27話 好敵手となりえるか
「ナッちゃん。俺さ、昔好きな人がいたんだ」
「えっ?」
フユーデルはナツの悩んでいる顔を見て、小さく驚く彼女をよそに、自身の過去を話し始めた。
「その人はアキュレスと俺の共通の友達だったんだけど、俺はなかなか好きって言えなくてさー、シャイボーイだったわけ。
それに、いつも女っぽい格好してたせいか、その子は俺の事女友達みたいに思ってたみたい。
で、意を決して告白しようかなーって思ってたらさ、その子に呼び出されて。これはもしかしたら、って期待したんだよ。
でも、それは『アキュレスが好き』っていう告白だったんだよね。
もう超悔しかったしむかついたよ。アキュレスじゃなくて"自分"に」
「自分、に?」
「そ、自分に。自分がもっと早く行動起こしてたらさ、もしかしたら俺の事好きになってくれたかもしれないじゃん。
まあ結局その子はアキュレスに告白せずに引っ越しちゃったんだけど。
俺はその後アキュレスに何も言わずに、今みたいな感じで接したつもりだったんだけど……あいつすごいよね、すぐわかるの。俺がいつもと違うの。
そんで全部話したらさ、アキュレスがまるで自分のことのように悲しんで……そんで謝ったんだ。
もうね、俺惨めだったよ。なんで友人にそんな顔させないといけないの? って。
それからは、何があっても後悔しないように行動することに決めた。
本当は今日、ナッちゃんの事からかうつもりなかったんだよね。でも煮え切らない君を見てたら、昔の自分と重なってちょっとイラついた。
だからこうしてデートと称して呼びだしたわけ」
「フユーデルさん……」
「だからさ、自分の気持ちに素直になりなよ。おせっかいかもしれないけどさ」
ナツを見るフユーデルの顔は、真剣そのものであった。
ナツはフユーデルが失恋の話をしてくれたことに対し、自分もきちんと考えを伝えなくてはと、意を決したようにゆっくりと話し出した。
「フユーデルさん、話してくれてありがとうございます。私も昔、フユーデルさんと似たような経験があるんです。
その人は"友達の友達"で、そこまで親しくはなかったんですけど、話しているうちに少しずつ仲良くなりました。それで、だんだんと好きになっていったんです。
でも、告白して今の関係が崩れたら、振られて友達に全部ばらされたら……って、怖くて告白なんてできなかった。
それで次の年、その人に彼女ができちゃって……とても、後悔しました。
そのあとは彼を見るたびに、自分の事を責めました」
フユーデルは真剣に彼女の話に耳を傾けている。ナツは、でも……と話を続けた。
「でも、その時に感じた"好き"って、私が今感じているものとは違う気がします」
「違う?」
「はい……。今のはもっと、切なくて、苦しくて、でも嬉しくて……。私、きっと本当の恋をしたことがなかったんだなって、気づきました。
だからこそ、認めたくなかったんだと思います。この恋が実らなかった時の事を、考えたくなかったんだって。
でも! 私、もう自分の気持ちに嘘はつきません。
私……ハルバードさんの事が、好きです!」
フユーデルは目を見開き、ナツを見た。その顔は先ほどの自信がなさそうな情けないものではなく、どこか吹っ切れたような清々しいものであった。
「ナッちゃん……」
「えへへっ、なんだか認めたらすっきりしちゃいました! ありがとうございますフユーデルさんっ、えへへ!」
にっこりと笑ったその可愛らしい顔に、フユーデルはバッとそっぽを向いて口を押さえた。
「……なに、その可愛い顔っ……!」
「フユーデルさん?」
ナツが不思議そうに顔を覗き込むと、フユーデルは慌てて咳払いをし、気を取り直すように手をパンと叩いた。
「さて、スッキリした事だし、デート再開しよっ。久しぶりにポースリア来たから結構変ってるかもしれないけど、俺美味しいジェラートがある店知ってるんだ!」
「ジェラートですか!? 食べたいですっ!」
「よし! じゃあ行きましょうか、可愛いお嬢さん?」
