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ほことたて  作者: 盆戸炉
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50話 全ての糸は繋がった

※残酷な表現があります。苦手な方はご注意ください。

 ――30年前、アルメニア・バグリーは己が王妃になることを確信していた。

 その理由は現プロメス王に子孫が居ないことにある。

 無論、その場合親族に継がれるのが通例だが、プロメス王はそのつもりがないということを、仕事の関係上最も王に一番近い公爵である夫・『コネット・バグリー』は知っていた。そして妻であるアルメニアも。

 したらば、次期王になるのは公爵であるコネットなのは必然。そう疑わなかった。


 しかし思ったよりも早く、その確信は打ち破らる。

 『次期王がエイデン侯爵に決定』というニュースは、世間以上に彼女を震撼させた。

 一方コネットは出世欲があまりない。この報せを聞いた時も、『エイデン侯爵ならば仕方がない』と笑っていたほどである。

 だが当の本人よりも、妻であるアルメニアの方が納得できなかった。


 何故?

 公爵を差し置いて、侯爵が?

 わたくしは何のためにここまで?


 彼女の怒りの矛先は、悲しくもクリフォードに向けられたのである。


 ここまでアルメニアが怒り狂った理由の一つは、彼女の生い立ちにあった。

 ホルン子爵と同様、チャリアで育った彼女は、人一倍強欲で、傲慢であった。故に彼女は成り上がった。他人を蹴落とし、そして公爵夫人の地位を手に入れた。

 勝った者が全て正しい。その信念で生きてきたがために。

 彼女にとっての"勝利"は目の前であったのに、くじかれた。


 しかし、彼女とて少なからず夫であるコネットを信頼し、愛していたのは事実。

 だからこそ、この結果はおかしい。夫が王になるべきだ。こんなことは、あってはならない。

 そう思ったのである。


 そこからの行動は早かった。

 クリフォード宛に脅迫状を出し、彼の反応を見る。足はつかないよう、念には念を入れた。

 勿論、夫のコネットには全て内緒にして。


 クリフォードは警察に届け出たようだが、彼は王位継承を取り消さない。

 ここまでくればもうやるしかないと、アルメニアは覚悟を決めた。


 彼女の"正義"を貫くために。



 あの日の昼間、エイデン邸を訪れ最初に感じたことは、『夫妻は恐れていない』という事であった。

 脅迫状があったにもかかわらず、堂々としている。

 アルメニアにとってそれも癪であった。

 ならば、とことん嬲り殺してやるという思いが、ふつふつと湧きあがる。


「ああ、やっぱり君だったんだね。公爵夫人」


 寝室で夫妻を見やると、開口一番にクリフォードが言った。隣に立つマリアも、まるですべてを見透かしているかのような視線を彼女に送る。

 アルメニアはなんとなく、とぼけて見せた。

「なんのことかしらあ?」


「とぼけるなよ、侵入しておいて。殺しに来たんだろ、俺らを」


 その顔はどこか挑戦的で、アルメニアはすべてを壊したい衝動に駆られた。口角がこれでもかと上にあがる。

 もともと、彼女の性癖というのであろうか。人の顔が苦痛で歪むのが嬉しくて仕方がないのだ。

 いつもすかしているクリフォードの顔を、マリアの顔を歪めたい。


「んふふ、そうよ。死んで頂戴ね、わたくしのために」


 いわずもがな、アルメニアは何においても強い。彼女の出す棘は、マリアの胸に突き刺さった。病弱なマリアなど一撃である。

「ぐっ……ぁっ……!」

「マリア!!!」


「あらぁ……この棘も相まって、薔薇みたいね。

 気に食わないわ」


 ぐりっ、と追い打ちを掛け吊るし上げたかと思えば、まるでものを投げ捨てるようにその身体を振り払った。

 そうすればもう、クリフォードもすぐに堕ちる。

 彼とて、最愛の妻が胸をえぐられて死ぬのを目の当たりにして冷静でいられるわけがない。

「貴様……っ!」

 クリフォードの目は怒りで血走っている。

 その顔が、とても"好み"だった。 


「ああ! その顔とても素敵! わたくし、貴方の事誤解していたわあ。いつも飄々としていて気に食わなかったけど、そんな顔できるんじゃなあいっ!

 もっと、その歪んだ顔を見せて?」


「貴様だけは、絶対に許さねぇ……! 死ね!!!」

 魔法陣がアルメニアを囲う。

 クリフォードが氷柱を出し、四方八方から彼女に突き刺さる。

 ぶしゅ、ぶしゅっと血しぶきが壁を汚してゆく。しかし、彼女の顔はにやけたままだった。


「んふふ、ざんねぇん」


 彼の背後から、ねっとりとした声が聞こえた。

 クリフォードが気が付けば、氷柱の中心には何もいない。血も、どこにもなかった。


「!!!」


 次の瞬間、クリフォードのアキレス腱が切られ、彼はその場に崩れ落ちた。

 そこからはもう、アルメニアの独壇場である。


 至る所を切り刻んだ。死を焦らすように、ゆっくりと、ゆっくりと。

 そのたびに苦痛の表情を浮かべる彼を、心底愉しそうに見ていた。絶頂すら覚えるほどに。


 そして完全に息をしなくなったクリフォードを見て、高笑いを上げた。


「これで、わたくしの"勝ち"よ。勝ったわたくしが、全て正しいの。そうでしょう?


