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ほことたて  作者: 盆戸炉
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46話 公爵夫人は解らない

 公爵夫人は解らない。彼女の考えは誰にも解らない。

 今こうしてホルン子爵の前に立つ理由も、彼女しか知らない。


「何しに来たんですか? 公爵夫人。無様な僕を笑いにでも来たんです?」

 ホルン邸には、シェゾリア・ホルンしかいない。彼はアキュレスに破れ、生き残る決意をした。

 そんな子爵の前に、『アルメニア・バグリー』がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら立っている。彼女の使い魔をひきつれて。

 深夜の静けさと彼女たちを照らす月明かりは、より一層その不気味さを助長させる。

 公爵夫人はいつものようなねっとりとした口調で彼の問いに答えた。


「そんなのきまってるじゃなあい?

 殺すため、よ? わかるでしょう、あなたなら」


 子爵には、少しだけ彼女の考えが理解できる。

 自分は敗者。なら生き残るなど半端なことは許されない。彼女はそう思っているのだと。しかし、もう同意をするつもりはない。

「あいにくだけど、僕その考えやめたんですよねー。敗者は敗者なりの生き方ってやつ、これからそうするって改めたんですよお。

 だから殺されませんよ?

 僕もう失格者ですから、魔法、思いっきり使えるんですよねえ」

 子爵はそう言うと、手に冷気を宿した。彼もまたにやりと挑戦的な笑みを浮かべている。


 しかし、その牽制に侯爵夫人は表情を一切変えない。

 そしてわざとらしく残念がるそぶりを見せると、こう語りだした。

「あらぁ、あなたならわたくしと同じだと思っていたのに。残念だわ、実に残念。

 同じ『チャリア』で生きてきた人間とは思えないわねえ。あなた、それでもあのシェゾリア・ホルンなのかしらぁ?

 わたくしは、これでもあなたのことを買っていましたのよ? いつからそんなつまらない考えになってしまったのかしらねえ?」

 バグリー公爵夫人は、子爵と同じくスラムだったチャリアで育った。そして後にバグリー公爵と結婚し、彼女は今の地位にいるのである。

 つまり、五爵のうち二人がチャリア出身。昔のチャリアで生き延びた人間がいかに優秀かがうかがえる。

 だからこそ、彼女は『失格』の文字を見た時、子爵の考えが変わってしまったことを憂いだ。そして、憤りを感じた。


「あなたも"かつての"チャリア出身だと聞いてます。だからあなたの考えは解る。敗者は死ぬしかない。そんな中で生きてきたのなら当然そう思うしかない。

 でも、今の僕は違う。

 敗者は敗者らしく雑草のように生き延びて、そしてもう一度勝者になってやる。そう思ってるんですよ」

 そう語る彼の目は、生きる希望に満ち溢れていた。

 そんな彼を、まるでゴミでも見るような目で公爵夫人は見ている。そして口だけは笑みを浮かべながら、こう言った。

「そお。つまらない男になったわね」

「そりゃあどうも」

 二人の間に不穏な空気が流れている。静寂が寝室を包み込み、どちらも一歩も動かない。

 スラムで生き延びてきた彼らだからこそ分かる殺気。今までの戦では見られなかった、ピンと張りつめた空気。互いが様子を窺い、攻撃のタイミングをはかる。

 そしてその糸を切ったのは、公爵夫人であった。


「じゃあ、さようなら。また来世」


 公爵夫人が子爵に背を向け出口の方へと歩き出すと、彼女の使い魔たちが一斉に子爵に襲い掛かった。

 すかさず、子爵は氷壁を作り出す。しかし使い魔の二人は、それをいとも簡単に拳で叩き割った。

 ガシャァァン!と氷壁が崩れる。

「くそっ、なにその腕力」

 二人は黙って次々と彼に物理攻撃を仕掛けてくる。一人は拳、一人は蹴り。

 子爵はかろうじてそれを避けるのみである。


「あんまり、調子に、乗るなよっ!」


 子爵が隙を縫って一体の両手を凍りつかせた。そして、それを蹴り上げる。凍った両手は粉々に砕け散った。

 よし!と思ったのもつかの間、叩き割られたそれはすぐに再生を始めた。

 それを見た子爵は驚愕している。

「まじかよ!」

 公爵夫人は相当な実力者である。故に彼女の召喚した使い魔は、ハルバードと同じくとても優秀だ。腕くらいなら即座に再生できるほどの魔力を持っている。

 それが二人。しかし、子爵とてチャリアを生き延びた現領主。状況は絶望的であるが、そう簡単に諦めたりはしない。


 しかし、使い魔の二人は攻撃の手を一切止めない。まるで子爵のかつての使い魔のように、無慈悲に命を狙い続ける。

 子爵がそれを思い出し、一瞬だけ気を緩めてしまった。すかさず一体の蹴りが子爵の横腹に直撃した。

「ぐっ……!」

 よろけた一瞬を突いて、もう一人の拳が彼の顔を叩き飛ばす。

 ドサリ、と子爵が床に横たわった。

 ザッ、ザッと使い魔たちの靴の音が彼に近づく。

 ぼんやりと前を見つめながら、子爵はボソリと言った。

「はっ……なんだよ。結局、敗者の末路なんてこんなものか……」

 子爵が全てを諦めかけた瞬間、頭の中であの言葉がよぎった。


『自分の命を、粗末にするな』


 アキュレスの怒りに満ちた顔が思い出される。人生で初めて、自分のためにここまで怒ってくれた彼の事を。

「……ほんっと、アキュレスにいはずるいよ、ねっ……!」

 彼がもう一度、抗おうと立ち上がった瞬間。



 パァンッ……!



「……は?」


 子爵の腹を、銃弾が貫いた。ガクリ、と彼が膝を落とす。うつぶせに倒れ、その血はドクドクと溢れ出す。もはや痛みなどは感じない。

 そしてまぶたを閉じ、消えゆく意識の中、彼は最期にこう呟いた。


「かはっ……ごめん、アキュレスにい、ハルにい……ナツ、ねえ……」




 途切れる寸前、コツコツと靴の音が、近付いて来る気がした。






『ホルン子爵、脱落』


 電報を見た四人は、瞬時にその意味を理解した。公爵夫人が子爵を殺した、と。

 そして強く拳を握り、怒りに耐えている。

 アキュレスはその電報をくしゃりと握りつぶすと、目を瞑って静かに言った。

「守ってあげられなくてごめん、シェゾリア……」


「ねえ、アキュレス」

「……何、フユーデル」

 フユーデルがいつもよりも低い声でアキュレスに問いかける。

「勝つよね?」

 彼のとても真剣なまなざしに、アキュレスはしっかりと顔を上げて答えた。


「当たり前でしょ」


 ナツとハルバードは怒りに目をギラつかせた己の主を見て、一層気を引き締める。

 シェゾリア・ホルンは本当に優秀な人物であった。その彼を一晩でいとも容易く殺してしまうくらいの使い魔達と、これから戦わなくてはならない。

(絶対、負けられない……。子爵の為にも、自分たちの為にも!)


 引き続き残り。公爵、侯爵。

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