20 青松の過去
青松がかつて勤務していた会社の対応は、冷たいものだった。たかしが電話してみると、そんな社員はいないと言われ、不審電話かと疑われた。たかしは青松が事故で意識不明になっているという事情を説明し、何とか青松の元上司と面会する約束を取り付ける。
たかしと赤沢は病院に寄って入院証明書、手術証明書を書いてもらい、それから電車に乗って東京の会社を目指した。たかしが東京に行くのは何年かぶりである。赤沢も受験生のくせにここ数年はないと言っていた。東大は足切りされて二次試験を受けられていないらしい。最寄り駅は昨夜の戦闘で崩壊しているため別の駅に行かなくてはならず、結構時間が掛かった。
たかしと赤沢は念のためネットで調べて印刷してきた地図を見ながら、東京のビル街で目的の会社を探す。会社は築三十年ほどと思われる古いビルの三階にあった。たかしと赤沢は受付に声を掛け、青松のかつての上司、和田課長と面会する。和田課長は細身の眼鏡を掛けた初老の男性だった。
たかしと赤沢は別室に案内され、和田課長に入院証明書、手術証明書を手渡した。五十歳前後と見られる和田課長は白髪交じりの頭を掻きながらたかしが出した証明書を確認する。
「これは本物ですね……。疑ってしまって申し訳ない」
「いえ……。それより青松の家族の連絡先を……」
たかしが求めると、和田課長は一枚のメモ書きを出した。
「彼は西の方の出身で、実家は奈良県になります」
メモには青松の実家の住所と、電話番号が記載されていた。とりあえずここに連絡を取ってみる必要がある。続いてたかしは訊く。
「えっと、健康保険の方はどうなるんでしょうか?」
「もううちの社員ではないので、うちの組合の保険証は使えないですね。今は働いていないということですから、ご両親の扶養に入っているか、国民健康保険に入っているかでしょう」
「コクミンケンコウホケン……?」
たかしが首を傾げると、和田課長は苦笑いして教えてくれた。
「会社勤めなら社会保険に入れるのですが、自営業や定年退職した人は市役所の健康保険に加入するんですよ」
多分、常識に属する事柄なのだろう。日本は国民皆保険制なので青松も何らかの保険には入っているはずである。たかしは急に恥ずかしくなってうつむいた。
「詳しい彼の状況を教えていただけますか?」
逆に和田課長に訊かれ、たかしは青松の容態について話をする。特に脳挫傷が重く、目覚めるかどうかわからないとたかしが言うと、和田課長は沈痛な面持ちでうつむいた。
「そうですか……。一日も早く回復することを願っています」
こう言ってはなんだが、普通に心配されて拍子抜けだ。青松はブラックなところだと言っていたし、たった二年で辞めているということでもっと冷たい対応をされるかと思っていたがそんなことはなかった。
たかしはおそるおそる尋ねてみる。
「働いているときの青松って、どんな感じだったんですか……?」
和田課長は遠い目をして語る。
「一年目は真面目でねぇ、誰よりも早く来て誰よりも遅く帰ってましたよ。お客様の評判も上々で、よく褒められていました……」
青松は営業職だったが、飛び込みで色々なところを回るわけではなく、決まった顧客の元を回って年次の契約更新を行ったり、新製品をセールスしたりする仕事をしていた。新人としては業績も上々で、将来の幹部候補生として期待されていたという。
そんな青松が変わってしまったのは二年目だった。遅刻が多くなり、出先からなかなか帰ってこない。ネットカフェでサボっていたという事実も発覚し、社内で処分が検討された。そのうち青松は出社しなくなり、無断欠勤ということで解雇された。
「何があったのかわからないけれども、彼を更正できなかったのは私の責任です。本当に、元気になってくれればいいのだけれど……」
和田課長は本当に申し訳なさそうな顔をしていた。こんなに心配されているのに、なぜ青松は会社を辞めたのだろう。
思い出したように和田課長は尋ねてくる。
「ところで、彼から平田係長のことは聞いていないですか? 平田君は青松君の指導係をしていたのですが、ここ一週間ほど行方不明になっているんです……。すでに警察に届けは出しています。何か青松君から聞いていないですかね? どんなことでもいいので、手掛かりがあれば……」
こちらはこちらで大変なようだった。たかしは何も知らない。
「ごめんなさい、何も聞いてないです……」
たかしと赤沢は、会社を辞去した。
会社を出てすぐ、たかしは青松の実家に電話してみる。しかし繋がらなかった。今は昼間なので、家にいないのかもしれない。
たかしは帰宅し、午後七時を過ぎたところでもう一度電話する。今度は若い男が電話に出てくれた。
『もしもし、青松です』
「すみません、私は黄山というものですが。正男君のことで話が……」
正男というのは青松の下の名前だ。青松の名前を聞いた電話の相手は、一気に声を固くする。
『正男……? 正男が何か、迷惑を掛けたんですか?』
「いや、そういうわけじゃないんです。実は事故に遭って意識不明の重体で……」
そこまでたかしが話すと、青松の家族は半ば悲鳴のように言った。
『うちは関係ありません!』
「は……? いや、何を言って」
『正男はうちともう縁を切っているんです! うちには電話しないでください!』
ガチャリと電話が切れる。たかしには全く意味がわからない。置いてけぼりだ。
たかしは仕方なくもう一度電話を掛けた。なかなか出ない。二十秒ほど電話を鳴らし続け、ようやく青松の家族は電話に出る。
『……もしもし』
「えーっと、もしもし。あの、正男君が本当に大変なんです。どうか話だけでも聞いていただけませんか」
『言ったでしょう? うちは正男ともう縁を切ってるんです!』
「そこを何とか……」
どうにか相手をなだめすかし、たかしは青松の家族から話を聞く。
電話の相手は、青松の兄だった。何でも三年前に青松は実家と大喧嘩し、縁を切ってしまっているらしい。
『……正男は奨学金の始末を俺たちに押し付けて、自分は就職もせずブラブラして……。担保にしてた家と土地をとられる寸前までいったんだ。それで母さんが自殺未遂して……』
「……でも、正男君は今死にかけてるんですよ?」
『だとしても、俺たちはもう正男とは関わらない。金輪際、連絡はしないでくれ。この件を知ると、また母さんの調子がおかしくなるかもしれないんだ……。正男に何があったとしても自業自得だよ』
青松の兄はそう言い切って電話を切った。これはとりつく島がない。
「俺にどうしろっていうんだよ……」
ため息をつきながらたかしはベッドに寝転がった。




