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ほことたて  作者: 盆戸炉
37/56

34話 カルマ

※残酷な表現があります。苦手な方は、ご注意ください。

「おやおや、やはり大したことないな」

「……っ、」


 庭に出た彼らの戦況は、カルマが優勢であった。

 カルマは非常に素早い。攻撃はそこまで強いものではないが、こちらの攻撃が一向に当たらない。

 当たらなければ、倒すことはできない。カルマは剣を駆使しながらハルバードを追い詰めいている。

 ハルバードは、頭の中で冷静に次の攻撃を考えていた。

「ちょこまかちょこまかと、クソが」

「負け惜しみですか……ん? な、何っ……」


 ハルバードはカルマの前後左右上下に魔法陣を生成した。大きくて丸い光が、彼を囲む。

 そして、その全ての魔法陣から猛火がカルマを襲った。

 火が消えて中心を見るが、そこにカルマの姿はない。

「チッ……」

「ざんねんでしたねえ」

「……!」

 カルマがもう一度、ハルバードのふくらはぎを剣で切りつけた。完治していなかった傷はさらに大きなものとなる。

 がくり、とハルバードが片膝を着いた。

「ははは! こんなに簡単にいくなら、リナシ―にまかせてもよかったかな? 私が出てくる幕でもなかったか……。これ以上は無駄だ、死ね」


 カルマが剣を今度はハルバードの胸に突き刺そうと、ゆらりと近づいてきた。

(ここでは使いたくなかったが、やむを得ない……)

 ハルバードが地面に手をつき何かをしようとしたが、すぐに目の前に来たカルマが、手に持った剣を振りかぶった。その瞬間、


 バチバチッ……!


 光る"何か"に、剣が弾かれた。


 「何っ……?」

 カルマとハルバードは驚きながら閃光の元を目で辿る。

 そこには雷を身に纏ったナツが、ハルバードの後ろに佇んでいた。彼女の表情は見えない。

 雷が周りで弾いている。

 二人は大きく目を見開いていたが、ナツが顔を上げ、更に驚いた。

 その顔は、普段の彼女ではない。

 あのか弱い彼女のそれではない。

 怒りに満ち、その目は残酷なほどに冷たくカルマを睨んでいる。


(これは……)

 ハルバードの頭に、一つの可能性が浮かぶ。ナツは強大な魔法を打てるかもしれないと。そして足の治療に専念し、即座に次の攻撃の準備を始めた。

 カルマは、未だに雷を弾かせながら佇むナツの方を呆然と見ている。

「……聞いていないですよ、そんなことは……」


「お前の……お前のせいでっ!」


 バチバチバチッ!!!

 彼女を囲む雷が、勢いよくカルマに向かってゆく。

 カルマはそれを辛うじて避けることができたが、次の瞬間、地面に仰向けに縫いつけられた。

「な、何っ……!?」

「は、やっと捕まえた」


 彼の真横には、ハルバードが立っていた。

 カルマを地面に押さえつける魔法は非常に強力で、カルマは動く事が出来ない。

 悔しそうに顔を歪める彼に、ハルバードはゴミでも見るような目で見下しながらこう言った。


「大したことないな、カルマ」


 自分が吐いたセリフをそのまま返され、カルマは更に顔を歪ませる。ハルバードは続けた。

「ちょこまかちょこまかと逃げていると思いきや、攻撃は主に物理。

 あれだけ豪語していたが、そんなものか。ここが芝生の上でなければ、貴様なんてとっくに燃えカスだ」

「ぐっ……」

「さあ、やれ……ナツ!」

 ハルバードの叫びを聞き、ナツもまた大きく叫んだ。


「お前だけは絶対に……。絶対に許さないっ!!!!」


 更に強い雷が、カルマを覆う。

 真っ暗だった空が、明るんだ。



「ナツ!」

 眩しさで暫く目がチカチカとしていたが、倒れ込んでピクリとも動かないカルマが目に入った。倒したかと安堵したのもつかの間、気がつくとナツもその場に倒れていた。

 ハルバードは慌てて駆け寄り、彼女を抱き起こす。

 揺すっても返事をしないナツに、彼の頭に最悪の事態がよぎる。

 しかし、そのあとすぐに彼女が小さく声を漏らした。

「んぅ……」

「ナツ……!」

 彼女はゆっくりと目を開け、ハルバードの心配そうな顔を見た。そして、ナツは先ほどとは打って変わったようにこう呟いた。

「あれ……私、何を?」


(記憶が、飛んでいるのか……)

