34話 カルマ
※残酷な表現があります。苦手な方は、ご注意ください。
「おやおや、やはり大したことないな」
「……っ、」
庭に出た彼らの戦況は、カルマが優勢であった。
カルマは非常に素早い。攻撃はそこまで強いものではないが、こちらの攻撃が一向に当たらない。
当たらなければ、倒すことはできない。カルマは剣を駆使しながらハルバードを追い詰めいている。
ハルバードは、頭の中で冷静に次の攻撃を考えていた。
「ちょこまかちょこまかと、クソが」
「負け惜しみですか……ん? な、何っ……」
ハルバードはカルマの前後左右上下に魔法陣を生成した。大きくて丸い光が、彼を囲む。
そして、その全ての魔法陣から猛火がカルマを襲った。
火が消えて中心を見るが、そこにカルマの姿はない。
「チッ……」
「ざんねんでしたねえ」
「……!」
カルマがもう一度、ハルバードのふくらはぎを剣で切りつけた。完治していなかった傷はさらに大きなものとなる。
がくり、とハルバードが片膝を着いた。
「ははは! こんなに簡単にいくなら、リナシ―にまかせてもよかったかな? 私が出てくる幕でもなかったか……。これ以上は無駄だ、死ね」
カルマが剣を今度はハルバードの胸に突き刺そうと、ゆらりと近づいてきた。
(ここでは使いたくなかったが、やむを得ない……)
ハルバードが地面に手をつき何かをしようとしたが、すぐに目の前に来たカルマが、手に持った剣を振りかぶった。その瞬間、
バチバチッ……!
光る"何か"に、剣が弾かれた。
「何っ……?」
カルマとハルバードは驚きながら閃光の元を目で辿る。
そこには雷を身に纏ったナツが、ハルバードの後ろに佇んでいた。彼女の表情は見えない。
雷が周りで弾いている。
二人は大きく目を見開いていたが、ナツが顔を上げ、更に驚いた。
その顔は、普段の彼女ではない。
あのか弱い彼女のそれではない。
怒りに満ち、その目は残酷なほどに冷たくカルマを睨んでいる。
(これは……)
ハルバードの頭に、一つの可能性が浮かぶ。ナツは強大な魔法を打てるかもしれないと。そして足の治療に専念し、即座に次の攻撃の準備を始めた。
カルマは、未だに雷を弾かせながら佇むナツの方を呆然と見ている。
「……聞いていないですよ、そんなことは……」
「お前の……お前のせいでっ!」
バチバチバチッ!!!
彼女を囲む雷が、勢いよくカルマに向かってゆく。
カルマはそれを辛うじて避けることができたが、次の瞬間、地面に仰向けに縫いつけられた。
「な、何っ……!?」
「は、やっと捕まえた」
彼の真横には、ハルバードが立っていた。
カルマを地面に押さえつける魔法は非常に強力で、カルマは動く事が出来ない。
悔しそうに顔を歪める彼に、ハルバードはゴミでも見るような目で見下しながらこう言った。
「大したことないな、カルマ」
自分が吐いたセリフをそのまま返され、カルマは更に顔を歪ませる。ハルバードは続けた。
「ちょこまかちょこまかと逃げていると思いきや、攻撃は主に物理。
あれだけ豪語していたが、そんなものか。ここが芝生の上でなければ、貴様なんてとっくに燃えカスだ」
「ぐっ……」
「さあ、やれ……ナツ!」
ハルバードの叫びを聞き、ナツもまた大きく叫んだ。
「お前だけは絶対に……。絶対に許さないっ!!!!」
更に強い雷が、カルマを覆う。
真っ暗だった空が、明るんだ。
「ナツ!」
眩しさで暫く目がチカチカとしていたが、倒れ込んでピクリとも動かないカルマが目に入った。倒したかと安堵したのもつかの間、気がつくとナツもその場に倒れていた。
ハルバードは慌てて駆け寄り、彼女を抱き起こす。
揺すっても返事をしないナツに、彼の頭に最悪の事態がよぎる。
しかし、そのあとすぐに彼女が小さく声を漏らした。
「んぅ……」
「ナツ……!」
彼女はゆっくりと目を開け、ハルバードの心配そうな顔を見た。そして、ナツは先ほどとは打って変わったようにこう呟いた。
「あれ……私、何を?」
(記憶が、飛んでいるのか……)
「しっかりしろ、ナツ」
「ハルバードさん? ……リナシ―さんは!? り、」
その時彼女の脳裏に、まるで走馬灯のように飛んでいた記憶が駆け巡った。リナシ―が刺されてからの、記憶が。
「あ、ああ……わたし……」
先程とは打って変わって、茫然自失とする彼女を、ハルバードはぎゅうっと抱きしめた。
彼女が壊れてしまわないように。優しく、優しく。
「ナツ、お前は悪くない」
「……はる、ばーどさんっ。わたし、やっぱり、アキュレスさんの言う通りにできないっ……強くなんてなれないっ……!
