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ほことたて  作者: 盆戸炉
13/56

12話 あざとさは才能である

「行ってきます!」

「いってらっしゃい、気をつけて行くんだよ」


 エイデン邸の玄関口では、アキュレスが"ほこたてコンビ"を見送ろうとしていた。

 ナツは届け物を持ってはりきっている。その様子は本当に子供のお使いのようだ。横には"保護者"のハルバードが、面倒臭そうに煙草を吹かしながら立っている。

「じゃあハル、彼によろしくね」

「ああ。行くぞ、ナツ」

「はい!」

 二人は正反対のテンションで、エイデン邸を後にした。


 駅舎で列車を待つ間、ナツはハルバードにこれから行く場所についての疑問を投げかけた。

「ハルバードさん、チャリア地方ってどんなところなんですか?」

「あぁ、チャリアには一つの街しかないが、そこは所謂『孤児の街』だ」

「……え?」

 思いもよらなかった言葉に不安が募る。孤児の街と聞けば、大抵想像されるのはスラム街のような場所だからである。

 これから危険な街に行くのか、とでも言いたげなナツの顔を見て、ハルバードはまた面倒臭そうに言った。

(また余計なことを考えているなこいつ)

「いいか、お前が想像しているような場所ではない。むしろ、この国で一番綺麗に整備されている街だ。安心していい」

「そ、そうなんですか? よかった……」


 ハルバードは説明を続けた。

 チャリア地方は、彼やアキュレスが言った通り街は一つしか存在しない。

 地方名と同じ『チャリア』の街は、プロメス王国の孤児が集められた"孤児の為の街"である。

 そこにいる大人達(この国では18歳以上)のほとんどは、孤児院や学校の職員、病院や消防署など、街の運営にはかかせない施設の職員であり、彼らは皆住み込みで働いている。

 一方子供は教育を受けながらアルバイトをしてお金を稼いだり、大人になったら他の地方に移住するための準備をしたりで毎日が忙しい。しかしやはり子供は子供。大半は外や娯楽施設で遊んで過ごしている。

 昔はそれこそナツの想像するスラム街のそれであったが、4年前、当時わずか10歳だった『シェゾリア・ホルン』が子爵に就いた後は、みるみる現在の素晴らしい街へと変化を遂げた。

 ホルン子爵は元々チャリアの街で育った。魔力が人一倍強かった彼は、わずか7歳にして、スラムで暮らす全子供達のリーダーへと成り上がった。

 日に日に悪い方向へと向かう街の様子に、手に負えなくなったと職務を放棄した前子爵から、半ば強制的に次期子爵にされたシェゾリアは、徐々にそのカリスマ性を発揮させていったのである。

 自分がスラムにいたからこそ、そこで暮らす孤児たちが何を望んでいるのかを、彼は大いに理解していた。

 そうして他の統治者からの支援を受けながら、現在のチャリアへと再建させたのである。

 アキュレスは、その当時積極的にホルン子爵を支援し、彼らは統治者の中で年が近い者同士仲良くなった。お互いに多少なりとも信頼を置いている存在である。


「ほぇー、ホルン子爵ってやっぱりすごいんですね!」

「見た目はただのガキだがな」

 そうこうしているうちに、チャリア地方行きの列車がこちらのホームに向かってくるのが見えた。

「あ、列車が来ましたね!」

「乗るぞ」

「はい!」

 こうして二人は列車に乗り込み、一時間程かけてチャリアへと向かったのであった。


 以下は、座席に座った彼らの冗長なやり取りである。

「ああ、疲れているだろう。寝ていていいぞ。着いたら起こしてやる」

(起きているとうるさいだろうからな)

(え、や、優しい!!)

「!! だ、大丈夫です! ハルバードさんが起きているのに寝ることなんてできません! 起きてます!」

「チッ……」

 ハルバードはあからさまに舌打ちをして煙草に火をつけた。

(え、舌打ち?)

「わ、私は大丈夫ですよ!」

 彼は横に座るナツをちらりと見て、何かを思い出したかのように小声でナツに話しかけた。

「はぁ……そうだ。お前、子爵に余計なことを言うなよ」

「? と、いいますと?」

 ナツも合わせて小声になる。

「お前が異世界から召喚された事や、魔法攻撃が一切効かない事に決まっているだろうが。この間抜け」

「間抜けってひどい! うぅ、まぁ何と無く理由は分かりましたけど……」

「分かったなら話は以上だ。あとは寝ていろ」

「え、だから大丈夫で……すぅ……」


(やっと静かになった。本当に効くんだな、これ)

 ハルバードはナツに催眠スプレー(誘拐事件の時に知った)をかけ一息つき、どこか物思いに耽るような表情で窓の外をボーっと見つめていた。





「わぁ! 綺麗な街ですね!」

(結局寝ちゃったけど、ハルバードさん怒ってないしいいかな!)

