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ほことたて  作者: 盆戸炉
33/56

30話 暫しのお別れ

 エイデン邸のメイドであるリナシーは、争い開始の前に、暫くの間近くのアパートに引っ越すことになった。

 ナツはとても寂しがったが、安全の為ならば仕方がないことだと、彼女を快く見送ることに決めた。

 リナシーは荷造りが終わり、明日の朝にはすぐにそのまま出て行く予定だ。

「リナシ―さんは、明日からしばらくお別れなんですね……荷物、もうこれで全部なんですか?」

「ええ……でも、私は信じているわ。必ず皆が生き残って、また戻ってこられることを」


 ナツとリナシ―がしんみりしていると、アキュレスが二人に歩み寄り話しかけた。

「ナツ、リナシ―。今日は二人で出掛けておいで、ほら『女子会』だっけ? したかったんでしょ?」

 それを聞いたリナシ―は、ぱあっと表情を明るくさせる。

「ほ、本当ですかっ御主人様っ!?」

「本当ですか、アキュレスさん?」

「うん。あ、でもお夕飯までには帰っておいでね?」

 二人は大きな声でお礼を言い、すぐさま出かける準備を始めた。


 アキュレスは家を出ていくナツとリナシ―を見送った後、執務室へと戻った。

 部屋では、ハルバードがファイルに綴じられた紙をペラペラとめくりながら壁に寄り掛かっている。アキュレスが戻ってきたのに気がつくと、目線を上げた。

「行ったのか?」

「うん。夕飯までには帰ってくるよ」

「そうか……では、始めようか」

 アキュレスは短く返事をすると、ハルバードはパタリとファイルを閉じ、棚へと戻す。

 そして二人はある"準備"をするために、屋敷中を駆け回った。





 ナツとリナシ―は、賑やかなポースリアの商店街を、仲良く並んで歩いていた。その足取りはとても軽やかである。

「念願の……ナツちゃんと二人きりのお出かけ……!」

「えへへ、よかったですね! 私もうれしいです!」

「ええ! 今日はどこに行きたい? ナツちゃん」

「今日はリナシ―さんの希望に合わせます!」

「ナツちゃんっ……! そうね、じゃあ評判のいいカフェが近くにあるのよ、そこでいいかしら?」

 はい!とナツが元気に返事をすると、リナシ―は微笑みながらそのカフェへと案内した。

 そこはメイン通りよりも一本奥の道にある知る人ぞ知るカフェで、ナツが好きそうな雰囲気と、多彩なメニューが並ぶ店であった。


「わぁ~! おしゃれ!」

「ふふ、でしょ? ここ私のお気に入りなの。あ、私はコーヒーで。ナツちゃんは?」

「じゃあ……このハチミツ豆乳ラテで!」

 席を案内してくれた店員に注文をすると、二人はお互いに話し始めた。

 『女子会』の開催である。



「……それって凄いですね!」

「でしょう? ナツちゃんも、今度試してみたら?」

「ええ~、でも私がやってもただの子供のそれというか……」

「大丈夫よ! ナツちゃん可愛いんだから!」

 女子のトークというものは、大抵が他愛のない話の集まりである。

 しかし二人は"敢えて"そうしていた。お互いが寂しく、悲しくならないように。

 だが、ナツはどうも煮え切らない。一時的ではあるが、このまま本当にリナシーとお別れをしても良いのだろうかと思っていた。


 そんな彼女の気持ちを察したリナシーは、努めて明るい声で話を切り替えた。

「ねえ、ナツちゃん。私ね、実は御主人様に雇われたのは、ナツちゃんが来るちょっと前の事だったの。ここに来る前の記憶がない状態で、御主人様は快く私を受け入れてくれたのよ」

「えっ? 記憶が……?」

 リナシーは自身の過去について、こう語った。



 ナツが召喚される一週間前、リナシーはエイデン邸の前に立ち尽くしていた。

 彼女は何の記憶もない。ここに立っている理由もわからない。ただ、荷物を持って、そこに立っている。

 仕事から帰宅したアキュレスとハルバードは、家の前に立ち尽くす茫然自失な彼女を見て驚いた。

 そして、アキュレスは彼女が手に持つ鞄に挟まれた紙切れを読み、彼女をメイドにすることを決めた。

 そこに書いてあった言葉は、『私を、助けてください』。

 ハルバードは無論反対したが、アキュレスが説得し、彼女はエイデン邸のメイドとなったのである。家事を完璧にこなすリナシーを見て、ハルバードも文句を言わなくなった。

 そして、初めの方はとても暗かった彼女だが、優しく迎え入れてくれたアキュレスのために、明るく振舞うようになったという。しかし今となっては、もうその性格は彼女そのものとなっていた。


