26話 自覚をするまでがとても難しい
リンゴ―ン、リンゴ―ンというベルの音がエイデン邸に響いた。リナシ―が急いで出迎えに玄関へと向かう。
「はぁ〜い、どちらさ…」
「こんにちはぁ~、アキュレスいる?」
玄関には既に、美少女が立っていた。
◇
応接室では、その美しい少女とナツが二人で向かい合って座っていた。
(……誰なんだ、この美少女は!?)
ブロンドのツインテールは、くるくるとカールされている。
リナシ―が大好きな、パステルピンクのロリータファッションがよく似合っているのは、まるで人形のような可愛らしい顔立ちであるからであろう。身長は意外に高く、立っているとナツよりも目線がだいぶ上である。
彼女はどこかつまらなさそうに、出された紅茶を静かに飲んでいる。
ナツは目の前の少女を見ながら、頭の中で話のきっかけを模索していた。
しかし、先に口を開いたのは目の前の彼女の方であった。
「ねぇ~、アキュレスまだぁ~?」
「あ、で、電話なので、すぐ終わるかと……」
「ふ~ん、じゃあハルバードは?」
ナツは彼女の少しばかり傲慢な態度にたじたじになりながらも、ハルバードの名前を聞いて何やら心に引っかかりを感じた。
ナツが悶々としていると、突然応接室の扉が開き、一人の男が入って来た。
「久しぶりだな、『フユーデル』」
それは、今まさにナツの頭に浮かんでいたハルバードであった。
その姿を見ると、フユーデルと呼ばれた少女はすぐさまハルバードに駆け寄り、思い切り抱きついた。
「ハルバードっ!」
ハルバードは一瞬だけ顔を顰めたが、彼女の両肩に手を置き、ゆっくりとその体をひき剥がす。そして頭に手をポンと置いてこう言った。
「ずいぶんと、"女性らしく"なったものだな。フユーデル」
「もぉ~、照れるじゃなぁ~い! 相変わらずイケメンねっ、ハルバード」
言われ慣れているからなのか、少女は特に顔を赤くすることもなくハルバードの腕を叩いた。彼女の言葉の節々には、ハートマークが付いているように感じられる。
ナツは、ハルバードが入室してからの一連の流れをポカンとした顔で見ていた。
ハッと気がつくと、なんだか更にもやもやと胸がが苦しくなってくる。
(な、なんであんな親しそうに……! しかも、"女性らしく"って! な、なにさ! 私の時とは全然態度ちがうんだからっ!)
少し膨れた顔で二人を見ていると、少女がこちらを振り向いて、にやりと、どこか挑戦的な笑みを浮かべた。
(なっ……! なに、あの子……!)
そうこうしているうちに、今度はアキュレスが部屋へと入ってきた。彼は少女を見ると少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になり彼女に歩み寄った。
「フユーデル、久しぶりだね! こっちに帰ってきてたの?」
「アキュレスーっ! 久しぶり! そうよ、これからはポースリアで暮らすことになったの」
「そうだったんだ! さ、立っているのもなんだから、座って座って」
アキュレスがそう促すと、少女はハルバードの腕を引っ張り、自分の横へと座らせた。
アキュレスは顰めっ面のナツの横に、苦笑いをしながら座った。
「ごめんね、ナツ。一人にまかせちゃって。この子は『フユーデル・ベルモンド』。私の年下の幼馴染なんだ」
アキュレスは小声で『これでもナツより年上なんだけどね』と耳打ちをすると、ナツは驚いて彼女の方を見た。
フユーデルはハルバードの腕を組みながら、手をひらひらと振っている。
横のハルバードはさほど気にしていない様子で煙草を吹かしていた。
「どうもぉ~、フユーデルでぇす。海外留学から帰ってきました〜! ねぇ~アキュレス。この子だあれ?」
「この子はナツだよ。私の使い魔なんだ」
「ふ~ん」
フユーデルはナツの姿をまじまじと見ると、軽く鼻で笑った。
(は、鼻で笑われた!?)
先程からのフユーデルの態度に、何だか悔しくて泣きそうになっていると、それを見たフユーデルが急に困ったような顔で笑い出した。
「あははっ、ちょっといじめすぎちゃったかしらぁ。ごめんねぇ~。あまりにも"いじめがい"がありそうだったからぁ~」
「ふぇっ?」
「もう、フユーデル。あまりナツをからかわないの! ごめんねナツ、フユーデルも悪気があるわけじゃないんだ」
明らかに悪意の塊のような顔をしている彼女に、ナツは『何言ってんの……』とアキュレスの感覚を疑問に思った。
するとフユーデルはハルバードの方を向き、更に腕を絡めさせながらこう言った。
「ねぇハルバードォ、これからデートしましょうよ」
しかし、ハルバードは今度はしっかりと顔を顰めながらキッパリと断った。
「断る」
「えぇ~、何でぇ~?」
「……私は『男』とデートなどする気はない」
ナツは、へ?と間抜けな声を出した。
断られたフユーデルは、わざとらしく残念がったかと思いきや、急にツインテールの片方を引っ張った。
すると、ずるりとカツラが取られ、今度はブロンドのショートヘアになったのである。
「あははっ! ごめんごめん、"ナッちゃん"! 実は俺は男なんだよ~」
ナツはまだ状況が把握できていない。
ほけーっとしている間抜け面なナツを見て、アキュレスは慌てて事情を説明する。
「ああ、ナツ! 言うの忘れててごめん、彼は"女装"が趣味なんだ」
「でも、ちゃんと女の子が好きだよ~。小さいころから両親に女装させられてたら、なんだか楽しくなっちゃってさ!」
「そ、そうなんですか……はぁ~、よかったぁ……」
「……え~、何がよかったの~?」
安心してほっと胸をなでおろしたナツに、フユーデルはにやりとして問いかけた。
するとナツは自分でも何故安心したのか分からなかったが、慌てて弁解をする。
(なんで私、よかったって思ったんだろ……?)
