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ほことたて  作者: 盆戸炉
16/56

15話 覚めない夢は存在するか

※残酷な表現があります。苦手な方はご注意下さい。

「もう……嫌だ……。なに、これ……」

 もう何度目かの天井。やはり日時は全く同じ。

 ナツはそろそろ精神的におかしくなりそうだった。

 大学に行っても家に居ても、必ず昼頃に死ぬ。まるでどこかのSF映画の様だ。

(とりあえず、逃げなきゃ……!)


 ナツはストレスでひどく頭痛を感じながらも、今度は大学に行くふりをした。

 そして、大学がある駅とは違うところで降りると、駅前の噴水広場にあるベンチに座った。

 ここには近くに大きなショッピングモールがあったり飲食店等も多く、とても賑やかな街である。

 さすがにここで白昼堂々殺人は起きるとは思えないし、道路からも離れていて交通事故にも逢わないだろうと思い、ナツはこの駅を選んだ。

 出勤するサラリーマンやOL、忙しそうに歩く人々をボーっと眺めながら、もう一度考える。

(おかしい。おかしいよ。それとも、私の頭がおかしくなっちゃったのかな……?)

 午前10時を過ぎると、駅前の人通りが落ち着いてきた。


 近くの店も次々と開店し、ナツはショッピングモールの中へと入って行った。

(ここなら店員さんもいっぱいいるし、事故も起こらないし、大丈夫だよね……)

 しかし中に入ってしばらくすると、ナツはあることに気が付いた。

 どの店にも店員がいない。客も一人も見当たらなかった。

「あれ……? まだオープン前だった、わけないよね……?」

 彼女がショッピングモールに入る時、確かに他の客らしき人間も一緒に入って行ったはずである。

 嫌な予感がして一旦外に出ようとした。

 しかしながら、先程すんなりと開いた自動ドアは全く反応しない。


「えっ? なんで開かないの!?」


 ただ事ではないと思い助けを呼ぼうとしたが、外には誰一人おらず、あれだけ交通量が多かった道路には一切何も通っていない。

 後ろを振り向いてもやはり人はいない。ナツはショッピングモールに閉じ込められてしまったのである。

「どうしてよぉ……なんで私ばっかりこんな……」

 自動ドアの前にペタリと座り込み、静かに涙を流した。


 ナツがとうとうドアを破壊しようと決心した瞬間、急に後ろが暗くなったのを感じた。

 吃驚してナツが振り向くと、建物の照明が全て落とされていた。外を見ても相変わらずである。

 そして、店の奥からただならぬ気配を感じた。


(何かが、来る……)


 すると暗闇の中から、何人かの人間がゆら、ゆらとまるでゾンビのように向かって来るのが見えた。


 それはナツと同じ格好をした、"ナツ自身"であった。


 今の彼女と少し違うのは、それぞれ死んだ時と"同じ格好"をしているという点である。

 一人は頭から血を流し、腕と脚はありえない方向に曲がっている。一人は服を着たぐちゃぐちゃの肉塊で、もう一人は腹から血を流しながら歩く。その後ろにも、もう数えるのも嫌なくらいの"死体"が蠢いているのが見えた。


「っ……!!!」


 これは今までの自分だということは一瞬で理解したが、あまりの衝撃にその後、彼女の思考は完全に停止した。

「に、逃げなきゃ……! 逃げなきゃ!!!」

 足をもつれさせながらも、ナツは本能のままに逃げ出した。

 真っ暗な店内を一心不乱に走る。今までにないくらいの速さで、必死に店内を逃げ回った。


 しかしいくら逃げようと、立ち止まって後ろを振り返れば、少し先にナツの死体たちがゆらりとこちらに迫っている。

 彼女は更に逃げ惑うも、半ば諦めかけていた。

 きっと"自分たち"に殺されるのだろうと。その先に何があるのかなんて、もう考えたくもなかった。


 ショッピングモールはとても広いが、そこには必ず行き止まりがある。

 ナツは壁にぶち当たり、意を決したように振り返ると、まるで死を焦らすかのように、死体達がゆらり、ゆらり、と近づいてきている。

「もう、だめだ……おわりだ……」

 諦めてその場に座り込む。目の前に"彼女達"が追い付いた。

 そしてそれらが立ち止まり、ジャキッっという音を響かせこちらに向けたのは、真っ黒な拳銃であった。


 『ああ、今度は銃殺なのか』と、ナツは変に冷静になって、ゆっくりと目を瞑った。

 すると彼女の脳裏に、自身のパートナーだと"妄想していた"ハルバードの姿がよぎった。

 その瞬間、ナツは何も考えずに叫んだ。


「助けてっ……! ハルバードさんっ!!!!!」


 しかしそんな叫びなどまるで無かったかのように、死体達が引き金を引こうとした瞬間。


 目の前の全てが吹き飛んだ。





――ツ、起きろ、ナツ!


