31話 鳴り響いた鐘の音
朝早く、エイデン邸に電報が届いた。
内容は勿論『王位継承権争いの始まり』の知らせである。
先日王が確認をした、争いに関するルールなどが記載されている。
三人はその電報を神妙な面持ちで見つめていた。
「いよいよ、ですね……」
「ああ」
「そうだね……。
生き残るよ、必ず。いいね?」
返事をした二人の顔は、とても凛々しいものであった。
◇
「……もう、三日目ですけど。何も起きませんね……」
争い開始から、既に二日が経っていた。しかし、初日の電報以降は何の音沙汰もない。
電報は誰か死んだ場合、敗者のみが記載され、即座に送られることとなっている。
何も届いていないということは、まだ誰も争っていないということだ。
「まぁ、まだ皆様子見なんだろうね。それに、仕事もあるし。大抵は夜に始まるはずだ」
「そうですよね……だから私昼夜が逆転してますもん……よくハルバードさん起きていられますね」
「むしろ寝すぎなお前に驚いている」
「えぇ……」
アキュレス・エイデンの戦略。それは勿論、神代ナツの特性を最大限に活かすことである。
それをするためには、皆が狙うであろう夜に、ナツがアキュレスの側にいなければならない。しかも、なるべく相手の意表を突かせるため、息を潜めながら夜通し待機をするという、彼女にとっては過酷なものである。
相手が物理で攻撃してきた際に、直ぐに魔法のバリアを形成させることができるよう、ハルバードと共に待機をしている。しかし彼はナツとは違い、一日中常に万全の状態で警備をしている。ナツは昼間に睡眠を取り、夜にずっと起きているという生活に、まだ慣れてはいないようだ。
「……でも、そろそろかな。ねえ、ナツ」
「はい……?」
アキュレスは目を閉じ、ナツに向かってゆっくりと話し始めた。
「この先、必ず戦が始まる。前にも言ったけど、これは人が『死ぬ』戦いだ。
私がこんな事をナツに言うのはおかしいかもしれないけど、聞いて。
これから、誰が襲いに来ようとも、誰が死のうとも、何が起ころうとも、『自分を責めないでほしい』。願わくば、『強くあってほしい』。お願い、できるかな?」
「アキュレスさん……。あの……正直、自信がありません……」
ナツはその願いに、俯きながらも自分の気持ちを正直に答えた。
ナツは平和な世界で生きてきた。誰かが自分の命を狙う状況なんて、考えもしなかった。
そんな自分が、『魔法攻撃が効かない』という唯一の"強み"があるとはいえ、人の命を言わば預かることになるだなんて夢にも思わなかった。本当は直ぐにでも逃げ出したかった。
しかし半ば強引に引き受けたとはいえ、約三ヶ月共に過ごしてきた大切な『家族』を、絶対に、何があっても死なせたくはない。そう思えるようになった。
しかしだからこそ、誰かが死ぬことになったら、自分を責めてしまうだろう。そして、そうなったらもう、強く居られる自信など無い。
本当はアキュレスの言う通りにしたいけれど、想像しただけでももう、恐ろしくて涙が出そうになってしまう。
全力を尽くす覚悟はできた。しかし、全てを受け止める覚悟は、まだできてはいないのである。
アキュレスはそれを聞いて、少し哀しそうに微笑んだ。そして、ナツの頭をゆっくりと撫でながらこう言った。
「ナツは、優しい子だね……」
後ろで話を聞いていたハルバードは、ナツの肩にポンと手を置き、彼もまた優しい声で言った。
「心配するな、お前だけに全てを受け止めさせることはしない」
「アキュレスさん、ハルバードさん……」
ナツはその言葉を聞いて、泣きそうになりながらも、ハッキリと二人に向かってこう宣言した。
「まだ覚悟が足りないかもしれないけど、でも私、諦めません……。
何があっても、絶対に諦めませんから……!」
