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ほことたて  作者: 盆戸炉
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1話 物語の始まりはいつだって理不尽

 彼女の現在の状況は、以下の通りである。

 前方に足が四本見える。人間が二人いるのだと予測した。

 首は固定され、あたりを見回すことはできない。

 下に目線をやれば、そこにはすぐ地面があり、なにやら模様が描かれているのが見えた。


「あの……」


 彼女は今、地面から首から上だけが出ており、まるでさらし首のような状態で冷や汗を流しているのである。


(ここは、どこですかーー!!!!)





 何とも滑稽な始まりの、数十分前の出来事である。


 神代ナツは、午前最後の講義が終わったと同時に近くのコンビニへと全速力で走っていた。

 友人の呆れたような声援や他の生徒の視線など気にもくれず、彼女の視線は真っ直ぐ前を、そして目標のモノをすでに見据えていた。


「今日こそは……。今日こそは"幻の肉まん"を!」


 一日数量限定!

 高級食材使用!

 限定価格!

 昼間限定販売!

 地域限定!

 限定!


 ナツが弱いフレーズをふんだんに使った"幻の肉まん"は、彼女が通う大学の門を出た時には既に売り切れていたのだが、そんなことはつゆ知らず、彼女は希望を胸に懸命に走っている。

 友人達からの彼女の評価は、"究極のアホの子"だということは、想像に難くないだろう。

 ナツは幻の肉まんが販売された初日から、5連敗していた。それほどまでに人気な肉まんを、わざわざ講義が終わってから買いに行こうとするのは、彼女が変なところで真面目だからであろう。


 真ん中に大きく猫の顔(少しモフモフしている)が描かれた紺のニット、その下に赤のチェック柄のシャツを着用し、下には某ファストファッションブランドで安く購入したジーンズを履いている。もちろん、靴はスニーカーである。

 一般的な女子大生ならば、ふんわりとしたシルエットのスカートやワンピース、レギンスやちょっとした小物など、最もオシャレに気を配る年頃であろう。しかし、彼女は昔からこのようなスタイルから変わることはない。

『猫の顔がゆるくて可愛いと思ったから買っちゃった!』

 ちなみに、トータルコーディネートは店員に毎回聞く始末である。

 そんな彼女だからなのか、今までちゃんとした彼氏はいたことがなく、ナツは世間一般で言うところの"非モテ"という類である。

 見た目と性格は悪くないというのにそれだというのは、周囲から所謂"ただの友達止まり"というレッテルを貼られているからである。

 しかし、彼女自身は恋愛事に興味はありつつも、やはり自分のしたいことを優先するというマイペースさに変わりはなかった。


 身長150センチメートル程の小柄な彼女は、人通りの多い道を、まるで針に糸を通すかのようにスイスイと進んでゆく。特別スポーツをやっているというわけでもないのにここまで俊敏に動けるのは、彼女の食い意地がそうさせているからであろう。

「早くあの交差点を……!」


 目標であるコンビニ手前の交差点を曲がろうとした瞬間、



 ドンッという鈍い音と共にナツの体が宙に浮いた。



 咄嗟の出来事に、驚く声さえ出せなかった。

 ドサリと放り投げ出されたナツの身体はピクリとも動かない。


 トラックの運転手は急いで車から降り、自らが撥ねてしまった少女の様子を見る。赤黒い液体が彼女を中心にどんどん広がってゆくのを見て、運転手の顔はソレとは真逆のものになってゆく。

 気がつけば人だかりがぐるりと現場を囲み、辺りは騒然としていた。


「きゅ、救急車!!!」

「事故よ! だれか!」


 そして消えゆく意識の中、ナツが最期に思った事は、

『あぁ、今日も駄目だったなぁ……幻の、肉まん』


 とうとう意識が途切れそうになった瞬間、彼女の頭の中で声がちらりと聞こえた。


――ああ、なんてことじゃ……気を取られた隙に……。

 あ、そうだ。コンテニューさせてあーげよっ!





 ナツが意識を取り戻したのは、彼女の前方から二人の男性の話し声が聞こえた時であった。


「あれー? おかしいなぁ、思ってたのと違う。本当にどっかから引っ張ってきちゃったのかな?」

「いいからとっとと全部召喚して即座に返品しろ」


 何やら不穏な会話を聞き嫌な予感がしたナツは、慌てて目をパッと開いた。

 彼女の前には足が四本見える。一人は紺色、一人はグレーのビジネススラックスを履いている。スーツを着ているようだ。

 首は固定されているのか、どこかの室内にいること以外はよくわからない。

 かろうじて見えたすぐ下の地面には、彼女の周りを囲んでいるような模様が描かれている。

「え、なにこれ? あの……」


 ここはどこですかー!!!