「……」

 ナツは初めて聞いたリナシーの過去を聞いて、なんと言葉を掛けて良いか分からず、黙り込んでいた。

 まさかいつも明るい彼女が、そのような経緯でこうしてメイドをやっているなどと、全く想像もつかなったからである。


 しかし、リナシーは尚も明るい声で続けた。

「まだ記憶は戻ってないんだけど、でも、今とても楽しいわ! ナツちゃんが来てくれたおかげで……」

 ナツが見たリナシーの笑顔は、何故かとても哀しそうであった。





「さて、これでいいかな」

「ああ、十分だろう」

 エイデン邸の食卓は、リナシーの送迎会の準備が完了していた。

 もちろん、これはナツの提案である。

 もう家族の一員であるリナシーが暫くの間会えないとなれば、絶対に送迎会をするべきだ!という彼女の力説を聞いて、断れるアキュレスではない。

 ハルバードも渋々ではあるが、リナシーのために料理の準備をしていた。



 夕方になり二人が帰宅をすると、部屋の電気は一切点いていなかった。

 ナツはわざとらしく不安がって食堂へとリナシーを引っ張って行く。リナシーは本当に不安そうな顔で彼女について行った。


 ナツが食堂の扉を開けると、パンっ!というクラッカー音が二回響いた。

そしてすぐに部屋の明かりが点けられる。

 そこにはニコニコとするアキュレスと、いつものようにぶっきらぼうな顔のハルバードがクラッカーを手にしていた。部屋には豪華な食事がズラリと並んでいる。


 リナシーはすぐに状況を理解した。しかし、感動で言葉が出ない。

 横にいたナツがリナシーを覗き込み、ニカっと笑って言った。

「えへへ! びっくりしました? 帰ってくるとはいえ、しばらくの間お別れだから、送迎会を企画しました!」

 えっへん!と胸を張るナツを見て、リナシーは感極まって泣きそうになっている。

 そんな中、アキュレスが手を叩いた。

「さあさあ! 話は後で、料理とか食べよ! これ、ハルが作ったんだよ!」

「とりあえず冷めないうちに食え」

「えっ! ハルバードさんすごいですね! 料理男子! おいしそ~♪」

 目の前の豪勢な料理に目をキラキラさせているナツを、ハルバードが心底呆れたような目で見た。

「お前……主賓より先に選ぶな、馬鹿が」

「うぅ~……」

「もう、ナツは食いしん坊なんだから。さ、リナシー。ナツがガッつく前に食べたいものを好きなだけ食べな!」

「皆さん……」

 こうして、リナシーの送迎会が始まり、ハルバードが作った豪勢な料理を食べながら、お互いに様々な話を夜遅くまで続けたのであった。



 そろそろお開きになろうとした時、ナツが小さな包みをリナシーに差し出した。

「……これは?」

「開けてみてください!」

 包みを開けると、そこには可愛らしい猫の顔がついたヘアピンであった。

「可愛い! この猫……もしかして」

「えへへー、私がこの世界に来た時に着ていたニットの猫ちゃんです! 手作りしてみました!」

「ナツちゃん……っ、ありがとうっ」

 リナシーは涙を流しながら、そのヘアピンを早速付ける。

「よく似合ってるよリナシー」

「随分と間抜けさがナツに近づいたな、リナシー」

「なっ! どういうことですか、ハルバードさん!」

「そのままの意味に決まってるだろうが、阿保が」

「な、なにをーっ!」

「こらこら喧嘩しないの!」


 リナシーはいつもの彼らの様子を見て目を細めた。

 そしてゆっくりと目を閉じ、思いの丈を話し始めた。

「わたくし、三ヶ月の間とても楽しかったですわ。絶対に、忘れない。忘れませんとも。幸せでした。とても、とても。

 明日、わたくしはこの家を出ます。戻ってくるつもり……ですわ。必ず……」

 それはまるで、自分にも言い聞かせるような、必死の言葉であった。





 次の日の朝、リナシーはとても名残惜しそうに、エイデン邸から借りたアパートへと出て行った。

 見送る時のナツは泣きそうな笑顔、アキュレスは切なそうな悲しい顔、ハルバードは何かを考えながら真剣な顔で、歩いて行く彼女の後ろ姿を見ていた。

「リナシーさん、行っちゃいましたね……」

「うん、彼女はとても優秀なメイドだったよ。残念だ」

「……そうだな、残念だ……とても、な」

 どこか意味深なアキュレスとハルバードの言葉に少しの違和感を感じつつ、ナツはリナシーが見えなくなるまでずっと彼女の背中を見つめていたのであった。


 いよいよ明日、争いの火蓋が切られることとなる。

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