こんなの、こんなの酷過ぎるよぉっ……」
悲痛な声で鳴き叫ぶ彼女に、ハルバードは何も言えなかった。ただただ、彼女の事を抱きしめていたのであった。
「ハル!」
暫くして、屋敷からアキュレスが走ってこちらに向かってきた。彼は彼女の遺体を自身のベッドに寝かせ、急いでここへ来た。
途中、アキュレスはカルマの遺体を一瞥するも、すぐにハルバード達の元へと駆け寄る。
「アキュレス……」
「あきゅれす、さん……」
アキュレスはまず、二人に謝った。
いわば、リナシ―を見殺しにしてしまったのは自分であると。
しかし、それにはナツがキッパリと否定した。
「そんなわけ、ないです……! 悪いのは、ぜんぶ、カルマと、メルドン男爵ですから……!
アキュレスさん、言ってたじゃないですか、『自分を責めないで』って……アキュレスさんも、責めないでください……っ」
「そうだ、アキュレス。言った本人が自分を責めてどうする。
これはもう、決まっていた事だ。我々にはどうしようもない事だった。そうだろう?」
「……そう、だね。ありがとう、二人とも……」
「……さて、私は行かなければ」
暫しの沈黙の後、ハルバードは抱きしめていたナツをゆっくりと放して立ち上がる。すると、ナツはとても不安そうな顔をした。
アキュレスはその意図を汲み、彼女を抱き寄せてこう言った。
「頼んだよ」
「ああ」
意味が分からず二人の顔を交互に見るナツをよそに、ハルバードはエイデン邸を後にした。
「は、ハルバードさん、どこへ……あ……」
ナツはハルバードがどこへ向かったかに気がつき、アキュレスに向かって懇願した。
自分も連れて行ってほしいと。
しかし、アキュレスはそれを許してはくれなかった。
彼は、今日これ以上ナツに『人殺し』の現場を見せたくはなかったからである。
「ナツ……ごめん、そのお願いは聞けない。それに、私はやることもあるし……ね。
ナツは今日はもう休んだ方がいい。ちょうど、朝になるから」
アキュレスはそう言って、カルマの遺体と昇る朝日を見た。
未だ納得していない顔のナツに、アキュレスは真剣な顔で言った。
「命令だよ、ナツ。聞いてくれるよね」
「……わかりました。アキュレスさん……」
◇
「チッ……どこまでも、屑野郎だな。メルドン男爵」
メルドン男爵は、寝室で自ら命を絶っていた。使い魔二人の死を感じ、そして己の死期も悟った。誰かに殺されるくらいならいっそのこと……と、彼は拳銃で自らの頭を打ち抜いたのである。
復讐の機会さえ与えられず、アキュレス達はメルドン男爵に勝利してしまった。誰一人幸せにはなれない。そんな、戦いであった。
残り。公爵、侯爵、伯爵、子爵。




