41話 王道は止むを得ない
エイデン邸では、食卓会議が行われていた。議題は『ナツの攻撃手段について』である。
カルマを倒したあの雷は、確かにナツから放出されていた。ナツはその後記憶を少しだけ飛ばしてしまったが、それでも彼女は俄然やる気を出していた。
自分にも攻撃手段ができて大いに喜び、これからそれを取得する為の訓練をしなくてはと皆に提案したが、一斉にこう言われた。
『反対だ』
「……えっ! な、なんでですか! せっかく攻撃手段が出来たんですよ? これは……」
まさか全員に反対されるとは思わず、ナツはバッと立ち上がって抗議をする。
しかしアキュレスがそれを制し、立ち上がった彼女を座らせ、その理由を説明し始めた。
「あまりにもリスクが多すぎるからだよ、ナツ。記憶を少しでも飛ばしてしまうという事はあまりにも危険だ。君にそれをさせるわけにはいかない」
「で、でも……」
未だ納得できていないナツに、ハルバードは彼女を睨みつけながら言う。
「でもじゃない。
確かにあのエネルギーは強力であり、膨大だ。しかし、その分お前の身体にかかる負担はそれ以上かもしれない。
あの短い時間で記憶を飛ばすくらいだ。これからそれを使うことはそれ以上に危険であり、さらに言えば何が起こるかさえ予測できない。
恐らく感情が高まりすぎた結果なのだろうが……」
リナシーを無惨に殺したカルマに対し怒り狂った瞬間、彼女の纏う空気が一変した。
変貌した彼女を見ていたアキュレスとハルバードは、初めのうちはナツと同じように新しい攻撃手段が増えたのかと期待した。
しかしカルマを倒した後の彼女を見て、その期待は消え去り、むしろ危険だと判断を下した。
彼女にこれ以上同じことをさせれば、何が起こるか分からない。それだけは避けたかった。
ナツは二人の言葉を聞き、俯きながら黙っている。
そこにフユーデルが追い打ちをかける。
「悪いけど、今回ばかりはナッちゃんに同意することはできない。例え、心のうちで本当は納得できていないとしても」
「フユーデルさん……」
フユーデルはアキュレスに事の瑣末を聞き、彼もまたナツにそんな危険を冒してまで攻撃する必要はないと考えた。
全員に否定され、ナツは悔しいのか悲しいのか分からなかったが、それ以上に自分が役に立つどころか迷惑をかけてしまっていたのだとひどく落ち込む。
しかし、皆が言っていることはもっともであり、これ以上迷惑など掛けられないと、彼女はしっかりと皆の方を向いて言った。
「わかりました。これからはこうならないようにします、迷惑掛けてごめんなさい」
今までのナツであれば泣きそうな顔で謝るのだろうかと思っていたが、彼女の成長ぶりに皆表情を緩めた。
「良い子だね、ナツ」
「少しは成長したんだな、ナツ」
「ナッちゃんえらい!」
皆にそう言われて、ナツはえへへ!と笑うと、そのままこう続けた。
「私はもう、大人なんですからねっ!」
◇
争いは再開され、一日が経った。
公爵夫人と子爵はどう動くだろうかと、アキュレスは仕事の合間に執務室で一人考えていた。
二人の性格上、自分から仕掛けてくるだろう。もとより、アキュレスの作戦上それが望ましい。
しかしその時の戦場は、自分の邸宅である。襲われるとしたら、リナシーの時と同じ寝室の可能性が高いが、そこで戦いが開始された場合、彼の寝床は木っ端微塵になることは必至である。
そこで、彼はもし室内で仕掛けられた場合は、こう言った提案をしようと思っていた。
『庭での正々堂々とした戦いを』
果たして残りの二人がそれを受けるかどうかは分からないが、彼らとは争いさえ無ければ関係は良好なはずだと、彼は一縷の望みに掛けた。
これが吉と出るか凶と出るか。
そのようなことをしかめっ面で考えていると、執務室の扉がノックされた。
どうぞ、と促すとそこにいたのはハルバードであった。その手にはコーヒーが二つ持たれている。
「……なんだ、その顔。何か問題でも?」
部屋に入って早々、ハルバードは怪訝な顔をしてアキュレスに問いかけた。
「え、ああいや。そんな変な顔してた?」
「ああ」
「ひどいなあもう……。あ、コーヒーありがとね」
ハルバードは苦笑いする彼にコーヒーを渡すと、ソファーに腰かけた。
そして、彼もまたコーヒーを啜りながら問いかける。
「で、何を考えている?」
アキュレスは先ほど考えていたことをハルバードに話した。
