42話 シェゾリア・ホルン
午前一時、アキュレスの寝室にいた三人は緊迫していた。
「わざわざ呼び鈴鳴らすとは、随分と"粋"な領主だな」
「ど、どっちですかね……」
深夜のエイデン邸に、心なしかいつもよりも冷たい音色の呼び鈴が、嫌に大きく響いたからである。それを鳴らした人物は、バグリー公爵夫人が、ホルン子爵のどちらかであることは明らかだ。
アキュレスは真剣な顔をして二人の方を向いた。
「とりあえず行くよ。二人とも」
◇
「来ちゃった☆」
扉をあけると、そこにいたのはホルン子爵であった。その後ろには、深夜の暗さによって不気味さが増したハンプティ・ダンプティが直立している。
「シェゾリア……」
「本当はこんなことしたくなかったんだけどねぇ? でも、アキュレスにいを最後に殺すのはちょっと……と思って」
「……そっか。じゃあ一つだけお願いしてもいい?」
「ん? なあに?」
アキュレスはホルン子爵に庭での戦いを提案した。すると、彼は快くそれを受け入れる。
「もちろんそのつもりだったよ! じゃなきゃわざわざベル鳴らさないでしょもー……。
じゃあ、行こうか」
子爵は一気に雰囲気を変えた。殺気を纏い、使い魔を連れて庭へと向かって行った。アキュレス達もそれに続く。
ナツは固唾を飲んだ。これから、子爵との生き死にの戦いが始まる。
庭へ到着し対峙すると、一息つく間もなく子爵が仕掛けた。
「いけ、ハンプティ・ダンプティ!」
すると彼の使い魔たちは真っ先にナツへと向かって行く。それを見たハルバードはすかさずナツに魔法を浴びせた。
その炎がキラキラと消えていく様を見て、子爵は目を見開いた。
「何、それ……」
そんな主人をよそに、ハンプティ・ダンプティは一切動揺はせず、一体がナツに向かって電気を浴びせようとする。
しかし、それもまたナツの目の前で消えてしまった。彼女は得意げにしている。
(よしっ! これでしばらくは大丈夫!)
「魔法攻撃はするな!」
子爵がそう叫ぶと、使い魔たちが今度は短剣を取りだし、尚もナツへと向かう。それはまるで機械の様に何の躊躇いもない。
しかしその攻撃も、ナツは腕をクロスさせて受け止めた。ズズッと後ろへ下りはしたものの、傷はどこにもない。
子爵は混乱していた。
彼の人生はさほど長いものではないが、こんな事が出来る使い魔は見たことも聞いたこともない。
先日彼がナツにちょっとした疑問を持ったのは、間違ってはいなかった。しかし、それでもこれは予測ができないだろう。
アキュレスはこれを狙っていた。
ハルバードよりも明らかに劣るであろうナツを敢えて争いの前に見せ、彼女に攻撃を集中させるように仕向けたのである。
結果、子爵はナツを単体で狙い、彼女のイレギュラーな様に混乱している。
しかし、それで堕ちる子爵ではない。すぐさま思考を巡らせ、次を考える。
「ナツねえには魔法を浴びせられない。最悪ハンプティが浴びせたものが利用さ……いや、まてよ。
ハルにいは"ワザと"浴びせたな……。
チッ! 状況は最悪じゃないか」
彼は聡明である。今の状況を確実に理解した。
すると今度はターゲットを変え、ハルバードに向かわせようとした。だが、気がつくとハルバードの姿が見えない。
「どこへ行った!?」
ハンプティ・ダンプティも彼を捕捉できず、固まっている。
すると、暗闇の中から低い声が響いた。
「こんな子供騙しにかかるとは、やはり貴様もまだ子供だな」
「!?」
ハルバードはハンプティ・ダンプティの顔に向かって回し蹴りを決めた。
ハルバードは生成した黒い霧で身を隠し、攻撃の機会を窺っていたのである。
一見単純に見える方法であるが、混乱していた子爵相手には功を奏した。
二体の仮面が宙を舞う。
「……!」
「えっ……!?」
「これは……」
そしてアキュレス達は、仮面が取れた姿を見て驚愕した。
何故なら、ハンプティ・ダンプティの顔が『無かった』からである。
目も、鼻も、口も何もない。ただ真っ白な"卵"の様であった。
「なっ……なにこれ……」
ナツは所謂『不気味の谷』を感じていた。人の形をして、人のように動いているのに、完全に人ではない。
吐き気が込み上げてくる。
すかさず子爵が攻撃命令を出した。ナツとハルバードが動揺している今が、子爵にとって最後のチャンスである。
「やれっ!」
ハンプティ・ダンプティはハルバードに向かい、ナイフを振りかざす。
ニ体が左右から同じように向かってくる。ハルバードが前に避けようと地面を蹴り上げるが、避け切る直前に一体が彼の腕を切りつけた。
「チッ……!」
「ハルバードさん!」
ナツが心配そうにしているが、ハルバードは構うな!と叫び、そのまま切りつけてきた一体に回し蹴りを決める。
しかし、もう一体が彼に迫っていた。すかさずそれにも回し蹴りを決めようと足を上げるが、予想以上に移動速度が速く避けられてしまう。
そして、ハルバードに炎を浴びせようと構えた。
(ハルバードさんっ……!)
それを見たナツはそれを受けに走った。魔法はナツの身体に集中し、消滅。
お互い体制を整え、振り出しに戻る。
バキリ、と仮面が割れる音だけが辺りに響いた。




