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ほことたて  作者: 盆戸炉
27/56

25話 人間と使い魔の狭間で

 ハルバードが話し終えると、部屋にはしばらくの間沈黙が続いた。

 アキュレスは俯き、何かを考えている。そして口を開こうとした時、鼻を啜る音が後ろから聞こえた。

 後ろを向くと、ナツが静かに泣いていた。アキュレスは驚き、彼女の方に体を向ける。

「……ふふ、なんでナツがそんなに悲しそうに泣くの?」

「だっ、だって……そんなの、悲し、すぎっるからっ……」

 アキュレスは困ったような笑顔で、ぽろぽろとナツの目から零れる涙をぬぐう。

 そしてハルバードの方を向き、いつもの様に優しく笑った。

「話してくれてありがとう、ハル。なんだか胸のつっかえが取れて、すっきりしたよ」

「……!」

 笑顔でお礼を言った彼に、ハルバードは大きく目を見開いた。

 そして、いつもの彼らしくない弱々しい声で『何故だ?』と小さく呟いた。


 普段と様子が違うハルバードに、アキュレスは不思議そうな顔をして彼の名を呼んだ。目をゴシゴシと擦ったナツも、彼の方を見る。

 ハルバードはどこか悲しそうに、アキュレスに向かって問いかけた。

「何故、お前は私に礼を言うんだ? 私は、お前にずっとこの話を隠していた。それなのに、何故怒らない……何故責めない?」

「そうかもしれないけど、ハルは私の為に黙っていてくれたんでしょ? なら、仕方ないじゃない。それなのに話してくれたんだから、どうして責めることができるの?」

 ハルバードはそれを聞いて少し黙った後、目線を落として続けた。


「何故、どうして……こういう時、私は『人間の感情』が理解できないのだろうな……」


「ハル……?」

「お前が笑う理由も、ナツが泣く理由も解らない。

 クリフォードとマリアが死んだあの日、生きることに執着をする人間が、どうして己の死をあんなに簡単に受け入れる事が出来るのか、今でも解らない。

 マリアは私を『家族』と言った。クリフォードは私を『親友』と言った。しかし、そういったものはお互いが"対等"であるから成り立つものではないのか……?

 私は"ただの使い魔"だ。決して"人間"にはなれない。結局、人間の考えていることなど、私には……」

 アキュレスが、怒気を含んだ声で名を呼んだ。

 しかし、その続きはナツの震えた声によって遮られた。

「ハルバードさん、失礼しますっ……!」


 パチンッ、とハルバードの頬が叩かれた。


「……何をす……っ!」

 彼が見たナツの顔は、先程よりもとても、とても悲しそうであった。

 アキュレスも驚いてナツを見た。彼女は、目を瞑って大きく叫んだ。

「ハルバードさんは、解らないんじゃなくて、『解ろうとしていない』だけですっ!」

 初めてのナツの姿に、ハルバードとアキュレスが目を見開いて彼女を見ている。


 ナツはぼろぼろと大粒の涙を流しながら、震える声を抑えるように話し始めた。

「わたし、馬鹿だからっ、うまく言えるかわからないけど……。でもわたしっ、ハルバードさんが人間らしくないって思った事、一度もないですっ!

 確かに、わたしと違って魔法は使えるし、それに厳しいし、たまに無茶苦茶なこと言ったりもするけど、で も……ハルバードさんがただの使い魔で、人間とは全く違うものだったら……。

