表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ほことたて  作者: 盆戸炉
14/56

13話 暗雲立ち込める

 しばし三人で雑談をした後、子爵がふと感じた疑問を口にした。


「それにしても、ナツねえってまるで"本物の人間"みたいだね?」


「えっ?」

 核心をついた発言に、ピクリとナツの肩が小さく跳ねた。

(分かりやす過ぎだ、馬鹿が)

 ハルバードはちらりとナツを見てそう思ったが、彼は一切表情を変えず冷静にこう返した。

「それはまあ、アキュレスが召喚した使い魔だからな。あいつの阿呆さ加減がよく受け継がれているだろう」

 ナツもそれを追うように慌てて取り繕う。苦笑いをするが、どこかぎこちない。

「それはそうですけど、阿呆はひどいですよぉ~……」


(わざとらしい)


「ああそうか、ハルにいは前のエイデン公爵が召喚したんだったよね! どおりで二人の雰囲気が真逆だと思ったよ」

 子爵は納得したように、手をポンと叩いた。ハルバードはそれ以上の追求をさせないように話を進めようとする。

「そうだ。私とこいつを同じにするな」

「な、さっきからひどいですよ、ハルバードさん!」

「間違ったことは言っていない」

「ぐぬぅ……」

 二人の漫才のようなやりとりに、子爵は爆笑した。しかし、子爵は尚も疑っている様子で首をかしげる。

「でもやっぱり本物の人間にしか見えないなぁ、何でだろうねぇ?」


 ここからどうやってはぐらかそうかとハルバードが考えていると、急に部屋の電話がジリリリ!とけたたましい音で鳴り響き、子爵は受話器を取りに席を立った。

 自身について余計なことは一切言うなと釘を刺されていたナツは、バレずに済んだ……とホッと胸を撫で下ろした。


 子爵は、先程とは打って変わって真剣な表情で電話の対応をしている。

「そう……わかった。すぐに向かうよ」

 ガチャリ、と受話器を置き二人の方を向くと、彼は申し訳無さそうに言った。

「ごめん二人とも。もっとお話していたかったんだけど、急にこれから出なきゃならなくなっちゃって……」

 パチンッと手を合わせて、ごめんねっ!と彼は謝った。やはり一つ一つの仕草がどこかあざとい。しかしそれが許されるのは、ホルン子爵だからであろう。

 ハルバードはそれを聞き、灰皿にタバコを押し付けた。

「そうか、仕事ならば仕方がない。帰るぞ、ナツ」

「あ、はいっ」

 二人は帰る準備をし、子爵とその使い魔達に玄関まで案内された。

「本当にごめんね……。わざわざ来てくれてありがとう! また遊びに来てね、二人とも!」

「はい、ありがとうございました! あの、お仕事頑張ってください!」

「ありがとう、ナツねえ!」

「邪魔したな」

「ハルにいもありがとね、アキュレスにいによろしく!」

 ナツとハルバードは子爵達に見送られ、ホルン邸を後にした。


 ナツは門を出て少し過ぎると、後ろを見ながらため息をついた。

「はぁー、さっきはバレるかとヒヤヒヤし……いたっ!」

「お前は思ったことをすぐに表情に出し過ぎだ、馬鹿が」

 バシッと背中を叩かれたナツは前にコケそうになる。しかしナツは文句を言いながらも彼に先程のお礼を言った。

「だからって叩かなくてもいいじゃないですかぁ……。

 うぅ、でも助け舟出してくれてありがとうございました」

「次はない」

 ハルバードはぶっきらぼうにそう言うと、煙草に火をつけ、スタスタと歩いて行った。

「き、気をつけます! ああ、待ってください!」



 二人が駅舎へと戻る途中、外部の大人の姿が珍しいのか、小学生くらいの男児三人組がナツの方へと駆け寄ってきた。

「ん? こ、こんにち……きゃあっ!!??」

 ナツの叫びにハルバードが振り返ると、彼女のフレアスカートがぶわりと上まで捲られていた。


「やった! 大成功!」

「白~!」

「なんだよ、大人なら黒とかセクスィーなの履けよなぁー!」


 スカート捲りとは、なんとも小学生の男児らしい悪戯である。

 ハルバードはため息をつき、まるで何事もなかったかのように『帰るぞ』と言ってナツのを見ると、スカートの裾をぎゅっと握りしめ、恥ずかしさに目を潤ませているのが見えた。

「うぅ、ぐずっ……」

(み、見られた! ハルバードさんにも見られた……!)


