第3話 風祭の説明
薫は風祭の荒唐無稽な話を聞きながら、呆れたような思いを抱いていた。
この男は何を言っているのだろう。
いくら何でも作り話が過ぎるのではないか、と。
けれど、そう思いながらも、心のどこかで、風祭が嘘を言っているわけではないとも感じていた。
薫は、別に人を見る目に自身があるわけではない。
むしろ、そういうことは不得意だし、コミュニケーション能力もかなり低い方で、だからこそ学校であんなことになったのだと思っている。
けれど、そういう思いを抱いているからこそ、磨かれる能力もある。
それは、他人を信じないと言うことだ。
少しでも怪しいところがあったら、もう、嘘であると心の中で断じる。
そして永遠に付き合いを断つ。
そういうところが、薫の心には存在していた。
こうなってしまったのは、学校に通わなくなってからかもしれない。
そのことを、薫は自覚していなかったが、つまりは、嘘の気配が分かる、ということだ。
その薫の勘は、風祭の話が嘘ではないと告げている。
少なくとも、風祭はそれが事実だと思って話しているのだ。
それが、とてつもなく奇妙だった。
風祭は話を続けた。
薫は、論理的には疑いつつも、直感の部分では信じ始めていて、だからこそ、強く耳を傾けた……。
◆◇◆◇◆
「ところで、いったい俺たちをどんなところに送るつもりなんだ? 異世界っていうことは分かったが、どういう場所なのかは知っておきたいんだが……」
俺は女にそう、尋ねた。
まさか宇宙に放り出されるとか、そういうのは勘弁して欲しかったからな。
そこのところは気になるところさ。
女の話によれば魂を異世界に送れればそれでいいような言い方だったし、となると、俺たちの生死自体もどうでもいいってことになりそうな気もしたしな。
確認が必要だと思った。
女は答えた。
「至って普通の世界ですよ。地面があって空があり、都市があって村もある。人がいて動物もいて、ついでに魔物も少なからずいて、魔法や魔術が存在する……」
「どこが普通だ。少なくとも地球には存在しなかったものがいくつか出てきたぞ」
俺は突っ込んだ。
こんな話し方をされて、突っ込まないわけにはいかないだろう。
それにここまで話をして、どうも……この女は人間くさくてな。
冗談を言っても通用しそうな雰囲気があった。
事実、女は怒らなかったし、ほほえんだからな。
感性は俺たちと近いらしい。
人間かどうかは、分からなかったがな。
「ふふ……そうですね。おっしゃるとおりです。まぁ、冗談は置いておきまして、あなた方が送られるのはいわゆる、"剣と魔法の世界"ということになります。具体的な説明は長くなりますので省きますが、地球より文明が遅れていますが、一部魔法によって同じレベルか、もしくはそれ以上に進んだところもある、という感じですね。国家体制などは地球で言う中世に近いでしょう。ただ、全く同じというわけではありません。この説明でイメージは浮かびますか?」
だいぶ大ざっぱな説明だったが、これで分かるのが現代文明に生きる地球人の……というか日本人の凄さだよな。
イメージは明確に浮かんだよ。
薫、お前も浮かんだだろ?
早い話が、ゲームやアニメのファンタジー世界だ。
女子だったらもっとぼんやりしたイメージしか浮かばないかも知れないが、俺たち高校生男子にとってはある意味、もっとも身近な世界観だろう。
分からないわけがなかった。
「……大体は、分かった。だが、それだけだとな。いろいろと不安がある」
「と、申しますと?」
「一番は、向こうに行ったときの俺たちの扱いだな。そもそも、生きていけるのか? あんたたちにとって、俺たちの生死はどうでもいいんじゃないのか?」
「……聞きにくいところを素直に尋ねられるのですね」
「そりゃあ、命に関わるからな」
「それもそうですね……ま、おっしゃるとおり、私たちとしましては、あなた方が向こうでお亡くなりになったとしても、究極的にはどうでもいいというのは事実です」
「なら……」
「いえ、だからといって積極的に死んで欲しいわけでもありません。私たちの正体に関わる話ですが……私たちは世界を管理するものですから。魂をぞんざいに扱うことは許されてはいないのです。ですから、あなた方には基本的に生きて向こうに行っていただくつもりです。ただ、あまり極端な優遇も出来ません。そこで、妥協の産物として、あなた方には向こうで何かがあっても生きていけるように、特殊な力を一人一つ、プレゼントすることになっています」
思ったより、待遇は悪くなさそうで少し安心したよ。
だが、その方法が微妙だったな。
力をくれる、ということは、とばされる環境については保証する気はなさそうだと感じたからな。
とはいえ、今は力の方だ。
「特殊な力?」
「そう、特殊能力。地球では超能力、といわれるようなものですね。どんなものに当たるかはくじ運の問題になりますので、そこは諦めてください」
「それは無責任な話だ」
「私もそう思いますが、私たちにも出来ることと出来ないことがありますから。これは納得していただくしかありません。それに、その特殊能力は、くじ運の問題と言っても、地球のくじで言う、残念賞のようなものはありませんから。そこは安心してください。なぜなら、その能力は、あなた方にくっつけると申し上げました、大量の魂の力を使って付与するものですので。レンガをたくさん使った建物が掘っ建て小屋になるということはあまりないでしょう?」
絶対にない、とまでは言えないと思うが、この女がいいたいのはそういう話ではないだろう。
そもそも、文句を言ってどうにかなる話でもないしな。
ただ、俺は説明してもらっているだけだ。
この女の決定を覆せるわけじゃない。
だから、俺は聞いて満足した。
「なるほど、分かった。ちなみに……何か特殊な力を与えられたとして、それはいつ、どうやって確認できるんだ?」
