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よくある行事で…よくある恋愛で…

よくある行事で…よくある恋愛で…(葵編①)

作者: 吉田灯冶

見た方なら分かると思いますが、「よくある行事で・・・よくある恋愛で・・・(体育祭編)」からの流れ分岐の一つです。読まれてない方はそちらから読んで頂けると嬉しいです。


※これは分岐物になるので、連載とは違い、短編で書いています。流れの考え方はギャルゲーの分岐物と考えてもらえたらいいと思います。


 体育祭が終わり、二週間が経とうとしていた。

 谷原蒼たにはら そうは少し落ち込んでいたけれど、最後の最後で負けてしまったグループ対抗リレーに関しては誰も文句を言う人はいなかった。むしろそれまでの頑張りを褒めてくれる人がいたぐらいだった。

 約一名を除いては…。

 その人物はあとでクラスメートにリンチに合い、沈黙させられたことは言うまでもない。

 蒼も八つ当たり気味に当たろうかとも考えたのだが、可哀想というよりも面倒の方が多かったので、気にしないようにしていた。

 それよりも面倒だったことがあったためである。

 足の怪我だ。

 捻挫ねんざと診断され、テーピングされたのだが、そのせいでいまいち歩きにくいために姉の美鳥みどりと妹のもも、そして幼馴染の中村葵なかむら あおいが世話を焼いてくれた。

 別にそこまでする必要もないのだが、三人はなぜかやる気に加えて、蒼の奪い合いが始まってしまい、最終的に交代で面倒をみさせてあげることとなった。

 出来ないを助けてくれるのは嬉しかったが、余計なお節介が含まれると非常に過ごしにくくなるという事実が、唯一の収穫なのかもしれない。

 それももうすぐ終わりと思い、蒼は安堵のため息を漏らす。

 そんな蒼の気持ちも知らずに不思議そうに見つめる葵。

 今日は葵の当番のために一緒に帰宅させられている。

 大丈夫と言ったが、全く信用されてないらしく、強制的に一緒に帰宅。

「ため息吐くとさ、幸せ逃げちゃうらしいよ?」

「なんかで聞いたことあるけど、本当かよ?」

「本当なんじゃない? っていうか、一緒に帰るのが嫌なんでしょ?」

 蒼をジト目で見つめる葵。

 否定も肯定も出来ずに蒼は沈黙した。

「まぁ、そう言ってたしね。でもいいじゃん、みーちゃんや桃ちゃんに比べると、私の方が一緒にいる時間少ないんだし!」

「そりゃ、幼馴染だから姉弟妹きょうだいとは違うさ。何よりも家から違うんだし、仕方ないだろうがよ」

 言い分は分かるけれど、それでも無理矢理一緒に帰らせるのは違うとは言えない蒼だった。

 本当に一緒に帰るのが嫌なわけではない。単純に足を怪我をしたことに対して、気遣われるのがちょっと心苦しいだけなのだ。それがなかったら、喜んで一緒に帰っているだろう。

「だから一緒に帰りたいの。ちょうど弓道部も休み貰えたし!」

「そんな堂々として言うことか」

「欲しかった集中力も貰えた…てかさ、なんか猫の鳴き声と子供の声が聞こえない?」

「んー?」

「あ、はしゃぐ声じゃないからね?」

 蒼は葵に言われて耳を傾ける。

 確かに近くでは子供のはしゃぐ声が聞こえるのだが、それ以外の声は聞き取れない。

 それでも葵は目を閉じて、その場所に向かって、ゆっくりと歩いていく。

「おい、目を閉じて歩くと危ないぞ?」

「だって、ちょっと遠いみたいだしさ。はっきりとは聞き取れないんだもん。んー、なんか助けを求めてる感じっぽいね。ちょっと寄り道して行ってもいいよね?」

「なんでそんなことまで分かるんだよ!」

 蒼はそう言いつつもそのことが本当なら、助けないわけにもいかないので葵が行く方向へ着いて行く。

 昔から葵は音に敏感だった。

 なんでそうなったのかは分からなかったが、昔からかくれんぼには無駄に強かったことを思い出す。特に蒼は絶対というほど見つけられた。下手をしたら一番に。鬼から遠くに隠れていてもだ。今考えると、そこまで分かるのに毎回一番に見つけないようにしてくれていたのは、葵なりの優しさがあったのかもしれないと思ってしまう。

