49話 王位継承権争い、決戦開幕
※残酷な表現があります。苦手な方はご注意ください。
アキュレス・エイデンは、アルメニア・バクリーと対峙していた。その表情は真逆である。
彼らの後ろには、それぞれの使い魔が立つ。月明かりは彼らを照らし、夜風は頬を撫でていた。
「ご提案を承諾していただきありがとうございます。公爵夫人」
「どういたしましてぇ。わたくし、人の家を壊す趣味はありませんの」
公爵夫人は庭での戦いを受け入れ彼と向き合い、そしてじっと見つめていた。
ハルバードの事を。
そして、どこか恍惚とした顔をしながら彼に言った。
「やっとこの日が来たのねぇ。わたくし待ちきれなかったのよ、ハルバード。
さあ、あなたの苦痛に歪む顔をわたくしに見せてっ?」
ウフフフ、と上品に笑うと、公爵夫人は使い魔たちに命令をした。『ハルバードを殺せ』と。
すると、彼女の使い魔は同時にハルバードへと向かう。
すかさずハルバードがナツに魔法を浴びせ、彼女が片方の攻撃を腕で受け止める。ハルバードも、もう片方の攻撃を避けた。
それを見た公爵夫人は少し驚いたが、すぐにいつものいやらしい笑みに変わる。
「あらぁ、おちびちゃんはこんなことができるのねぇ。
なら尚更……あなたに用は無いわ」
使い魔たちはナツに目もくれず、一心にハルバードを狙う。彼女にはその意味が全く解らなかった。
(な、なんでハルバードさんばっかり……! なんとか受け止めなきゃ!)
必死に攻撃を受けようとするが、使い魔二人はそれを軽くいなし、尚もハルバードに向かう。
彼が攻撃魔法を仕掛けるも、それも受け流されてしまい、一進一退の攻防は続いている。
アキュレスはそんな状況を見ながら顔を顰めていた。
やはり彼女の考えることは誰にも解らない、と。
公爵夫人はハルバードの苦痛に歪む顔が見たいと言った。しかし本当にそれだけなのだろうか? もっと他に別の……などと考えているうちに、事態は動いた。
「っ……!」
「ハルバードさん!」
使い魔の拳が彼の腕を弾いた。ほんの一瞬よろけた隙を見て、もう一人が横腹に蹴りを入れる。
二人のコンビネーションは一寸の狂いもない。
しかしハルバードはすぐさま体制を整え直し、使い魔たちの足元へ手をかざした。
「あまり調子に乗るなよ……屑が」
するとかざした場所が光りだし、まるで剣山のような氷柱が地面から彼らを襲う。
使い魔たちは次々湧き上がる氷柱を避けてゆくが、一人の右太腿にそれが突き刺さった。
動きを止められ、そこからはじわりと血が滲んでゆく。
(やった……! まずは一人……)
ナツがそう思っていたのもつかの間、なんと突き刺された右足を、"自ら切り落とした"。
その光景を見て、ナツを始めアキュレス、ハルバードも目を見開く。
「なっ……!」
「……」
(回復、するのか? あの状態で……)
ハルバードの予測通り、根本から切り落とされた右足は即座に回復し、まるで何事もなかったかのように元に戻った。
一連の流れを見ていた公爵夫人は心底愉しそうにしている。
そして今、さらに恍惚な表情を浮かべている。
その理由は、
スパァンッ……!
「……は?」
ハルバードがかざしていた腕が、身体から離れたからである。その腕は宙を舞い、地面へと叩きつけられた。
皆が使い魔の一人に目をやっている隙に、もう一体がハルバードの背後に迫っていたのである。
切られた個所からは、鮮血が噴き出している。ハルバードは歯を食いしばり手で抑え、痛みに耐えていた。
「ハルバードさんっ……!」
「ハルッ……!」
ナツは目からはもうすでに涙が溢れ、足も止まっていた。何故、ハルバードばかりが。何故、自分は何もできないのか。
アキュレスも俯き、自分が何もできないことに憤りを感じていた。
絶望的な状況の中、それを助長させる嗤い声が響く。
「ああ! なんて素敵な表情なの、ハルバード!」
頬を赤らめ両手で顔を抑える公爵夫人は、嬉しそうに笑った。
それに対し、ハルバードは血を流しながら彼女を鋭く睨みつける。その目にも彼女はゾクゾクと身体を震わせる。
「まだ腕が一本無くなっただけだろうが。騒ぐな、喚くな、やかましい……!」
そう聞いた彼女の顔は、更に恍惚なものとなる。
そして、アキュレス達を凍りつかせるような言葉を発した。
「いいわぁ、その顔……。
死ぬ前のクリフォード・エイデンにそっくりねえ」
ピタリ、と三人が動きを止める。彼女は今、何と言ったのか。
『死ぬ前のクリフォード・エイデン』という言葉が、アキュレス達の頭の中を支配する。
夫人が高笑いをした。その様子がとてもとても可笑しくて。
彼女は使い魔たちの動きを止め、こう言った。
「うふふっ! もはや戦意喪失かしらねえっ! そして、やっぱり気づいていなかったのね。
いいわぁ、教えてあげる。
クリフォード・エイデンと、マリア・エイデンを殺したのは、わ・た・く・し、ですのよっ」
未だ言葉を発することができない彼らに向かって、公爵夫人は"冥土の土産"として、真実を語り始めた。




