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僕はみんなに会いに行く  作者: 丘/丘野 優
第2章 月宮七瀬
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第7話 月宮七瀬2

 豚頭のうちの一匹、丸太の棒を削って出来ていると思しき、思いのほかよい作りの棍棒を握った者にとうとう追いつかれ、棍棒が振り上げられたとき、薫はやっと悟った。


 つまりは、薫の人生はここで終わるのだということに。

 自分はこのまま、あの豚頭に狩られ、そのまま解体されて部位ごとに保存されて、あの豚頭たちの奥さんが待っているのだろう洞窟に持っていかれて、あの豚頭の子供の鉱物のシチューかなんかの具材として調理されて、そのまま美味しく家族の食卓を潤し、そして豚頭の血肉となってしまうのだろう。

 南無三。


 心の底からそう思った。

 

 しかしながら、


 ――がきぃん!!


 と、目をつぶったと同時に、なぜか金属に何かがぶつかるような音が唐突に響いた。

 しかも、いつまで経っても薫の待望する人生終了の鐘であるところの棍棒による衝撃は全くやってこなかった。

 それどころか、おかしな掛け声まで聞こえてきた。


「うおらぁぁぁ!!!」


 ぶぉん、と風が顔にふわりと吹く感覚を奇妙に思い、薫はぎゅっとつぶっていた目をゆっくりとおそるおそる、開いてみた。

 するとそこには、豚頭ではなく、金属製の鎧を身に纏った男性が大剣を持って立っていて、しかもその足元には、先ほどまで薫に襲い掛かろうとしていた豚頭のものと思しき上半身と下半身が別々に落ちている。

 よくよく観察してみれば、大剣を持つ男性の剣からは血が滴っていて、なるほど、彼があの豚頭を倒してしまったらしい、ということが分かった。


 さらに、彼に向かって殺到する他の豚頭たちを、彼は簡単に切り捨ててしまい、そして残りは鎧と剣を持った、最も強そうな個体のみとなった。

 鎧の男性は他の豚頭たちと相対しているときのような侮った様な態度ではなく、しっかりと鎧の豚頭を見据え、その一挙手一投足を注視している。

 やはり、あの個体こそが、見た目だけでなく中身もしっかりと強いのだろう。

 感じられる迫力も他の豚頭とは異なっているし、他のものと違って鎧の男性に即座に向かってこようとはしない。

 おそらく、男性が強力な戦士であることを理解しての行動なのだろう。

 他の豚頭は少し直情的すぎた。


 ただ、それでも、鎧の男性に比べればさほどの実力でもないらしい。

 鎧の男性は、周囲に他の豚頭がいないことを確認すると、にやりと笑う。

 そして次の瞬間、思い切り地面を踏み抜いて、鎧の豚頭のもとへと突っ込んだ。

 

 これに驚いたらしい鎧の豚頭は驚いて下がろうとするも、気づくのが遅すぎたようだ。

 下がる前に、男性が大剣を強く振るい、そしてその首が空を飛ぶ。

 くるくると空中をまわった豚頭の首が、とさり、と地面に落ちると、それがついていた体の方もゆっくりとその場に倒れたのだった。


 ◇◆◇◆◇


 助かった。


 一部始終を見届けて、まず思ったのがそのことだ。

 薫は本来なら、あれに殺されて死んでいたはずだった。

 それを、鎧の男性に救ってもらったのだ。

 非常にありがたく、まずお礼を言わなければと深く思った。


 だから、男性が近づいてきて、


「……大丈夫か? 坊主。怪我はないか?」


 と聞いてきたとき、初めて出た言葉は、


「助かりました。危ないところを、本当にありがとうございます……」


 だった。

 これに男性はなぜか驚いた顔をしたが、しかしすぐにその表情を引っ込めて、すぐに、


「いや、依頼主からの要請だからな。別に俺の意思じゃねぇ。改めて聞くが、怪我は?」


 男性の言葉に、色々と尋ねたいことが頭に浮かんできたが、しかしまずは質問に答えなければと自分の体を確認する。

 どうやら、大きな傷は無いようだ。

 ただ、人の手の入ってないらしい森の中をとにかくがむしゃらに走って来たからか、体中に擦り傷がついている。

 じくじくと痛むし、放っておくと感染症の危険があるだろう。

 しかしそうは言ってもすぐにどうこうできるわけではない。

 どこかで水洗いでもするしかないだろう。

 とりあえず今は、致命傷がないことに感謝しなければならない。


「死ぬような怪我はないみたいです。貴方が来なければ分かりませんでしたが……」


 そういうと、男性は、


「なら良かったな。礼は俺の依頼主に頼むぜ……ちなみに、俺の名前はゴルドー=タレー。冒険者組合ギルドに所属するB級冒険者だ。お前は?」


 そう言われて、そう言えば自己紹介もしていなかったな、と薫は思い出す。

 とはいえ、あの急場の中で自己紹介も何もなかっただろうが。

 なにせ、死ぬか死なないかの瀬戸際だったのだから。

 思い出すと何か笑えてくるほどだが、ここで突然笑い出するわけにもいかない。

 とりあえずは返答をと思い、口を開く。


「僕は……舟山薫ふなやまかおる、と言います。職業は……学生、ですかね」


「フナヤマ=カオルか。変わった名前だな。で、フナヤマ、お前、こんなところで何をしていたんだ。ここは《黒の森ニゲルシルワ》。冒険者でも中々近づかない難所の一つだぞ。それを……学者の卵のお前がなんでまた?」


