28話 喧嘩するほど仲が?
エイデン邸では、使い魔二人が訓練の最中に、またもや下らない喧嘩をしていた。
「……だから、どうしてお前はそう鈍いんだ。この間抜けが!」
「だ、だってそんなこと言われたってしょうがないじゃないですか! 私そこまで運動神経良くないんだから!」
「だから何だ。そんな理由で許されるとでも?」
「そうは言ってないです! でも……」
「お前は二言目には『でも』と言うが、私は間違ったことは言っていない」
「うぅ~、わかってますけど! だからってそんなハッキリ言わなくても!」
「馬鹿にはハッキリ言わないと伝わらないだろうが馬鹿が!」
「に、二回も馬鹿って……! 馬鹿って言った方が馬鹿なんです!」
「は? 馬鹿な方が馬鹿に決まってるだろうが」
「ふたりとも」
あまりにも低く恐ろしい声に、二人はピタリと口論を止め、ゆっくりと振り向いた。
そこには、アキュレスが"笑顔"で腕を組みながら立っていた。
そして、彼は二人をエイデン邸から追い出し、そのままの顔でこう言った。
「なかなおりするまで、かえってこなくていいから」
バタンっ!と玄関の扉が荒々しく閉じられ、ナツとハルバードは締め出されてしまった。
これは相当怒っている。
非常にまずい。
非常に。
そう思った二人は、なんとかしてアキュレスの許しを得るために話し合いを始めた。
「ど、どうしましょう……相当怒ってますよ、アキュレスさん……」
「そうだな」
「そうだな、じゃないです! と、とにかく仲直りしたフリでもして入れてもらわないと……『も、もおー、ハルバードさんったら! 仕方ないから許してあげますよ!』……ほら、ハルバードさんも!」
「……『そうだな、許してやろう。ありがたく思え』」
「なっ! そ、そこはお礼を言って、はい、仲直り。ってやつでしょ! なんで同じこと言ってるんですか!」
「やかましい、何故私がお前に許されないといけないんだ。そもそも……」
「きこえてるよー? "ちゃんと"仲直りできなかったら、夕飯抜きだからね」
ドアを少し開けて真顔で言い放ったアキュレスを見て二人は戦慄し、とうとう諦めて街へと歩いて行ったのであった。
アキュレスはそれを見ると、大きくため息をついた。
「はぁー、もう。喧嘩するほど~、なんて嘘なんじゃないの?」
彼はぷりぷりと怒りながら仕事へと戻ったのであった。
◇
スタスタと歩くハルバードに黙って付いていくナツ。彼は真っ直ぐとどこかへ向かっているようだ。
(どこいくんだろう……?)
すると、波止場公園に到着した。この日は親子連れやカップルなどが多く、大道芸人がパフォーマンスをしていたり露店もあったりで、とても賑わっていた。
ハルバードは近くの露店で雑誌と煙草を買うと、空いているベンチにどかっと座って煙草に火をつけ、脚を組みながら購入した難しそうな魔法関係の雑誌を読み始めた。
「……」
「……え!? あの、もしかして今日夕方までずっとそれですか!?」
「そうだが」
「な、なんでですか! ちゃんと
仲直りしないとアキュレスさんにまた……」
「あ? ガキでもあるまいしそんな事一々気にするな。お前も何処かで時間を潰してこい。
それとも、殴り合って野原に寝っ転がれば満足か?」
「なっ……! わ、わかりました! もう知りませんからね!」
ナツはどうやって仲直りをしようかと考えていたが、ハルバードにそう冷たく言われてしまい、勢いで啖呵を切ってしまった。
(なにさ! ハルバードさんの馬鹿!)
ぷんすか!と怒りながら波止場公園を出ようとすると、周りの女性達がハルバードを指差しながら、こんな会話をしているのが耳に入った。
「ねえねえ、あそこに座ってる男の人カッコ良くない!?」
「本当だ! 一人かな? 声かけてみる?」
「ええー、でもあんだけイケメンとか、絶対彼女いそうじゃない? 待ち合わせしてるのかもよ?」
「うーん、そうだよねー。あの人の彼女とかどんだけ綺麗なんだろうね」
「ねー、そうとう綺麗なんだろうなぁ……」
「むー……」
(やっぱりモテるなぁ……なんかやだ! やっぱりハルバードさん好き!
でも、なんか悔しいから戻ってやんない!)
ナツはちょっといじけながら、女性たちを尻目に商店街の方へと歩き出した。
ナツが様々な店のショーウィンドウを眺めていると、先の道で一人の男性が困った様子でキョロキョロとしているのが見えた。
ナツが近づくと、その男性が切羽詰まったような顔で彼女に話しかけて来た。
「す、すいませんっ……。ここら辺に小さな時計塔ってありますか?」
「えっ? 小さな時計塔、ですか? それなら確か……」
この世界に来てから何度か街を散策したナツは、男性の問いにパッと一つの可能性を思いついた。
男性はナツの様子を見て、その場所が分かりそうだと歓喜し、彼女に懇願した。
「お願いです、そこに連れて行っていただけませんか? あの、急いでるんですっ!」
「は、はあ。いいですよ、合ってるかは分かりませんけど……」
(困ってるみたいだし、暇だし、いいかな?)