 だったらあんな、あんな"優しい笑顔"、できるわけないもんっ!!! ふっ……うっ、……っ。

 『家族』や『親友』って、とっても素敵な事なのにっ……どうして、どうしてハルバードさんは、自分や、そう言ってくれた相手の事まで、否定しちゃうのっ!?」

 最後の方はは感極まって号泣しながら叫ぶ彼女に、ハルバードは言葉が出ない。


 アキュレスは目を伏せ、静かに言った。

「ナツの言う通りだよ、ハル。確かに君は人間に召喚された使い魔だ。でもね、私も君の事、一度だって"ただの使い魔"などと思ったことはない。

 私は君のことを『家族』だと思っているよ。

 これから先、例え私が死んだとしても、それは変わらない。

 『親友』っていうのは、きっと君を召喚した父さんの特権なんだろうね……。少し羨ましいよ。

 そう、この前ナツと話していたんだけどね、これから皆で幸せになろうって話をしたんだ。

 『家族』として、ね。

 ……ふふ、ハルはもう既に"人間"なんじゃないかなぁ? だってそうじゃなかったら、そんな辛そうな顔、出来ないと思うな」

 アキュレスが見たハルバードの顔は、辛そうに歪められていた。


 しばらくしてハルバードは目を瞑り、息を吐く。そして、そうだな……と小さく呟いて顔を上げた。

 その顔は、何かが吹っ切れたような表情をしていた。

「私はどこかで、自分の思う"使い魔"から変わってしまうことを恐れ……

 いや、違うな。

 私はただ、人間に羨望していただけだ。小さな事で一喜一憂できる人間を羨んでいただけ、だったんだな……」

「ハル……」

 それを聞いて、ナツはまた目をゴシゴシと拭くと、ハルバードに向かってへらりと笑った。

「えへへ、そう思うってことは、もう完全に人間じゃないですか!

 私の知人なんて、ハルバードさんよりも全然人間らしくないんですよ?

 そういうのって、"個性"じゃないですか! みんな違うんです、考えることも、感じることも。心配しなくても大丈夫ですよ。

 だから、これからも『家族』として、一緒に楽しく過ごしましょうよ! ね!」

「そうだよ、ハル。でも、君の事をまた少し知ることができてよかった。

 これからもよろしく頼むよ、"ハルバード"」


「……そうだな。ありがとう、アキュレス、ナツ。

 私は幸せ者だ、こんな『家族』がいるのだから」


  ふわり、とハルバードが優しく微笑むと、アキュレスとナツは感極まってハルバードに抱きついた。

「ハルっ!」

「ハルバードさんっ!」

 ハルバードは驚きながらも、いつものようにこう言った。

「ひっつくな、鬱陶しい」

 その顔はとても、とても嬉しそうであった。



「感動的だったな―」

 ハッとして三人が前を見ると、王とササイが目にハンカチを当てていた。

「す、すいません!」

「申し訳、ありません……」

「ごめんなさいっ!」

 慌てて座りなおすと、王が微笑みながらアキュレスに言った。

「いやあ、良い話を聞かせてもらったよ。だから、そうだねー、君たちなら王位継承権争いを無償で破棄する権利をあげるよ」

 アキュレス達は大きく驚いた。王の後ろに立つササイまで目を見開いている。


 しかし、アキュレスはにっこりしてそれを断った。

「お気遣い感謝いたします。しかし、私は降りません。父が王位継承の命を受けていたと知った今、私がそれを引き継ぎます。『息子』として。

 確かに、使い魔二人を危険に晒すことは心苦しいです。できれば辛い戦いはさせたくない。

 ですが、私は信じています。二人は必ず生き残ると。そして、私とこれからずっと一緒に生きてくれることを。『家族』として」

 後ろの二人も、しっかりと前を向いている。とても頼もしい顔をしていた。

 王は、嬉しそうにゆっくり頷いた。


「さすがは、クリフォード・エイデンの息子だね。良い決意だ」





 帰りの車の中、ナツは緊張から解放されたのか、泣き疲れたのかで眠ってしまっている。

 助手席のアキュレスは、それをミラー越しに微笑ましく見ていた。

「疲れて寝ちゃったみたい。それにしても、ナツがあんなにしっかりした子だとは思わなかったよ。ふふ、諭されちゃったね、ハル」

 運転していたハルバードは、まっすぐ前を見ながら答えた。

「……一応こいつは成人しているのだろう? はぁ、でもまあ、しっかりと諭されたな」

「ああ、成人してたんだったね……また怒られちゃう!

 ……争い、来月からだけど……どうなるかな?」

「心配しなくていい。お前は王になった後の事でも考えていろ」

「ふふ、そうだね。じゃあ、何かあったらプロメス王に責任押し付けて亡命しちゃおう! ね?」

「……ふ、そうだな……」

 こうしてお互いに絆を深め合った三人は、エイデン邸へと帰って行った。


 王位継承権争いまで、残りおよそ一ヶ月である。

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