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ほことたて  作者: 盆戸炉
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37話 今度こそ元通り

「俺、ナッちゃんの事好きだけど、今のナッちゃんは好きじゃない」


「……」

 前日の和やかな雰囲気とは打って変わり、本日ナツの部屋では修羅場が起こっていた。

 その理由は、ナツの落ち込み具合にあった。結局、彼女はまだ全く立ち直れていなかったのである。

 それに気が付いたフユーデルは、朝食後に彼女の部屋へとひとり押しかけた。

 しかし彼女が落ち込むのは当然の事。彼女には多くの事が()し掛かりすぎている。

 だが、フユーデルはそれをわかっていてナツに言っているのである。『いつまでそうしているのか』と。

 アキュレスとハルバードはここにはいない。つまり、彼女を庇ってくれる人はいない。

 フユーデルは敢えてそうした。そうしなければ、きっとまた彼女は自分に嘘をついてしまうから。


 ナツは俯いて黙っている。痺れを切らしたフユーデルが、少し怒気を含んだ声で話しだした。

「あのね、わかるよ? 信じていた人に裏切られて、しかも殺されて。辛い気持ちはわかる。

 でもさ、いくら落ち込んだってその事実はひっくり返ることはないんだよ? しかも、明日からまた争いは再開される。

 そんな状態でどうするの? アキュレスの事守れるの?

 ……でも、ナッちゃんはわかってるんだよね。その答え、全部。

 でもどうしようもないくらい辛くて、悲しくて、割り切ることができない。だけどアキュレスやハルバードに心配かけたくないから、元気になったふりをして。そして部屋に帰ったらそうやって人知れず泣くんだ。

 ……で、いつまでそうやってごまかし続けるの?」

 全て図星であった。

 ナツは皆に心配を掛けないように、立ち直ったふりをして、元気なように振る舞い、一人になれば静かに泣いていたのである。


 彼女は俯きながら自分の心の内を正直に伝えようと、ポツリ、ポツリと話し始めた。彼になら、全てを話せるような気がして。

「フユーデルさん……。私……人が殺されるところ、初めて見ました。あんなに簡単に死ぬんですね、人って。あっけなく死んだ私が言うのもあれですけど……

 私、きっと今まで心のどこかで、自分のいた世界とこの世界は、全くの別物だって思ってた。ファンタジーで、お伽噺のような"都合の良い"世界だと思ってた。

 でも違う。同じ。魔法というツールがあるだけで、本質は同じ。

 だから、怖いです。ここに来なければ、きっと知らなかった。"死と直面する辛さ"を。

 ……本当はもう、争いなんてしたくない。あんな辛い光景、見たくない。

 アキュレスさんの盾になるってちゃんと納得して決めたのに。どうして私、こんなこと思っちゃうんだろう……。

 本当はもう、どこか遠くへ逃げたい。でも……一人じゃいやだ。みんなでいつものように笑っていたい、楽しく生きていきたい! 争いなんてやめて、みんなで、楽しく……っ!」

 最後の方はポロポロと涙を零しながらそう訴える彼女を、フユーデルは強く抱きしめた。

 ぎゅうっと抱きしめる彼の温もりに、彼女の涙は一気に溢れだす。


 フユーデルは彼女の背中をなでながら、先程の責めるような声とは違う、優しい、優しい声で語りかけた。

「そっか、本当はそう思ってたんだね。話してくれてありがとう。

 そう、『みんなで笑いながら楽しく生きていきたい』。これが、君の根っこにある想い、願い。

 でもそれを言ったら、アキュレスやハルバードを困らせてしまう。だから言えなかったんだよね?

 ……あのね、俺も反対だったんだ。アキュレスを、こんな意味の分かんない争いに巻き込ませたくなんかなかった。あいつが死ぬなんて、俺には耐えられる自信なんてなかった。

 でも、それでもアキュレスの決意は揺るがない。一昨日それが分かった。俺も納得してあいつの覚悟を受け入れた。

 だから俺はね、みんなで楽しく生きていくために、みんなの傍にいることを決めた……」

 ナツは涙を流し、鼻をすすりながら彼の言葉の続きを待っていた。


 しかし彼は少し黙り込み、抱きしめていたナツの身体を放して彼女の肩に両手を置く。

 そしてしっかりと目を合せて、力強くこう言った。

「だから、戦おうよ。

 アキュレスのためだけじゃない。自分のため、自分たちの未来のために。みんなで心から笑い合える、そんな素敵な未来のために!」

「……!」

 ナツは大きく目を見開いて、フユーデルの顔を見る。

 彼は笑っていた。不安や絶望は一切ない。そんな表情だった。


 彼の顔を見て、ナツは目を瞑って大きく深呼吸をした。

(そうだ……そうなんだ。私は、そうするべきなんだ……!