 鎧の男性――ゴルドーの話を聞く限り、薫のことを、彼は学者の卵だと思ったらしい。

 学生、というのはこの世界ではそういう扱いなのだろう。

 風祭が言っていた白い空間に現れた超存在が言うには、この世界の文化レベルは概ね中世程度ということであり、そうであるならば薫くらいの年で未だに学校に通っている、というのはその時点でその職業を目指していない限りは普通はない、ということなのかもしれなかった。


 地球でも、歴史的に教育と言うものはお金のかかるもので、現代のような極めて豊かな時代でなければ国民全員にそれを保障するというのは難しいだろう。

 ましてや中世であれば、本当に学者になろうとするものか、よほど経済的に豊かな者――たとえば貴族くらいしか長期間学校に通うというのは不可能というのは理解できる。


 ただ、現実には薫はべつに学者の卵という訳ではない。

 ましてや貴族でもない。

 それなのにこう勘違いされると困る。

 むしろ、この世界では物知りどころか何も知らないに等しいのであるのだから。

 しかし、そう反論しても今度は自分の身分の説明をするのが難しい。

 如何ともしがたいな……。

 そう思いながら、薫は色々とあきらめて学者の卵という説で行こうと決める。

 細かい常識がないのは、自分の専門にだけ命と情熱を捧げてきたから、という方向で行けば無理が出ないだろう。

 地球にもそういう人間はいる。

 この世界にもおそらくはいるだろうと推測した。

 そう考えて、薫はゴルドーに言う。


「それは僕には今一……たぶん、実験に失敗したのかもしれません。気づいたときにはここにいたんです」


「なにぃ……? まさか、お前転移魔術の研究でもしてたのか?」


 その言葉の意味はなんとなく理解できるが、そんな研究などしていない。

 そもそも、そんなことがこの世界では出来るのか……?

 いや、分からない。

 しかし、おそらく簡単なものではないだろう、と思って、もっと簡単そうな実験をしていたという方向で話を持っていくことにする薫。


「いえ、そうじゃなくて、治療薬の研究をしていて。作って自分の体で試そうと飲んだはいいんですが、研究室で飲んでから意識が……。素材に酒を入れたのが悪かったのかもしれません」


 そう言うと、ゴルドーは呆れたような顔をして、


「……酔って自分を見失ってこんなとこまで来ちまったってわけか? なるほど、わからんでもないが……」


「我ながら、かなり危険な研究だったみたいですね」


「……なんか、他人事だな?」


「ええ、なにせ、僕は僕の研究所がどこにあったのか、それすら覚えてません。どうもあらかたの記憶まで吹っ飛んでしまったらしいです。直前に何をしていたのかと、名前と、なんとなく何者なのかが分かるくらいで……」


「……記憶喪失ってわけか。なるほどな……納得いったぜ。なんだかお前、妙な顔してるもんな」


 かなり無理のある言い訳だな、と思いながらも嘘八百を述べた薫だが、ゴルドーは信じたらしい。

 その理由は顔にある、と言われ、薫は首を傾げる。


「どういう意味ですか?」


「だって、お前、本当にわけのわからなそうな顔をしてるぜ。まるで全然知らないところにいきなり置かれたみたいな、そんな表情だ。演技して出せるような顔でもないしな……嘘くさいような気もするが、しかしその顔を見るとな。嘘じゃないんだろう、という気がしてくる……」


 全く疑っていないという訳ではないらしい。

 しかし、いきなり全面的に信用されるのもおかしな話だ。

 こんなもので今のところは十分だろう。

 薫はそれから、ずうずうしく彼に頼んでみることにする。


「あの……そういうわけで、ちょっとお願いがあるんですが」


「あぁ? なんだよ」


「どこか、近くの街まで連れて行ってもらえませんか。さっき言ったような事情で、ここがどこだかもまるで分からないんですよ。これからどうしたらいいのかも……出来れば、仕事か何か紹介してもらえたらなぁと……」


 薫の言葉にゴルドーは、


「……お前、そんなひょろひょろの体と覇気のなさそうな顔して、意外と図々しいな?」


 ひょろひょろも覇気がなさそうも余計だが、まぁ、間違ってはいないなと笑う薫。


「記憶はさほどないですが、別に死にたいわけでもないので、生きる手段は確保しておきたいんですよ」


 そう答えると、ゴルドーは、


「ま、そりゃそうだわな。ところでお前の願いだが、聞き入れても構わねぇぜ。というか、俺の依頼主がお前のことを助けろって言ったんだよ。だから、依頼主がお前の面倒を見てくれると思うぜ。どうも、お前のことを知っているような様子だったし……お前の記憶の手掛かりにもなるんじゃねぇか?」


 そう言ったので、薫は心の底から驚いた。

 この世界で、薫のことを知っている人物など、いるはずがない。

 しかし、もしいるとしたら、心当たりは一つしかない。


 それはつまり、地球での薫の知り合い。


 大宮第三高校2年D組の、クラスメイトに他ならなかった。


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