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ほことたて  作者: 盆戸炉
6/56

6話 そして時には昔の話を

ーー44年前、エイデン邸


「完璧だ」

 当時のシュロネー地方の領主で、アキュレスの父親である『クリフォード・エイデン侯爵』は、齢18にして召喚術に成功した。

 禍々しい魔法陣が描かれているその中心には、一人の青年が跪いている。

「こんにちは、はじめまして」

 クリフォードが優しく話しかけた。

 男はゆっくりと顔を上げ、その紅い瞳はクリフォードを真っ直ぐに見つめている。

「はじめまして、エイデン侯爵」

「君は今日から僕の使い魔だ。名前は、そうだな……。ハルバードにしよう! "矛"っていう意味だよ」

「仰せのままに、我が主」


 クリフォード・エイデンという男は実に優秀な人物で、魔力はとても高く、人望は厚く容姿端麗、完璧な男だと評判であった。

 そんな彼が召喚した使い魔が優秀でないわけがない。


 しかし、クリフォードの唯一の欠点は、その内なる性格の悪さであった。


「あーあ、この書類作んのめんどくさいなぁ。そうだ、『バグリー公爵』におしつけちゃお!」

 この国では、通常侯爵よりも公爵の方が立場は上である。

 しかし、彼にはそのようなことはまったくもって関係ない。


「お、お主、それは私が公爵と知っての物言いか!?」

「ええ、わかってて言っています。どうか、よろしくお願いいたしますよ。"優秀な"公爵どーのっ!」

 まだあどけなさの残る顔つきだが、もはやその笑顔は邪悪としか言いようがない。

「……し、仕方あるまい。今回だけだぞ!」

「ありがとうございます! いやー、さすが公爵殿はちがいますなぁー!」

ぐぬぬ、というバグリー公爵のくぐもった声を聞きながら、ハルバードは思った。


(ふむ、これが交渉術というものか)


 見た目こそは変わらないものの、召喚した当時はまだ"素直"だったハルバードの性格がひん曲がってしまった一番の原因は、もちろんクリフォードにあることは間違いないだろう。


