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ほことたて  作者: 盆戸炉
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26話 自覚をするまでがとても難しい

 リンゴ―ン、リンゴ―ンというベルの音がエイデン邸に響いた。リナシ―が急いで出迎えに玄関へと向かう。

「はぁ〜い、どちらさ…」


「こんにちはぁ~、アキュレスいる?」

 玄関には既に、美少女が立っていた。





 応接室では、その美しい少女とナツが二人で向かい合って座っていた。


(……誰なんだ、この美少女は!?)


 ブロンドのツインテールは、くるくるとカールされている。

 リナシ―が大好きな、パステルピンクのロリータファッションがよく似合っているのは、まるで人形のような可愛らしい顔立ちであるからであろう。身長は意外に高く、立っているとナツよりも目線がだいぶ上である。

 彼女はどこかつまらなさそうに、出された紅茶を静かに飲んでいる。

 ナツは目の前の少女を見ながら、頭の中で話のきっかけを模索していた。

 しかし、先に口を開いたのは目の前の彼女の方であった。

「ねぇ~、アキュレスまだぁ~?」

「あ、で、電話なので、すぐ終わるかと……」

「ふ~ん、じゃあハルバードは?」

 ナツは彼女の少しばかり傲慢な態度にたじたじになりながらも、ハルバードの名前を聞いて何やら心に引っかかりを感じた。


 ナツが悶々としていると、突然応接室の扉が開き、一人の男が入って来た。

「久しぶりだな、『フユーデル』」

 それは、今まさにナツの頭に浮かんでいたハルバードであった。

 その姿を見ると、フユーデルと呼ばれた少女はすぐさまハルバードに駆け寄り、思い切り抱きついた。

「ハルバードっ!」

 ハルバードは一瞬だけ顔を顰めたが、彼女の両肩に手を置き、ゆっくりとその体をひき剥がす。そして頭に手をポンと置いてこう言った。

「ずいぶんと、"女性らしく"なったものだな。フユーデル」

「もぉ~、照れるじゃなぁ~い! 相変わらずイケメンねっ、ハルバード」

 言われ慣れているからなのか、少女は特に顔を赤くすることもなくハルバードの腕を叩いた。彼女の言葉の節々には、ハートマークが付いているように感じられる。


 ナツは、ハルバードが入室してからの一連の流れをポカンとした顔で見ていた。

 ハッと気がつくと、なんだか更にもやもやと胸がが苦しくなってくる。

(な、なんであんな親しそうに……! しかも、"女性らしく"って! な、なにさ! 私の時とは全然態度ちがうんだからっ!)

 少し膨れた顔で二人を見ていると、少女がこちらを振り向いて、にやりと、どこか挑戦的な笑みを浮かべた。

(なっ……! なに、あの子……!)


 そうこうしているうちに、今度はアキュレスが部屋へと入ってきた。彼は少女を見ると少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になり彼女に歩み寄った。

「フユーデル、久しぶりだね! こっちに帰ってきてたの?」

「アキュレスーっ! 久しぶり! そうよ、これからはポースリアで暮らすことになったの」

「そうだったんだ! さ、立っているのもなんだから、座って座って」

 アキュレスがそう促すと、少女はハルバードの腕を引っ張り、自分の横へと座らせた。

 アキュレスは顰めっ面のナツの横に、苦笑いをしながら座った。

「ごめんね、ナツ。一人にまかせちゃって。この子は『フユーデル・ベルモンド』。私の年下の幼馴染なんだ」

 アキュレスは小声で『これでもナツより年上なんだけどね』と耳打ちをすると、ナツは驚いて彼女の方を見た。

 フユーデルはハルバードの腕を組みながら、手をひらひらと振っている。

 横のハルバードはさほど気にしていない様子で煙草を吹かしていた。


「どうもぉ~、フユーデルでぇす。海外留学から帰ってきました〜! ねぇ~アキュレス。この子だあれ?」

「この子はナツだよ。私の使い魔なんだ」

「ふ~ん」

 フユーデルはナツの姿をまじまじと見ると、軽く鼻で笑った。

(は、鼻で笑われた!?)