 そんな葵が連れて来た場所は公園のちょっと奥にある雑草林に入る手前にある一本の木の下。

 そこに三人ぐらいの子供が居た。

 そして、まだ青々と実っている葉の中にトラ毛の猫が見える。

「あ、お兄ちゃん、あの子猫が降りられないらしいの。助けてあげて」

「虫取り網を伸ばしてもつかまってくれないんだ!」

「可哀想だからお願い!」

 いつからいるのかは分からなかったが、助けようと必死に頑張っていたことが伺える。

 蒼としても子供たちにここまで言われて助けないわけにはいかない。

「仕方ない、助けてくるか」

「私が行くよ。まだ足、治りきってないでしょ?」

「いや、それはそうだけど…。って、スカートの葵に登らせるわけにはいかないだろう」

「あ、下に体操ズボン履いてるから平気」

「そういう問題じゃないないって言うか、危ないからやめろよ」

「大丈夫だよ、昔もよくしてたじゃん」

「だから、もう! 気をつけろよ!」

「うん」

 この一連の会話が終わるまでに、葵は既にするすると木の上に登っていた。

 子供たちも蒼が登ってくれると思っていたようで、ちょっと不安そうに見つめている。

 女の子がそうやって登るのはどうかと思ったのだが、登り始めたものを止めるわけにも行かないので素直に見守るしか出来ない。

 蒼はまた昔のことを思い出した。

 こうやって自分が木の上とか登って、三人を煽っていたことを。負けず嫌いの桃は同じように登って来て、美鳥と葵は登ることを躊躇っていたが、最後には葵も頑張って登り、美鳥だけ心配している光景だ。

 今ではもうすることもないだろうが、美鳥があの時、どういう気持ちで自分たちを見ていたのか、それが今さらながらに分かってしまい、申し訳ない気持ちになる。

 その本人である葵はすでに猫がいる高さまで登っていた。

「こっちだよー、おーい」

「あっちだー、お姉ちゃんのほうに行けー」

「お姉ちゃん、頑張ってー!」

「ほら、あっちだってば! 早く行かないと下りれなくなるぞー」

 さすがの葵も枝の方まで行く勇気はないようで、猫にそう呼びかける。

 子供たちも必死に猫に促す。

 ただ、その猫も下からのギャラリーの声に驚き、葵のことが信じられないのか、軽く躊躇していた。

 人間なんてものは猫からしたら、外敵以外の何者でもないのだから、当たり前の反応だ。

「あのな、そうやって騒ぐと猫がびっくるすから静かにしてるんだぞ。特に虫取り網は下げておくんだ。んで、ちょっと離れておいてくれ。あとはあのお姉ちゃんがなんとかするから」