「……!!!」

 次にナツが見たのは、彼女に"与えられた部屋"の天井であった。

 ベッドから慌てて飛び起きると、額に乗せられていた氷嚢が彼女の太ももの上に落ちた。

 横には椅子に腰かけたハルバードが珍しく顔を歪め、彼女を心配そうに見ている。ひどくうなされていたナツが起きたのを見て、彼は安堵のため息をついた。

「はぁ、ずいぶんとうなされていたな……今アキュレスを呼んで、」

 彼が立ち上がって部屋を出ようとすると、どすっと身体に衝撃が来た。

 ナツはハルバードに強く強く抱き付いて、彼の存在を確かめた。

 そしてふわりとハルバードの匂いを感じ、安心したように泣き叫んだ。


「ほんもの、なんですよね!? ほんもののハルバードさんですよねっ、ここが、現実なんですよね……!」


 取り乱して泣き叫び、自身を離さないナツを見て、これはよっぽどのことだと思ったハルバードは、ナツの身体をふわりと抱き返し、彼女を安心させるように背中を撫でた。


「ああ、ここが現実だ。ナツ・カミシロ」


 初日と同じような台詞だったが、その声はあの時とは違い、とても優しかった。ナツはそれ聞いて、今度は静かに嗚咽した。

「うぅっ……。はるばーどさんっ……」


(これは、相当な悪夢を見たな……)


 子供の様に泣いている彼女の背中を、しばらくの間黙って撫でてから、彼は今度こそアキュレスを呼びに行くためにナツをベッドへともう一度寝かせようとした。

「アキュレスを呼んでくるから、少しの間離せ」

 しかし、落ち着いていた彼女はそれを聞くと、何処にも行かせまいと必死にハルバードのシャツを掴んだ。

「すぐに帰って来、」


「いやだっ! いかないで……! 一人にしないで、ハルバードさんっ!」


「……!」

 泣きながら見上げて必死に懇願する彼女が、ある少年と重なった。

『いやだっ! いかないで……! 僕を一人にしないでよ、ハル!』

 ハルバードは目を見開いた後、ゆっくりと目を瞑った。そして、もう一度彼女の頭を撫でながらこう言った。


「……少し奥にずれろ、ナツ」


「いやでっ……へ?」

「だから、ずれろと言っている。いくらなんでも寝るには狭すぎる」

 思いもよらない言葉にピタっと涙が止まり、キョトーンとしているナツを見て、本当に間抜け面だな、と彼は少し笑いそうになりながらも、こう続けた。


「さすがの私でも一日中椅子に座っているのは辛いので早く横に入れさせろ。と、言っているのだが?」


 いつもはハルバードのそういった発言に、恥ずかしさで顔を真っ赤にさせるナツであるが、今日ばかりは心底安心したような顔で、嬉々として彼をベッドの中へ招き入れた。


「ハルバードさんっ!」


 横になった彼を逃さないようにひしっとくっついた。ハルバードはまるで小さな子供の様なナツに、やれやれといった顔で彼女の方に体を向けた。

「はぁ、相変わらず手のかかる奴だな。お前は」

「うぅ、すみません……。でも、よかったぁ……えへへ」

「ずいぶんとうなされていたが、一体どんな……」

「……」

 それを聞いてナツは急に先程の悪夢を思い出し、また泣きそうな顔になった。

 その顔を見てハルバードはまずいと思い、咄嗟に話を逸らそうとした。

「そういえば、薬をまだ飲んで……」

「元の世界の夢を、見ました」

「……」

 ナツが意を決したようにゆっくりと夢の内容を話し始め、ハルバードは静かに耳を傾けた。


 ナツは自分の見た悪夢の全てを話した。

 まずは事故当日の朝に戻っていた事、何度も同じ光景をみたこと、何度も死んで、最後は自分の死体に殺されそうになったこと……。

 時折涙が溢れそうになりながらも、彼女はなんとか最後まで話し終えた。

 ハルバードはそうか、と一言言っただけで、後は何も言わずに彼女の頭をゆっくりと撫でた。

「よかったぁ……夢で……」

 ナツは話し終えてか、ハルバードが横にいるのが安心したのか、また眠ってしまった。

 ハルバードはナツの零れた涙を親指で拭い、いつもの様にすやすやと眠っている彼女を見て、彼も小さく欠伸をして眠りについた。





 コンコン、と小さくノックをし、アキュレスはナツの部屋へと入った。

「ハルー、ナツの様子は……!?」

 同じベッドで眠っている己の使い魔二人組に、アキュレスはとても驚いたした様子で近づいた。

「寝ちゃってるよ……。ハルずるい」

 そうむくれながら持ってきた薬と水を机に置いてから、アキュレスはどこか嬉しそうにしながらカメラを借りにリナシーの元へと向かった。

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