「え!? あ 、いやほら、私なんかよりも、とっても可愛かったから……」
多少苦しい言い訳にフユーデルは深く突っ込むことはしなかったが、彼は何やら思いついた様子でナツに向かって言った。
「ねえ、ナッちゃん、これから俺とデートしようよ。着替えるからさ」
「えっ?」
ナツはその意図が分からず困惑していたが、フユーデルはもう行く気満々でアキュレスに許可を求める。
「いいでしょ、アキュレス」
「えー……仕方ないな。二人には仲良くなって欲しいし、行っておいで」
「は、はぁ。アキュレスさんがそういうなら……」
アキュレスは大切な妹が……と渋ったが、それよりも二人に仲良くなってもらいたいという思いが勝り、二人のデートを認めた。
「じゃあ着替えて来るね~」
フユ ーデルは荷物を持って別の部屋へと着替えに行ったのであった。
「お待たせ~」
「い、いえ……!」
(全然雰囲気違う!)
水色のシャツにボルドーのネクタイ、グレーのベストとスーツパンツに変身した彼は、正に好青年という出で立ちであった。中性的な顔で、心なしか彼の周りがキラキラとしているように見える。
「じゃあ行ってくるから!」
「夕飯までには帰って来てよ!」
「へいへーい。行こう、ナッちゃん」
「あ、はいっ。……うわぁっ! ひ、引っ張らないでくださいっ!」
フユーデルはナツの手を強引に引っ張り、さっさと家から出て行った。
部屋の中には、どこか心配そうなアキュレスと、いつもどおりのハルバードが残っていた。
「大丈夫かなぁ……」
「別に、何も心配するようなことはないだろう」
「だって可愛いナツがさ! フユーデルに惚れでもしたらどうすんの!」
「……」
(面倒くさい奴だなこいつは……)
ハルバードは、またも父性を爆発させたアキュレスを、やれやれといった表情で見ていたのであった。
◇
ナツとフユーデルの若者組は、波止場公園を歩いていた。平日の昼間だからか、あまり人は見受けられない。
ナツが海を見ながらぼーっと歩いていると、突然フユーデルが彼女にこう問いかけた。
「ナッちゃんさぁ、ハルバードの事好きでしょ?」
「……えっ!?」
ドクリ、と大きく心臓が鳴った。しかしナツは、そんなわけないと手をぶんぶんと振りながら否定をする。
「ち、ちがいますよ! ハルバードさんは、お仕事のパートナーですし、それに家族ですし……」
(な、なんでこんなに焦ってるんだろう……好きだなんて、あるはずなのに……)
しかし、フユーデルは追求する。
「ふ~ん、じゃあなんで俺がハルバードにくっついた時、あんな怒ってたの?」
「お、怒ってなんか……」
「そう?
ナッちゃんさあ、自分の気持ちに嘘付いてない?」
「……」
フユーデルが真剣な顔でそう言うと、ナツは黙って俯いてしまう。
実際のところ、ナツは自分の"本当の気持ち"を薄々感じていた。
しかし、それを認めるわけにはいかなかった。それを認めてしまえば、もう今までの様に彼と接することができないと思ったからである。
だが、フユーデルはそんな心を知ってか知らずか、更に追い打ちをかけるようにこう言った。
「うかうかしてたらさ、ハルバード誰かに取られちゃうよ? あの人、あんま認めたくないけど相当かっこいいんだからさ」
「それは……」
ナツにもそれは分かっていた。
今まで好きな人ができても告白できず、その人物に彼女ができてしまって後悔したことを、何度か経験しているのである。
先日のバグリー公爵夫人やスーツ店の女性店員を見て、ハルバードは本当にモテるのだと思った。しかし、どうして自分がそんな人物に好きだと伝えて、成功すると思えるのだろうかと、ナツは自信が一切持てない。
"ただの友達どまり"という周囲からの評価は、彼女自身の心まで縛っていた。
(私は、やっぱり、ハルバードさんの事……)
思い出されるのは、誘拐された時に助けてくれたハルバードの姿、いつも厳しい彼がふと見せる笑顔、からかう時のような色気のある顔、そして先日の切なそうな顔、もう彼女の頭の中にはそればかりが浮かんでいたのであった。




