26 奇跡
気付けばたかしと赤沢は〈無職大将軍〉のコクピットに出現していた。バラエティ番組のセットのような空間で、たかしはゲームのコントローラー型の操縦装置を掴む。
「ここはどこだ……?」
たかしは前面モニターの映った風景をしげしげと眺める。どこか山奥の採石場か何かのようで、ところどころに砂利の山が積まれていた。そこそこの広さがあり、〈無職大将軍〉が大股で十歩くらいは歩けそうだ。
ナマポンが説明する。
「街中で戦うと危ないので、人気のない場所に転送させてもらいましたァァァァァ!」
「何余計なことしてるんだよ!」
せっかく怪人どもを一網打尽にするチャンスだったのに。おまけに、人気がないところだと敵が自由に動けてしまうではないか。
「よくやった、ナマポン!」
赤沢はナマポン側に走る。どうやらたかしの味方はいないようだ。
「……青松の命を使わせてもらうのだ。後ろめたいことはやらず、正々堂々戦おう」
「ったく、しゃーねーなぁ!」
若干ふて腐れながらもたかしはコントローラーを操作し、〈無職大将軍〉を動かす。モニターには殴りかかってくるデモシカシの姿が映っていた。〈無職大将軍〉はカウンター気味にパンチを繰り出し、デモシカシを吹っ飛ばす。
ちなみに、コクピットに青松の姿はない。病院の青松と直接バイパスを繋いでいるため、無理に搭乗させる必要がないのである。
前面大型モニターの画面の端にコマンドリストは表示されていた。白鳥と違ってたかしなら〈無職大将軍〉を十全に操れる。負ける要素はない。
〈無職大将軍〉はデモシカシを追いかけ、蹴りを見舞った。たまらずデモシカシは距離をとる。たかしはまた追撃し、息をつかせない。
「どうして、青松が死ななきゃいけないんだよ!」
たかしはレバーをガチャガチャと操作しながら吠える。デモシカシとの戦いは、半ば八つ当たりだった。
青松は確かにクズだ。働きもせずバカみたいにネトゲに夢中になって推定百数十万円を溶かし、税金を滞納して脱税までしていた。それでいて生活保護を申請するのである。こんなのが通るなら、働くのなんてバカバカしい。一般市民の生活保護不正受給民やニートへの風当たりが強いのも当然だ。たかしだって、青松がダメ人間のクズ野郎だと思う。
それでも、赤沢が言った通り、死ぬほど悪いやつではなかった。ニート戦隊の活動には一応真面目に参加していたし、白鳥が死んでたかしが取り乱す中でも冷静にやるべきことを整理し、ニート戦隊を立て直した。
もしも青松が無事に戦いを終え、日常へと戻っていたらどうなっていただろう。昏睡状態の青松が普通に目覚めたら、という想定でもいい。
多分バカだから全くの一文なしになるまでネトゲに金を使い続けたに違いない。きっと青松は生活保護の申請をするが、余裕で却下だ。働けない人でなければならない、という条件に引っかかる。たかしよりよっぽど精神状態も安定しているので、精神病の認定も受けられないだろう。
万策尽きたとき、青松はどうしたか。たかしは、案外青松は普通に社会復帰したのではないかと思う。自殺するほど追い詰められているようには見えなかったし、コミュニケーションが成立しないレベルで変人でもなかった。
青松は元々、以前の会社で一年目には評判よく働けていたのだ。非正規ならいくらでも働き口を見つけられただろうし、運が良ければ正社員なり公務員なりになれたかもしれない。
希望的観測かもしれないが、ニートの末路なんてきっとそんなものだ。普通に社会復帰して、人並み以下ながらも働き続ける。そんな人生が青松には待っていた。
でも、今日この日をもって青松の未来は閉ざされる。たかしが青松を殺した。ふざけた怪人を倒すために。青松には、何も残らない。
「だから、ぶっ殺してやる! おまえを!」
全く文脈が繋がらないが、どうでもいいことだ。とにかく、叫んでいないと頭がおかしくなりそうだった。無意味に叫んで、吠えて、たかしが青松を殺すという事実を塗り潰す。その作業に比べればデモシカシの相手など、赤子をあやすより簡単なことだ。
デモシカシは的を絞らせないよう頭を揺らしながら近づき、ジャブを打ってくる。でもたかしは上体の動きに惑わされず、カウンターでデモシカシの脚部にローキックを当てる。デモシカシは下半身に注意を払うようになるので、今度は頭部を狙ってパンチだ。ボクサーは上下のコンビネーションで攻略する。何かの格闘マンガで読んだので間違いない。
ただ、デモシカシはボクサーではないので体の正面だけ打ってくるということはない。そのうちにデモシカシは〈無職大将軍〉の周囲を走り回り、側面や背後からの攻撃に徹するようになる。ボクシングなら反則負けだが、実戦なので許される。
たかしが生身でこれをやられたらとても対応できなかっただろう。しかし〈無職大将軍〉はロボットである。
「ナマポン! モニターに全周囲の風景を映してくれ!」
「了解しましたァ!」
