52話 終わり、何もかも
※残酷な表現があります。苦手な方はご注意ください。
どのくらい続いたのだろうか。その多大なる魔法の光は消え、静寂が戻る。
ハルバードはチカチカとする目を抑え、慌ててナツの方を見た。
彼女はふらり、とよろけその場に倒れ込む。
すぐさま立ち上がり駆け寄ろうとする。
「ナツ……!」
しかし、その足はある声によってピタリと止まった。
「ざんねんだったわねぇ……おちびちゃん……っ」
あろうことか、あれだけの魔法を浴びても尚、公爵夫人は立っていた。生き残っていたもう一体の使い魔を文字通り『盾』にして。
まだ彼女は、完全には諦めていなかったのである。
「さすがのわたくしでもあれをまともに食らっていたら危なかったわあ~、でも残ね……!?」
アルメニアは気づいた。先程までナツの後ろにいたハルバードがいない事に。
彼女は咄嗟に真後ろから殺気を感じた。振り返った次の瞬間、
「ぐっ……!」
ハルバードの拳が彼女の頬に当たり、その身体は吹き飛ばされた。
そして起き上がろうとする彼女を足で押さえつけ、低い、低い声でこう言った。
「これは、クリフォードの分……」
何、と言葉を発する前に、彼女の顔は踏みつけられる。うぶっ……!というくぐもった声が聞こえた。
「これは、マリアの分……」
腹を踏みにじる。もはや声にならない声をあげた。
「これは、アキュレスの分……そして……」
そして夫人の胸ぐらを掴み無理やり立たせると、
スパァンッ……!
彼女の首を綺麗に跳ねた。
「これは、私とナツの分だ……!」
ゴドッ……と鈍い音が夜の庭に響く。
ハルバードは、ナツに駆け寄りたい心を抑え、即座に夫人との"決着"をつけた。もう、公爵夫人の不快な声も、姿も、全てを一刻も早く消し去りたかった。横たわる肢体と落ちた首を見る。これでもう、起き上がることはない。
彼は空を仰ぎ、そこにいるであろう"家族"に向かって、静かにこう言った。
「仇は取ったぞ。クリフォード、マリア……」
もう、争いは終わった。
しかしまだ全てではない。
ハルバードはすぐさまアキュレスとナツを見た。アキュレスは苦しそうに唸っているが、外傷は見当たらない。
「っ……」
(アキュレスは生きている……ならば……)
「ナツ!」
急いで横たわるナツを抱き起すが、彼女はピクリとも動かない。息もしていないように見える。
「ナツ……起きろ、ナツ……!」
私はこのまま彼女と別れてしまうのだろうかと、ハルバードは考えた。
『ハルバードさん』
『もー、ひどいですよ!!』
『えへへ、ありがとうございます!』
思い出されるのは、出会いから今まで共に過ごしてきたナツの姿。そして先程の、自身を『愛している』と言ったナツの顔。
ハルバードは自覚した。
神代ナツを失いたくないと。何があっても、もう手放したくはないと。
先日彼女に言った『お前の事をこんなにも考えているというのに』という言葉は嘘ではない。しかしこんな感情は人間であるから起こりうるものだと抑えつけていた。自分の本当の感情を。
彼もまた、ナツの唇にゆっくりと口づけた。
「愛している、ナツ……だから、頼むから……」
額を合せ、小さな声で『目を、覚ましてくれ……』と呟いた。その声と顔はとても、とても悲痛なものであった。
「ハルっ……!」
「ハルバード!!」
「アキュレス、フユーデル……」
起き上がったアキュレスは、己の使い魔たちの姿を見て、怠く重い身体を奮い立たせ駆け寄った。
フユーデルも先程の轟音を聞き、慌てて飛び起きて庭へと走って来たのである。
二人は横たわるナツを見て、事態を一瞬で理解した。ナツが魔法を解放したのだと。しかも、前回よりも強力に。
アキュレス達はどう言葉を発したらよいかわからず、黙り込んでいる。
すると、ナツがピクリと瞼を動かした。
「ん、んぅ……」
三人はそれに気が付き、心底ほっとしたような表情になった。
アキュレスがナツに声を掛けようとした瞬間、
彼女が目の前にいたハルバードに向かってこう言った。
「あの……
あなたは誰、ですか?」
「……!」
「ナツ……」
「ナッちゃん……!」
ガンッ、と後頭部が殴られたような衝撃が来た。
願わくば悪い冗談であってくれと、神にさえ願う。だが、ナツはいつまでたっても目をぱちくりとさせ、不思議そうに彼らを見ている。
魔法を全て解放した代わりに、彼女の記憶の一切が消えてしまったのである。
ハルバードは俯き、アキュレスとフユーデルは顔を歪め、この先どうすればよいかを考えていた。
暫しの沈黙後、ハルバードはナツの顔を真っ直ぐと見ながら、こう言った。
「はじめまして、お嬢さん……」
とても辛そうに微笑みながら。
勝者、侯爵。