 という叫びをかろうじて飲み込み、ナツは恐る恐る目の前の足に向かって、すみません……と小さく声を掛けると、柔らかい男性の声が彼女へと向けられた。

「ああ! ごめんね、今出してあげるから!」

 慌てた様子で男性がそう言うと、急に地面の模様が光りだし、ゆっくりとナツの視線が上へと移動する。


 ナツの全身が出終わると、彼女の目の前までその男性が駆け寄ってきた。

 彼の手には分厚い本があり、背表紙には見たことのない文字が書かれている。

「ごめんね! 中途半端に召喚しちゃって」

 そして、困ったような笑顔で話しかけられた。

「は、はぁ……? ……!?」


 栗色の髪に蒼い瞳の青年は、ナツを優しく見つめている。

 紺色のスーツとベスト、水色のワイシャツにグレーのネクタイという、まるでどこかの国の王子を思わせるその風貌は、恋愛経験が乏しい彼女の心臓を大きく跳ねさせた。


(イ、イケメンだぁっ……!)


 頬をうっすら染めて見上げるナツをよそに、彼はこう続けた。

「えっと、君もしかして名前とかある?」

「え? か、神代ナツです」

 何をあたりまえなことを聞いているのかとナツは不思議に思ったが、ニコニコとしている爽やかなイケメンを前にし、彼女は馬鹿正直に名乗った。

 聞きなれない名前なのか、彼は首をかしげる。

「カミシロ?」


 ナツは相手が確実に日本人ではないと思ったのか、慌てて補足しようとする。(しかしながら、目の前にいる見たこともない文字が書かれた本を持っている外国人が、自分と同じ言語をペラペラとしゃべっている様が少しおかしなことだということには、彼女はまだ気がついていない)

「あ! ファーストネームが『ナツ』で、ファミリーネームが『神代』です!」

「ふーん、ナツ・カミシロね! 私は『アキュレス・エイデン』。よろしくね」

 アキュレス・エイデンは相変わらず爽やかな笑顔でナツに手を差し出した。

 握手をしようとナツが手を上げようとした瞬間、アキュレスのうしろから低く冷たい声がした。


「挨拶など不要だ、アキュレス。さっさとその間抜け面を元の世界に戻したらどうだ?」


 その声に一瞬固まってしまったナツだが、間抜け面とは自分の事だと理解し、むっとしながらアキュレスのうしろに目をやった。

 そこにはアキュレスとは真逆の雰囲気を身に纏う青年が立っている。

 紺色のワイシャツの袖は捲られ、壁に寄りかかりながらタバコを吹かす姿がとても様になっているのは、漆黒の髪に紅い瞳、185センチメートル程の高身長という、まるで少女漫画に出てくるヒーローの様な見た目だからであろう。

 しかしながら、彼の不機嫌そうな表情は顔立ちが整っているのも相まり、ナツを萎縮させるのには十分であった。


(なんだこっちのイケメンは……。こ、怖い!)


 冷汗を流しながら固まるナツを見て、アキュレスは困った顔でもう一人の青年を諭そうとした。

「『ハル』、いきなり女の子に間抜け面はひどいんじゃ……」

「やかましい。こちらには時間があまりないというのに、この駄目侯爵が」

 ハルと呼ばれた男は、ギロリとアキュレスを睨みつけた。

 諭すのに失敗した彼は、あははと情けなく苦笑いしながらも、続けて言った。

「ごめんごめん。でもとりあえずさ、もしかしたらこの子が"盾"になれるかもしれないし、試してみる価値はあるよきっと!」

「どうだかな」


 ナツは何が何だかわからないという様子で二人のやりとりを呆然と見ていた。

 その表情は、後ろにいる青年の言う間抜け面そのものである。

(そもそも夢だよね、これ。現実なわけないし、早く起きたいなー)

 軽く現実逃避をしている彼女に構うことなく、二人は話を進めている。

「ほう、では試そうか。このみょうちくりんが塵と化しても私は責任をとらない」


「え、みょうちくりん? ちり?」


 何やら聞き捨てならないような言葉が聞こえ、ハッとして黒髪の青年のニヤリとした邪悪な笑みを見た時には、既に遅かった。


 渦を巻いた炎が、勢いよくナツへと襲い掛かってくる。


「え、ちょ! ぎゃあああ!!」


 すぐさまその恐ろしい炎から逃げようとしたが、彼女の体はピクリとも動かず、その燃え盛る塊が轟音を立てながら自分に向かってくるのを、ただ突っ立ったままじっと見つめざるを得なかった。

 ナツはとうとう恐怖に耐えきれず目をぎゅっと瞑ったが、いつまで経っても想像していた熱さや衝撃は一切感じられない。


「……え?」


 数秒の沈黙の後、恐る恐るナツは目を開けた。

 夢が覚めてくれたのかと思ったが、その願いには反していた。

 そこはここに来る前にいたであろう交差点でも、ましてや病院でもなく、先ほどから見ていた薄暗い部屋の一室であった。そして、前方には心底驚いた顔の男性二人が立っている。

 するとすぐに黒髪の青年が、ほう……と感嘆の声を上げ、クツクツと愉しそうに笑った。

「なるほど、面白い」

「え……」

(その怖い笑顔やめて!)


 続いて、アキュレスも表情をパッと明るくしてナツに駆け寄り、興奮しながら彼女の肩を大きくゆする。

「すごいよナツ! 君なら素晴らしい盾になれるよ!」


(なんなんだこの人達! というかそんなゆすらないで!)


 先程からの出来事に、ナツのそこまで広くない頭のキャパシティは完全にオーバーし、彼女は揺すられながらまたもや意識を手放した。

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