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ほことたて  作者: 盆戸炉
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38話 子供と大人

※残酷な表現があります。苦手な方は、ご注意下さい。

 ダルダンディス・ヴァルナリオ伯爵は、膝から崩れ落ちて手をついた。


 目の前には彼の使い魔であるリルドとラルド、そして愛する妻『サラ』が、無残な姿で横たわっている。

「あ、ああ、わたしの、愛する……」

 歯を食いしばり、今にも殺しにかかりそうな目で敵を睨み付けた。

 そんな彼とは裏腹に、伯爵の"家族"を殺した犯人は、愉しそうに笑っている。


「ははは、当然の結果だよね。強い者が勝つ。……当たり前の事でしょ?」


 ホルン子爵は、伯爵を見下しながら冷たくそう言い放った。





 ヴァルナリオ邸の食卓には、争いが始まってからは豪華なものばかりが並んでいた。

 サラは言葉に出さないが、いつでもこれが"最後の晩餐"となれるよう、精一杯愛する夫と双子のために料理を作る。伯爵はそんな彼女の理解と心遣いにとても感謝をしていた。

「さあ、リルド、ラルド。好きなものを食べなさい」

「そうよ、おかわりもあるからね」


『はい! パパ、ママ』


 リルドとラルドは揃って返事をすると、料理をおいしそうに頬張った。

 それを微笑みながら見つめる伯爵と妻。

 その光景はまるで幸せな家族そのものである。そして、伯爵は本当にそう思っていた。双子を召喚したその日から。

 リルドは女児、ラルドは男児。二人の見た目は八歳位の子供だが、伯爵の使い魔だけなあってその実力は馬鹿にできない。双子ならではの抜群なコンビネーションで確実に敵を倒しにかかる。

 とてもシャイな二人はいつも一緒で、人見知りが激しい。しかしそんな双子も、ダルダンディスとサラの前では無邪気な子供そのものであった。


 争いが始まるまで、彼らはたくさんの思い出を作った。

 旅行に行き、パーティーをし、買い物に行き、一緒にお菓子を作り……。まるで今までの空白を埋めるような思い出を、四人で作っていった。


 しかし、そんな日々にも終わりが来る。伯爵はメルドン男爵の脱落を知り、改めてそう実感した。

 男爵の脱落から三日後の夜、争いが再開した直後に、早くもそれは訪れてしまった。

 ホルン子爵が寝室に忍び込み、ヴァルナリオ伯爵に襲い掛かったのである。鋭い剣が二本、まっすぐにその心臓に向かっていた。

 すかさずリルドとラルドが現れ、魔法で氷壁を形成し、伯爵を庇う。


 カキィンッ!と剣が弾かれ、二本とも折れてしまった。

 しかし子爵は焦ることはなく、まるで値踏みをするような目で、その様子を見ていた。

「うーん、やっぱり一発ではいけなかったなぁ。じゃ、予定通りに」

 子爵がそう呟くと、ハンプティ・ダンプティは、まるで最初から双子を狙っていたかのように、即座に身体の向きを変える。


「気をつけろ! 二人とも!」

『はい、パパ』

 双子は同時に返事をし、二手に分かれた。

 それを確認したハンプティ・ダンプティは、まずリルドから同時に襲いにかかる。


 彼らは確実に、一人ずつ殺そうとしているのである。


 リルドが囲まれ、そして双方から激しい魔法攻撃を受けた。

 片方は水、片方は雷。その意味するところは、完全なる殺意である。


「きゃあああああああっ!!!」


 伯爵とラルドはけたたましく叫ぶリルドに近寄ろうとした。しかし、すぐにハンプティ・ダンプティはラルドの方を向き、伯爵達の足は止まる。

 リルドはパタリと倒れ、そのあとピクリとも動かなくなった。


「ま、待ってくれ……!」

 伯爵は懇願する。

 もう止めてくれと、これ以上見ていられない、と。

 しかしそれは無情にも切り捨てられる。ホルン子爵の冷たい声によって。


「待つわけないでしょ。()れ」


 ザクリ、と前後からラルドの胸を剣が貫いた。


「……!」


 ラルドは声も出せず、ただただ目を見開いて震えていた。

 ハンプティ・ダンプティは小さな身体を串刺しのまま持ち上げ、そして剣を一気に引き抜く。

 ドサリ、とラルドの身体は床に捨てられた。


「うぅっ……ぅ、あ」

 伯爵はその光景に嘔吐する。

 リルドとラルドは、いとも簡単に、呆気なく死んでしまった。自分の愛する双子が、殺されてしまった。

 ハンプティ・ダンプティのような、喋る事もしない、顔も見せない、感情さえない"不完全"な使い魔に。


 すると、絶望寸前の伯爵の目に何かが写りこむ。

 それはホルン子爵の頭に向かって斧を振りかぶる、妻の姿であった。

 伯爵は慌てて叫んだ。止めろ!と。だが彼女は腕を振り下ろす。しかし、それは子爵には当たることはなかった。


 斧だけが床に落ちる音が響いた。


「サラ!!!」

 サラの頭から大量の血が噴き出し、まるで風船がしぼむように、彼女はふらりとその場に倒れた。


「あーあ、奥さんは殺すつもりなかったのに。余計なことをするよね、ほんと」


 伯爵は膝から崩れ落ちて手をついた。

「あ、ああ、わたしの、愛する……」

「ははは、当然の結果だよね。強い者が勝つ。……当たり前の事でしょ?」

 冷たく言い放つ子爵に、ヴァルナリオ伯爵は震える声で彼を責める。

「貴様……なぜそんなに、年の近いこどもを……そんなにいとも簡単に殺せる……?

 それでも、それでも……貴様は、人間かっ!?」

 子爵は伯爵を殺しに向かおうとするハンプティ・ダンプティを制し、睨み付けている彼に向かって話し始めた。


「そうだよ、僕は人間。シェゾリア・ホルンだ。

 あんたさあ、平和に生きすぎなんだよ。そりゃあそうか、平和な土地を、平和なままで受け継いだボンボンだからねえ。

 僕は違う。孤児の街、チャリアで一人で生きてきたんだ。あのひっどいスラムだったチャリアで。

 弱い者から死んでいく、当たり前だろ。なんでそんなこともわかんないかなあ?

 僕さあ、『子供が嫌い』なんだ。だからまだ子供な自分も嫌いだけど。

 でもね、もっと嫌いなのは『苦労をしていない幸せな子供』。虫唾が走るくらい大っ嫌いだ。

 あんたの使い魔は、もはやそれだよね? 楽しく"家族ごっこ"なんてしちゃってさあ。何なの?

 ああ、嫉妬って恐ろしいよねえ。でも僕に言わせりゃあ、嫉妬させた方が悪いんだ。

 そうだなあ……もしあんたの使い魔が"子供の姿"じゃなかったら、もうちょっとマシな結果だったかもね?

 ねっ、"お父さん"?」


 にっこりと"子供らしく"笑う子爵を、伯爵はただ黙って見るしかなかった。

 彼はもう何も考えることができず、静かに涙だけを流す。

 伯爵がこれ以上喋ることができないとわかると、子爵は軽々しく使い魔に命令をした。


「じゃあ、殺せ」


 伯爵は、今度こそ背中から串刺しにされた。



 部屋を去る前、ホルン子爵は振り向き、無惨に横たわる彼らを一瞥してこう言った。

「あんたらは幸せもんだよな、"家族一緒に"死ねたんだからさ」

 子爵は彼らに向かって、一輪のヘリクリサムを投げ、歩き出した。


 残り。公爵、侯爵、子爵。

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