 子供たちに蒼が言うと、素直に頷き、ちょっとだけ離れる。

 あとは葵がどういう風に信頼を取るかの問題だ。

「大丈夫だよー、何もしないよー」

 葵は必死に呼びかけつつ、猫に向かって、手招きするが、それでも動く気配はない。

「そーちゃん、来ないよー」

「じゃあ落とすか? 俺が受け止めるし」

「たまに怖いこと言うよね」

「じゃあ頑張れ」

 最初からやるつもりは蒼にはないのだが、そこまでしといて泣き言を言われても困るので、蒼は脅す方法を取った。

 少し葵の視線が軽蔑っぽくなった気がしたが、応援を続ける。

 補足になるが、一瞬後ろにいる子供たちの視線も痛かったのは言うまでもない。

 葵はしばらくの間、必死にその猫に呼びかける。

 何分経ったか分からないが、猫に信頼を勝ち取ることが出来たようで、猫がおそるおそる葵に近付く。

 蒼もやったなって思った矢先のことだった。

 その猫がバランスを崩して、枝から落ちる。

 そんな驚きの瞬間に葵も同時に飛んで、猫を胸に抱え込むとそのまま右腕から落ちた。

 蒼がどうこうしようとする暇はなかった。

 子供たちが急いで駆け寄ってくる。

「お姉ちゃん、大丈夫!」

「怪我してない!?」

「お姉ちゃん、お姉ちゃん」

 子供たちも猫のことは忘れている感じで必死に葵のことを心配している姿を見て、蒼は逆に冷静になれた。

 ただ、当の本人である葵は違うことを言い出す。

「アハハ…、猫は大丈夫だよ。もう心配ないからね。いてて…」

「バカ、そういうことじゃないんだよ! 近くにいる誰かに救急車を呼んでくれって連絡して、ここに連れてきてくれないか?」

 子供たちは素直に蒼の言うことを聞いて、駆け出す。

 ただ、その後ろ姿に『道路は飛び出すなよ!』と叫ぶ。

 その間、蒼には葵が不安にならないように必死に呼びかけることしか出来なかった。




 数時間後、蒼たちは葵の部屋に集まっていた。

 葵の右腕には立派なギプスがつけてある。

 骨折だった。

「ったく、お兄ちゃんが付いていながら」

「まぁまぁ、そーちゃんも足が治りきってなかったんだし」

「そーちゃんは悪くないよ! みーちゃんが言うように私が勝手に登ったんだし」

 桃が蒼を攻めるというのは当たり前のことなのだ。

 むしろ二人が庇う方が胸が痛い蒼。

 こういう時は素直に攻めてほしい、と思った。

「でも猫ちゃん助かってよかったね!」

「その猫、どこにいるの?」

「あはは、逃げちゃったんだよ。救急車で運ばれてる間にさ」

「逃げたというか追い返されたってのが正解だな」

 蒼はその様子を見ていた。

 あの猫は救急車にまで乗ろうとしていた。

 たぶん自分を助けてくれた恩義ある葵のことが心配だったんだと思う。でもそれは救急車に乗ってきた人に追い返させれたのだ。説得しようにも、まずは葵のことが第一のためにどうすることも出来なかった。

