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ほことたて  作者: 盆戸炉
15/56

14話 エンドレス、エンドレス、ナイトメア

※残酷な表現があります。苦手な方はご注意下さい。

 気がつくと、まず目に入ったのは余りにも見慣れた和室の天井だった。

「……あ、れ?」


 ナツが体を起こすと、寝ていたのは布団の上だと気付く。

「……えっ!?」

 ここは、"元の世界の自室"である。枕元には愛用していた目覚まし時計があり、時刻は午前7時10分を過ぎたところだ。

 窓からは閉められたカーテンの隙間から、光が漏れている。


『ナツ―! 早く起きなさい、遅刻するわよ!』


 キッチンの方から母親の呼ぶ声が聞こえてきた。

 ナツはその声には答えず、慌てて枕の横で充電機に差された携帯電話を見た。

「なん、で……」


 日付は、ナツが交通事故に逢った"当日"であった。


 とりあえず色々と考えることは後に回し、急いで着替ようと立ち上がる。いつも前日に用意する洋服を見ると、それはやはりあの日に着たものと同じ、猫の顔が描かれたニットが一番上に畳まれていた。



「もう、あなた単位とか大丈夫なんでしょうね?」

「だ、大丈夫だよ!」

「ははは、大丈夫だよ母さん。ナツはいい子なんだから、ね?」

「そうかしらねえ」

 この会話にも覚えがある。あの日の神代家の朝だ。

 父親が背広を羽織り、鞄を持った。ナツも慌ててトーストを飲み込む。

「ほら、そろそろ行くよナツ」

「う、うん……」

「いってらっしゃい」

 いつものように、ナツは父親と二人で家を出た。


 父親と駅で別れ互いに違う電車に乗り、ナツは自身の通う大学のある駅で降りた。

 もやもやとしながらも大学の門に入ると、彼女の友人が後ろから声を掛けてきた。

「ナーツっ、おはよ!」

「お、おはよう……」

 ナツはビクッと小さく跳ねたが、彼女に気づかれないように笑顔で振り返った。どこかぎこちない笑顔に、友人は不思議そうな顔をした。

「ん? どうしたのナツ、元気ない?」

「え? そんなことないよっ……!」

「そう? あ、さては昨日の"5連敗"が堪えたな?」

 5連敗とは、ナツが幻の肉まんを購入できなかった事を指す。つまり確実に事故の前の状態である。

 ナツはその言葉にサーッと血の気が引いた。疑惑が現実味を帯びてきた。

 しかしどうにかして怪しまれないように取り繕う。

「……まあねっ! 今日こそは絶対に勝ち取ってやるんだから!」

 このセリフも、かつて彼女が言った台詞である。

「どうだかねー、講義サボればいいのに」

「そ、それはダメだよ!」

「あはは、変なところで真面目ちゃんなんだからー。あーあ、サボりたいな〜英語ー」

「まあ英語は私も苦手だけどさぁー……」

 ナツは普段通りを装って友人と雑談をしながら、一緒に嫌いな必修科目の講義へと向かった。



 無論ナツは講義どころではなく、自分の現在の状況に考えを張り巡らせていた。

(今まで見ていたのは、夢? ハルバードさんもアキュレスさんもリナシーさんも……みんな夢の中の人だったのかな?

 でも痛みとか普通に感じていたし、カラーだったし、それに……)

 いくら考えても、納得できるような答えは出ない。

 夢にしてはリアルすぎると思ったが、そもそも魔法などというものがあったこと自体、非現実的である。

 しかし彼女はそれに気が付きつつも、どこか夢だとは認めたくないと思っていた。

 本来ならば、こちらの世界に戻って来られたことに、本当は事故で死なずにちゃんと生きていたことに、一番に喜ぶべきところであるにもかかわらず。


 しかし、先程からしきりに思い出されるのは、ハルバードとのやり取りであった。

 完全なる暴君でありながら、時折とても優しい表情に変わるハルバードを思い出し、ナツの胸はあの夜のように、きゅうっと切なく締め付けられる。

(な、なんでさっきからハルバードさんのことばっかりっ……!)


