18話 腹割って話しましょうよ
日が落ち、建物や街灯があちこちで点灯を始めた頃、アキュレスとナツはグロリア地方からポースリアに戻り車を停め、賑やかな夜の街の中を歩いていた。
二人はこれから、ナツが今日一番に楽しみにしていたレストランへと向かおうとしている。
「ごっはん~、ごっはん~! えへへ、もう腹ペコです!」
「ふふ、そうだね。それよりも、何も買わなくて良かったの?」
「はい! 見ているだけでとっても楽しかったですし!」
(それにお金出してもらうのアキュレスさんだし、さすがに申し訳ない!)
ご機嫌なナツにアキュレスは小さく笑い、予約をしたレストランへと彼女をエスコートした。
◇
先程のだらけた顔とは裏腹に、ナツは笑顔のままピシッ!と固まって、冷汗をダラダラと流している。
その理由は、二人が入ったレストランはとてつもなく高級そうな外観で、その上通された席は、これまたオシャレすぎる海側のテラス席だからであった。
しかも席は一つしかなく、独占である。
美しい照明と波の音が、ロマンチックな空間を演出している。
(あれ? 思ってたのと、違う……こ、こんな高そうでおしゃれなところ、来たことない……!)
「あ、あの……アキュレスさん……」
「ん? どうしたのナツ。好きなもの頼んでいいんだよ? 本当はコースにしようかと思ったんだけど、せっかくだからアラカルトにしたんだ。
あ、もしかして食べたいのがなかった?」
「い! いえ! ちがくて、その……こ、こんな高そうなお店来たことなくて、ど、どうしようかと……」
更に、目の前に置かれたメニューには、値段が書いていない。
デートではファストフード店やファミリーレストランしか行った事がなかったナツは、どうして良いかわからず、ひたすらテーブルマナーの知識を必死に思い出したり、アキュレスに奢らせてしまう罪悪感と戦ったりしていた。
アキュレスはなぜここまでナツがあたふたしているのかがわからなかった。今までのデートでこの様に緊張しまくる女性には、彼は出会ったことがない。
「ごめん、なんか気を使わせちゃったね……じゃあ今から別の、」
「ち、違うんです!」
ナツを楽しませられていないと思い、アキュレスは不安げな様子で違う店に変えようとしたが、その顔を見てナツが大きく否定した。
「あの、私、今までファミリーレストランみたいなのしか行ったことなくて……。こんなおしゃれなお店でご飯食べるの初めてなんです。しかも、メニューに、お値段書いてないし……申し訳ないなーって思って……。今日いっぱい楽しませてもらったのに、こんな良いレストランなんてって……」
ナツがそう告白すると、アキュレスはなんて謙虚な子なんだ!と感動した。しかし、楽しんでいてくれたのがわかって安心し、彼もまたナツに言った。
「ふふ、ナツはいい子だね。何度かデートしたことあるって聞いたから、こういうお店に行き慣れているかとおもったんだけど……。
ごめんね、もっと希望を聞けばよかった。『ファミリーレストラン』っていうのがある場所を調べればよかったね」
「あ、いや! ファミリーレストランっていうのは、小さい子供とかがいる家族でも気軽に入れるようなレストランで、お値段も安いし、学生もよく利用するような、大人のデートにはちょっと向かないところです……。しかも、大体は割り勘なので、その、私お金持ってないし……」
ナツは今までのデートを思い出し、少し悲しくなった。
アキュレスは、自身の想像とはかけ離れていたナツのデート経験に驚く。
「そうなんだ! ファミリーレストランね、そういうのも街にあったらいいかもしれないね。
それにしても、割り勘ってことは、女性もお金を払うの?」
「え? はい、私くらいの年代はみんなそうだと思いますけど……。もっと上の世代の人たちは、男性が全部払いそうですけど。私としては割り勘が当たり前というか……」
「へぇー、初めて聞いたよ。きっと私たちは後者だね。そっかー、やっぱり文化が違うんだね……。
でもね、ナツ! ここは遠慮せずに好きなもの食べてほしいな! 値段なんか気にしなくていいよ、本当に。いつも頑張ってくれているナツのご褒美なんだから!」
アキュレスがそう力説すると、ナツはそこまで言ってくれるならと、もう一度メニューを見始めた。
ひとしきり好きなものを頬張って、二人が少し落ち着いた頃、アキュレスはナイフとフォークを皿の上置き、ナツに話しかけた。
「ねえ、ナツ。もうこの世界には慣れたかな?」
「はい、だいぶ慣れました! 私、今の生活がとっても楽しいです!」
ニコッとナツが笑うと、アキュレスは少し目を見開いて、彼もまたふわりと笑った。
