22話 最後の平和な円卓会議
国王の言葉に、領主達がお辞儀をしながらお久しぶりですと返事をする。
王が席に座ったのを見て、地位が高い者から着席した。
「さ、始めていいよ」
プロメス王がそう促すと、いつものようにバグリー公爵夫人が進行を始めた。
「かしこまりました、国王様。では、これから第二期円卓会議を行いますわ」
通常円卓会議は年に三回行われ、本日は今年度二回目の会議である。
年度の開始月は、ナツの世界でいうところのイギリスや日本の会計年度と同じであり、円卓会議は第一回目が七月、第二回目が十一月、第三回目が三月に行われる。
「では、わたくしからご報告させていただきますわ。まず我が地方の収支報告ですが、お手持ちの資料の……」
会議が始まり、各領主たちが収支や実績、懸念事項などを報告し合っている。
その間、使い魔達は主人の後ろに立ちながら黙ってそれを聞いていたが、ナツは早々に眠くなっていた。
(む、難しくて全然わからない……眠くなってきた……)
(明らかに眠くなっているなこいつ)
座っていたら確実に眠っていたであろうナツを、ハルバードは心底呆れた顔で見ていた。
「チャリアに関する報告は以上ですっ」
滞りなく会議は進み、最後のホルン子爵の報告まで終わった。
すると、次に公爵夫人が王に言葉を促す。
「以上ですわ、国王様。何かご質問等ございますか?」
「んー、特にないかな。後で資料読んでおくよ、『ササイ』が」
"ササイ"とは先程の白髪交じりの紳士の事で、彼は王の直近の執事である。国王は彼に絶対の信頼を置いているようだ。
もはや、やる気も何も感じられない王の様子に、領主たちは苦笑いをしていた。
そんな中、公爵夫人は続ける。
「では、通常の報告は終了致しましたわ。国王様、どうぞお話し下さいませ」
すると、プロメス王は伸びをして一息つき、ゆっくりと話し始めた。
「あー、みんなお疲れ。儂、眠くなっちゃったよー。ははは!
それはさておきね、何で儂が今日ここに来たかっていうと、それはまあ皆の使い魔を見たかったからなんだよねー。
どうやら、中々みんな強そうじゃない。子供も見受けられるけど、魔力は高いようだねぇ」
"子供"と言った時に自分をバッチリと見られたナツは、やっぱり……と少し落ち込んだ。
「でさあ、メルドン君」
「は、はいっ」
「何で一体なの?」
怒っている様子では全くないのに、メルドン男爵は王からただならぬプレッシャーを感じていた。
彼が言葉に詰まっていると、後ろにいたカルマが、すかさず主人のかわりに説明を始める。
「卓越ながら、使い魔であるわたくし、カルマがご回答させていただきます。国王様。
実は、我が主はわたくしを召喚した直後、体調を大きく崩されていたのでございます。したがいまして、もう一体の使い魔は後の一ヶ月で召喚しようと考えていらっしゃるとのこと。どうかご容赦くださいませ」
「えー、大丈夫なのメルドン君?」
「は、はぃ……。ご心配、痛み入ります……」
(え? そうには全く見えなかったけどなぁ……)
(嘘だな)
ナツは疑惑を、ハルバードは確信を抱いていた。
王はさほど興味はなかったのか、他の使い魔達に目をやった。
「ふーん、そっかあ。じゃあ仕方ないね。
ほうほう。あ、ハルバード君じゃない! 久しぶりだねえー」
「お久しぶりです、プロメス王。お変わりはございませんか?」
かしこまって返事をする普段とは"全く違う"ハルバードに、ナツは変にどぎまぎしていた。自分の父親が、家に連れてきた上司と話している時に感じる"アレ"に似ている。
「うん、元気だよー。エイデン君もだいぶ大人っぽくなったんじゃない?」
「ありがとうございます、国王様」
アキュレスはにこやかに答える。更に王が視線を滑らせると、子爵の使い魔を見て少し驚き、嬉しそうに言った。
「へぇー、皆の使い魔いいじゃない。ホルン君のなんて仮面被ってて面白いし」
「えへへ、二人ともすごくシャイだから、こうでもしないと引きこもっちゃうもんで」
そう言った子爵のしぐさは、テヘペロ☆という音が聞こえてきそうなほどである。
次に、王はバグリー公爵夫人の使い魔達を見て感嘆の声を上げた。
「ほぉー、公爵夫人の使い魔は、まるで『SP』だねぇー」
先程から皆が気になっていた彼らは、坊主頭でサングラスに黒のスーツ、おまけに体格は筋肉隆々という、まるで国王の言う『セキュリティポリス』である。
「ありがとうございます、国王様。わたくしの使い魔は、見かけだけではございませんことよ」
公爵夫人は周りにそう"牽制"した。
(あの人達と戦うの、あんまり考えたくないなぁ……)
(こんなんでは実践どころではないな、どうしてくれよう)
冷汗を流すナツに、ハルバードは帰ったらどう説教しようかと考えていた。
ひとしきり使い魔達を見た国王は、さて……と仕切り直し、今回の争いのルールを再度説明し始めた。
「皆には王位継承権を巡る戦いをしてもらうんだけどね、最後にルールだけちゃんと確認しよう。
まず、『自分の矛と盾となる使い魔を召喚し、それらに戦わせる』だね。この意味はつまり、五爵達はちゃんと公務しなさいってことだからね?