 チャリアに着いた二人は、駅舎を出てホルン邸へと徒歩で向かっていた。

 あたりを見回すと、とても以前スラム街だったとは信じられないほど綺麗な街で、ナツは感動していた。

 道はきれいに舗装され、街路樹が並んでいる。駅の周りには商店が並び、車の通りも多く、賑わっていた。

 一見するとポースリアのような普通の街であるが、そこには"孤児の街"と呼ばれているだけあって、子供の数がとても多い。

 彼らは大人と同じく小奇麗な格好をしており、まるで貴族の子供のようである。


「あ、お洋服屋さんもある! かわいい!」

 建物自体も、子供向けのような可愛らしい外観の物が多く、乙女なナツの心を鷲掴みにしていた。

「よそ見してないで早く歩け」

「ああ! 待ってくださいっ!」

 ナツは名残惜しそうに、スタスタと前を歩くハルバードについて行った。



 賑やかな駅前から静かな住宅地へと足を進める二人。

 ここには孤児院や病院、公園などが多く見受けられた。特に公園では、子供達が元気いっぱいに遊んでいる。

 そういった景色の先を更に進んでいくと、大きな門が見えてきた。


「あ! あそこがホルン子爵のお家ですか?」

「ああ。……門番がいるな」

「ほんとうだ……。え!?」

 近づくと、そこには背の高い人物が二人並んで門の真ん中に立っているのが見えた。

 ナツが驚いた理由は、その門番の顔には不気味な白い仮面が被せられていたからである。ナツが想像していた門番とはかけ離れていた。

 門番はその場からピクリとも動くことなく、黙って直立している。


(以前にはいなかったな。あれが使い魔か……)

 ハルバードは冷静にそう考えると、門番たちへ向かってまっすぐに進んでいった。

 ナツはおどおどとしながらハルバードの背中にぴったりとくっつきながらついて行く。ハルバードは斜め後ろにいるナツの方をチラリと見て、文句を言った。

「離れろ鬱陶しい」

「だ、だって……」

「はぁ、いきなり攻撃したりなんてしてこないから安心し……」


 ヒュンッとハルバードの頬を何かが掠った。


「……は?」


「ひえっ!?」

 二人が前方を見ると、片方の門番が何かを投げた後の様なポーズをしていた。明らかに攻撃した後である。

 ハルバードの頬からは血が出ていたが、先日の泥棒のケースと同様、すぐにその傷は消えてゆく。

 一方ナツは不気味な彼らよりもハルバードの方にビビっていた。

 彼の表情は一切見えない。


「だ、大丈夫ですか……ハルバードさん……」

(これはまずい!)


「……チッ」

 ここでバトルが始まってしまうかとナツは戦慄したが、その予想とは反してハルバードは尚も門の方へ進んでいった。

「ま、待ってくださぁい!」

 ナツは置いてかれまいと必死にハルバードの背中にひっつきながら共に足を進めていった。

 どんどんと門に近づいてくる彼らに、門番の二人は本気で攻撃をしかけるような体制を取った。次の瞬間。


「やめろ。ハンプティ・ダンプティ」


 凛とした少年の声があたりに響いた。

 すると、門番は黙ったまま攻撃体制を止め、すぐに門を左右に開いた。

「使い魔のしつけくらいきちんとしてほしいものだな。"ホルン子爵"」

「え、ホルン子爵?」

 ナツがひょこりとハルバードの背中から顔を出すと、ナツより少し背が高いくらいの少年が門の中に立っていた。


「ごめんね、ハルにい。最近召喚したばっかりでさぁ」

 先程の凜とした声とは真逆の無邪気な声で、ハルバードの事を"ハルにい"と呼んだ少年は、四角い襟の白いシャツに紺色の蝶ネクタイを付けグレーのベストを着ている。下半身にはチェック柄で黒色の半ズボンを履き、靴下はベストと同じグレーで、ひざ下まで伸びている。

 艶めいた銀髪で、赤い瞳はクリっとしており、まさに美少年という言葉が見事に当てはまる風貌だ。


 ナツはホルン子爵の姿を見て安心したのかハルバードの横に立った。

 すると子爵はナツを見て少し驚いた様子であったが、すぐに笑顔になり挨拶をする。

「貴女がナツさんだね! こんにちは、シェゾリア・ホルンですっ!」

 にこっと子供らしい笑顔で挨拶をされ、ナツも元気に返事をした。

「は、はじめまして! ナツです。よろしくお願いします!」

(か、可愛い男の子だなぁ……)