「しっかりしろ、ナツ」


「ハルバードさん? ……リナシ―さんは!? り、」


 その時彼女の脳裏に、まるで走馬灯のように飛んでいた記憶が駆け巡った。リナシ―が刺されてからの、記憶が。

「あ、ああ……わたし……」

 先程とは打って変わって、茫然自失とする彼女を、ハルバードはぎゅうっと抱きしめた。

 彼女が壊れてしまわないように。優しく、優しく。

「ナツ、お前は悪くない」

「……はる、ばーどさんっ。わたし、やっぱり、アキュレスさんの言う通りにできないっ……強くなんてなれないっ……!

 こんなの、こんなの酷過ぎるよぉっ……」

 悲痛な声で鳴き叫ぶ彼女に、ハルバードは何も言えなかった。ただただ、彼女の事を抱きしめていたのであった。


「ハル!」

 暫くして、屋敷からアキュレスが走ってこちらに向かってきた。彼は彼女の遺体を自身のベッドに寝かせ、急いでここへ来た。

 途中、アキュレスはカルマの遺体を一瞥するも、すぐにハルバード達の元へと駆け寄る。

「アキュレス……」

「あきゅれす、さん……」

 アキュレスはまず、二人に謝った。

 いわば、リナシ―を見殺しにしてしまったのは自分であると。


 しかし、それにはナツがキッパリと否定した。

「そんなわけ、ないです……! 悪いのは、ぜんぶ、カルマと、メルドン男爵ですから……!

 アキュレスさん、言ってたじゃないですか、『自分を責めないで』って……アキュレスさんも、責めないでください……っ」

「そうだ、アキュレス。言った本人が自分を責めてどうする。

 これはもう、決まっていた事だ。我々にはどうしようもない事だった。そうだろう?」

「……そう、だね。ありがとう、二人とも……」


「……さて、私は行かなければ」

 暫しの沈黙の後、ハルバードは抱きしめていたナツをゆっくりと放して立ち上がる。すると、ナツはとても不安そうな顔をした。

 アキュレスはその意図を汲み、彼女を抱き寄せてこう言った。


「頼んだよ」

「ああ」


 意味が分からず二人の顔を交互に見るナツをよそに、ハルバードはエイデン邸を後にした。

「は、ハルバードさん、どこへ……あ……」

 ナツはハルバードがどこへ向かったかに気がつき、アキュレスに向かって懇願した。

 自分も連れて行ってほしいと。

 しかし、アキュレスはそれを許してはくれなかった。

 彼は、今日これ以上ナツに『人殺し』の現場を見せたくはなかったからである。

「ナツ……ごめん、そのお願いは聞けない。それに、私はやることもあるし……ね。

 ナツは今日はもう休んだ方がいい。ちょうど、朝になるから」

 アキュレスはそう言って、カルマの遺体と昇る朝日を見た。

 未だ納得していない顔のナツに、アキュレスは真剣な顔で言った。

「命令だよ、ナツ。聞いてくれるよね」

「……わかりました。アキュレスさん……」





「チッ……どこまでも、屑野郎だな。メルドン男爵」


 メルドン男爵は、寝室で自ら命を絶っていた。使い魔二人の死を感じ、そして己の死期も悟った。誰かに殺されるくらいならいっそのこと……と、彼は拳銃で自らの頭を打ち抜いたのである。


 復讐の機会さえ与えられず、アキュレス達はメルドン男爵に勝利してしまった。誰一人幸せにはなれない。そんな、戦いであった。


 残り。公爵、侯爵、伯爵、子爵。

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