表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ほことたて  作者: 盆戸炉
47/56

44話 つかの間の日常

「ねえ~、ハルバード」

「何だ。またろくでもない雑誌でも読まそうと?」

「ちげーよ! 聞いて!」

 居間ではハルバードとフユーデルが朝食後にテレビを見ながらくつろいでいた。

 新聞を読むハルバードにフユーデルが話しかけたが、ハルバードはまた下らない話だろうと軽く受け流そうとしていた。しかしそうではなかったようで、彼は新聞からゆっくりと顔を上げる。


「俺さ、アキュレスが王になったら側近になるから。よろしく」

「……そうか」

「あれ、反対しないの?」

 意外にもすんなりと受け入れた彼を、フユーデルは不思議そうに見ている。ハルバードはそんな彼を見て、やれやれといった表情で説明し始めた。

「はぁ……アキュレスが決めた事なのだろう? 私は反対しない。それに、これでもお前の頭脳は認めてやっているんだ。ありがたく思え」

「なんでそんな上からなの……。まあでもサンキュ」

 フユーデルはアキュレス以上の頭脳の持ち主である。ハルバードは彼なりにフユーデルを評価していた。

 フユーデルは軽く礼を言うと、ハルバードはそれで……と彼に問いかける。

「お前は何を学んできたんだ」

「んー? 政治」

「政治? お前の事だから、科学や魔法学を専攻していたかと思ったが」

「うーん、それも楽しいんだけどさ。アキュレスの役に立つには、政治とかそこらへんの知識が必要でしょ?」

 その答えにハルバードは少し目を見開いた。フユーデルがここまでアキュレスの事を信頼し、彼の役に立ちたいと思っているという事が、意外だったからである。

 昔から仲が良いのは知っていたが、そこまで彼らの絆が深かったことを知り、どこか嬉しそうに小さく笑った。


「でさあ、ナッちゃんはどうするんだろうね?」

「あいつは……」

 ぽやんとした彼女の顔が思い浮かぶ。ハルバードでさえ、王の側近としての彼女の役割はなかなか思いつかない。

「ナッちゃんはマスコットキャラみたいなところあるからね~」


 フユーデルはあはは、と笑うと、何かを思い出したかのように、急に話題を変えた。

「そういえばさ、俺がハルバードに宣戦布告した事憶えてるよね?」

 フユーデルは挑戦的な顔をしてハルバードに見た。宣戦布告とは、先日ナツの額にキスをし、ハルバードに向かってナツのことを『本気だ』と言ったことである。

 ハルバードは眉をひそめ、また訳のわからないことを……と彼を睨んだ。

「私には関係のないことだろうが」

「へ~、じゃあハルバードは不戦敗だね」


「は?」


 不戦敗、という言葉にハルバードはピクリと反応した。負けず嫌いとは彼の事である。

「だってそうでしょ? あのさあ、俺の事あまり見くびらないでよ。洞察力には自信あるんだよね。知ってるでしょ?

 ハルバードはナッちゃんの事気に入ってる。今までにないくらいにさ。ハルバードが女の子にあんな態度を取るなんて、普通ならありえない。

 それとも、ナッちゃんが知らない男に取られても平気なの? あんたは少なからずナッちゃんに執着してるんでしょ」

「……」

 フユーデルは少し相手に塩を送りすぎたか?と内心焦ったが、相変わらずハルバードは顔を顰めたままであった。

「だから、何が言いたい。はっきりと言え」

「自分で考えたら?」

「はぁ、あまり意味のわからないことばかり言うと……」


「あれ? お二人とも何しているんですか?」


 バチバチっという火花が散っている中、話の中心であったナツが、のんきに居間へと入ってきた。

 二人はそれを見て元の体制に戻り、フユーデルがわざとらしくナツに泣きつく。

「ナッちゃ~ん、ハルバードがいじめるんだよぉ~」

「ふぇっ!?」

 ぎゅうぎゅうと抱きしめるフユーデルに、ナツは顔を赤くしながらあわあわとしている。ハルバードはそれを見て一瞬イラついたが、彼自身はその理由を分かってはいない。

 すると彼はソファーからすくっと立ち上がりナツの目の前まで来ると、じっと彼女の顔を見た。

(相変わらず間抜け面だな……)