次に、『領主本人が攻撃を仕掛けてはいけない』だ。まあ、さっきのルールと関連してるけど、本人同士でやれるなら使い魔いらないからね。
最後に、『以上のルールを破ったものは、王位継承権を剥奪される』だよ。これは簡単だよね。でも、ただ剥奪されてはい終わり。っていうことじゃない。
元の地位に居られるなんて思わないでね。みんな命を懸けているんだから、それ相応の覚悟をしてね。
ああちなみに、君たちが死んだとしても、公務の心配はしなくていいよ。"儂"が代わりにやるからね」
さらに王は『争い期間中の監視』、『開始・終了時と、誰かしらの脱落時に送る電報について』の説明をし、最後に皆に向かってこう問いかけた。
「さあ、今の話を聞いて、自分はこの争いから『降りる』って人ー!」
その言葉には、誰一人として手を上げない。
それはつまり、五爵たちが皆お互いの殺し合いを肯定したという事である。
数秒の沈黙の後、国王が安心したように一息ついた。
「はぁーいないね、よかったー。儂、安心。もしいたらさあ、
"首、跳ねるところだったよ"」
ピシリ、とその場の空気が硬直した。そのままの、にこやかな顔で王は続ける。
「いやあ、だって前に確認したし。土壇場でやーめたっ、なんていう屑いるわけないよねえ。あはは」
王はいつも"こう"だ。彼は柔らかな顔で平然と恐ろしいことを言う人物である。それはとても不気味で、得体のしれない恐怖を生み出す。
これが王の器なのか、素質なのか。そのちょっとした"狂気"は、場に静寂を与えた。
王はそんな空気など気にもせず、じゃあ確認終わり!と一言いうと、席を立った。
五爵たちも慌てて席を立ち、部屋から出ていく王を見送る。
「じゃあみんな、一ヶ月後から頑張ってねー!」
「それでは皆様、失礼いたします」
バタン、と扉が閉まると、皆一斉に脱力した。
「あー、国王こーわっ。見た目あれなのになんであんな怖いの……」
ホルン子爵が椅子にドカッと座って言った。他の領主達も苦笑いしている。
すると突然扉が開き、王が廊下の奥から叫んだ。ビクリと子爵が跳ね、またも空気が逆戻りした。
「エイデン侯爵たちー! ちょっと来て―」
「宜しくお願いいたします、エイデン侯爵と使い魔お二方」
ササイが扉を支えながらアキュレス達を呼び出した。
「えっ、な、何だろう……」
「お、終わったと思ったのに……」
「まだ帰れそうにないな」
思いもよらない呼び出しに、アキュレスとナツは不安そうな顔をした。
「頑張れーアキュレスにい」
「災難ですなぁ、エイデン侯爵」
「なぁんだ、これからハルバードとデートしようと思っていたのにぃ……ざんねぇん」
アキュレス以外の領主は、ご愁傷様……と言った顔で彼らを見送った。
◇
「あーごめんごめん、急に呼び出しちゃって。別に怒るとかじゃないから安心してねー」
「いえ、滅相もございません。いかがされましたでしょうか?」
別の会議室へと通されると、王は奥の席に腰かけ、アキュレス達に座って座ってー!と軽い言葉で促した。
失礼します、と三人が腰かけると、王は話し始めた。
「君たちを呼び出したのはねー、まあ今回の"王位継承権争いを決めた理由"を話しておこうと思って」
その言葉に、ハルバードがピクリと反応した。アキュレスは何故自分だけに話そうとしているのか理解できていない。ナツは全てが解っていない。
「理由、ですか?」
「そう。それを"君だけに話す理由"は、君に大いに関係があるから。うーん、その様子だとハルバードは話していないね」
「……はい」
彼らの会話を聞いて、聡明なアキュレスは一つの可能性を見出した。
ハルバードが知っていて、己が知らないこと。それは、『両親の死』についてである。
「……お聞かせ願えますか?」
すると国王はまるでお伽噺を語りだすかのように、王位継承権開催の理由を話し始めた。