 そんなクリフォードは25歳の時、幼馴染であった同い年の『マリア・サルティナ』と結婚し、彼らが30歳の時にアキュレスを授かった。

 かわいい息子の前では、腹黒いクリフォードもただの親ばかと化していた。


「ああー俺にそっくり! 世界一かわいい!」


 ベビーベッドの中で目をぱちくりとしているアキュレスを見て、クリフォードは自分の息子を褒めちぎっていた。

「朝からうるさいぞ、クリフォード」

「ハル! だってみてごらん!? ほら、笑ったよ! ねえ!」

 その表情は緩みきっている。


「やかましい! とっとと円卓会議に行く準備をしろ。遅れるぞ」

「ちぇーっ、じゃあいってくるね! アキュレス!」

 早く行けと言わんばかりに、ハルバードは彼を睨む。するとクリフォードは部屋を出る直前に立ち止まり、振り向かず静かに言った。

「あ、ハル」

「……何だ」

 この時ハルバードはクリフォードの顔は見えていなかったが、とても嫌な予感がしていた。


「赤子の前で、煙草はよくないんじゃあないかな?」


 ギギギ、と振り返ったクリフォードの顔は、まるで悪魔の様であった。

 さすがのハルバードもそんな主には逆らえない。

「……すぐに消そう」

「よろしい。じゃ、あとは頼んだよー!!」


 クリフォードが出ていった部屋の扉から、今度は彼の妻であるマリアが、苦笑いをしながら入ってきた。

「まったく、あの人ったらバタバタと……」

「もう少し落ち着いてほしいものだ。してマリア、体調の程はいかがかな」

「ええ、今日は調子がいいのよハルバード。お茶、入れてもらえるかしら」

「了解した」

 そうハルバードが返事をすると、彼女は近くの椅子に腰かけた。


 マリア・エイデンは当時の流行病に侵されていた。決して治ることのない不治の病。 

 しかし、クリフォードはハルバードに手伝ってもらいながらも、必死に彼女の病を治そうと日々研究をしていた。

「ふふ、ほんとうにあの人にそっくりね、この子は。すこし寂しいわ」

 横にある小さなベッドの中で、未だ目をぱちくりとしているアキュレスの頬を、彼女は優しく撫でながら言った。

「性格は君に似ることを願おう。ほら、どうぞ冷めないうちに」

 ハルバードは淹れた紅茶をマリアの前のテーブルに置き、自身も対面の椅子に腰かけた。 


 二人の間にゆったりとした時間が流れる。

「ありがとう。ねえ、ハルバード」

「何かな」

「私がもしいなくなったら、あの人とアキュレスをよろしくね」

 にこりと笑う彼女をハルバードは鋭く睨んだ。

「……それを言うのは、30年早いぞマリア」

「ふふ、優しいのねハルバード。でもね、私予感がするの。とても嫌な予感」

「予感?」

 ハルバードは顔を顰める。


「ええ、近いうちに私はこの子の前から消えてしまう気がするの。それは病のせいではないわ。もっと別の、恐ろしいこと」


「よせマリア。予感などというものは、ただの空想にすぎない」

 ハルバードは目を瞑り、彼女の話を遮った。

「……そうね。ごめんなさい、天気が悪いせいか気が滅入っちゃってるのかしらね」

 マリアは窓の外の雨を見ながら、困ったような顔で笑った。

「貴女は何も不安がることはない。それを飲んだらゆっくり休め」

「そうするわね、ありがとうハルバード」

 そう言ってマリアが出て言った部屋の扉を、ハルバードは何かを考えながらじっと見つめていた。


 そしてその3年後、マリア・エイデンは、夫であるクリフォードと共に、何者かに殺害された。





――さん、……ドさん……


「ハルバードさん!」


 追憶をたどっていたハルバードは、急に自分の腕の中から呼ばれているのに気づきその声の主を見る。

 そこにはまだ酔いがさめてないであろうナツが、彼の顔を心配そうに見つめていた。

 ハルバードは咄嗟に手を放す。

 絨毯が敷かれた廊下に彼女は落とされ、ドタッと鈍い音がした。

「ぎゃあ! 痛い! なにするんですかぁ……」

 彼が下を見ると、ナツが尻をさすりながら涙目で睨んでいた。

「やかましい、起きたなら自分で部屋まで戻れ。私はもう寝る」

「あ、ちょっと! ハルバードさん!?」


ハルバードは踵を返し、自室へと戻って行った。

「なんだったんだろう……」

ナツの見たハルバードの表情は、どこか哀しげな様子だった。



 宴会の次の日、ナツが目覚めたのはまたもや床の上であった。

「うぅ……。痛いです、ハルバードさん……」

 案の定二日酔いの彼女はとても辛そうに起き上がった。ガンガンとしている頭を押さえ、唸っている。

「いつまで寝ているんだこの愚図、訓練を始めるからとっとと着替えて庭へ出ろ」

 そう言ってハルバードはさっさとナツの部屋を出て、庭へと向かった。


 昨日の少し優しく見えた彼はまるで幻想だったかのように、相変わらずナツに対してひどい扱いである。

 しかしもうそんな彼に慣れてしまったナツは、渋々支度を済ませて急いで庭へと向かった。

 これから、『恩人であるアキュレスさんの為に、頑張って盾になるぞ!』と意気込んだ彼女の、壮絶たる訓練が始まる。


 そして、それは早くも2日後に崩壊することとなった。

次回は、短い閑話(無駄話)集になります。

台本のようなレイアウトになりますので、苦手な方はご注意下さい。

また、読まなくても本編には影響ありません。ちょっとした、ナツとハルバードの会話集です。

よろしくお願い致します。

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