38話 子供と大人
※残酷な表現があります。苦手な方は、ご注意下さい。
ダルダンディス・ヴァルナリオ伯爵は、膝から崩れ落ちて手をついた。
目の前には彼の使い魔であるリルドとラルド、そして愛する妻『サラ』が、無残な姿で横たわっている。
「あ、ああ、わたしの、愛する……」
歯を食いしばり、今にも殺しにかかりそうな目で敵を睨み付けた。
そんな彼とは裏腹に、伯爵の"家族"を殺した犯人は、愉しそうに笑っている。
「ははは、当然の結果だよね。強い者が勝つ。……当たり前の事でしょ?」
ホルン子爵は、伯爵を見下しながら冷たくそう言い放った。
◇
ヴァルナリオ邸の食卓には、争いが始まってからは豪華なものばかりが並んでいた。
サラは言葉に出さないが、いつでもこれが"最後の晩餐"となれるよう、精一杯愛する夫と双子のために料理を作る。伯爵はそんな彼女の理解と心遣いにとても感謝をしていた。
「さあ、リルド、ラルド。好きなものを食べなさい」
「そうよ、おかわりもあるからね」
『はい! パパ、ママ』
リルドとラルドは揃って返事をすると、料理をおいしそうに頬張った。
それを微笑みながら見つめる伯爵と妻。
その光景はまるで幸せな家族そのものである。そして、伯爵は本当にそう思っていた。双子を召喚したその日から。
リルドは女児、ラルドは男児。二人の見た目は八歳位の子供だが、伯爵の使い魔だけなあってその実力は馬鹿にできない。双子ならではの抜群なコンビネーションで確実に敵を倒しにかかる。
とてもシャイな二人はいつも一緒で、人見知りが激しい。しかしそんな双子も、ダルダンディスとサラの前では無邪気な子供そのものであった。
争いが始まるまで、彼らはたくさんの思い出を作った。
旅行に行き、パーティーをし、買い物に行き、一緒にお菓子を作り……。まるで今までの空白を埋めるような思い出を、四人で作っていった。
しかし、そんな日々にも終わりが来る。伯爵はメルドン男爵の脱落を知り、改めてそう実感した。
男爵の脱落から三日後の夜、争いが再開した直後に、早くもそれは訪れてしまった。
ホルン子爵が寝室に忍び込み、ヴァルナリオ伯爵に襲い掛かったのである。鋭い剣が二本、まっすぐにその心臓に向かっていた。
すかさずリルドとラルドが現れ、魔法で氷壁を形成し、伯爵を庇う。
カキィンッ!と剣が弾かれ、二本とも折れてしまった。
しかし子爵は焦ることはなく、まるで値踏みをするような目で、その様子を見ていた。
「うーん、やっぱり一発ではいけなかったなぁ。じゃ、予定通りに」
子爵がそう呟くと、ハンプティ・ダンプティは、まるで最初から双子を狙っていたかのように、即座に身体の向きを変える。
「気をつけろ! 二人とも!」
『はい、パパ』
双子は同時に返事をし、二手に分かれた。
それを確認したハンプティ・ダンプティは、まずリルドから同時に襲いにかかる。
彼らは確実に、一人ずつ殺そうとしているのである。
リルドが囲まれ、そして双方から激しい魔法攻撃を受けた。
片方は水、片方は雷。その意味するところは、完全なる殺意である。
「きゃあああああああっ!!!」
伯爵とラルドはけたたましく叫ぶリルドに近寄ろうとした。しかし、すぐにハンプティ・ダンプティはラルドの方を向き、伯爵達の足は止まる。
リルドはパタリと倒れ、そのあとピクリとも動かなくなった。
「ま、待ってくれ……!」
伯爵は懇願する。
もう止めてくれと、これ以上見ていられない、と。
しかしそれは無情にも切り捨てられる。ホルン子爵の冷たい声によって。
「待つわけないでしょ。殺れ」
ザクリ、と前後からラルドの胸を剣が貫いた。
「……!」
ラルドは声も出せず、ただただ目を見開いて震えていた。
ハンプティ・ダンプティは小さな身体を串刺しのまま持ち上げ、そして剣を一気に引き抜く。
ドサリ、とラルドの身体は床に捨てられた。
「うぅっ……ぅ、あ」
伯爵はその光景に嘔吐する。
リルドとラルドは、いとも簡単に、呆気なく死んでしまった。自分の愛する双子が、殺されてしまった。
ハンプティ・ダンプティのような、喋る事もしない、顔も見せない、感情さえない"不完全"な使い魔に。
すると、絶望寸前の伯爵の目に何かが写りこむ。
それはホルン子爵の頭に向かって斧を振りかぶる、妻の姿であった。
伯爵は慌てて叫んだ。止めろ!と。だが彼女は腕を振り下ろす。しかし、それは子爵には当たることはなかった。
斧だけが床に落ちる音が響いた。
「サラ!!!」
サラの頭から大量の血が噴き出し、まるで風船がしぼむように、彼女はふらりとその場に倒れた。
「あーあ、奥さんは殺すつもりなかったのに。余計なことをするよね、ほんと」
伯爵は膝から崩れ落ちて手をついた。
「あ、ああ、わたしの、愛する……」
「ははは、当然の結果だよね。強い者が勝つ。……当たり前の事でしょ?」
冷たく言い放つ子爵に、ヴァルナリオ伯爵は震える声で彼を責める。
「貴様……なぜそんなに、年の近いこどもを……そんなにいとも簡単に殺せる……?
それでも、それでも……貴様は、人間かっ!?」
子爵は伯爵を殺しに向かおうとするハンプティ・ダンプティを制し、睨み付けている彼に向かって話し始めた。
「そうだよ、僕は人間。シェゾリア・ホルンだ。
あんたさあ、平和に生きすぎなんだよ。そりゃあそうか、平和な土地を、平和なままで受け継いだボンボンだからねえ。
僕は違う。孤児の街、チャリアで一人で生きてきたんだ。あのひっどいスラムだったチャリアで。
弱い者から死んでいく、当たり前だろ。なんでそんなこともわかんないかなあ?
僕さあ、『子供が嫌い』なんだ。だからまだ子供な自分も嫌いだけど。
でもね、もっと嫌いなのは『苦労をしていない幸せな子供』。虫唾が走るくらい大っ嫌いだ。
あんたの使い魔は、もはやそれだよね? 楽しく"家族ごっこ"なんてしちゃってさあ。何なの?
ああ、嫉妬って恐ろしいよねえ。でも僕に言わせりゃあ、嫉妬させた方が悪いんだ。
そうだなあ……もしあんたの使い魔が"子供の姿"じゃなかったら、もうちょっとマシな結果だったかもね?
ねっ、"お父さん"?」
にっこりと"子供らしく"笑う子爵を、伯爵はただ黙って見るしかなかった。
彼はもう何も考えることができず、静かに涙だけを流す。
伯爵がこれ以上喋ることができないとわかると、子爵は軽々しく使い魔に命令をした。
「じゃあ、殺せ」
伯爵は、今度こそ背中から串刺しにされた。
部屋を去る前、ホルン子爵は振り向き、無惨に横たわる彼らを一瞥してこう言った。
「あんたらは幸せもんだよな、"家族一緒に"死ねたんだからさ」
子爵は彼らに向かって、一輪のヘリクリサムを投げ、歩き出した。
残り。公爵、侯爵、子爵。




