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ほことたて  作者: 盆戸炉
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8話 嗚呼それはなんて非情な

 左右に揺れる感覚で意識を取り戻したナツは、ぼんやりとその目を開ける。


「くる、ま……?」


「お目覚めですか、ナツ様」

 その声にナツの目は完全に覚め、身を起こそうとした。

 しかし、彼女の身体はぴくりとも動かない。

 どうして、と驚き恐怖する彼女に、カルマは運転席からミラー越しに、先程と同じく貼り付けたような笑顔で続けた。

「ああ、手荒い真似をして申し訳ありません。しかしながら、縛りでもしないと貴女を連れて帰れないので」

「連れて、ってどこに……」

「もちろん、我が主人の邸宅でございますよ」

 その言葉にナツは精いっぱい睨んで抵抗する。

「降ろして!」

「おや」

 そんな彼女にカルマは表情を変えず、低く囁いた。

「無駄だとわかっている抵抗は止めた方が懸命かと思いますよ。命は大事にしないと、ね? 御嬢さん」


 ヒッ、と息を呑んだ彼女を面白がるかのように、彼はナツに香水の瓶のようなものを向けながらこう言った。

「さて、そろそろ到着いたしますので、もう一度眠っていただきましょうか」

「いやっ、やめ……!」


 車は、静かにメルドン邸の門を通過した。





「こんなところにいたの、ハル」

 地下の書斎で様々な本をパラパラと立ち読みしているハルバードに、アキュレスはいつものトーンで声をかけた。

 ハルバードは本に目をやったまま受け答えをした。

「何だ、貴様も説教をしに来たのかアキュレス」


「そうだよ」


 キッパリとそう言ったアキュレスに、ハルバードは目線を本からアキュレスへと移した。

「……私は間違った事は言っていないはすだが?」

「まぁ概ね私もそう思うけどね、でも一つだけ間違ってるよ」

 ハルバードは黙って続きを促す。

「ナツは人間だ。

 異世界で人間として生まれ育ち、そして不慮の事故で亡くなってここに来た。彼女が嘘をついているとは思えない。

 私に召喚されたとはいえ、本質は人間と同じ。ハルもわかってるでしょ?

 人間は弱いんだ、心も身体も。

 そしてナツは成人しているとはいえ、か弱い女の子なんだよ。ましてや"死"というとても辛い経験をしている。

 だから、ナツにはもう少し優しくしてあげてほしいな」

「そうやって甘やかせば、死ぬのは貴様だぞ、アキュレス」

「そうかもしれない。けどね、私は矛と盾を"壊して"まで生き延びようとは思わないよ」

 その言葉にハルバードは目を見開いて、そして呆れたように目を閉じた。


「お前は、本当にあいつの息子なのかが疑わしいな……」

 ハルバードが他人に『お前』と言うのは、少なからずその相手を信用している場合だけである。

 アキュレスはそれを聞いて小さく笑い、彼に背を向け言った。

「ふふ、ナツが帰ってきたらちゃんと仲直りするんだよ? これは"命令"だからねっ」

 そう言って彼は書斎を後にした。

(仲直り、か。子供ではあるまいし)

 ハルバードはそれを見届け、再び本に目をやった。





「ん……んぅ」

 目を覚ましたナツが見たのは、天井であった。あたりを見回そうと首を動かそうとした瞬間、初めて聞く声が耳に入ってきた。


「あ! 起きたよカルマ!」


 変に高い声のする方を見ると、そこには太った背の低い男性が、部屋の入り口で横にいるカルマに話しかけていた。

 鼻の下には左右にカールしたひげを蓄えているが、着ているスーツがピチッとしていたり、髪型が所謂"バーコード"であるせいか、威厳は全く感じられない。


(え、豚?)


 ナツは極めて失礼な第一印象を抱いていたが、その"豚"が先程から恐怖しているカルマと親しげに話しているのを見て、ナツの表情は再度強張る。上体を起こそうとしても首以外は固定されていて動かない。


 カルマは"魔法で形成されたキラキラとした縄"でベットに縫い付けられているナツに近づき、ゆったりと話しかけた。

「おはようございます、ナツ様。気分はいかがですか?」

「さい、あく、です!」

 怯まず二人を睨んで叫ぶナツに、小太りの男性は情けない声を上げる。

「や、やっぱり怒ってるよカルマァ~……」

 それを無視し、カルマは続ける。

「それは残念です、まあよいでしょう。これからきっと"ここでの生活"を気に入って頂けるでしょうし」


 その言葉にナツの背筋が凍った。

「え、ここでの生活ってどういう、」

「まあ順を追って説明いたしますよ」

 ナツの言葉を遮り、カルマはいまだ硬直しきっているナツにこう説明した。


 ハルバードと同じように、先代の主人に召喚されたカルマは、現在の『パヴァヌ・メルドン男爵』に所有権を引き継がれ現在に至る。

 そして、件の王位継承権についてメルドン男爵は窮地に追い込まれていた。

 彼は召喚術を使うほどの力を持っていないのである。

 矛はあるが盾はない。そんな状態で争いが始まれば、力のないメルドン男爵はいち早くやられてしまうだろう。

 そこで、先日偶然にもポースリアの街を訪れていたカルマは、そこで起きた強盗事件で、ナツ・カミシロという魔法攻撃が一切効かない"イレギュラー"な存在を知り、どうにかして彼女をメルドン男爵の盾にしたいと考えていた。

