21話 役者は全て、揃った
アキュレス一行は、円卓会議に出席するため、朝からグロリア地方の中心地にそびえ立つ『アルヴァディア城』に来ていた。厳重な警備の中、門番はすんなりと彼らを通す。
「お疲れ様です、エイデン侯爵。どうぞ、お通り下さい」
無論、円卓会議で何度も訪れるアキュレスは所謂『顔パス』で入城できるのである。
中に入ると、使用人の女性が彼らを出迎えた。
「お待ちしておりました、ご案内致します」
「ふおぉぉぉっ! お城の中なんて初めて見た!」
「キョロキョロするな恥ずかしい」
「いてっ!」
「ふふ、ナツはお城とか見るの初めてだもんね?」
昨日購入したスーツに身を包んだナツは、世界史の教科書に載っているような城の内装に感激していた。海外旅行など一度も経験したことのない彼女は、ここがまるで映画のセットのような気さえしていたのである。
そんな子供みたいにはしゃぐナツを、ひとりは呆れ、ひとりは微笑ましく見ていた。
こちらです、と案内された先は、五爵がいつも行う会議室の前であった。
ナツの心臓はバクバクとうるさく鳴り出した。しかし両隣に頼もしい男性達がいるのを見て、彼女は胸に手を当て深呼吸をする。
(大丈夫、二人がいるもん!)
カチャリと使用人が扉を開けると、中には二組の領主御一行が談話をしていた。
円卓の下座に座るホルン子爵と、その右隣に座る中年の男性。座っている二人の後ろには、彼らの使い魔達が立っている。
二人が音のした方へ振り向くと、まずはホルン子爵がアキュレスの姿を見て大きく手を振った。
「あ、アキュレスにいー!」
「久しぶりだね、シェゾリア」
「ハルにいとナツねえも久しぶりだねっ!」
「ああ」
「お久しぶりです、ホルン子爵!」
相変わらず元気な子爵に返事をすると、アキュレスが中年男性の右の席に着いた。すると今度は男性が彼に声をかける。
「お久しぶりですねえ、エイデン侯爵にハルバード君。
そして、初めまして。可愛いお嬢ちゃん」
焦げ茶色のスーツにネクタイ、ボルドーのニットとグレーのワイシャツに身を包んだその男性は、髭を蓄え、少し長いウェーブのかかった髪をオールバックにしている。太い葉巻を吸いながら足を組んで座っている様は、雑誌に載っている言葉を借りるならば、まさに『ちょいワルオヤジ』である。
彼は横に座ったアキュレスと、その後ろに立つ使い魔二人組を見て微笑んだ。
「お久しぶりです、『ヴァルナリオ伯爵』」
「久しぶりだな、伯爵」
ナツは初めて会う伯爵を見て、緊張した様子で挨拶をする。
「は、初めまして! わたくし、ナツと申します! エイデン侯爵の使い魔です!」
「ふふ、ナツ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ?」
「何だその阿保みたいな挨拶」
(こんなんで大丈夫なのかこいつ)
ナツのガチガチな自己紹介と、二人のツッコミを聞いて伯爵は豪快に笑い、後ろにいる自身の使い魔達を見た。
「はっはっは! お嬢ちゃんは随分と緊張しているみたいだねぇ。私は『ダルダンディス・ヴァルナリオ』だよ。よろしく。
でも大丈夫、うちの使い魔たちも緊張してるみたいだから。ほら『リルド』、『ラルド』。挨拶しなさい」
伯爵が後ろの小さな男女の子供達にそう言うと、同時に『はい、パパ』と返事をし、ナツ達の方を向いた。
「わたしはリルド」
「ぼくはラルド」
よろしくお願いします、とまたも同時にお辞儀をした。その顔は無表情で、あまり緊張しているようには感じられなかったが、二人はぎゅっと固く手を繋いでいた。
(か、可愛い!!)
「よ、よろしくね! リルドちゃん、ラルドくん!」
「こんにちは、二人とも。私はアキュレス・エイデンだよ、よろしくね」
「ハルバードだ、よろしく」
挨拶もそこそこに領主達が雑談をしていると、また会議室の扉が開いた。
入ってきたのは、メルドン男爵とその使い魔であるカルマであった。
今の今まで忘れていたその姿が目に入ると、ナツの肩が恐怖でビクリと跳ねた。先日されたことを思い出し、顔は青ざめ、小さく震えだした。
それに気がついた横のハルバードは、彼女の背中に優しく手をあてた。ナツはハッとして彼を見上げると、その顔は『無』であった。
男爵達を見てはいるものの、嫌悪感などは一切出していない。
(ハルバードさん、すごいな……。私も見習わなきゃ! 平常心、平常心!)