アキュレスとハルバードは、ナツの凛々しい顔を見て、安心したようにそれぞれ頭と肩に置いていた手を、もう一度ポン、と叩いた。
「さ、今日も夜通しだから、"お昼寝"しておいで?」
「うぅ、お昼寝ってなんか子供みたいじゃないですか!」
「その通りだろうが」
「も、もう!」
「ふふ、私もちゃんと仕事しないと。ハルも寝てきたら?」
「そうだな……では一緒に寝るか、ナツ?」
「ええっ!? ……えっと、じゃあ」
(できれば、そうしたいなぁ……なんて)
「ダメに決まってるでしょ」
こうして、またそれぞれの一日が始まったのであった。
そしてナツの覚悟は、図らずしも本日試されることとなる。
◇
アキュレスは就寝し、使い魔二人は彼の寝室にあるウォークインクローゼットで待機をしていた。
「フワァ~」
「間抜けな声を出すな」
「いて、すみません……」
只今の時刻は午前二時を回ったところである。カチ、コチ、と時計の音だけが鳴る中、ナツの小さな欠伸で緊迫した空気はぶち壊しだ。
しかし、それは二人にとっては良いことであった。普段通りの方が、最大限の力を発揮できる。
本番では練習以上の力は発揮できない。それは、どんな事であってもそうなのである。
アキュレスはすやすやと眠っている。こうして安心して眠れるのは、自分の使い魔に絶対的な信頼を置いているからだろう。
しかしながら、命の危機である状況下でしっかりと仕事をし、こうして安眠できるというのは、ある意味彼の才能である。
午前二時半、何も起きない。
「今日も何も起きないんでしょうか?」
「別の場所で戦が始まっている可能性もある」
「あの、ひとつ聞いていいですか?」
「何だ」
「誰かが誰かと手を組んでくる、なんてことあるんですかね……?」
その可能性を、ハルバードはキッパリと否定した。そして、その理由をナツにもわかりやすいように、こう説明する。
プロメス王国では、いかなる場合においても、領主同士の結託が禁止されている。それが見つかった場合は、結託に携わった者は全員爵位を剥奪され、罰を受けることとなる。
実際、会議などで意見を合わせるなどの行為はしばしば見受けられるが、証拠がないことが多いため、罰則の対象にはならない場合もあるのだという。
しかし今回の王位継承権争いは、王が珍しくやる気を出し、戦は厳しく監視されている。監視方法は明かされておらず誰にもわからないが、電報が即座に届けられるくらいは、監視の目はすぐそこにあるのだろうと予測されているのである。
「へぇ~……、じゃあ一気に来るとかはないんですね。よかった……」
「まぁ、そうだな。あの王がここまでしっかりと監視をしている中、元々ある禁止事項を破る馬鹿共がいるわけがない」
「そうですよね……じゃあやっぱり、ホルン子爵とも戦うのかぁ」
「当たり前だ。あの仮面の使い魔を倒さなければならない」
「うー、怖いんだよなぁ、あの仮面の……」
「静かに」
急にハルバードが緊張した面持ちでナツの口を塞ぐ。時刻は午前三時を回ろうとしていた。
相変わらず時計の音だけが部屋に響いている。
しかし、暫く息を潜めていると、それ以外の"音"が聞こえた。
コツ、コツ……
(足音……?)
(そろそろ来るな……)
カチャリ、と寝室の扉が開く音がした。静まり返った部屋には、やけに大きくそれが響いた。
足音がゆっくりとアキュレスの眠るベッドへと向かう。そして、ベッドから二メートル程手前で、それは止まった。
アキュレスの横に立つ人物は、魔法で雷の槍を生成した。パチパチと小さく周りが弾けている。
そして、何かを小声で呟くと、その槍を大きく振りかぶった。
その瞬間、ベッドの前にナツが立ちはだかる。
そして、震えた声でこう言葉を発した。
「嘘ですよね……?
リナシーさん……」
ナツの目の前で槍を振りかぶっていたのは、苦悶の表情を浮かべた、
『リナシー・マドルメ』であった。