 そのことはちゃんと葵には説明した。

 落ち込んだ様子はなく、ただ『しょうがないね』と笑いながら、言っていたことを蒼は思い出す。

「さて、そろそろ帰らなくて大丈夫? もう七時だよ?」

 葵が大丈夫な左手で掛け時計を指差す。

 その言葉に三人が見つめる。

 学校帰りに、このことを聞きつけた美鳥と桃は家にも帰らず、駆けつけたのである。

 幼馴染とはいえ、一緒に育ったようなものなので、もはや家族の一人なのだ。

「どうしよう、残り物で作ろうかな」

「うー。お腹空いたー」

「桃ちゃんは花より団子派だね、やっぱり」

「あのさ、バスケで一汗搔いたんだよ? お腹も空くって」

 バカにする発言をする葵に向かって、ちょっと睨む桃。

 いつも通りのやり取りをする中、やっぱり蒼は笑うことが出来なかった。

 本来は桃を煽ることの一つでもするのに、葵に怪我をさせてしまったことに対して、負い目を感じていることがどうしても出てしまう。

 だから無口でいろいろ考えていると、三人が心配そうに見つめていることに気付く。

「な、なんだよ?」

「いや、その、ごめん、お兄ちゃん。攻めるつもりはなかったんだけど、そんなにショック受けてたんだ…」

 桃が謝り始める。

 まさか蒼がこんな風になるまで考え込むなんて思っていなかったために、いつも通りの接し方をしたのが失敗したと反省していた。

「私も言うこと聞かなかったからね、ごめん」

 葵も釣られるように落ち込む。

 桃が悪いわけではない。ただ、あの時、ちゃんと蒼の言うことを聞いていれば、誰もこんな風に落ち込むことはなかったと思うと、自然と気分が滅入ってしまう。

 そんな空気がお葬式ムードのようになる中、美鳥が両手を叩き、注目を集める。

「じゃあ、こうしよう! そーちゃんが葵ちゃんの面倒を見れば解決じゃない!」

「え、ちょっ、それ、そーちゃんに迷惑がかかるよ!」

「いいの! こんな風に落ち込まれたんじゃ、誰も救われないよ! そういうわけでちょっと待ってて!」

 美鳥はそう言うと、部屋から出て行った。

 何をしに出て行ったかの想像は容易に分かる。

 きっと葵の母親に許可を貰いに行ったのだ。

「あのさ、それでいいの?」

「俺はいいんだけどな」

「まー、それでいいとは思うけどさ。私も落ち込ませた原因の一人ではあるし…」

 桃は不満そうにしていたが、我慢することを決めていたようだった。

 何よりも美鳥が決めたことに逆らうつもりはないらしい。もとい逆らうことが出来ないほどの頑固者なのだから。

 三人の気持ちは決まったようなものだった。

 蒼としても怪我をさせてしまった原因の一人なので、面倒を見れることが何よりの謝罪になる。

 それに自分の気持ちも少しは晴れることを考えると願ってもないことだ。

 後は母親の許可次第なのだが…。

 しばらくして美鳥が帰ってきた。

 満面の笑みで、こう言った。

春香はるかさんの許可下りたよ。そーちゃんの気が晴れるなら、それでいいって!」

 こうして蒼が葵の面倒を見る日々が始まった。




「ほら、口開けろって!」

「あーん」

 蒼がそう言うと、葵は半分嬉しく半分照れくさそうに口を開けて、蒼が差し出したご飯を食べる。

 最初の頃から比べると蒼はこの行為に慣れてきたのだが、葵は未だに慣れない様で恥ずかしそうに食べていた。

 それをちっとも嬉しくなさそうに見つめる美鳥と桃。

 羨ましそうに見ているのが分かる。

 心なんて読まなくても、簡単なほどに嫉妬が出ていることをきっとこの二人は気付いていない。

「あのさ、みーちゃん、桃、そろそろこの行為にも慣れろよ。いやさ、それを言うなら葵、お前もだぞ。恥ずかしいのなんてさっさと吹き飛ばして食い終われ。俺が食う時間を失くす」