「よかった……。勝手に召喚して、勝手に王位継承権争いに巻き込んじゃって、本当に申し訳ないと思っているんだ。でも、ナツがハルの魔法を弾いた時、この子しかいないって思った。
それに、この前はナツのこと"娘"って言ったけど、年齢的には"妹"だよね。ふふ、なんか急に妹ができたみたいで嬉しいよ」
「アキュレスさん……。私、アキュレスさんにとっても感謝してるんです。いつも優しいし、私の面倒を嫌な顔一つせずに見てくれるし、こうやって気を使ってくれるし。
私も兄弟とかいなくて、あんな賑やかに過ごすの初めてで、毎日が楽しいんです!」
アキュレスはとても安心した様子で、ワインを一口飲んだ。
しかし、まだ何処かでナツが元の世界に帰りたいんじゃないかと心配しているのも事実であった。
彼はナツに真剣な顔で問いかける。
「ナツ。元の世界に戻りたいとは、思わない? 別に戻したいというわけではなくて、心配なんだ。なんだかんだ言っても、やっぱり生まれ育った地に執着するのは当然の事だと思うから」
ナツはその問いに俯き、どうすれば上手く自分の気持ちを伝えることができるのか考えた。
しかし、心配そうに見つめるアキュレスを見て、ナツは思っていたことをそのまま伝えることに決めた。
「私、熱が出た時、夢を見たんです」
「夢?」
「はい。気がつくと、元の世界の私の部屋だったんです。そのあと色々あったんですけど、まず部屋の天井を見たとき、『なんで戻って来ちゃったの?』って、思ったんです。
私、頭良くないから上手く伝えられないかもしれないけど、あの時、アキュレスさん達との思い出が、『夢』だって信じたくなかったんです。確かに、私にもお父さんとお母さんがいて、友達もいて……私にとっては当たり前の風景だったのに。
でも私単純だから、ここの世界の方が楽しくて、ずっとここにいたい!って思っちゃったんです」
アキュレスはナツの話を黙って聞いていた。そして、素直な気持ちを話してくれたナツにお礼を言い、自身の話も知ってもらいたいと思った彼は、静かに話し始めた。
「前に私の両親が亡くなっている話をしたよね。
実は、私が物心つく前に、両親は何者かに殺されてしまったんだ」
ナツはそれを聞いて急に不安そうな顔をした。アキュレスはニコリと微笑んで続ける。
「大丈夫だよ。もうだいぶ昔の話だ。
それで前にも言った通り、私が生まれる前から居たハルに育てられたんだ。
父親に召喚されて、死ぬ間際に私に所有権を移されたって聞いたよ。
でね、最初に両親が居ないと自覚してハルに尋ねたらさ……ふふ、ハルったら子供相手に正直に言ったんだ。『貴様の両親は殺された』って。それで泣きじゃくった思い出があるよ」
「ハルバードさんらしいですね……」
「でしょう! でもね、ハルの指導はとても厳しかったけど、そのお陰で今の領主としての私がいるんだ。私にとっての家族は、ハルだけだったんだよ。
でもね、リナシーが来て、ナツが来て。家族が増えて私は嬉しいよ」
「アキュレスさん……」
ふわりと笑う彼を見て、ナツは何だかとても切ない気持ちになった。いつも優しく微笑んでくれる彼が、そんな辛い思いをしてきただなんて、と眉を下げる。
そんな彼女を見てか、アキュレスは努めて明るい声でこう言った。
「お互い辛い思いをしてきた……。だからさ、これからその分みんなで幸せになろうよ!
王位継承権争いは、死にさえしなければなんとかなる。だから、これからもたくさん楽しいことや嬉しいこと、時には辛く悲しいこともあるかもしれないけど、それを分かち合って一緒に生きていこうよ。ね?」
「……はいっ!!」
こうして、絆を深めた二人は、店が閉店する時間まで語り合った。
◇
エイデン邸の夕餉は、リナシーの独壇場であった。
「大体、あなたはずるいのよね、ナツちゃんのこと独占しすぎよ!」
「本日あいつを独占しているのはアキュレスだが?」
「うるさいわね! 普段のこと言ってるの! 一昨日だって同じベッドで寝てたし」
「あいつから"誘ってきた"のだから仕方ないだろう」
「きぃー! むかつく!」
リナシーの顔は酔いと怒りで真っ赤に染まっている。久々に思う存分飲んでいるようだ。
「……アキュレスがいないからといって飲み過ぎだ貴様」
「いいの、許可とったから! ついでにあなたにもとことん付き合ってもらう、ってのも許可とったの! 早く注いで!」
「……チッ」
(早く帰ってきてこの馬鹿をなんとかしろ、アキュレス)
ハルバードはアキュレスたちが帰ってくるまで、食卓の灰皿に吸い殻を増やし続けるのであった。