「えへへ、なんか照れちゃいますよぉ~」
二人は仲良く手をつなぎながら、ポースリアの商店街へと歩き出した。
◇
「ただいまー」
「ただ今戻りました―」
日が落ちてから二人が帰ってくると、玄関にはアキュレスが仁王立ちをしていた。心なしか彼の周りからは黒いオーラが漂っているように見える。
「ちょっと遅いんじゃないの?」
「そんなことないよ、ねーナッちゃんっ」
「ねー、フユーデルさんっ」
「なっ……!」
アキュレスはいつの間にかとても仲良しになった二人を見て、嬉しいようなそうでないような、複雑な気分であった。
フユーデルの荷物を取りに三人が居間に戻ると、そこではハルバードが座って煙草を吸いながら魔法関係の雑誌を読んでいた。
フユーデルがそんな彼を見てニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「ねえ、ハルバード」
「ああ、戻ったのか……」
フユーデルに呼ばれハルバードが顔を上げると、急に彼がナツを胸に引き寄せ、挑戦的な顔で彼に"宣戦布告"をした。
「俺、"ナツ"の事『本気』になっちゃったから」
「……は?」
顔を顰めたハルバードをよそに、フユーデルは、胸の中で目をパチクリさせているナツの前髪を上げ、額にちゅっと軽くキスをした。
アキュレスとハルバードは動きを止めた。
「えっ? えっ?」
(おでこにちゅー、された?)
「な、なにしてるのフユーデル!」
「……」
彼は混乱した空気の中、荷物を手に取り『じゃあね~♪』とご機嫌な表情で、エイデン邸から帰って行った。
アキュレスは未だポケーっとしているナツの額をゴシゴシと拭いている。
ハルバードはその様子を眉をひそめながらじっと見ていた。
彼は、何故自分がフユーデルがナツにキスをしたのを見て、"不愉快"だと感じたのかを理解するには、まだまだ時間がかかりそうである。
◇
後日、ナツ宛てに手紙が届いていた。その相手はフユーデルからである。
「フユーデルさんからだ、何々……?」
【ナッちゃんへ 】
この前はありがとう。デート、凄く楽しかったよ。それに、ナッちゃんの素直な気持ちが知ることができてよかった。
よかった、んだけど……。困ったことに、俺、ナッちゃんのこと好きになっちゃった!
これからは、全力で君の気持ちを取りに行くから、覚悟してねっ♪
でも、俺はちゃんとナッちゃんの気持ちも尊重する。だから、ハルバードとは正々堂々勝負することに決めたよ。多分、あいつは少なからずナッちゃんの事気にいってると思うし。
俺はナッちゃんを応援しつつも、狙いに行くからよろしく。俺は後悔しないようにするからね。
それはさておき、また美味しいお店連れてってあげるからデートしようね!
今度はパンケーキなんていいんじゃないかな? 食べたいもの考えといて !
じゃあ、またね。
【フユーデルより】
手紙を読み終わると、ナツは急に顔が熱くなるのを感じた。
まさかこんなにハッキリと『気持ちを取りに行く』などと書かれ、ラブレターを貰う経験などもちろんなかった彼女は、半信半疑になりながらもゆでダコのように赤面していた。
「も、もう……からかってるんだな、多分……そうに違いない!
それにしてもパンケーキかぁ、楽しみだなぁ!」
色気よりも食い気、花より団子である。
しかし、ハルバードの事を好きだと自覚した彼女は、これからどうするかを考えていた。
(好きって言っても、私はハルバードさんとどうなりたいんだろう……?
『カップル』? いや、なんか違うな……。じゃあ『夫婦』? い、いやいやいや! 気が早いよ! うーん……)
結局のところ、今のような関係がいいのではないかと結論付けた。今のところは。
それよりも、ナツはもうすぐそこに迫っている王位継承権争いの事で頭がいっぱいだった。
「もうすぐ始まるんだよね……。大丈夫、たくさん訓練してるもん……」
戦が始まるまで、残り半月ほどである。
ハルバードやアキュレスも、心の準備を始めたのであった。