「だって二人に見られると恥ずかしいよ?」

「一週間経つだから、早く慣れろ」

「えー」

 そういう葵は目を泳がせて、恥ずかしそうにするけれど、軽く二人を挑発していることにわざとしていることを蒼が気付いてないわけもなく。

 お仕置きとして、味噌汁のわかめを遠慮なく葵の唇にくっつける。

「あっつ! ちょ、まだそれ冷えてないじゃん!」

「お仕置きだよ、嬉しそうにしやがって!」

「それにお前らもだよ! 食わして欲しいなら食わしてやろうか! あつあつのわかめを!」

「ご、ごめん、早く食べます!」

「わ、分かったからやめて、そーちゃん!」

 残りの二人にも怒りの目を向けて、警告音を出す。

 葵はなんとか冷やそうと冷たいお茶を一気飲みする。

 残りの二人を順調に食事を食べていく。

「でもさ、お兄ちゃんが元気になってよかったよねー」

「まあね、あの時は見てられなかったし」

「何のことだよ?」

「体育祭と葵ちゃんが怪我した時」

 桃はそう言った。

 残りの二人も首を縦に振って、頷く。

 蒼としては多少なりとも落ち込んだりはしたけれど、そこまでは酷くない感じだったのだが、みんなからはそう見えたのかと思うとちょっと情けない気分になった。

「でもさ、今の元気が一番だと思うよ?」

「そーだね、元気のないお兄ちゃんなんて、ただの役立たずみたいなもんだし!」

 蒼は容赦なく桃の頭に拳骨を落とした。

 励ましたいのはよく分かったのだが、言い過ぎなのも現実。ちゃんとそういう教育はしないといけないのだ。

 美鳥も助けるつもりは全くないらしく、静かに食事に勤しんでいる。

 桃は葵に助けるも無視して、口を開けて、蒼がご飯を運んでくるのをおとなしく待っていた。

 誰も桃を助ける気はないようで、それからは桃は口数を減らし、おとなしく食べだす。

「そういえば、葵ちゃん。骨折っていつ完治するって言われたの?」

「え、あ…うーん。最短で一ヶ月みたいなこと言われたけど、今日行ったら、順調に治ってるって言われただけだから、まだ分かんない」

「そっかー」

 今まで誰も骨折のなどしたことなかったので、美鳥がちょっと興味津々という感じで尋ねる。 

 それに対して返答する葵はちょっとだけ浮かない顔をしていた。

「どうした、ちょっと複雑そうな顔して」

「うーん、意外と早く治るんだなーって。もちろんリハビリとかしないといけないけど、そうなったら、なるべくは自分でしないといけなくなるだろうから」

「そりゃ、そうだ。いつまでもこうしてるわけにはいかないな。葵の好きな奴に殺されるわ」

「「「え!?」」」

 なぜか三人が口を合わせたように驚いた。

 ただ蒼は桃を睨みつけて、黙らせる。

 蒼の睨みに桃は再び黙り込み、食事に勤しむ。

「わ、私のこと、好きな人がいるの?」

「私も初耳なんだけど!」

「いや、別にそんなの知らないけど…中にはいるかもしれないだろ? だからいつまでもこんな恋人まがいの行為してたら、いつか俺が殺られるわ」

「あ、そういうこと」

 美鳥は安心したように息を吐く。

 美鳥がいったい何をびっくりしたのか、蒼にはまったく分からなかったが、妹みたいな感覚で接してきたので、心配になったのだろうと思うことにした。

 当の本人でもある葵も胸を撫で下ろした様子。

「そういうのは本当に私のことが好きな人を分かってから言ってよ!」

「はいはい」

「早く食べさせて!」

 ちょっと不機嫌気味に言う葵。

 蒼は素直におかずを口に運ぶことにした。

 ただ小さな声で『告白されても振るんだけど』という呟いた言葉は聞き流した。



 

 ある日の帰り道、いつものように蒼と葵は一緒に帰っていた。

 まだギプスは取れないようで、必然と荷物持ちは蒼の仕事となる。骨折の原因の一つでもあるので、それは気にしてないないのだが、やはり骨折する前より元気に帰る姿を見ると、少しだけ違和感を感じてしまう。

「なぁ、なんでそんな嬉しそうなんだよ」

「そんなのそーちゃんと一緒に帰れるからに決まってるでしょ」

「今までなかなか一緒に帰れることもなかったからなー」

 考えてみれば、当たり前なのだ。

 蒼は部活をしていないので基本自由に帰れるのだが、葵は部活をしている時点で帰る時間帯は六時以降になってしまう。だから一緒に帰れるということはほとんどない。

「だから嬉しいんだよ!」

「腕不自由なくせに」

「あ、そういう意地悪言う?」

 ムッとする葵。

 そういう反応をするのは分かっていて、蒼はワザとそう言ったのだが、思いっきり引っかかってくれるとは思わなかったので、笑いが吹き出る。

 それを見て、葵は思いっきり睨む。

「絶対楽しんでるでしょ?」

「おう! でもさ、なかなか二人っきりになれることがなかったからなー」

「桃ちゃんとずっと一緒にいるようなもんだからね」

「つか、なんでお前らはそんな一緒にいるんだ?」

 蒼は尋ねた。

 桃と葵が仲がいいのは分かっているけれど、あんなにしょっちゅう一緒にいる必要はないのだと思う。見る限りではどちらかがどちらかを監視しているような感じがしないでもない。二人がお互いを抑制しているのだろうか?っと考えてしまった。