ナマポンの操作で、大型モニターの脇に側面、背後の画像が映るようになる。ガンダムに見られるような球形コクピットの全周囲がモニターになっているシステムなど、非効率だ。いちいち振り向かなければ後ろが見えないではないか。前だけの一枚モニターに、側面や背後の画像を映せばいいだけである。
たかしは側面や背後が見えていないふりをしてしばらくデモシカシに攻めさせ、デモシカシを勘違いさせる。デモシカシは調子に乗って真後ろから大きく拳を振りかぶって殴りかかってきた。ここで、カウンターでコマンド入力である。
「電光後ろ回し蹴り!」
たかしが技名を叫び、〈無職大将軍〉は全く後ろを振り返らず派手に体を回して、後ろ回し蹴りを決める。〈無職大将軍〉の蹴りは見事にデモシカシのみぞおちに入り、デモシカシは腹の辺りを抑えて苦悶する。
「さぁ、決めるぜ、赤沢!」
このチャンスを逃さない。たかしは複雑なコマンドを一気に入力し、必殺技を発動する。たかしと赤沢は叫んだ。
「「無職両断! 豪炎唐竹割り!」」
炎を纏った刀でデモシカシは真っ二つになり、燃え上がった。
○
全てが終わった後、たかしと赤沢は病院に向かった。患者は怪人たちが起こした騒ぎがあったため全員避難済みという話だが、青松はどうなったのか。行方を訊いて、遺体を引き取らなければならない。
病院に残っていた関係者を捕まえ、患者の避難先を尋ねる。青松の行き先はすぐに判明した。市内の別の病院である。意識不明の重傷患者ということで、遠くまで動かせなかったのだ。
たかしと赤沢はバスを使って病院を訪れる。すっかりたかしと顔なじみとなった看護師が移送先の病院にいた。話が早く済みそうだ。
「あの、青松は……?」
今頃、もうこときれていることだろう。遠慮がちにたかしが尋ねると、看護師は嬉しそうに報告する。
「先ほど、目を覚まされたんですよ。まさに奇跡としか言いようがありません……!」
今さら奇跡が起こってどうするというのだ。青松の命は、たかしが使ってしまったのに。
たかしの胸中を察せるはずもない看護師は、さらに続ける。
「それから、青松さんのお兄さんから連絡がありました! 今回の事件を聞いて不安になったそうで……。今、こちらに向かっています」
全てが終わった後に、全てはいい方向に転がり始めていた。たかしが悪いのか? たかしが青松でなく、自分を犠牲にしていれば、青松は幸せになれたのか?
いずれにせよ、もう遅い。全て終わってしまった後で、取り返しなんかつかない。今、元気になっていたとしても青松はすぐに死ぬ。
ここで面会を拒絶して、青松と会わないという選択肢もあった。でも、たかしはそれを選ばない。いくらなんでも無責任すぎる。自分でやったことの始末は、自分でつけなければ。そうでないと、自分を許せそうにない。ニートらしからぬ責任感だが、たかしはそう思った。
「こちらの病室です」
看護師の案内に従い、青松の病室にたかしと赤沢は入室する。看護師は一礼してその場を離れた。
ベッドに腰掛けたパジャマ姿の青松は、幽霊でも見ているかのような目でたかしと赤沢を見上げる。
「黄山と赤沢……? 俺は、いったい……? あの怪人と戦った後、どうなってたんだ……?」
青松は何が何やらわかっていないようだった。たかしは説明する。
「おまえは重傷を負って、ずっと眠ってたんだよ。あの怪人は一回倒してたけどマスクを再利用されて復活して……また俺が倒した。中の人は、おまえの昔の上司だった。巨大化されたから、〈無職大将軍〉を使って倒した」
「黄山、じゃあおまえは何で生きてるんだ?」
青松は当然のように疑問を口にする。たかしは、答えるしかない。
「おまえがほとんどマスクを破壊してたから、おまえのニート力を使うことができた。おまえは、死ぬ」
「そうか、俺は死ぬのか……」
青松はたかしの宣告を、いたって平静に受け入れた
「……悪い。俺のせいで、おまえは死ぬ」
「謝るなよ。怖くなるだろ。ただただ、実感がないんだ。本当に俺は死ぬのか? 全然そんな気がしない。体だってピンピンしてるし……」
たかしもそう思う。青松に特別変わった様子はなかった。でも、死ぬのだろう。突然、白鳥が倒れてしまったときのように。多分、一時間もしないうちに。
「何か、言い残すことはあるか?」
夜には、青松の兄が到着する予定になっている。遺言があるなら、たかしが伝えよう。
「何も、ないな。俺にはずっと、何もなかったから。俺は何もないまま死ぬんだ……。俺の人生に、意味はあったんだろうか?」
青松はうつむいて震え始める。たかしは思わず目を背ける。
そして青松は、最後に顔を上げて言った。
「だけど、一つだけわかったことがある。黄山はもう戦わない方がいい。赤沢に全て任せるんだ」
「は? おまえ、いきなり、何言って……」
「多分、残っている怪人は……」
そこまで言って、青松はベッドから崩れ落ちる。たかしは慌てて駆け寄り、青松を抱え起こす。青松の心臓はもう、動いていなかった。




