51話 私は貴方を
神代ナツは、まるで映画を見ているようであった。
目の前には、エイデン邸に召喚されてからの映像がゆっくりと流れている。
『私の名前は"アキュレス"だよ、可愛い御嬢さん?』
『あきらめて盾となれ、ナツ・カミシロ』
『ナツちゃん可愛い!』
「これ、は……」
今までのナツの大切な思い出達が、彼女の周りをぐるりと囲む。
また夢を見ているのだろうかとパチンと頬を叩くが、覚めない。
なんだかふわふわとした心地の良い感覚がしている。ナツはふと、これは何かの前兆ではないかと思った。
(なんだろう……この感じ。前にもあったような……)
これはリナシーの死の直後に感じたものと似ている。自分の感情が限界まで高ぶり、今まで受け続けていた魔法を全て解放できるのではないのかと、漠然とそう思った。
映像は流れ、円卓会議を過ぎた。フユーデルが来て、争いが始まり、色々な人が死んだ。落ち込み、励まされ、固く決意をし、そして忘れかけていた現実がもう一度呼び起される。
「バグリー、公爵夫人……」
彼女の棘がハルバードの胸を貫き、状況は絶望的。それが今まさに起きている事象。
このままではハルバードは死に、アキュレスも殺される。自分は殺してくれさえもしないのだろうか?と憤った。
「そんなことはさせない……絶対に!」
すると彼女の内側からじわり、じわりと力が湧いてきた。今なら何でも出来そうな気がするとさえ思えるほどの、大きな力が。
映像は途切れ、辺りは真っ白になった。
ふと気が付くと、目の前には横たわるハルバードの姿が見える。彼を、助けなければ。
(ハルバードさん……私は……)
ナツには予感がしていた。このまま自分が魔法を解放してしまえば、きっと愛する彼と別れてしまうことになると。それはアキュレスもフユーデルも同じ。家族と離ればなれになってしまうと。
しかし、彼女には迷いがない。
「今、助けに行きます。ハルバードさん」
彼らを助けるためならば、もう何も怖くはない。
決意したようにゆっくりと瞬きをすると、ナツはもう一度ハルバードの方を見た。
まだ胸の傷は深く、血がドクドクと溢れ出ている。
彼女が手をかざすと、瞬く間にその傷はふさがった。
「……っ」
ハルバードは急激に自身が回復したのを感じ、すぐさま起き上がる。
目に入ったのは、いつもとは違う神代ナツと、真っ白な空間。"彼女の暴走"という一つの可能性が頭をよぎった。
(これは……!)
「ナツ!」
「大丈夫ですよ、ハルバードさん」
ハルバードは驚いた。確かにいつもの彼女ではなかったが、以前のような冷酷な顔ではなく、穏やかなものだったからである。
ナツは上体を起こしたハルバードをふわりと抱きしめ、静かに話し出した。
「ハルバードさん、もう痛くないですか? 私、今なら何だってできる気がするんです」
「お前……な、にを……」
「私、やっと役に立てる」
彼がバッとナツの身体を引きはがすと、その顔はとても嬉しそうに笑っていた。
ハルバードの頭の中で警鐘が鳴っている。これ以上このままにすれば、最悪な事態になるかもしれないと。しかし、何も言葉が出てこない。
そんな困ったようなハルバードに、
ナツは優しく口づけをした。
一秒、二秒、三秒……とても長い時間が経ったような、まるで世界には二人しかいないような気さえしていた。
ゆっくりと唇を離すと、ナツは目を見開き固まる彼を見て、目を細めながらふわりと微笑んだ。
「愛してます、ハルバードさん。……大好きっ」
ナツはそう言ってゆっくりとハルバードから離れ、歩き出した。
ハルバードはハッとしてナツを引き留めようと叫ぶ。
「ま……て……。どこに……? ……ナツっ!!」
なぜか身体はいう事を聞いてくれない。
そんな彼に構う事はなく、ナツは前へと進む。
そして立ち止まり、振り返った。
「今、終わらせますから」
そう言った彼女は、とても切ない笑顔であった。
「待て……ナツ!」
ナツはそれに答えることなく前を見る。すると真っ白だった空間は、もとの暗い夜の庭に戻った。
彼女の前には、公爵夫人が起き上がろうとしているのが見えた。
「ぐっ……一体、何が起きているのよ……」
「公爵夫人」
ナツがしっかりと夫人を見ながら声をかけた。彼女はまだよろけているが、ナツの顔を鋭く睨む。
「なにかしら、小娘……!」
「私は、アキュレスさんたちの家族です。だから、家族を傷つけたあなたを許しません。
例えそれがあなたの正義であっても、何であっても」
アルメニアは小さく震えていた。目の前に佇む少女から、得体のしれない恐怖を感じている。
どうして自分よりも子供で、未熟な少女を畏れているのかを理解できていない。
ただただその顔を睨みつけるので精一杯であった。
しかし、彼女とて公爵夫人。そんな怯みは一切見せない。口角を上げ、挑発をする。
「そお、何をしてくれるのかしらねえ? このクソガキッ!」
それを聞いたナツは俯き、両手に拳を力強く握りしめた。
――……ろ……
ボソリ、と彼女が呟く。夫人は何をしでかすのかと様子を見ていた。
そして次の瞬間、ナツがありったけの声で叫んだ。
「全部、全部っ……かいほう、しろおおおおおおおおっ!!!!!!」
バチバチバチッ…………!!!
ナツの周りからは炎、氷、風、雷が轟音を立てて放出されている。そしてそれらが向かう先は、アルメニア・バグリー。
ものすごい勢いで魔法が彼女へと襲い掛かる。辺りはもうナツの魔法で様々な色に変化している。
「はっ……なによこれ」
夫人はもはや、諦めかけたように自身に向かう虹色の光を見ていた。




