14 ブラック企業は雇用契約書を作らない
心肺停止の状態に陥っていた白鳥はすぐに救急車で病院に搬送されたが、一時間後、死亡が確認された。たかしたちにできることなんて何もなかった。ただ呆然と立ち尽くしていただけである。あれよあれよという間に白鳥の親戚が病院に集まってきて事後処理を始め、たかしたちは半ば追い出されるように病院を後にした。
人気がないところまで行ってから、たかしは怒りを押し殺し、努めて冷静な声を作って赤沢を問い質す。
「どういうことだよ……!? おまえ、何か知ってるだろ……!?」
赤沢はふて腐れたような顔をして小さくうなずく。
「……〈無職大将軍〉は主操縦者のニート力を極限まで増幅して動かしている。なので主操縦者となれば、その負担がのし掛かる。操縦している間は〈無職大将軍〉のシステム補助でごまかせるが、〈無職大将軍〉から降りると……」
負担が一気に襲い、主搭乗者は確実に死んでしまう。
たかしは赤沢の胸ぐらを掴んだ。
「ふざけんなよ……! なんで黙ってた!」
どうしていつも赤沢は怪人にとどめを刺す段になると、躊躇していたのか。その答えがこれだった。ラストアタックをとると、〈無職大将軍〉の主操縦者に選ばれ、即ち死んでしまう。
「だから私がやろうとしたんだ!」
目に涙を一杯にたたえ、赤沢はヒステリックに叫ぶ。思わずたかしは拳を振り上げる。
「そういう問題じゃねえんだよ、バカヤロー!」
知っていれば、たかしたちは何が何でも敵の巨大化を阻止する方向で動くことができた。何も知らずに白鳥が死ぬこともなかった。赤沢は何もできていない。
たかしは感情のままに拳を振り降ろそうとするが、青松に止められる。
「訊く相手が違うよ。ナマポン、いる?」
冷静に青松はナマポンを呼び出した。青松はナマポンに訊く。
「……どういうこと? 勝って死ぬ可能性があるなんて、俺は聞いてないけど」
「そりゃあ言ってないですからねェ。でも仕方がないじゃないですかァ。余計なこと言うとあなたたち、逃げ出しそうですし。この時代で〈無職大将軍〉を動かすには、こうするしかなかったんですからァァァァァ!」
ナマポンは全く悪びれた様子もなく言い放つ。対する青松も突き放すように言う。
「こっちには戦わないって選択肢もあるけど?」
「ないでしょォ? 特に青松君にはァ!」
「……」
「……」
青松とナマポンはにらみ合う。
「お、俺は死ぬなら意地でも戦わないぞ!」
たかしは声を上げてみるが無視された。たかしは提案する。
「誰か適当なニート連れてきて、電池代わりに使おうぜ」
外道であるが、自分の命より大切なものなどこの世に存在しない。順当な意見ではないだろうか。しかしナマポンはあっさり却下する。
「無理ですねェ。剥がれたマスクを再利用して作った部品を使わなければ〈無職大将軍〉は動きませんからァァァァァ!」
そしてそのマスクはラストアタックをとった者のニート力に染まっているので、〈無職大将軍〉はラストアタックをとった者だけしか使えない。ニート戦隊自体を辞めてしまいたいが、こちらもたかしたち以外使えない仕様だ。ニート力のない警察や自衛隊は怪人と戦えず、完全にたかしたちは逃げ場がない。変身アイテムを持って、警察にでも相談してみようか……。
「いいですよォ? ボクが変身機能をロックしますからァァァァァ!」
この時代に影響を与えるのはナマポンにとって本意でない。なのでたかしたちが正体を明かすようなまねをするなら、妨害する。
「てめぇ、ふざけんなよ!」
「ボクはふざけてなんかいませェェェェェん!」
これ以上は話し合いにならないと思ったのだろう、そう言い残してナマポンは消えた。
「……今日は解散しよう。俺たちには時間が必要だ」
頭を整理する時間がほしい。青松の提案にたかしは賛成した。
「そうだな……。じゃあ時間が決まったら連絡くれ」
別れ際、目を真っ赤にした赤沢は言った。
「次は私が責任をもって戦う。黄山も青松も何も心配しなくていい」
精一杯虚勢を張っている赤沢の姿が痛々しくて、たかしは直視できなかった。
たかしは帰りに大学のATMコーナーに寄ってお金を降ろそうとする。しかし残高が足りず、降ろすことができなかった。仕送りの日は過ぎているのになんということだ。
「クソっ、使えないババアだな……!」
仕方なくたかしは帰宅して、実家に電話を掛ける。誰も出ない。母と妹の携帯にも掛けてみたが、なんと着信拒否にされていた。
「なんなんだよ、もう!」
腹立ち紛れにたかしはベッドに自分の携帯を投げつけた。もうたかしに仕送りはしないというメッセージなのか。本当にイライラする。
たかしがベッドに寝転がろうとすると、ナマポンが現れた。
「どうやらボクの出番が来たようですねェ!」
「……何の用だよ? 俺はもう戦わないぞ」
たかしはいきなり喧嘩腰になる。皆で話しているときにも宣言した。頭を冷やせば、たかしが戦う理由はないはずだ。ヒーローになれたとしても、死んでしまえば元も子もない。
ナマポンはいつも通りの無駄なハイテンションで応えた。
「そんな寂しいこと言わないでくださいよォォォォォ! 黄山君には戦う理由があるでしょォォォォォ!」
「ねぇよ、そんなもん」
たかしは即答するが、ナマポンが差し出してきたものを見て、目の色を変えた。
「これでもですかァ?」
ナマポンは一万円札五枚を差し出した。たかしはひったくるようにして受け取る。
「……何だよ、これ」
「約束の報酬ですよォ。とりあえずは、このくらいで足りるでしょォ?」
「……」
「これでも、戦わないと言い張りますかァ?」
「……強制細胞増殖剤はあと二つだろ? 俺が戦わなくても済む計算だ」
敵が巨大化しても〈無職大将軍〉で赤沢と青松が命を捨てて戦えば、たかしは生き残ることができる。たかしは決してラストアタックをとらず、支援に徹すればいい。
「素直じゃないですねェ。なんやかんやで、赤沢さんや青松君のことも心配なんじゃないんですかァ?」
「……」
ナマポンの言うとおりだ。知らないニートなら何人死のうが知ったことではないが、赤沢と赤松は別である。白鳥が死んだ実感は全くないが、胸の中ではずっと怒りと悲しみが渦巻いていた。
短い付き合いなのに、仲間意識のようなものが芽生えているのかもしれない。思い返せばここ二、三年の間、家族と先生以外とほとんど会話したことがなかった。ほんの数日だが、たかしは四人で行動するのが楽しかったのだ。
でも、白鳥はもう戻ってこない。たかし自身も死ぬかもしれない。
たかしの目から涙が溢れる。
「クソッ、ヒーローは辛いぜ……!」
自分が泣いている理由が悲しみと恐怖であることを知りながら、たかしはそうつぶやいた。そう自分に言い聞かせないと、押し潰されてしまいそうだから。