特殊能力を持ってても一生それに気づかない、使えない、じゃ意味がないからな。
女は答えた。
「それについては向こうについてから、ステータス、と唱えていただければ確認していただけますよ」
ふざけているのか、と一瞬思ったけどな。
女は至ってまじめな顔で説明してた。
それに、まぁ、話を聞いていると悪くないシステムにも聞こえたよ。
「地球のゲームによくあるシステムを応用したものです。そう唱えると、透明な板のような画面が目の前の出現し、そこにあなたの名前や種族、能力が表示されます。その中の欄の一つに、固有能力、という欄があって、そこを見ていただければどんな能力が付与されたのかはわかります。また、あなた方の携帯端末のように、項目をタップすると詳細を見ることも出来ます。このステータス画面にはいくつか他にも機能がありますので、それは向こうに到着次第、ご自分でご確認ください」
まぁ、わかりやすいっちゃわかりやすい。
試しにその場で、
「ステータス!」
と唱えてみたが、
「……ここで唱えても意味はありませんので……」
と笑われた。
ちょっと恥ずかしかったな。
それから、いくつか気になっていることも尋ねたが、まぁ、これは大したことじゃないから省く。
しばらくして、また、ポーン、とデジタル音が俺の耳に聞こえてな。
女はそれを聞いて、
「おっと、そろそろですね。他の方々はもうすでに旅立たれたようですし、貴方も行かなければなりません」
「そうか……まだ聞きたいことはあったんだけどな」
「そうでしょうね。ただ、時間ですから、仕方ありません。これ以上ここにとどまっていると、むしろ貴方の魂に悪影響を及ぼしかねませんので。妥協の産物として、貴方のステータス画面に用語解説とヘルプ画面を付与しておきました。他の皆さんのステータス画面にはないものですので、うまくご活用ください」
「いいのか?」
「他の皆さんはあまり知りたいことはなかったようですし、問題ないでしょう……あぁ、それと最後に一つだけ。これは皆さんにも言っていることです」
思い出したような表情をして、女は続けた。
「あなた方にお願いしたいことは実のところ、異世界に行っていただく以外にももう一つありまして。これからあなた方が向かう異世界には実は、魔王、と呼ばれる存在がおります。出来ればこれを討伐していただきたいのです。強制ではありませんが、あなた方の中には強制される方も出てくる可能性はあります。ですので、一応、メインの目的ではなく、いわばサブ的な目的として、頭の片隅に置いておいてください。ちなみに、魔王を討伐された方にはちょっとした賞品をご用意しておりますので」
……最後にとんでもないことをいくつも言いやがったな。
心の底からそう思った。
魔王がいる、討伐しなければならない状況に追い込まれる奴もいる、何か賞品が出る。
全部、詳しく尋ねたい内容だろう。
だけど、いろいろ聞こうと思った途端に周囲の景色が滲んできてな。
女が手を振っている姿だけ、最後まで歪まずに見えた。
そこで、俺のその場所での記憶は終わった。
◇◆◇◆◇
それから、風祭はしばらく無言だった。
ここで話を止める辺り、ちょっと意地が悪いと薫は思ってしまった。
誰とも話さない。
あの扉の向こうの人間と会話する気はない。
そう思っていた決意が揺らいで、薫は気づいたら口を開いていた。
「……それで、どうなったのさ?」
久しぶりに声を出したから、がらがらの、裏返った声だった。
変な声だと自分のことながら思った。
けれど、風祭はそれを笑ったりせずに、至って普通な様子で返答してきた。
「それで? 気づいたら異世界だったさ。俺の場合は、深い森の中だったな。高い木の向こう側に、僅かながら空が見えてたから、昼間なんだろうって言うのは分かったが、それだけだ。終わりの見えない森。どこが『積極的に死んで欲しくない』んだと叫びたくなった」
苦笑しながら風祭はそう言う。
しかし、風祭は今、生きているのだ。
そんな環境でも生きる道はあったということだろう。
それが何に基づくものなのかは分からないが……。
風祭の話に出てきたおかしな女の付与したという、特殊能力によるものだろうか?
「でも、君は生きてる」
「あぁ。生きてる。その通りだ。そしてこんなところにいる……なぜだと思う?」
言われてみると、不思議だ。
もはや、薫は風祭の話を疑っていない。
それを事実として扱っている。
しかしそうだとすると、風祭がここにいるのはおかしい。
パンクしそうな魂の量をどうにかするため、彼は異世界に放り込まれたのではないか。
この世界に、地球にいるのはおかしい。
誰もがそう思うだろう。
それは風祭も分かっているようで、無言の薫に説明した。
「俺は、向こうでいろいろなものに触れた。向こうには不思議なものがいっぱいあったからな。その中の一つに、こっちに帰ってくる方法があったんだよ。あの女がそれを知っていたかどうかは分からないが……まぁ、俺がここにいるのが証拠だ」
「……地球と、異世界を行き来できるの?」
「理論的にはな。だが、簡単なことじゃない……まぁ、それ自体はいい。大事なのはなんで帰ってきたかだ」
「……好きで行ったわけじゃないからじゃないの?」
「それもある。それもあるが……なんていうかな、人としてしなきゃいけないことを思い出してな」
「それは?」
「こっちに、俺たちの家族がいるだろう。消えたクラスメイト32人プラス1人の、な」
プラス1は薫ではなく日野センのことだ。
「それがどうかしたの?」
薫は尋ねた。
風祭は答える。
「なんで俺たちが消えたのか……その説明を、してやりたいと思ったんだ。突然消えて、何も分からない。そんな状況は、家族の気持ちを考えるとつらいんじゃないかと思って、な」