 んふふ……はは、あーっはっはっは!!!!」


 

 エイデン夫妻に脅迫状を出したのも彼女、殺したのも彼女、その真実を隠し続けてきたのも彼女。

 アルメニアの思い通りとなった。


 一つだけ誤算だったのは、その後夫コネットが自殺をしてしまった事である。 


「ああ、コネット。どうして……どうしてあなたはそんなにも、"綺麗"なのかしらね……。愛していたわ」


 心優しいコネット・バグリーの死に顔を、アルメニアはそっと撫でた。

 だが、もう後には引けない。アルメニアは公爵の職務を引き継ぎ、自らが女王になることを心に決めた。



 しかし、そんな彼女にまたもブレーキがかかる。

 王がそのまま継続したところまでは問題なかった。

 問題は、その後に提案された『王位継承権争い』である。女王の座から一歩遠ざかってしまった。

「また、面倒なことを……! でもいいですわ。ここで証明して差し上げる。


 わたくしこそ、勝者であるという事を!」


 アルメニア・バグリーは、己の勝利を確信していた。





「さあ、これでおしまい。あなたたちの人生も、


 おしまい」


 夫人は高笑いをする。呆然自失としているであろうアキュレス達を見つめながら。

 そして使い魔たちに命令をした。『終わらせろ』と。


 使い魔の二人はハルバードに銃口を向けた。子爵の時と同じように、確実に殺すために。

 ハルバードはその場に俯き、ボタボタと、血だまりを作る。

 

「……す……」


 彼がボソリ、と呟いた。

 その声に夫人が反応する。

「ええっ? なんて?」


「貴様らだけは……絶対に、殺す……!」


「!!」

 顔を上げたハルバードの顔は、怒りに満ちていた。彼の周りからは、とてつもない魔法のエネルギーが発せられている。

 公爵夫人を睨みつける目はクリフォードと同じ。真っ赤な瞳はギラギラと揺れている。

 アキュレスもナツも、こんな彼を見るのは初めてであった。

 こんなにも、感情をあらわにする彼を。

「あらぁ、まだ諦めてなかったの。でもわたくしそろそろ飽きて……」


「うるさい」


 ハルバードは即座に切られた右腕を回復させ、使い魔の一体の背後に回る。


 ズバッ、ズバッ!


 その両腕を吹っ飛ばし、猛火を浴びせる。

 初めて、ぐっ……という使い魔の声がした。すると、使い魔の身体はどんどん消滅してゆく。

 残りは、一人。ゆらり、とハルバードの身体がもう一人の使い魔へと向く。彼の表情はもう一切見えない。


「……」


「なっ……まだそんな魔力が? ……んふふ、いいわあ。なら、何度でも腕や脚を吹っ飛ばしてあげるわ、ハルバード!」

 夫人がもう一体に指示を出す。すると銃をしまい、今度は直接彼に向かって言った。

「ハルバードさんっ……!」

「ハル!!」

 二人の声はハルバードには届いていない。彼は今、怒りによって自我を喪失している。いわば暴走状態である。

 ハルバードは向かってきたもう一体の顔を鷲掴みにし、地面へと叩きつける。そして、その頭を踏みつけメリ、メリ、と地面を割ってゆく。

 勝負あったか、と思った次の瞬間。



「っ……!」



 彼の胸に棘が突き刺さった。無論、その主はアルメニア・バグリーであった。






「なっ……!」

「そんなっ……」


 『領主本人が攻撃を仕掛けてはいけない』。そのルールを、公爵夫人が破ったのである。

 マリアと同じようにハルバードの胸をえぐり、その身体を放り投げた。

 すかさずナツが彼に駆けつける。まだ息はしているようで、必死に回復をさせようとじっとしていた。


 アキュレスは冷たく、鋭く夫人を睨みつけて問う。

「何故だ。何故自らルールを破った」

 その声には無論計り知れない怒りが込められている。

 夫人はにやりとしながらこう言ってのけた。


「ええ~? だって、『仕掛けてはいけない』ってことはぁ、最初の事だけじゃないのぉ~?

 わたくし、そう思っておりましたのに~。うふふっ」


 もちろん、彼女はそれが違うと分かりきって言っているのである。しかし、王は円卓会議の際にそのことを明言しなかった。

 アキュレスは俯き、震える手を握りしめた。

 そして、ふざけるな!と叫ぼうとしたが、その直前、場の空気が一変した。

 凍りついたようなそれに、彼はハッとしてハルバード達の方を見る。


「ナツ……!」


 そこには神代ナツが、カルマを倒した時と同じような顔をして立っていた。横には夫人の使い魔が消滅しかけている。

 その気迫は、アルメニアの動きさえ止めた。

「な、なに……この子……!?」

 ナツの周りからは今まで受けた魔法が今か今かと溢れそうになっている。

 その瞳は冷たく夫人を睨みつけ、こう言った。



「あなただけは、生きていてはいけない。

 絶対に……絶対にっ!!!」



「駄目だナツ!!」

 アキュレスの言葉は届かず、膨大な魔力がパアァァァッと辺りを包み込んだ。

 あまりの力にアキュレスと夫人は気を失った。

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