(あの豚野郎共、次会ったらタダでは済まさない)
ナツの考えとは裏腹に、ハルバードの内心は思いっきり恨み節であった。
「ひ、久しぶり、皆……」
メルドン男爵は伯爵の前の席に座ると、おどおどとした様子で挨拶をした。その目はチラチラとナツ達の方を見ている。
主に彼が恐怖しているハルバードのことを。
「お久しぶりでーす、男爵ー」
「久しぶりだねぇ、メルドン男爵」
「お久しぶりです、メルドン男爵。先日はうちの使い魔たちが"お世話になりまして"」
他の領主が軽く返事をする中、アキュレスは非常に爽やかな笑顔で先日の"礼"を言った。
いつもと違うアキュレスに、メルドン男爵は冷や汗を流すが、この後すぐにその量を増やすこととなる。
「久しぶりだな、メルドン男爵。先日はどうも」
笑顔である。
子爵や伯爵には見えていないが、正面の男爵とカルマはよくよく見えていた。彼の"爽やかな"笑顔というものが。声のトーンはいつもと変わらないのにその顔というのは、もはや絶望である。
ひっ!と男爵が小さな悲鳴をあげると、ナツは不思議に思って彼の視線の先いるハルバードの顔を見た。そして、彼女もまた戦慄した。
「あらぁ、もう皆さんお集まりぃ?」
異様な空気を断ち切るように、ねっとりとした女性の声が入り口から聞こえた。
バグリー公爵夫人とその使い魔達は、ゆっくりと円卓に近づいて来る。
メルドン男爵がホッと一息ついていると、公爵夫人がハルバードを見つけて嬉しそうに駆け寄った。
ナツを押し避けて、である。
「ハルバードォ、逢いたかったわぁ!」
「お久しぶりですね、公爵夫人。相変わらずお綺麗ですね」
ハルバードは眉ひとつ動かさず、にこやかに対応している。それは彼女が自分の主よりも仕事上の立場が上だから、というのが一番の理由だ。
そんなことはわかっている夫人だが、自分の好みの男性に優しくされれば、誰だって有頂天になるというものである。
「まぁっ、嬉しいわぁ」
んふふっ、と笑って彼の胸に寄り添う夫人を見て、他の領主たちは「うーわ、なにあれ」やら、「お熱いねぇ」やら、苦笑いをしていた。
そんな中、ナツは頭に血が上っていた。
(なっ、なにさ! 夫人も夫人だけど、なんでハルバードさんあんな紳士的なの!? 私押しのけられたのに!)
ナツが人知れず怒っていた最中、コンコン、コンコンと四回扉がノックされ、それはゆっくりと開かれた。
扉を開けたのは、白髪交じりの壮年男性であった。そして部屋を見渡し、こう言った。
「皆様、お集まりですね。間もなくプロメス王がこちらにいらっしゃいます」
その一言で、場の雰囲気は一瞬にして緊迫したものに変わった。
公爵夫人は名残惜しそうにアキュレスの前の席に着き、皆に向かって指示を出す。
「では、皆様ぁ。お手持ちの資料をそれぞれに配ってくださいまし。今回は王様の分もありますので、全部で六部ですわね」
すると領主たちは、作成した報告書と資料をそれぞれの席に回した。それが配られると、各々がどこかに不備がないかを確認をする。
(なんか会社の会議みたい……)
まさにその通りであるが、大学生だった彼女には全く馴染みがない。
真剣な顔になる彼らを見て、先程まで薄れていた緊張は元に戻ってしまった。
確認が終わった頃、コツ、コツという足音がゆっくりとこちらに向かってくるのが聞こえる。
プロメス王が、開いた扉の前に到着した。
それを見た領主たちは一斉に立ち上がり、頭を垂れる。使い魔達もそれに合わせ、ナツも慌ててお辞儀をした。
「やあやあ、みんな久しぶりだねー」
至って普通の黒いスーツと白のシャツ、赤いネクタイを身に包んだこの老人こそ、プロメス王国の最高責任者『ロドリアヌス・ザナ・プロメス』である。




