20話 極楽の対は地獄である
「ふぁー、お腹空きました!」
(こいつはいつもそれだな)
「……どこか空いてる店は?」
「うーん、お昼時だから結構どこも混んでるわねー」
商店街にあるレストランは見る限りどこも満席で、店に並んでいる客も多く見受けられた。しかし海沿いを見ていると、値段が高そうなレストランなどはどうやら空いているようである。
ナツはその中で先日アキュレスに連れて行ってもらった店を指差し、嬉しそうに二人に教えた。
「あ! ここのお店、この前アキュレスさんに連れてってもらったところなんですよっ!」
二人はその店を見ると、ピタリと動きを止めた。
「……それ、本当? ナツちゃん」
「えっ? は、はい」
「ほう……。随分と豪華にもてなされたのだな、ナツ」
「え、た、確かに高そうでしたけど……」
ナツは二人の顔を見て恐怖した。余りにも邪悪な笑みを浮かべている。
(え、なんか私まずいこと言った……!?)
二人曰く、ナツが先日連れてきてもらったこのおしゃれなレストランは、シュロネー地方で最も高級なレストランであり、長年生きているハルバードでさえたった一度きり、リナシーに至っては今まで一度たりとも行ったことがないという。
「え!? そ、そうなんですか……? じゃあ、あのテラス席とかやばかったんじゃ……あ」
「はっ、テラス席ねぇ……」
「随分と格好付けたのですねぇ、御主人様は……」
ナツがしまった!と思った時にはもう遅かった。ゴゴゴゴ、という音が聞こえてきそうなほど、二人からは怒りのオーラが漂っていた。
すると、リナシーがナツに向かってとびきりの笑顔で言った。
「ねぇ、ナツちゃん。ここのお店ね、ランチも美味しいんですって。行ってみましょうよ。いいわよね、ハルバード?」
「ああ、構わない」
「えっ、でもこのお店、その、高いんじゃあ……」
ナツの問いに、二人は意地の悪そうなニヤリとした顔で言った。
「いいのよお、だって支払いは御主人様だものっ」
「そうだ。お前が気にすることではない」
(アキュレスさん、ごめんなさい……!)
「お、美味しかった……!」
「すごく美味しかったわね!」
「流石は最高級の店だな」
なんだかんだ言って、結局ナツはあまりの美味しさに遠慮なく沢山食べてしまった。
リナシーは、本日持たされたアキュレスのクレジットカードで食事代を支払い終わると、どこかツヤツヤとした表情になっていた。ハルバードも最高級の料理に舌鼓を打っていた様である。
そして、三人は非常に満足した顔で、スーツを受け取りに先ほどの紳士服店に戻っていったのであった。
◇
「じゃあナツちゃん、すぐ戻ってくるからここでまっててね!」
「勝手にどこかへ行くなよ」
「わ、わかってますよ!」
ナツは二人がすぐ戻ると言うので、外に待つことにした。
店へと入って行くリナシーとハルバードの後ろ姿を見て、美男美女だなぁ……と少しだけもやもやとしていたが、それはすぐに打ち切られた。
「おじょーさんっ!」
「なーにしてんのー?」
「一人? 俺らと遊ばない?」
まさかのナンパである。
ナツは今時こんなベタで古典的なナンパがあるのかと吃驚したが、無論すぐに断った。
「いや、人を待ってるので……」
しかしここはセオリー通り、男達は引き下がらない。
「えぇ~、でもこんな可愛い子待たせるとかぁ」
「最悪じゃん?」
「俺らと遊びに行こうぜ、ちょっとだけでいいからー」
ナツは内心イラつきながらもお断りを続ける。すると一人の男がしびれを切らしたのか、強引にナツの腕を掴んだ。
「いいからいこうぜ! 楽しいことしよう、な? お嬢ちゃん?」
「は、離してください!!」
男達は下品な笑い声を上げ、ナツを無理やり連れて行こうとした次の瞬間、
彼らの体が地面にひれ伏した。
驚いて戸惑う彼らに向かって、二つの靴音がゆっくりと近づいて来る。
「可愛い可愛いナツちゃんに何してんのよ、この馬鹿共が!」
「はぁ……。無駄な魔力を使わせるな、屑野郎共が」
「リナシーさん、ハルバードさん!」
ナツが二人に駆け寄ると、ハルバードは男達を解放した。
すると彼らは逃げることはなく、むしろ逆上してハルバードに襲いかかってきた。
リナシーは咄嗟にナツを後ろに隠そうとしたが、ハルバードはそれを制しこう言った。
「よし、実践練習だ。いくぞ、ナツ」
「うぇっ!? は、はいっ!」
