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悪霊に憑かれて…

ある日、私は悪霊に取り憑かれた……。

悪霊と言っても映画やホラー番組でやっているような怖いものではない。

それなら、どうして悪霊というのかと言うと……。


「だって、ボクは悪霊だから!」


そう言って笑うのが彼の口癖だからだ。


事の始まりは一昨日、道を歩いていた私は誰かに突き飛ばされた。

頭を打って気を失ってしまい、目覚めたら病院のベッドの上にいた。


その時は何処だか分からずに、知らない天井を眺めていたら、不意に彼が空中から私の顔を覗き込んできて、にっこりと笑って


「おはよう!」


と声を掛けてきた。


「ひゃっ!? あんた誰よぉ~?」


私は一拍子の後に間抜けな声を上げながらも、少年に問い掛けた。

仕方がないでしょ? 目覚めにいきなり知らない男の子の顔があったら、誰だってそうなると思う。


「ボクは悪霊だよ…」


男の子は瞳を伏せて、そう言って微笑った。

その微笑みはなんだか寂しそうで、例えるなら泣きたいけど泣けないから笑って誤魔化したような、そんな微笑みだった。

なにか訳ありかな? って思ったけど、幽霊の事情に深入りをする気にはなれない。もしかしたら、本当に呪われてしまいかねないのだ。


それからと言うもの、彼は何故か私に付きまとい、ずっと一緒にいるわけだ。

着替えのときも、お風呂に入っていても突然やって来る。


「止めてよぉ!!」


と私が怒って幾ら言っても、


「ボクは悪霊だから……」


の一言で片付けられてしまう。

だから、悪霊でいいの。


「ねぇ、どうして私のところに来たの?

他にあんたが見える人がいかいから?」


もう、当たり前のように私と生活している彼に、私は聞いてみた。


「それはやっぱり、悪霊だからかな?」


彼は悪戯っぼく笑うと、小さく肩を竦めた。


「悪霊に取り憑かれる覚えはないんだけど?」


「こう言うのって、理屈じゃないでしょ?」


「迷惑な話ね……」


悪びれた素振りもなく、屈託ない笑顔でさも当然のように告げる彼に、私は溜め息を着いた。


「そろそろ行くわよ? 準備は出来た?」


階下から母親の呼ぶ声が聞こえて来た。

そうだ。これからお葬式に行くんだった。


「出来てるぅ。制服でいいんだよね?」


私は制服姿で階段を下りながら確認をとった。

良くは覚えていないが、どうやらあの夜、私を助けてくれた人がいるらしい。その人は、通り魔に襲われた私の身代わりになってなくなってしまったのだ。

悪いとは思っているが罪悪感を感じるのもおかしなもので、どうせなら感謝をすることにした。

だから、これからお線香を上げさせて貰いに行くのだけど、やはり、「ごめんなさい」ではなく、「助けてくれてありがとう」と伝えるつもりだけど、不謹慎かな?


タクシーに揺られて一時間弱、やっとその人の家に近付いたのか、喪服姿の人たちをちらほらと見掛けるようになった。


「ほら、もう着くわよ! シャンとしなさい!!」


隣に座るお母さんに注意されてしまった。どうやら私はそれほどにだらけていたようだ。だけど、そこは許してもらいたい。

一時間も車に揺られれば、誰だって緊張が途切れてしまうだろう。


「は~い……」


私は気のない返事を返しながら座り直して制服を直した。

少し離れた場所でタクシーを下りると、お葬式の式場へ向かった。

『故 松山ひかる儀 葬儀 通夜 式場』と、白いユリや菊の花に囲まれた看板が掲げられた入り口を通り、喪服姿の人たちに並んで、受付を済ませるとご遺族に深く会釈をし、次に御坊さんに礼をすると焼香台の前へ進み、御遺影を見つめて息を飲み込んだ。