「……」


 ハルバードはもう一度大きなため息をつきナツの横まで戻ると、公園へと走って行く子供達の方を向いて手をかざし、彼らを宙に浮かせた。

 そしてギュインという音でもなりそうなくらいに、手荒くこちらへと引き寄せる。

 男児たちは離せ!だの、下ろせよクソ!だのと、ぎゃあぎゃあ騒いでいる。

 しかし一向に下ろされることはなく、次第に彼らの声も小さくなっていった。


 185センチメートルの男よりも視線を上まで吊り上げられるというのは、子供にとって恐怖でしかない。

 ハルバードは三人の顔をじっと見つめ、彼らが完全に沈黙するまで黙っていた。とうとう観念したのか三人は完全に口を閉ざす。

 すると、ハルバードは彼らに向かって静かにこう言った。



「ごめんなさい、は?」



 ひっ!と小さな悲鳴が3つあがった。そしてハルバードのあまりの怖さに、男児達は素直に謝った。

「「「ごめんなさぁい……」」」


「謝る相手は私じゃない」


「お、お姉さんごめんなさい!」

「もうしません!」

「許してください!」

 急にバッと自分の方へ振り向いて必死に謝る彼らを見て、ナツはなんだか可笑しくなって小さく笑い、三人を許してやった。

 それを聞いてハルバードはゆっくりと彼らを地面に下ろす。足がついた直後、男児たちは一目散に公園の方へと逃げていった。


「あの、ありがとうございます。私のために……」

 へへへ、と情けない顔で笑う彼女を見て、ハルバードは黙って駅舎の方へと歩きだした。

「ああ、待ってください!」

「お前はもう少し威厳というのを身に付けたらどうだ? "大人"なんだろう?」

 ハルバードは歩きながら呆れたようにナツを見下ろす。

 彼女はぐぬぬ……と唸り、ハルバードの威厳がありすぎるんだと内心悪態をつきながら付いて行った。

 こうして、ナツの『はじめてのおつかい』は無事終了し、二人はゆっくりエイデン邸へと帰ったのであった。



 帰宅した二人は、アキュレスに本日の報告をしながら夕飯を食べていた。

「で、そのハンプティ・ダンプティっていうのはどんな使い魔だったの?」

「なんか仮面をかぶってて、全く喋らないんです。不気味だったなぁ……」

「"ずんぐりむっくり"でもなかったな」

「へえ、まぁ案外脆いのかもねー。名前の通りにさ」


 そんな会話をしながらも、ナツは帰りの列車から頭痛がしており、少し辛そうに笑っていた。

(なんか頭痛いかも……)

「あ、あの。疲れちゃったので、明日の為に早く寝てもいいですか?」

 ナツが恐る恐るアキュレスに問いかけると、彼は心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。

「もちろんだよ、大丈夫?」

「はい、では、おやすみなさい……」

「おやすみ、ナツ」

「……」

 一瞬くらりとしたナツを、ハルバードは見逃さなかった。そして彼女の背中をじっと見ながら、何かを考えているようだった。





「お、おはようございます……」

 いつもより少し遅く食堂へと入ってきたナツの顔は赤く、息も少し荒い。

 ふらふらと足取りはおぼつかず、とても辛そうな様子で椅子に座った。

「おはよう。あれ……ナツ、なんか調子悪そうだね。大丈夫?」

 いつもとは違うナツに、アキュレスは心配そうに声を掛ける。ハルバードもそんな彼女を黙ってじっと見ていた。

「だ、大丈夫です……えへへ」


 明らかに大丈夫ではない彼女を見て、ハルバードが口を開いた。

「アキュレス」

「ん、何?」

「使い魔が病気に(かか)る可能性は?」

「うーん。ハルを見ていた限り、0パーセントに近いと思っていたんだけどね。ナツの場合は特別なのか、そうでないのかはわからないな。

 あの様子だと、普通に風邪を引いたんだと思うけど……」

「そうか……」


「リナシー!」

 アキュレスはうーんと唸ってから、厨房にいるリナシーを呼んだ。すると、厨房から彼女がひょこっと顔を出す。

「どうかされましたか、御主人様?」

「ナツが風邪を引いたみたいなんだ。とりあえず医者を呼ぶから、来るまで部屋で様子を見ていてくれるかな?

