伊丹金子というバァサン
居間のテーブルには、すでに食事が用意されていた。
玉子焼き・焼き魚・味噌汁・漬物・炊きたてのご飯… ありふれた食事…
でも、その時の俺には眩しい位の御馳走だった。
「がつがつ…がつがつ…」
無我夢中で、貪り食べた。
「ご飯位落ち着いて食べな!!まったく…」
俺が食事を食い終わる迄、黙って老婆は俺の事を見つめてた。
「腹は満たされたかい?人間って奴は、腹が減ってると、ろくでもない事を考えるもんだ…」
「私は伊丹金子って言うんだ。あんたは?」
「な…夏輝、市村夏輝っていいます。」
「あ、あの~ありがとうございます…飯、旨かったです。」
「へぇ~今時のガキにしちゃ~お世辞の一つ位言えるんだね~(笑)」
威圧感のある、笑みを浮かべる金子。
正直俺は、ホストの時代いろんな女達を見てきたが、ここまで威圧感のある女は居なかった…
「いや…マジで旨かったっす。」
「そうかい?あんた、夏輝って言ったかい?公園で何してたんだい?」
俺は今までの事を金子に話した。
「自業自得だね。お前みたいに女を食いもんにする奴にはお似合いの結末ってだけさね。」
その言葉にムカっときた俺は、金子に反論した。
「女達が払う金の替わりに、俺は女達に夢を与えてきた。」
「夢?与えた?はっ!!馬鹿だね、お前は!!いいかい?何であれ、商売ってのは、中途半端に出来るもじゃ~ないんだ!!」
「お前は、女達に夢を売る商売してたんだ。その対価として、金を得る。」
「それを、与えるって言い切ったお前は…女達を物として、見てたんだろ?女である前に一人の人間として見なきゃ~商売として成り立たないのにねぇ…」
「それが判らないお前は、最早商売人でも、一人前の男ですらない。男としても、商売人にしても、お前は中途半端って事さね…だから最後は女達に物扱いされて、捨てられるんだ。」
俺は何も言い返せず、ただ黙って金子を見ていた。
そして、オーナーの最後の台詞を思い出す。
「お前は表面しか見えない商売人だな。」
さらに金子は言葉を紡ぐ。
「人間って生き物はね、いつも心が満たされず生きてんだょ…満たされないが為に、不安なのさ。」
「子供から大人になる過程で、大事な何かを置き去りにしてくるのかねぇ…時間が経てば経つほど、その置き去りにした物が何だったかさえ…忘れてしまう。」
「心にポッカリ穴が空くんだょ…だから不安で仕方ないのさ。」
俺は、今までの女達の事を振り替えっていた。
考えたら、女達は皆一瞬寂しげな表情をする時があった。
それは、金子の話を聞いて、良く考えたら思い出される位の、微細な表情だったのだが…
「金子さんも今あるんすか?その、心の穴って物が?」
俺がそう言うと、金子が不思議そうな顔して、こちらを振り向く。
「いやぁ…何となく金子さんも話の途中、一瞬寂しげな表情だったもんで…そうかなって、思って…」
「ふ(笑)お前、以外に人間って生き物見れるじゃあないか。」
「永く生きてりゃ~置き去りにしてきた物や、要らないって決めて捨てた物の2つ3つあるよ…ただもうそれが何だったか?分からなくなっちまったけどねぇ~」
そこで、ある事に気付いた俺。
「そういえば、このパジャマ…じいさんのって…」
チラリと居間の仏壇を見る金子…
「死んじまったのさ去年…元々口数の少ないじいさんだったが、最後迄だんまりであの世に行っちまった。」
「50年連れ添ったが、最後位何か言って欲しかったねぇ~」
俺は何も言う言葉が見つからなかった。
「さて今日はもう遅い、布団敷いてあるから、もう寝な!!」
そう言うと、金子は食事の後かたずけする為に、台所へと消えた。
俺は布団に潜り込み、一時の眠りについた。