プロローグ
第9回GA文庫大賞前期一次落ち
黄山たかしは電話が嫌いだった。なぜなら、たかしに掛かってくる電話はろくでもないものばかりからである。
そもそも、たかしの電話番号を知っている者がほとんどいない。たかしは大学五年生──つまり一年留年している。なので、数少ない知り合いはたかしを置き去りにしてほとんど卒業してしまっていた。プライベートで遊びに行くような友達もいない。ついでにゼミからの連絡はメールだ。
では誰がたかしの電話番号を知っているかというと、それは田舎に住んでいる家族である。そして延々とモラトリアムを延長し続けるたかしに対する電話の内容も決まりきっていた。
『たかし! 今年こそ卒業できるんだろうね! 就活はどうなってるの! あんた、今から準備しても遅いくらいだよ! わかってるの!?』
「うるせ~ババア! 俺はクリエイターになるんだから関係ないんだよ!」
いつものように母との電話での口論はヒートアップしていた。話の展開も一ヶ月前とまるで同じである。どうして俺は携帯電話を所有し続けなければならないのだろう。どうせ携帯して外に出ることなんかないのに。
『なら大学なんて辞めてこっちに帰ってきなさい! あんたの学費がどれだけ掛かってるかわかってるの!? この穀潰し!』
「嫌だよ! クソ田舎じゃ、創作活動が捗らないんだよ!」
『ああもう、なんであんたはこんなことになったんだろうねぇ。お隣の鈴木君は町役場で働いてるし、中村君も郵便局で毎日配達の仕事してるよ。就職浪人してた田中君も農協に決まったっていってたし、金沢さんなんて結婚して子どもがいるんだよ? あんた、どんどん置いてかれてるってことわかってる?』
たかしは一浪の末に今の大学に入学している。今年で二十四歳だ。同級生はとっくの昔に働き始めている。
「学歴なら俺が勝ってるだろうが!」
たかしは関東の国立大に在籍している。あの何もないクソ田舎に帰れば、ぶっちぎりでナンバーワンの学歴だ。
『何バカなこと言ってるんだい! 卒業できなきゃ学歴なんか何にもなんないじゃない! 留年して学歴も何もあったもんじゃないよ! だいたい、大学の名前だけで就職できるほど甘くないんだからね!』
「こ、ここからクリエイターになって一発逆転するからいいんだよ!」
『くだらないこと言ってるんじゃないよ! 何をするのか知らないけど、それで食っていけるの? よく考えなさいよ!』
怒鳴り合いはいつものようにループし始める。全くうんざりだ。しかし一方的に電話を切ると仕送りを減らされるので、たかしは怒鳴り合いを続ける。
そのうちに電話口で『ちょっと代わって』と声がして、電話の相手が交代した。
『お兄ちゃん! いい加減にしてよね! うちの家計が厳しいことくらい、わかってるでしょう? お父さんはもういないんだよ!? お兄ちゃんはやればできる子だって、私も母さんもわかってるから……。お願いだから、目を覚まして』
妹のジュンだった。創作物の妹ならかわいいのだけれど、現実の妹は鬱陶しいだけである。だいたい、何故妹に上から目線で説教されなければならないのだ。たかしがやればできるのは当然である。だってたかしは天才だし。さぁ、論破しなければ。
「父さんの保険金がまだ充分にあるはずだろ!」
『そんなの、お兄ちゃんが留年したから学費で吹き飛んじゃったよ! お兄ちゃん、お願いだから働いてよ! 私も高校卒業したら働くからさ!』
たかしの知らないうちに、ジュンは進学を諦めたらしかった。たかしがストレートに大学入学して卒業していれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。たかしは多少の罪悪感を感じるが、すぐに開き直る。どうせジュンの成績ではろくな大学に行けない。いくら真面目でも結果を出せない者に、金を使う資格はないのだ。なら将来、大作家になるたかしの肥やしになった方がいい。
「関係ねぇよ! 俺は忙しいんだ!」
『お兄ちゃんのバカ!』
たかしが叫ぶと、ジュンの捨て台詞とともに電話が切れた。どうやらたかしが完全勝利したようだ。さて、創作活動に戻るか。
たかしはPCの前に座り、文書作成ソフトを開く。たかしは母にクリエイターになると豪語したが、クリエイターにもいろいろな種類がある。たかしが目指しているのはラノベ作家だった。