 朝食は後ででも良いから」

 アキュレスにそう言われ、リナシーがナツの方を見ると、彼女は机にペタリと倒れこみ息を荒くしていた。

「え? ナツちゃん大丈夫!?

 ……了解しましたわ、御主人様」

 ナツはもはや返事をする気力もなく、うぅ……と辛そうに唸っていた。

「では、部屋に運ぶぞ」

「私は氷嚢(ひょうのう)とかいろいろ準備していくから、先にお願い」

「ああ」

 ハルバードはナツを抱き上げ彼女の部屋へと運んで行き、リナシーは急いで看病の準備をし始める。

 アキュレスは既に医者に電話をしに廊下へ出ており、食堂からは一気に人がいなくなった。




「風邪ですね」


 到着した医者がナツを診察し、横で心配そうに見ていたアキュレスに向かって言った。

「そうですか……」

「ひとまず解熱剤と鎮痛剤を5日分出しておきますので食後に飲ませてくださいね。

 それでもまだ調子が悪いならまた呼んで下さい」

「わかりました。ありがとうございます」

「水分は多めにとるようにしてくださいね。では、私はこれで」

「ありがとうございました。リナシー」

「はい、玄関までご案内致しますわ」

 パタリと部屋のドアが閉まったのを見て、アキュレスは安心したように息を吐いた。

「よかった、変な病気じゃなくて……」


「あの、アキュレスさん……」

「ん? どうしたのナツ」

「迷惑、かけて、ごめんなさい……」

 か細い声で辛そうに息をしながら謝るナツを見て、アキュレスはとても切なくなったと同時に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「ナツ、迷惑だなんて全然思ってないよ。むしろこっちが無理させちゃってた結果なんだから……。本当にごめんね」

「い、いえ。そんなことは……えへへ、やっぱりアキュレスさんは、やさしいですね」

 頭を優しく撫でるアキュレスに、ナツは弱弱しく笑った。

「ほら、もう無理しないで寝ていなさい。あとでリナシーにナツが食べれるようなご飯作ってもらうからね」

「ありがとう、ございます……おやすみなさい」

「おやすみ、ナツ……」

 ナツが規則正しい寝息を立て始めたのを見て、アキュレスは彼女を起こさないよう静かに部屋を出た。


 廊下では、ハルバードが壁にもたれかかって静かに煙草を吸っていた。

 彼はアキュレスが部屋から出てきたのを見ると、壁から離れてアキュレスに問いかける。

「で、何だった?」

「風邪だって。変な病気じゃなくてよかったよ」

 安心したような彼の顔を見て、ハルバードも少し安堵した。

「そうか」

「無理が祟ったみたい。しばらくはゆっくり休ませてあげないと」

「……そうだな」

 そっぽを向いて素直にうなずくハルバードに少し驚いたが、すぐににやりとしてアキュレスは彼の顔を覗き込んだ。

「あれ、なんかやけに素直じゃない。ナツがいなくて寂しい?」

「すり潰すぞ」

「あはは、それは勘弁してほしいな……」


「御主人様。お医者様がお帰りになられました」

 二人がそんな会話をしていると、リナシーが玄関からパタパタと小走りで戻ってきた。

「ああ、ありがとうねリナシー。あとはいつもの業務に戻っていいよ」

「……はい。大丈夫かしら、ナツちゃん……」

「心配なのはわかるけど、いまはぐっすり寝ているからそっとしておいてあげようね」

「……わかりましたわ」

 ちらちらとしきりにドアを気にするリナシー。

 今にも部屋に行ってナツを起こしてしまいそうな彼女を、アキュレスはやんわりと制した。

 そして彼はパンと軽く手を叩き、仕切り直してこう言った。

「さ、朝ごはん食べて仕事仕事!」

 三人は食堂へと戻って遅めの朝食をとり、それぞれの仕事場へと解散した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