 何も言わずじっと見つめる彼に、ナツの顔は更に赤くなる。

 そして、ハルバードはナツの前髪を上げ、額に軽くキスをした。


「!?!?!?!?」



「受けて立とうではないか、フユーデル。不戦敗などとは言わせない」



 ニヤリとしてフユーデルにそう牽制すると、ハルバードはどこか愉しげに居間から出て行った。

「なっ……! あの野郎め……」

「!?!?」

 ナツはぷしゅーと沸騰しながら、その場にへたり込んだ。

(き、き、キスされた……!!)


「あいつ……楽しんでやがるな、俺の反応を……!」

 フユーデルは闘志を燃やし、彼が出て言った居間の入り口を睨みつけた。





 アキュレス・エイデンは、クリフォード・エイデンと同様、人望が厚い。

 ハルバードの陰に隠れてはいるが、彼も相当容姿端麗である。そして、ハルバードとは真逆の性質だ。


 爽やか

 温厚

 優しい

 紳士


 そんな侯爵が人気でないわけがない。エイデン邸には毎日一定数の恋文が彼あてに来るのである。


「アキュレス~、本日のラブレター」

 フユーデルが執務室に手紙の束を持ってきた。

 それを見て、アキュレスは困ったような笑顔でお礼を言った。

「ありがとう、フユーデル。そこに置いといてくれる?」

「へーい。にしても毎日毎日すごいなぁ。とっとと結婚すればいいのに」

 フユーデルは手紙を置いてそれらを見ながらポツリと言った。

「え? 結婚?」

「そうだよ! アキュレスはもう33なんだから、そろそろ身を固めなよ」

「う~ん……それはそう、なんだけどねぇ……」

 アキュレスは尚も困った笑顔で、答えに詰まっていた。33歳と言えば、子供がいてもおかしくはない。しかし、アキュレスは恋人さえできる気配が全くないのである。

 そうすれば、多くの女性に夢を見させてしまうことになるのは必然というものだ。


 フユーデルは、何故アキュレスが一向に恋人を作らないのか疑問に思っていた。彼なら引く手あまただというのに。

「そもそもさあ、なんで恋人作らないの? 良い人ならいそうなもんだけどね」

「うーん、なんかねぇ……こういう仕事柄なのかな。結構恨まれたりするでしょ? だからそんな人の恋人や妻になる人は可哀そうだと思っちゃうんだよねぇ~……」

 彼はとても優しい男である。

 ハルバードとはまるで違う。

「そっかぁ、でもそろそろ結婚しないとさあ子供が出来ないよ? 欲しくないの?」

「そりゃあ欲しいけどさ……」


 二人はアキュレスの将来についてああでもないこうでもないと言いながら、ゆるゆると仕事をしていた。

 暫くすると、フユーデルは洗濯物を干しに行くために執務室を後にした。

 部屋にはまた静寂が包みこむ。アキュレスは一人、自身の将来について悶々と考えていた。

「結婚、ねえ……」

 アキュレスはこんな職業の妻になる女性が可哀そうだと言った。しかしそれ以上に彼は、自分と同じように妻や子供を一人ぼっちにさせてしまうかもしれない、という心配の方が強かったのである。




「そういえば、アキュレスさんって結婚しないんですかね?」

「さあな」

 一方ナツとハルバードも同じような話をしていた。

 ハルバードはアキュレスが一向に恋人を作らない理由がいまいちわかっていなかったが、彼の性格上、余計な心配のしすぎなのではと思っていた。

 ナツはあんなに格好良くて紳士的で爽やかなアキュレスに恋人がいないことを、前々から不思議がっていたようである。

「あいつのことだ、何か考えがあるのだろう」

「そうなんですかねえ……もったいないです」

「そういえば、昔あいつにも恋人がいたな……」

「え!? そうなんですか? 聞かせてください!」

「……楽しそうだな、お前」

 恋バナと言うのは、女子にとって興味を持たざるを得ないもの。

 ハルバードは仕方ないと言った表情で、アキュレスの過去を話し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