 先程からのフユーデルの態度に、何だか悔しくて泣きそうになっていると、それを見たフユーデルが急に困ったような顔で笑い出した。

「あははっ、ちょっといじめすぎちゃったかしらぁ。ごめんねぇ~。あまりにも"いじめがい"がありそうだったからぁ~」

「ふぇっ?」

「もう、フユーデル。あまりナツをからかわないの! ごめんねナツ、フユーデルも悪気があるわけじゃないんだ」

 明らかに悪意の塊のような顔をしている彼女に、ナツは『何言ってんの……』とアキュレスの感覚を疑問に思った。

 するとフユーデルはハルバードの方を向き、更に腕を絡めさせながらこう言った。

「ねぇハルバードォ、これからデートしましょうよ」

 しかし、ハルバードは今度はしっかりと顔を顰めながらキッパリと断った。

「断る」

「えぇ~、何でぇ~?」



「……私は『男』とデートなどする気はない」



 ナツは、へ?と間抜けな声を出した。

 断られたフユーデルは、わざとらしく残念がったかと思いきや、急にツインテールの片方を引っ張った。

 すると、ずるりとカツラが取られ、今度はブロンドのショートヘアになったのである。

「あははっ! ごめんごめん、"ナッちゃん"! 実は俺は男なんだよ~」

 ナツはまだ状況が把握できていない。


 ほけーっとしている間抜け面なナツを見て、アキュレスは慌てて事情を説明する。

「ああ、ナツ! 言うの忘れててごめん、彼は"女装"が趣味なんだ」

「でも、ちゃんと女の子が好きだよ~。小さいころから両親に女装させられてたら、なんだか楽しくなっちゃってさ!」

「そ、そうなんですか……はぁ~、よかったぁ……」


「……え~、何がよかったの~?」

 安心してほっと胸をなでおろしたナツに、フユーデルはにやりとして問いかけた。

 するとナツは自分でも何故安心したのか分からなかったが、慌てて弁解をする。

(なんで私、よかったって思ったんだろ……?)

「え!? あ 、いやほら、私なんかよりも、とっても可愛かったから……」

 多少苦しい言い訳にフユーデルは深く突っ込むことはしなかったが、彼は何やら思いついた様子でナツに向かって言った。

「ねえ、ナッちゃん、これから俺とデートしようよ。着替えるからさ」

「えっ?」

 ナツはその意図が分からず困惑していたが、フユーデルはもう行く気満々でアキュレスに許可を求める。

「いいでしょ、アキュレス」

「えー……仕方ないな。二人には仲良くなって欲しいし、行っておいで」

「は、はぁ。アキュレスさんがそういうなら……」


 アキュレスは大切な妹が……と渋ったが、それよりも二人に仲良くなってもらいたいという思いが勝り、二人のデートを認めた。

「じゃあ着替えて来るね~」

 フユ ーデルは荷物を持って別の部屋へと着替えに行ったのであった。




「お待たせ~」

「い、いえ……!」

(全然雰囲気違う!)

 水色のシャツにボルドーのネクタイ、グレーのベストとスーツパンツに変身した彼は、正に好青年という出で立ちであった。中性的な顔で、心なしか彼の周りがキラキラとしているように見える。

「じゃあ行ってくるから!」

「夕飯までには帰って来てよ!」

「へいへーい。行こう、ナッちゃん」

「あ、はいっ。……うわぁっ! ひ、引っ張らないでくださいっ!」

 フユーデルはナツの手を強引に引っ張り、さっさと家から出て行った。


 部屋の中には、どこか心配そうなアキュレスと、いつもどおりのハルバードが残っていた。

「大丈夫かなぁ……」

「別に、何も心配するようなことはないだろう」

「だって可愛いナツがさ! フユーデルに惚れでもしたらどうすんの!」

「……」

(面倒くさい奴だなこいつは……)

 ハルバードは、またも父性を爆発させたアキュレスを、やれやれといった表情で見ていたのであった。





 ナツとフユーデルの若者組は、波止場公園を歩いていた。平日の昼間だからか、あまり人は見受けられない。

 ナツが海を見ながらぼーっと歩いていると、突然フユーデルが彼女にこう問いかけた。


「ナッちゃんさぁ、ハルバードの事好きでしょ?」


「……えっ!?」

 ドクリ、と大きく心臓が鳴った。しかしナツは、そんなわけないと手をぶんぶんと振りながら否定をする。

「ち、ちがいますよ! ハルバードさんは、お仕事のパートナーですし、それに家族ですし……」

(な、なんでこんなに焦ってるんだろう……好きだなんて、あるはずなのに……)

 しかし、フユーデルは追求する。

「ふ~ん、じゃあなんで俺がハルバードにくっついた時、あんな怒ってたの?」

「お、怒ってなんか……」

「そう?

 ナッちゃんさあ、自分の気持ちに嘘付いてない?」

「……」


 フユーデルが真剣な顔でそう言うと、ナツは黙って俯いてしまう。

 実際のところ、ナツは自分の"本当の気持ち"を薄々感じていた。

 しかし、それを認めるわけにはいかなかった。それを認めてしまえば、もう今までの様に彼と接することができないと思ったからである。


 だが、フユーデルはそんな心を知ってか知らずか、更に追い打ちをかけるようにこう言った。

「うかうかしてたらさ、ハルバード誰かに取られちゃうよ? あの人、あんま認めたくないけど相当かっこいいんだからさ」

「それは……」

 ナツにもそれは分かっていた。

 今まで好きな人ができても告白できず、その人物に彼女ができてしまって後悔したことを、何度か経験しているのである。

 先日のバグリー公爵夫人やスーツ店の女性店員を見て、ハルバードは本当にモテるのだと思った。しかし、どうして自分がそんな人物に好きだと伝えて、成功すると思えるのだろうかと、ナツは自信が一切持てない。

 "ただの友達どまり"という周囲からの評価は、彼女自身の心まで縛っていた。


(私は、やっぱり、ハルバードさんの事……)

 思い出されるのは、誘拐された時に助けてくれたハルバードの姿、いつも厳しい彼がふと見せる笑顔、からかう時のような色気のある顔、そして先日の切なそうな顔、もう彼女の頭の中にはそればかりが浮かんでいたのであった。

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