 そんな中、好機(チャンス)が訪れた。

 それは波止場公園で一人泣いている哀れなナツを見た時であった。

 対象の人物から過去の情報を得られる能力を持つカルマは、ナツの現在に至るまでの経緯を知った。

 盾がやりたくないのであれば、メルドン男爵の"見せかけ"の盾でもいい。こちらに引き込んでしまえばよい。

 無論、エイデン邸にいた時よりも手厚く歓迎しようとメルドン男爵とカルマは考えている。

 要約をすれば、『エイデンじゃなくてメルドンの盾になって。破格の待遇にしてあげるから!』とのことであった。


 それを聞いて『はい、じゃあメルドン男爵の盾になります』と答えるナツではない。

 勿論、否定の声を上げる。

「絶対に嫌です!」

「おやおや、それは困りましたね」

「やっぱ嫌がるよねぇ、いきなりじゃ……」

「貴方様がそんな弱気でどうするのです」

「で、でもぉ……」


 ナツは考えた。この豚をうまく言いくるめられれば、諦めてエイデン邸に帰してくれるかもしれないと。

 意を決してメルドン男爵に声を掛けようとした瞬間、彼女の僅かな希望は打ち砕かれた。


「彼女を(めと)りたいのでしょう?」

「そうだけどぉ……」


「……え?」

 『娶る』とは、妻として迎えることである。ナツでも聞いたことがある、そして意味も知っている。

 確かにカルマとメルドン男爵は、"ナツを娶る"というやり取りをしていた。

「お聞きになりましたでしょうナツ様。我が主人はあなたを妻にしたいと考えていらっしゃいます」

「な、なんで……」

「えっと、写真見たら、超絶タイプだったから……」

「だ、そうです」


「い……」


 いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!というナツの悲痛な叫びが、メルドン邸の外まで響き渡った。





「ナツが返ってこない!」

 バンッと食卓を叩き、荒々しく立ち上がったアキュレスは、その声や態度とは裏腹にとても心配そうな表情をしていた。

「どこいっちゃったのかしら、ナツちゃん……」

 リナシーも心配した様子でそわそわとしている。

「どうせ腹が減れば帰ってくるだろう」

 元凶は相変わらず煙草を吸いながら新聞を眺めている。


 それを見て、アキュレスはハルバードを睨みつけて言った。

「ハル」

「何だ」

 彼の視線は新聞に向いたままだ。

「ナツを探してきて」

「私が?」


「当たり前でしょ! 元はと言えばハルのせいなんだからね!! これは命令だよ、ナツを探して連れて帰ってきて!」


「……了解した」

 主の命令とあらば従わないわけにもいかず、ハルバードは渋々顔を上げ、返事をした。

「あと! 仲直りするために、ちゃんとナツに謝ること! いいね、め・い・れ・いだから!」

「……善処しよう」

 あくまでも命令という名目ではあるが、アキュレスは早く二人に仲直りをして欲しいと願っていた。

 ハルバードがナツを傷つけようとしてあの様な言葉を言ったわけではないということは、主である彼にはよくわかっていたからだ。


「アキュレス」

「なに?」

 部屋を出る前、ハルバードは振り返らずにアキュレスに問いかけた。

「あいつはどこへ向かった?」

「港をお勧めしたから、波止場公園辺りにいるかもしれない」

「そうか」

 短く返事をし、ハルバードは夜の街へと歩き出した。


「ナツちゃん……」

「リナシー、心配だけどきっと大丈夫だよ。二人はきっと仲直りして帰ってくると思う」

 アキュレスの表情は穏やかなものに戻っていた。その様子に、リナシーもいつもの調子を取り戻す。

「そう、ですわね……。じゃあナツちゃんが返ってきたときの為に、あの子の大好きなロイヤルミルクティーの準備をしましょう! それで料理も出来立てを食べさせてあげましょう!」

「ありがとうリナシー、助かるよ」

「お安いご用ですわ御主人様!」



 夜の波止場公園には、昼間と同じく波の音しか聞こえない。ハルバードはあたりを見回しながら、ナツがいないかゆっくりと探し歩いている。

 すると、彼の前方に何か黒い塊が落ちているのが見えた。すかさず近づいてそれを見る。

(これは……)

 ハルバードが手に取ったのは、ナツが誘拐されたときに落とした片方の靴であった。


 それをじっと見つめたハルバードは、オーチェンバルグ地方がある方角へ走り出した。





「おや、泣くほど嫌でしたか」

「いやでずっ……おうちに帰してくだざいっ」

「そ、そんなに嫌がらなくても……」

 涙をぽろぽろと流す彼女を、ひとりはあたふたとし、ひとりはそのままの表情で見ていた。

「まあこのままでは埒があきませんので、もう寝ましょうか。

 メルドン男爵と夜を共にしていただければ、何か変わるかも知れませんし」


「えっ……?」


 まさか、まさか、とナツの顔はどんどん青ざめていく。

 メルドン男爵はまんざらでもない様子で、ナツをいやらしい目つきでまじまじと見ている。

「あのっ……カルマ、さん」

「なんでしょう」

「お願いです、それだけは許してください」

 彼女の眼は本当に冗談じゃない!と必死である。しかし、彼は非情にもそれを拒否した。

「それは聞けないお願いです。

 ……はぁ。あまり私に手間を掛けさせないでいただきたいのですが」

 先程からのナツの抵抗に、カルマの態度が一変した。ナツと、主であるメルドン男爵までもが息を呑んだ。

 そしてナツの顔の数センチ前までぐっと近づき、低い声でこう言い放った。


「死にたくなければ言う事を聞け、クソガキ」


 彼女からは、もう抵抗の言葉は出なかった。

 出てきたのは大粒の涙と、誰か助けてという悲痛な思いだけであった。

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