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ほことたて  作者: 盆戸炉
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47話 それは遅れてやってくる

 三日後、恐らくすぐにでも公爵夫人はアキュレスを襲いに来るだろう。そうすれば、彼女の"あの"使い魔と戦わなくてはならない。

 その為にも改めて準備が必要である。心も、身体も。

 しかしこの日の朝、ある重大な異変が起きていた。

 食堂でいつものように朝食を食べようと全員が座ったが、"彼"以外の視線は一点に集中している。


「ハル……?」

「どうした、ハルバード?」

「ハルバード、さん……?」


 焦ったような顔で己を見る彼らに、ハルバードは顔を顰めた。彼はその意味が全くわからない。

 何だ、と不機嫌そうに聞く彼に、アキュレスが恐る恐るこう言った。



「新聞、逆さまだけど……」



「は? ああ、そうだな……」

 ハルバードがハッとして手に持つ新聞を見ると、確かに逆さまであった。すぐさま新聞を畳み、食卓の上に置いた。

 この緊急事態に、フユーデルとナツは騒ぎ出す。

「ほんとどうしたのさ、ハルバード!? あんたこんなボケかます奴じゃないでしょ!?」

「どうしたんですか! ハルバードさん!!」

「やかましい、少し、静かにしろ……」

 その言葉にもいつものような覇気がない。眉を顰め、頭に手を当てながら心なしか辛そうにしている。


 ハルバードは朝から調子が悪かった。その理由は、戦での魔力の大量消費の疲労が今になって現れたからである。

 彼はそれに薄々感づいてはいたが、これから始まる最後の戦いのために、それに気が付かないふりをしていた。

(ナツの訓練と、アキュレスの仕事、あとは……ああ、あの仕事も残っている。こんな時に休めはしない)

 そんな彼の心情を察したアキュレスが、真剣な顔でこう命令した。


「ハル、今日は休んで。異論は認めない」


 その顔にハルバードは少し目を見開いたが、今のアキュレスには何を言っても無駄だと思い、『了解した……』と、彼は重い足取りで自室へと戻って行った。

 その様子を、残った三人はとても心配そうに見ている。

「大丈夫ですかね……ハルバードさん」

「俺、なんかあったかいものでも作ってくるわ」

「……」

 特にアキュレスは今までこれほど疲労したハルバードは見たことがなく、じっと何かを考えていた。



「はぁ……」

 自室に戻ったハルバードは、一人掛けのソファにゆったりと腰かけ煙草に火をつけると、静かに目を閉じた。

(よりによってこんな時に……)

 すると部屋の扉がノックされ、ゆっくりと開かれる。そこにいたのは心配そうにしている彼の主人であった。

「ハル、大丈夫?」

「アキュレスか……問題ない」

「もう、少し怒ってるんだからね。いつもそうやって一人で抱え込んで、ナツの事言えないじゃない」

「……そうだな、済まない」

「今日はゆっくり休んで。何も気にしなくていいから。じゃあ、何かあったら呼んでね。お休み」

 アキュレスは彼を早く休ませようと一方的にそう言うと、すぐさま部屋から出て行った。


 一日ゆっくり休めと言われ、今までそうしたことがない彼はどうすればよいか悩む。

(休めといわれてもな……一人でこうして何も考えずに休むのは、初めてだな……)

「寝るか……」

 取り敢えず疲れを取るためには睡眠が必要だと思い、誰に言うわけでもなくそう呟くと、煙草を灰皿に押し付けベッドに寝っころがった。そしてゆっくりと目を瞑る。

 疲労困憊していたせいか、しばらくするとすぐに深い眠りに落ちた。





 何も見えないし何も聞こえない。そんな空間に、ハルバードはポツンと立っていた。

 彼はまず自分の手が見えるか確認し、それを強く握りしめ呟く。

「ここは、どこだ……」

(視覚、痛覚、聴覚はあるな……)


 同じ状況でも、かつてのナツとは大違いである。


 すると、どこからともなく老いた男性の声が聞こえた。


――あれ? 神代ナツ……じゃない!?


「……誰だ、貴様。どこにいる……?」


 ハルバードは『神代ナツ』と聞きピクリと反応したが、冷静に返事をしてゆっくりとあたりを見回す。

 見ず知らずの相手に動揺する姿を見せるなど、彼にとっては言語道断だ。


――わしは神代ナツの"守護神"ですぞ。神様だから姿はないの。で、君誰?


 相変わらず間の抜けた守護神の声にハルバードは顔を顰めるが、すぐさま思考を巡らせる。

(以前ナツが言っていた守護神とやらは、こいつのことか……? この様子だと、ナツを呼び出そうとしているのか。何故?)


「貴様に名乗る気はない」


――ええ~……こわいなあもう。じゃあさ、神代ナツ知らない?