そこに掲げられた遺影には、『悪霊』くんが映っていたのだ。

私は周囲を見回して悪霊くんを探した。

悪霊くんは式場の端で、式内を今にも泣き出してしまいそうな笑みを浮かべて見つめていた。


そう、彼こそが私を助けてくれた人だったのだ。


私はご焼香を終えるとご遺族に深くお辞儀をして式場から飛び出した。

お母さんは、まだご遺族の方々と話をしているのに、当人である私が式場を出るのは礼儀知らずかも知れないけど、今はご遺族よりも彼と話がしたかった。


近くの公園に行き、もう来ないかも知れないと思いながらも、彼が表れるのを待った。


「バレちゃったね……」


彼の静な声が聞こえた。


「……。嘘つき……」


色々と言いたいことはあったが、一番最初に私の口から出た言葉はそれだった。


「嘘なんかついてないつもりなんだけどな……」


彼がはにかんだように静かに笑った。


「あの夜、なにがあったの?」


私は気を失っていたからなにも覚えていない。

唯一覚えているのは、突き飛ばされたと言うことだけだ。

私は途端に全てが知りたくなって彼に、松山ひかる君に問い掛けた。


「ボクも良く分からない。学校帰りに君を見掛けて、そしたら自転車に乗ったナイフを持った人が君に近づいていくのが見えたんだ。

だから、ボクは君を助けようとしたんだけど、勢い余って失神させちゃったね」


「そんなのはど~でもいいよぉ……。あなたなんて死んじゃったじゃない!!」


「うん。ナイフがお腹に刺さって血がいっぱいでて、病院に行ったんだけど間に合わなかったみたいだね」


ひかる君は苦笑を浮かべて言うと、小さく肩を竦めた。

仕方がないと、納得しようとしているようだった。


「どうして助けてくれたの? 放っておけば良かったのに……」


「あの時は気が付いたら体が動いていたんだ。だから、どうしてかは分からない。

 だけど、後悔なんてしてないよ? 君が無事で良かった」


ひかる君は私をまっすぐに見つめると、にっこりと優しく笑った。


「どうして? そのせいであなたは死んじゃったのに……」


「君に助けて貰ったからね。恩返しが出来て良かった……」


ひかる君の言葉で私は瞳を見開いた。

初対面だと思っていたのに、どうやら面識があるらしい。


「私を、知っているの?」


「うん。ボクは君のことをずっとみていたから……」


「ストーカー?」


「ちっ、違うよ……!! 多分……」


「多分かい!」


「ふふふ……。ボクは昔から病弱で、運動は大好きだったけど自分でやることは出来なかった。だけど、学校では部活に入らなければならなくて、嫌々演劇部に入ったんだ。

やる気のないエキストラ役と小道具係りをやって、ただ、適当に毎日を送っていた。

そんな時だよ。ボクは君を見つけたんだ……」


ひかる君は憂いに満ちた表情で、淡々と語ると私を見つめて綺麗に笑った。それは、演劇の最大の見せ場に使われても可笑しくない、優しさと憧れ、恋愛感情と尊敬の入り交じった、儚いけど強い、そんな複雑な表情だ。