すると、ハルバードがまず炎を浴びせた。
その相手は男達ではなく、ナツである。
炎はナツの目の前でキラキラと消滅している。彼らはその光景に驚愕し、一瞬動きが止まった。
その隙をついて、ハルバードが今度は男の一人に猛烈な回し蹴りを決める。その体は吹っ飛び、近くにあった壁にぶつかった。
「ぐっ、はぁっ!!」
ダウンしてしまった仲間の一人を見て、残りの男達はターゲットをナツとリナシーに変えた。
「チッ、なんだこいつら! くそが!」
「こうなったらあの弱そうなメイドだけでも……!」
一人がナツを殴ろうと腕を振りかぶった。しかしナツはその攻撃を、腕をクロスさせて防ぐ。
すると、男の腕がバチンッ!と跳ね返された。
「あ、熱っ!!」
先程ナツが浴びせられたのが炎であった為、ガード自体も炎の熱さを受け継いでいた。
「へへーん、今の私にはなんの攻撃も効きませんよ!」
「な、なんだと……。ぐぁぁっ!?」
男はまたもハルバードに吹っ飛ばされ、気絶した。
「そうだ、だから潔く諦めて死ね」
「こ、殺しちゃダメですよ!」
その頃、もう一人はリナシーに猛進していた。その手にはサバイバルナイフが握られている。
「死ねやぁぁぁ!」
男がナイフをリナシーの腹に突き刺そうとした瞬間、
彼は気付いたら"仰向け"になっていた。
男は自分の身に何が起きたのか全く理解できていない。
リナシーは向かってきた男の腕を掴み、足をなぎ払って彼の体を地面に叩きつけたのである。
「は? ……ぐえっ!?」
そして、その腹を片足で踏みつけた。
「わたくしが何故、この様なブーツを履いているかご存知? んふふっ、わたくしは戦えるメイド、ですのよ?」
あっという間に男達は全員気絶し、ナツ達は警察を呼んでその場を後にした。
◇
「……で、そしたらバーンッ!て相手がはじかれたんです!」
「そっかー。頑張ったね、ナツ!」
頭を撫でられ照れ笑いをしているナツの横では、リナシーとハルバードが不満そうにしていた。
「……五割減給なんてひどいですわ、御主人様……」
「一生禁煙はやり過ぎだとは思わないか、アキュレス?」
「何か言った?」
「「……」」
請求書を見たアキュレスは、静かに怒り狂っていた。
そして、主犯格であるリナシーとハルバードに"五割減給"と"一生禁煙"を、今までにないくらいの爽やかな顔で言い渡した。しかし、その目だけは決して笑っていなかった。
二人は、それぞれの厳しすぎる罰に異言を呈したが、それはピシャリと遮断されたのである。
ナツは自分もランチを美味しく頂いてしまったこともあり、恐る恐るアキュレスに言った。
「あ、あの、アキュレスさん……」
「なぁに、ナツ?」
「わ、私もその、美味しく食べちゃいましたし……。お二人はナンパされた私を助けてくれたし、ゆ、許してあげて欲しいなぁ……なんて」
チラチラとアキュレスの顔を見上げながら、自信なさげに許しを請うナツを見て、アキュレスとリナシーは『なんて優しい子なんだ!』と感動し、ハルバードはそんなアキュレスの様子を見て『よし、もっとやれ』と内心思っていた。
そして、ナツは最終兵器を投入した。
「お、お願いっ、あきゅれすお兄ちゃんっ……!」
恥ずかしさで頬を赤らめ、涙目で上目遣い。ちなみに、これはリナシーの指示である。
『アキュレスお兄ちゃん』という言葉が、アキュレスの頭の中で木霊する。
アキュレスはナツのあまりの可愛さにふらりとよろけ、壁に手をついて頭を抑えた。
「それは……それはずるいんじゃないかな、ナツ……。そんな可愛くお願いされたら、私はそれを聞くしかないよ……」
「えっ? それじゃあ……」
「はぁ……仕方ないなぁ。可愛いナツのお願いだ、許してあげるよ二人とも。くれぐれもナツに感謝しなよね」
主人に許してもらい、ぱぁっと顔を明るくさせるリナシー。ハルバードも安心したように一息ついた。
「ありがとうございます、御主人様! ありがとうナツちゃん!!」
「はぁ……礼を言うぞアキュレス、ナツ」
(一生禁煙は流石に無理だ)
ナツはそれを聞いて、恥ずかしさに耐えた甲斐があったなぁ……と安堵したのであった。
部屋へと戻ったナツは、新しいスーツを壁に掛けながらため息をついた。
(明日は無事に終わりますようにっ……!)
いよいよ明日は、国王の出席のもと開催される"最後の平和な"円卓会議である。