 全く恐れているような声ではないが、守護神のそれには少しの焦りが感じられる。ハルバードも、神と名乗り、姿が見えない相手に一歩も引くことはない。


「ではまずこちらの質問に答えろ。でなければ私も答えない。貴様、ナツ・カミシロを呼び出してどうするつもりだ?」


――な、何この子こわい……。まあいいや。えっとね、わし以前に神代ナツを手違いで死なせちゃったんだけど……。

 あれは一応わしの労災ってことになってね、『神代ナツを元の状態に戻そうと思って』彼女を呼んだつもりだったんだけど……。で、君誰?


 思いもよらなかった理由に、ハルバードは一瞬動揺した。しかし、もしそれが本当ならば看過できるわけがない。


「……私はハルバードだ。ナツ・カミシロが召喚された先に生きる者。貴様、ナツを元の状態に戻すと言ったな。それが本当であれば、私は貴様を許さない」

 ハルバードは一層低い声で静かに言った。守護神の声に更なる焦りが混じる。


――え!? 何でよ! 神代ナツを元に戻したら、君たちの世界の時間もちゃんと元に戻すよ?


「つまりそれは、彼女と出会う前の状態に戻す。という事か?」


――そうそう。そりゃあねえ、手違いだし。


 それを聞くと、ハルバードの顔は一気に歪む。そして、怒気を含んだ声で守護神へ向かって言った。

「なら尚更、貴様を許す気はない」


――な、なんで! そもそも君、神代ナツの何なのさ……どうしてそこまで返したくないの……


 その問いに、ハルバードはしばし考える。自分は、彼女の何なのか。何故返したくないのかと。そしてある答えを導き出した。


「今更また最初からやり直せなど許せるわけがないだろう。ナツ・カミシロは、『私が認めたパートナーだ』。

 誰にも、渡しはしない」


 どこか濁っている彼の瞳を見た守護神は、大きくため息を付いた。


――はぁ~……でもそれじゃあ困るのよね。わしの労災降りないと全部わしの責任になるじゃない? そこはさ、ほら、ね?


 ハルバードは舌打ちをし、腕を組んだ。

「知ったことか。全て貴様の責任に変わりはないだろうが。これ以上の話は無駄だ。早く私を元の世界に戻せ」


――神様相手にすごい度胸だよね、君……まあいいや。わしも君には元々用ないしね。じゃあね!


 守護神がそう言うと、ハルバードが何も反論する間も無く、真っ暗だった空間が白く染まり始めた。





――さん、……ドさんっ!


 パチリと目を開けると、ハルバードの目に入ってきたのは心配そうに覗き込むナツの顔であった。

 ナツは彼が目を覚ましたのを見てホッとした表情になり、ベッドの横の椅子に座り直す。

「よかったぁ。なんかすっごい怖い顔で寝てたから悪い夢でも見てたのかと思いましたよ」

(寝顔見ちゃったし、えへへ~。やっぱり綺麗だったなぁ)

 にへらっと笑う彼女を、ハルバードは暫くの間ボケーっと見ていた。何も言わず凝視してくる彼に、ナツの頬は赤く染まる。

「な、どうしたんですかっ……?」


「いや……別に」

(夢、か?)

 ハルバードはナツの姿を見て安心したのか、状態を起こそうとする。しかし、彼女がそれを制した。

「あ、だ、駄目ですよ! まだちょっとしか寝てないじゃないですか! 今日はゆっくり休んでください!」

「……ああ、そうだな」

 いつもならば文句の一つでも言うハルバードであったが、先程の夢もあってか素直に従った。


 彼はふと、フユーデルの『ナツに執着している』という言葉を思い出し、頭を横に振った。

(夢なのにむきになりすぎたな……休まった気がしない)

 そんなハルバードを見て、ナツはまた心配そうに顔を歪める。

「ハルバードさん、大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない。だからそんな顔をするな」

 彼が困ったように微笑むと、ナツはまた顔を赤くしながら照れ笑いをした。

「えへへ、よかった。なんかハルバードさん見てたら私も眠くなってきちゃいましたよ」


 ふわぁ、と小さく欠伸をする彼女を見て、ハルバードは少し考え、いつの間にか掛けられていた掛け布団の端を持ち上げた。

 そして横をポンポンと叩きながら、彼女をこう誘った。


「おいで?」


「ふぇっ!?」

 はわわわ!と顔を真っ赤にしながらも、ナツは嬉々として彼の横に寝っころがった。

 そんな彼女の頭を、ハルバードはゆっくり撫でる。

(なんか今日のハルバードさんは優しさ8割増しだなっ!)

(今日くらいは、別に構わないだろう)

「おやすみ、ナツ」

「えへへー、おやすみなさぁ~い♪」


 こうして"ほこたてコンビ"は、先日のようにすやすやと一緒に昼寝をするのであった。



「……また二人で寝てる。ずるいなぁもう。ああ、私のカメラどこに仕舞ったかな……」

「ずるい~! けどまあ、今日だけは許してあげる。アキュレスこのスープ飲みたい?」

「うん、もらうー」

 アキュレスとフユーデルは、寝ている彼らを見届けながら、静かに扉を閉めた。

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