彼は概ねその考えに同意したが、一つだけ気にかかったことを問いかける。
「提案が拒否された場合は?」
もちろんその場合はエイデン邸が跡形もなく壊れる可能性が高い。ハルバードはそれが分かっている為、彼に"許可"を求めた。思い切り戦ってもよいのかということを。
アキュレスはどこか諦めたように笑いながらため息をつくと、こう答えた。
「まあその時は、好きにしていいよ。でも、せめて雨風しのげる程度には残しておいてよね……」
「ふ、了解した」
久しぶりにゆっくりと話しながら、アキュレスは仕事を再開したのであった。
「かわいい! ナッちゃん超かわいい!」
「え、え~……そんなことないですよぉ~」
一方若者二人組は、居間で遊んでいた。
ナツの頭にはカチューシャが嵌められている。
所謂、『猫耳カチューシャ』である。
フユーデルが買い物の帰りに市場で見つけたもので、それを見た時即ナツに着けようと決めたのであった。
ナツはこの歳になって猫耳など恥ずかしくて仕方がないと思っていたが、フユーデルが可愛い可愛いと手放しに褒めるので、だんだんとノッてきてしまったようだ。
「これで尻尾も付けたら完璧なんだけどな~」
「そ、それだと本当にコスプレに……」
(こっちの世界にもやっぱこういうのあったんだなぁ……)
フユーデルは思ったよりもコスプレが気にいったようで、次に市場で何を買おうか考えているようだ。
すると、アキュレスの部屋から戻ってきたハルバードが二人を見た。
引いた目をしながら。
「何をしているんだお前ら」
「ハ、ハルバードさん!」
(こ、これははずかしい!!!)
ナツは彼の視線にすぐさま猫耳を外そうとするが、フユーデルがそれを制する。
彼女は慌ててフユーデルの名前を呼ぶが、彼はそれを無視してハルバードに向かって言った。
「ねえ可愛いでしょこれ! 猫耳カチューシャ!」
(意味を聞けばまた年寄り扱いされるなこれは……このクソガキが)
「チッ……」
(なんで舌打ちしたの!?)
「ハ、ルバードさん……」
「あ? 何だ」
煙草を吹かしながら不機嫌そうなハルバードにちょこちょこと近づき、ナツは恐る恐る尋ねた。
「似合わない、ですかっ……?」
ハルバードは少し目を見開いて彼女を見た。
まさかの猫耳、上目遣い、赤面の三拍子である。狙っていない分、性質が悪い。
フユーデルは彼らの様子を見て、ずるいずるい!と騒いでいる。ナツはその意味を分かっていないようで頭にクエスチョンマークを浮かべていた。
そこでハルバードはまた何か思いついたのか、ニヤリとしてナツに近づいた。
ナツは、似合わないと言われたらどうしようなどと考えていて彼の邪悪な笑みに気が付いていない。
ハルバードはナツの目の前に来ると、ナツの顎を片手でクイッと上げ自分の方を向かせた。
「!?」
驚いている彼女をよそに、ハルバードは愉しそ~うに微笑んだ。
「その耳、似合っているじゃないかナツ。
ほら、猫はなんて鳴くんだ? ん?」
「!?!?」
ボフンと爆発したナツは、もはやナツはパニック状態である。顔を真っ赤にさせながらアワアワしている彼女に、ハルバードは追い打ちをかけた。
「ほら、『にゃ、あ』」
ナツは彼の色気に完全降伏し、涙目になりながら言った。
「に、にゃあ……」
どこかトローンとした目でそう鳴いたナツを見て、ハルバードは満足そうに顎から手を離すとフユーデルの方を向いた。
「こう楽しむのだろう? これは」
「違っげーよこの変態野郎が!」
最近ハルバードが露骨になってきたんじゃないかと、フユーデルは苛立つ。
これでは一向にナツの心を奪えないような気さえしてきたが、彼はその考えを一掃し奮起した。
「ねえ、ナッちゃん……」
「あ! なにそれ! 可愛いじゃない、ナツ!」
フユーデルが意気揚々としてナツに呼びかけようとすると、彼女に関しては度が過ぎた程の過保護な"悪魔"が居間へ戻ってきた。
嫌な予感を感じた二人は、そそくさと居間から出ようとする。
「あ! 俺、夕飯の準備しなきゃぁ~」
(わざとらしいなこいつ)
「部屋へ戻る」
しかし、それは叶わなかった。
未だ呆けている涙目のナツを見て、アキュレスがピシリと止まったからである。
「おいで、ハル、フユーデル」
二人はもはや諦めた。
(うぅ~……ハルバードさんのばか! エロい! すき!)
そんな彼らをよそに、ナツはマイペース貫くのであった。