漫画は絵が描けないので無理。ゲームやアニメは一人で作れないし、専門的な知識が必要。ラノベ作家ならたかしでも余裕でなれるだろう。日本語ができれば一次は通るっていうし、異世界転生ハーレムなら簡単に人気が出るっていうし。一回も最後まで書き上げたことはないが、それはあまりに簡単すぎて飽きてしまうからだ。やっぱ俺って天才だな。
さぁ、集中しよう。しかし、たかしは三行ほど書いたところで手を止める。どうにもやる気が起きない。きっと母から電話があったせいだ。嫌な気分になったので創作意欲が減退してしまった。
「しゃーない、今日はこれくらいにするか……」
たかしはベッドに寝転がり、二階建てボロアパートの窓から外の風景を眺める。時刻は二十一時。秋の寒風が吹きすさぶ中、サラリーマン風の疲れ切った顔をした男がとぼとぼと下を向いて歩いていた。きっと、この時間まで残業をした仕事帰りなのだろう。夢も希望もなさそうな顔だ。社畜として、生きるために生きている。
「俺は絶対ああはならねえ……!」
布団をかぶりながら、たかしはつぶやいた。社会の歯車なんて真っ平ゴメンだ。何のために生まれてきたのかわからない。意味のない人生だ。
俺はとにかく凄いことをする。何をするのかはよくわからないが、とにかく凄いことをするのだ。そうでないと生きている意味がない。あのサラリーマンみたいに、人生の意味を捨てて働くなんて考えられない。だから明日から本気出す。
「なるほどォ~! それがあなたの望みなわけですねェ~~~!」
ふいに、頭上から声が聞こえた。空耳にしてはあまりにはっきりしている。たかしは上を見上げて、驚きのあまり声を上げた。
「うわあああっ!」
野球ボール大のけむくじゃらな赤鬼の顔が、宙に浮いていた。怒ったような顔からは細い胴体がぶらさがっていて、蓑をかぶっている。出来の悪い少女漫画に出てくるマスコットのようだ。
「そんなに驚くことないじゃないですかァ~~~! ボクはなまはげ型マスコットのナマポンです。悪い子たちを狩るために、未来から来ました。以後、ヨロシク!」
なまはげ型マスコット……? たかしはナマポンの顔をまじまじと眺める。確かにナマポンの顔は秋田県名物なまはげに似ていた。
「み、未来から来たってどういうことだよ! 意味わかんねえよ!」
たかしは半ば悲鳴のように叫ぶが、ナマポンは全く説明することなく、何もない空中からミニチュアサイズのラッパを取り出し、パンパカパーンとファンファーレを鳴らした。
「おめでとうございます! あなたはニート戦隊みんな死ぬンジャーに選ばれました! さぁ、ボクたちと一緒に戦いましょォォォォォ!」
「いや、だから意味がわからないんだが」
一人で突っ走るナマポンを見て、逆にたかしは冷静になった。ナマポンはプロペラの類がないのにふわふわと空中を漂っている。ワイヤー等で釣り下げるような仕掛けもない。おまけに何もないところからラッパを取り出して見せた。明らかに現代の技術水準を超えている。
たかしは起き上がり、ナマポンをむんずと掴む。
「あっ! 何をするんですか! やめてくださいよォォォォォ!」
しっかりと無機物の感触がある。これはたかしの幻覚ではない。本当に未来から来たと考えていいだろう。つまり、たかしは主人公に選ばれたのだ。
「よっしゃあああああっ!」
たかしはいきなり雄叫びを上げてガッツポーズを決める。ナマポンはちょっとびっくりしてたかしから距離をとった。
「いきなりどうしたんですかァ?」
「俺は選ばれたんだろ? さすが俺! 隠された才能があったんだな! さぁ、戦いに行こう!」
なんだかよくわからないが戦隊なら敵がいるだろう。ぶっ潰してやる。
「え~っとォ~! 本当に戦ってくれるんですかァ~! ぶっちゃけかなり危険ですよォ。死ぬかもしれませェん! それでもいいんですか!? 言っておきますが、途中でキャンセルはできませんよォォォォォ!」
「当然だろ! 俺がやらずに誰がやる! 凡人どもは社会の歯車をやってろ! 俺はヒーローになる!」
「いきなりノリノリですねェ……。敵ならもうそこまで来てますよ?」
「は? どういうことだよ?」
たかしはナマポンに訊き返す。ここでピンポーンとチャイムが鳴った。たかしは思わず玄関の方を向く。インターホンを介して、来客の声が響いた。
『こんにちわ~! ニート撲滅団の者ですが、ニートを狩りに来ました~!』