 アキュレスさんと、ハルバードさんと、フユーデルさんと、笑って楽しく"これから"を生きるために。

 私は、覚悟したと思い込んでいただけ……私は、自分のために、未来のために戦わなければいけないんだ!)

 そしてナツは彼の目をしっかりと見つめながら、はい!と大きく返事をした。

 その顔にはもう、一切の迷いはない。


 部屋の外の廊下では、ドアの両側の壁に寄りかかりながら腕を組むハルバードとアキュレスが、目を瞑って一息つき、そして安堵の笑みを浮かべたのであった。





 夜、ナツは庭のど真ん中で体育座りをしながら星空を眺めていた。

 自分のいた世界では見られなかった、満天の星空である。周りには何もなく、まるでここには自分一人しかいない空間のような気がした。

(リナシーさんは、きっとこの中のお星さまになって、私たちの事見守っていてくれる。なんか、らしくないけど……でもそうだよね、絶対!)

 ナツが物思いに耽っていると、後ろからガサリいう音が聞こえた。

 ふわりと、煙草の匂いが鼻腔をくすぐる。


 慌てて振り返ると、そこにはハルバードが煙草を咥えながら立っていた。

「ハ、ハルバードさんっ!」

「そんな薄着で、また風邪を引きたいのかお前は」

「い、いえ違い……へっくしゅ!」

 そういわれると何だか急に肌寒いような気がして、ナツはくしゃみをした。

 すると、急にバサリと彼女を何かが覆う。ナツがバッと手に取ると、それはハルバードのジャケットであった。

「あ、あの、これ……」

「まだそこにいるなら着ていろ。風邪を引かれたら困るからな、"アキュレス"が」

 彼はまるで照れ隠しのような一言を言ったかとおもえば、踵を返して屋敷に戻ろうと歩き出す。ナツはすかさず大きな声で彼を呼び止めた。

「ま、待ってください!」


 ハルバードが足を止め振り返ると、ナツがそのぶかぶかなジャケットを羽織りながら、こちらへ駆け寄って来るのが見えた。

「何だ、中に戻るなら返せ」

「い、いやです! まだ寒いんですっ!」

(ハルバードさんの匂いがする……あと、あったかいなぁ……)

(服に着られてるな見事に)

「はぁ、ほら戻るぞ」

「はいっ!」

 もうナツは心配いらないと、ハルバードは安心したようにゆっくりと歩き出した。



「なっ、なにそれ! 彼シャツならぬ彼ジャケット!? ずるい!」

 戻って早々、フユーデルがナツを見て指をさしながら叫ぶ。

「えっ!!! い、いやあそんなことは……!」

(た、確かに……! なんか急に恥ずかしくなってきた! でもまだ脱がないっ!)

 なんだかんだ言って、ナツもまんざらではない様子である。ハルバードはフユーデルの言葉を理解できていない。

「はあ? なんだそれ」

(また訳の分からないことを)

 意味をよくわかっていない彼に、フユーデルがぷんすかと怒りながら、罵声を浴びせた。


「ったく、これだから中身が(ジジイ)な奴はダメなんだよ!」


(た、確かにそうかもしれないけど、それは言ってはいけないことなんじゃあ……)

 怖いもの知らずとは、フユーデルの事である。ナツはひやひやとしながら二人を見ていた。

 ハルバードの表情は見えない。


「ほう……ならば教えてもらおうか、若造」


「痛って! 思いっきり足踏みにじりやがって……

 あのね、彼シャツとか彼ジャケットっていうのは……」

 そう言って、フユーデルはハルバードに"男の浪漫"について熱心に語りだした。

 意外にもハルバードは黙ってその話を聞き、己のぶかぶかなジャケットを着るナツをじっと見つめた。

 彼女の頬がほんのりと赤く染まる。

「……なん、ですか……?」

(そ、そんな見ないで! はずかしい!)

 ハルバードは顎に手を置きながら首を傾げ、こう言い放った。



「それなら下に着ているものを全部脱いだ方が良いと思うが」



 彼の顔は至って真剣である。


「なっ……! ハ、ハルバードさんの変態ぃぃぃ!」

 ナツは恥ずかしさの限界を迎え、真っ赤になって、涙目になりながら走り去った。

「おい、上着を返せ……なんだあいつ」

「このエロ爺が……!」

 ハルバードが黙ってフユーデルの背中を蹴った。

 やんややんやとしているうちに、急に空気がピシリと凍る。



「はーい。ナツ泣かせた子たち、集ー合ー」



 争い再開前日の出来事であった。

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