 だが、彼女は頭を横に振った。

(いや、そもそもあれは夢だったんだ……。全部私が作り出した妄想なんだ、あの事故は予知夢みたいなもので……。

 最初の守護神ってやつも、プロメス王国も、魔法も、ハルバードも、アキュレスも、リナシーも、メルドン男爵も、カルマも、ホルン子爵も……みんなみんな、私の……)

 ナツは俯き、泣きそうになっていた。

 全てが自分の妄想だったと自覚した時、彼女はとてつもない喪失感に見舞われた。



 ナツは、午前の授業が終わったと同時に講義室から飛び出した。

 友人たちは、今日こそは頑張りなよー!などと呆れながらも声援を送っている。

 しかし、彼女の向かった先はコンビニではなく、敷地内のひとけのない場所であった。その顔はあの時のキラキラした表情ではなく、ひどく悲しそうなものだった。

 周りに人がいないことを確認すると、校舎の壁に手をついて声にならない声をあげて泣いた。

「くっ……ふっ……」

 本来のナツなら、夢の内容など気にも留めない。どんな夢でも覚めてしまえばすぐに忘れてケロリとしているはずなのに、彼女の涙は止まらない。

(やだ……やだよ! 夢だったなんて……あれが、全部嘘だったなんて……!)


「危ない!!!」


 彼女が人知れず泣いていると、突然彼女の遥か上から叫び声が聞こえた。

「え……?」

 ナツが上を見上げた瞬間。



 ぐしゃり。



 彼女はコンクリートの塊に潰された。


 校舎の屋上では、緑化計画の為に工事が進められていた。

 コンクリートの塊は手違いによって振り回され、不運にもナツの真上から落ちたのである。





「え……どうし……てっ……?」

 ナツが気が付くと、そこはまたもや自室の天井が目に入った。急いで日付を確認する。

「また、あの日の……朝……」


『ナツ―! 早く起きなさい、遅刻するわよ!』


「ひっ!」

 彼女は戦慄した。明らかにおかしい。こんな夢は今まで見たことが無い。

 しかし、今彼女が考えられる可能性は、やはり夢を見ていたということしかなかった。


 先程と全く同じように時が進む。しかし、今回彼女は家族に嘘をついて大学を休んだ。

 ナツは部屋に籠り、現在起きている状況についてもう一度考え直した。

(やっぱり夢、だよね? でも、こんなはっきりとした夢、あるのかな……?)

 今までの経験が現実の出来事ならば、彼女は二度同じ時間に命を落としていることになる。

 そんなことは"普通の人間"であるならばありえないことだ。


『ナツ―、お母さんちょっと郵便局行ってくるわねー』


「は、はぁーい!」

 突然の母親の声にビクッとしながらも、ナツは大きな声で返事をした。

 バッタンと玄関のドアが閉まり、家の中は静寂が包み込んだ。

(でも、さすがに外に出なければ何もないだろうし。そもそも夢だったんだよね、きっと……きっとそう。

 もうやめよう。あれは全部夢だったんだ。……これを元に小説でも書けるんじゃないかな……)

 しばらく考え込んだ後、やはり夢だったと結論付けた彼女が自嘲の笑みを浮かべた時、もう一度玄関のドアが閉まるような音が聞こえた。

 何やら色々と考えすぎて腹が減ってきた彼女は、何か食べるためにリビングへと向かった。

 時刻は、ちょうど"お昼頃"である。


(あれ、もう帰ってきたのかな?)

「おかあさーん、早かった……、!?」


 そこには黒い目だし帽を被り、刃物を持った男がいた。

 男は吃驚した様子だったが、すぐに奇声を上げながらナツの腹に刃物を突き刺した。



 ズブリ。



 ナツは声も出せず床に倒れ、腹部から大量の血を流した。


 男は、近頃近所で連続して起きていた空き巣事件の犯人であった。

 ナツが家に居たが為に鍵をかけずに出て行った彼女の母親を見て、泥棒は神代家を狙ったのである。

 彼は人を殺すつもりではなく、念のためにナイフを持ってきていたが、突然現れたナツに気が動転し、刺し殺してしまったのであった。



 これは夢なのか、それとも現実なのか、ナツには分からない。

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