す。そして新しい煙草を取り出して火をつけ、あっさりと答えた。
「人生の意味ね……。そんなものはないよ」
「……ないんですか」
「うん、ないよ」
吉田先生は煙を吐き出し、たかしに問う。
「君、死んだらどうなると思う?」
「どうって言われても……」
異世界に転生してチートでハーレムになればいいのにと思う。だが、そんなことはありえない。吉田先生は言った。
「どうもならないんだよ。ただ、戻るだけだ。自分が生まれる前の世界に」
たかしが生まれる前も、世界は変わらず動いていた。たかしがいなくなっても何も変わらず、世界は動く。たかしは何者でもなく、何もない。何も、何も、何も。
「だからって死んじゃだめだ。そういうニヒリズムは、先人たちがすでに何度も通過しているのだよ。哲学書を読むといい。人生の意味なんて考えるのが馬鹿らしくなってくる」
でも、もうたかしに哲学書を読んでいる時間はなかった。たかしは遅すぎたのだ。
「受け入れなさい。その上で、ニヒリズムに逃げるのではなくニヒルに生きなさい。そうすれば、人生はよくなるよ」
先生の言葉は、たかしにとって酷く重く感じられた。