男性が大きな声でお礼を言うと、さっそく行きましょう!とナツを急かす。そして、二人は波止場公園へと早足で向かったのであった。
波止場公園は広い。海沿いをまっすぐ伸びており、端から端までは見えない程である。
ナツは記憶を頼りに、男性の言う『小さな時計塔』を目指して、急いで歩いていた。
「確か、ここら辺だったような……あ、ありました!」
「本当ですか!」
小さな時計塔は、所謂"待ち合わせスポット"として人気で、そのすぐ側には誰かを待っているような人がちらほら見受けられた。
男性はその中に知っている顔が無いかを探す。
しかしその人物がいないとわかると、肩を落とし小さく呟いた。
「やっぱり……もういない、か……」
「だ、大丈夫ですか……?」
男性はナツの方を見ると、大丈夫です、と切なそうな笑顔で笑った。
その顔を見たナツは、男性をこのまま放っておけないと心配し問いかけた。
「あの……何かあったんですか……?」
すると男性は少し驚いたが、実は……と話し始めた。
男性は、一人の女性と待ち合わせをしていた。その女性は彼の恋人であった。
先日大喧嘩をし、しばらく互いに連絡を取っていなかったが、落ち着いた二人は仲直りのデートをしようと、ここに待ち合わせをしていたのである。
しかし男性はポースリアに馴染みは無く、迷ってしまった。ナツに案内を頼んだ時点で時点で、既に待ち合わせの時間は大きく過ぎてしまっていたが、希望を胸に時計塔で彼女がいるかを必死に探した。しかし、そこに女性の姿はなかったのであった。
説明をし終わると、彼は自嘲の笑みを浮かべた。
「はは、愛想尽かされちゃったのかな……きっともう終わりだ」
「……」
ナツは何と声を掛けてよいか分からず、心配そうな顔で男性を見ていた。
彼はしばらく俯いて黙りこんだ後、バッと顔を上げて笑顔になり、吹っ切れたような明るい声を出した。
「ま、仕方ないですよね! そもそも、彼女のわがままが原因だったんです、僕が謝るような事じゃなかったんだ!
お嬢さん、ありがとうございました。おかげでなんか吹っ切れました。僕は『リンド・ワルジャン』です。お嬢さんは?」
急に態度が変わったリンドに驚きながらも、ナツは素直に名乗った。
「あっ……私は、ナツです。あの……本当によかったんですか?」
「いいんです。ナツさん、もしお時間があるのでしたら、お礼をさせてください!」
「えっ!? いや、私は別に何も……」
「いいえ、あなたのおかげでここに来られましたので! もしかしてお忙しかったですか?」
ナツは少し強引な彼にタジタジになりながらも、まだ時間があるし少しだけなら……と彼の誘いを承諾した。
リンドとナツは一緒に歩きながら、公園の様々な露店を眺めていた。
先程ハルバードが利用した、雑誌やちょっとした日用品などが売られている露店、クレープやアイスなどのスイーツ、ホットドックなどの美味しそうな食べ物が売っている露店もたくさんあった。
「さ、なんでも好きなものをおごりますので!」
「ほ、本当にいいんですか? じゃあ~……あのイチゴのクレープがいいです!」
「わかりました! 買ってきますので、そこのベンチで待っていてください!」
(いいのかなぁ~? まあでもお礼って言ってたし、クレープくらいいいよね!)
リンドは駆け足でクレープを買いに行った。
ナツは現金にも、美味しいものが食べられるからいいや!と彼におごってもらうことに決めたのであった。
「はい、どうぞ!」
「ありがとうございます! いただきまぁすっ!」
はむはむと美味しそうにクレープを頬ばるナツに、リンドは目を細めて微笑んだ。
「可愛いなぁ……」
「んむ? なにかいいまひた?」
「い、いえ! それにしても、ナツさんは美味しそうに食べますね」
「えへへ、私美味しいもの食べると本当に幸せな気分になるんです!」
リンドは、クリームを口の端に着けながらにっこりと笑うナツを見て頬を染める。そしてクリームを親指で拭い、それをぺろりと舐めた。
「ふふ、クリーム付いてましたよ」
「ご、ごめんなさい……」
ナツは恥ずかしい思いをしながらも、モフモフと幸せそうにクレープを食べ続けた。
リンドはその様子を微笑みながら、ずっと見ていたのであった。
「御馳走様でした!」
「いえいえ。あの、もしまだ時間があるなら、少しお話につきあってくれませんか? ナツさんが良いのなら……」
ナツは奢ってもらったこともあってか、それを快く承諾した。
するとリンドは嬉しそうに笑い、ナツにいろいろと質問をした。
この街に住んでいるのか、今日は何をしていたのか、恋人はいるのか……。ナツはうまくごまかしながらその質問に答える。
恋人、と聞かれ、ハルバードの事がちらりと脳裏に写ったが、ぶんぶんと頭を振り、今は考えないことにした。