「ごめんね、さっきは驚かせちゃって。こんな所で話すのもなんだから、中へ行こうか!」



 子爵に連れられ応接室へと通された二人は、そこにあった豪華なソファーに腰掛けた。

 すると、先ほどの門番の一人がお茶とお菓子を出し、もう一人がハルバードの前に灰皿を置いた。

 彼らは一言もしゃべることなく、部屋から出て行った。

「はあ、ごめんね。あの二人シャイだから!」

(シャイならあんないきなり攻撃してこないんじゃ……)

「い、いえ……」

「全くだ」

「ごめんってハルにい! あの二人は僕の使い魔の『ハンプティ』と『ダンプティ』っていうんだ。最近召喚したばっかりだから、人とのコミュニケーションが中々とれないんだよねー」

 『ハンプティ・ダンプティ』というのはマザー・グースの一つであるが、何故ナツの世界で作られた言葉を子爵が使ったのかは謎(ご愛嬌)である。

(なんか聞いたことあるような……。アリスかな? まあいいや)


「まあ仕方あるまい。次はないぞ」

「あははっ、相変わらず厳しいね! それはそうと、アキュレスにいからのお届け物って何?」

 彼がそういうとナツは慌てて届け物を出し、子爵へと差し出した。

「あ、これです! どうぞ」

「ありがとう、ナツさん!」

 子爵はそれをにこやかに受け取り、自分の横へと置いた。そしてもう一度ナツの方を向いて続ける。

「それにしても、こんな可愛い人がアキュレスにいの使い魔とか。ずるいよぉ~」

「か、可愛い……!?」

 子供に可愛いと褒められ、まんざらでもない様子のナツ。

 ハルバードは二人のやりとりを静かに眺めながら、煙草を吸い始めた。

 その顔はどこか呆れているようだ。


「ねえ。ナツさんの事、『おねえちゃん』って呼んでもいい?」

「えっ、おねえちゃん?」

「うん! 僕ね、知ってるかと思うけど、孤児、なんだ……。だから兄弟がいなくて。

 一目見たときから、ナツさんみたいなおねえちゃんが欲しいなって、思っちゃったんだ……」

 切なそうに笑う少年に、ナツの心は強く打たれた。

 ナツ自身も一人っ子で、兄弟がいる感覚というものを知らない。子爵の様な明るく可愛らしい少年が弟であれば、ナツも楽しいだろうなと感じていた。

 更に、今まで『妹』にしか例えられていなかった彼女が『お姉ちゃん』と呼ばれ、歓喜していた。

「も、もちろんです! 私がホルン子爵のおねえちゃんになります!」


「本当!? じゃあさ、ここに名前書いてみてよ。ナツ・ホルンってさ!」


そういうと子爵は一枚の紙を差し出した。

 そこにはナツが見たことのない文字がたくさん書かれており、内容は分からないが、何故か嫌な予感がした。

「え?」

「ほら、形だけでもおねえちゃんになってもらおうかと思って」

 ナツが子爵の顔を見ると、彼の顔は先ほどの純粋さはかけらもなかった。

 はやくぅ、とあざとい顔でおねだりする子爵に戸惑い、ナツはおろおろとしている。

 それを見かねたハルバードが間に入った。


「子爵」


 それを聞いて子爵は諦めたように紙をくしゃくしゃに丸め、近くのゴミ箱へと投げ入れた。

「ちぇーっ、邪魔しないでよハルにいー。もうちょっとでうちの召使いにできたのにー」

 子爵はつまらなさそうに手を頭の後ろで組み、ソファーの後ろにもたれかかった。

「め、めしつかい……?」

「だめだよ"ナツねえ"、すぐに人を信用しちゃあ」


(私、からかわれた……!?)


 こんな子供にからかわれ、騙されかけたという事実に、ナツはがくりと頭を垂れた。

「ごめんね。あまりにもナツねえが可愛かったから。えへへ、僕ナツねえの事気にいっちゃった!

 ねえハルにい、ナツねえ頂戴よ」

「だめに決まってるだろうがクソガキ」

「えぇ~、だめ? 可愛い僕がこんなにお願いしてるのに?」

「死にたいのか」

 ハルバードは灰皿に煙草を押し付け、次の一本に火を付けた。子爵はちぇーっ、と膨れながらもナツに笑いかけた。

「ふふっ。これからよろしく、ナツねえ」

「も、もう……からかわないでください」

「お前もいくら相手がガキとはいえ、もう少し警戒心を持て」

「うぅ……ごめんなさい」

「あははっ! 大丈夫、もう意地悪しないから、ね?」

「ほ、ほんとのほんとですよっ?」


(これではどちらが年長者かわからないな……)


 なんだかんだで子爵とナツは打ち解けた様子だ。

 三人はお茶を飲みながら、しばし雑談をしていたのであった。

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