私は暫し、ひかる君に見惚れていた。


「舞台に立つ君は誰よりも一緒懸命で、輝いていた。

それを見て思ったんだ。なにもアスリートだけがスターじゃないって。 それからボクも一生懸命になれるものを、輝けるものを探そうって思った。

 残念ながらそれは演劇ではなかったけど、ボクは君のお陰で生きてることが楽しいって思えたんだ。

 君は、僕にとって、誰よりも特別な人だよ……」


ひかるくんは眩しいものでもみるように、瞳を細めて私を見つめると、微笑みを浮かべて大きく頷いた。


「止めてよぉ。私、なにもしてないじゃない。

感謝される覚えはないわ」


ひかる君の視線に耐えられなくなって、私は視線を逸らしながら唇を尖らせた。

私はなにもしていない。ただ、部活をやっていただけなのだ。

自分を見て頑張れるようになったと言うのは素直に嬉しいけど、だけど、命を掛けてまで守って貰えるようなことではないのだ。

正直、今の私には、ひかる君の視線は息苦しかった。


「感謝ってさ、する側とされる側が必ずしも同じ価値とは限らないよね……」


「どういうこと?」


「ある人にとっては小さくて些細なことでも、ある人にとっては本当に人生を変えるような、かけがいのないことだったりするってことだよ」


「なんだか、釣り合わないね」


「きっと、それだけ特別なことなんだよ。

感動するってことはさ……」


ひかる君に優しい笑顔で見つめられて、私はそれ以上なにも言えなくなってしまった。


「なにか、してあげられること……なんて、もうないよね……」


「気にしなくていいよ。ボクは、君に取り憑かせてもらったから……」


「楽しい……?」


「楽しいよ。舞台の下でのリアルな君を色々しれたし」


「色々ってなによぉ?」


「う~ん……。実は結構大雑把なところとか、以外と胸が小さいところとか、勉強はあまり得意じゃないところとか、授業中良く居眠りしてるとことか……」


「ちょっとぉ! いいとこないじゃない……!!」


あまりにもダメなところばかりを上げるひかる君に、私は思わず言葉を遮ったが、ひかる君は、優しい面持ちで私を見つめていた。


「やっぱり舞台には真摯なところとか……」


私はひかる君の優しい笑顔に、それ以上なにも言えなくなった。

病弱イケメンの優しくて儚い笑顔は反則だと思う。


「ずっと見守っていたかったけど、そろそろ終わりかな……」


ひかる君は消え入りそうな声で囁くと瞳を閉じて笑った。


「終わり……?」


ひかる君の唐突の言葉に、私は尋ねてみた。


「うん。そろそろ成仏っていうのをしなきゃならないみたい」


そう言ってひかる君は穏やかに、そして少しだけ寂しそうに笑った。


「もっと一緒にいようよぉ……」


途端に寂しさが込み上げてきて、私は彼を見つめた。

目尻が熱くなって涙が溢れてくる。

だけど、ひかる君はゆっくりと頭を左右に振って、私のお願いを拒否した。


「さっきから、すごく温かくて優しい光がボクを照らしているんだ。

きっと、これがお迎えっていうやつだよ。

 だから行かなきゃ……。本当に悪霊になっちゃう……」


ひかる君は何処までが冗談なのか分からない口調で言うと、くすくすっと高い声で喉を鳴らした。


「そっか……」


なんだか寂しい。これが情が移るってことなのだろうか……。


「体から力が抜けていくみたい。大気と一体化するってこういうことなのかな……」


ひかる君はとても穏やかに微笑んでいた。

もう、なにを言っても聞こえないのかもしれない。

そのひかる君が、瞳を開いて私を見た。


「演劇、続けてね。

君は多くの人に夢と希望を与えられる人だから……。

最後だけど、本当に最後だけど、君とこんな風に話が出来て嬉しかったよ……。

 君に会えて良かった……」


「助けてくれて……、ありがとう……」


私は最後に、まだちゃんと言えていなかった言葉を言った。


「ありがとうございました!!」


ひかる君は最後に満面の笑みを浮かべて大きく頷きながら、消えてしまった。


一人残された公園で私は空を見上げた。


演劇をやろう。

主役でも脇役でもいいから、舞台に上がりたい。

そして、ひかる君が感じてくれたように、誰かの勇気になれたらそれ以上に嬉しいことはない。


きっと、ひかる君も天国から応援してくれているはずだから……。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 私は悪霊とか悪魔とかが苦手なので恐る恐る読んだのですが、面白かったです。 私は松山君視点を始めに読みましたが、一つの物語を別々の視点で見れるのが大変良かったです。良いアイデアですね。 ラ…
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