「話しやすいからかな。腹を割って話せるからだと思うよ。隠し事してもお互いのこと分かってしまうような仲だからね。言ってみれば、そーちゃんとあーちゃんみたいな仲かな」

「あいつとはそんな仲じゃない」

 蒼は思いっきり否定した。

 あーちゃんとは赤井淳あかい じゅんのことである。

 淳とは腐れ縁の延長で今もずっと続いているような感じなだけであって、どちらかがお互いを気にしないようにすれば、きっと縁もなくなると蒼は思ってる。

「でもそーちゃんって優しいからな。きっと縁なんか切れないよ」

「人の思考を読むな」

「単純だからね」

「つか、優しくねーよ」

「優しいから今、私にいろいろしてくれてるんでしょ?」

「違うって。負い目からだよ」

「はいはい」

 葵は蒼の言葉に対してまともな聞く気はないようだった。

 それでも気分が滅入られるよりはマシだと思うので、このままにさせておくことにした。

 しかし葵は不意に立ち止まり、辺りを見回しだす。

「どうした?」

「うーん、助けたトラ、どっかにいないかなって」

「そういや、見かけないな」

 葵が助けた猫はあれから姿を現していない。

 少なからず今の現状が気になるのだろう。

 そうは言っても、猫自体が気まぐれな生き物なので、どこかで元気に暮らしてはいるのだろうが、その後が気になるのは蒼も同じだった。

「子猫だし、母親の元に戻ったんじゃねーの? 首輪もなかったし、ノラだろ」

「うーん、飼いたいなー」

「飼いたいのかよ!」

「だってかわいいじゃん」

「いや、それは分かるけど」

「一日中撫でまくりたい」

「いや、それはストレスで猫が死ぬわ」

「冗談だよ」

 葵はすぐにそう言って、笑顔で蒼を見せた。

 ただ蒼の目にはこれが冗談には思えなかった。

 目もまったく笑っておらず、心の中では『モフりたい』と言う言葉しか見つからない。いや、それ以外何も考えてないという状態。

 少なからず蒼は、あの子猫が葵の前に二度と姿を現さないことを心のそこから願った。




 蒼が葵の世話をし始めてから、一ヶ月とちょっと経過していた。

 順調に完治に向かっているらしく、すでにギプスなども外れ、リハビリを残すだけになっている。

 そんな状態になりつつもまだ片手ではまだ不安定なところもあるので蒼が未だに付き添っていた。

 荷物を置きに葵の部屋に来ていた時の事だった。

 葵は隠しているような感じではあったが、最近暗くなっていた。

 蒼には原因がすでに分かっている。

 もうすぐ自分のお世話する時間が減ったことが改めて分かり、ショックなのだろう。しかし、いつまでもこうしてるわけにもいかないのが現状。

「元気出せよ」

「何がー?」

 葵は至って普通のような表情を見せて、蒼にそう言ったけれど、やはり暗い感じは隠しきれてない。いや、もしかしたら隠す気がないのかもしれない。

「最近、暗いから言ってんだろ」

「あはは、バレてる。隠し事が苦手な性格だから仕方ないよね。それとも隠してもそーちゃんにはしばらく一緒にいたから何でも分かるのかな?」

「さあ? もしかしたらそうかも知れないな」

「それはそれで嬉しいんだけどね」

 葵ははにかみながら、ちょっとだけ嬉しそうに笑う。

 世話をしていた歳月の間に葵のことをもっと知ってしまった。だからこそ心を読まなくてもある程度のことは分かってしまうぐらいに。

 だから蒼と葵にとって、もはや隠し事は無意味となっていた。

 ただ葵には笑顔でいてほしい。

 笑っていて欲しい。

 今の蒼にはそんな気持ちしかない。

 昔の自分はそんなことはちっとも考えてなかったのに、不思議と思えるぐらいの自分の変わりように驚きという以外の言葉も浮かばない。

「でもさ、もうすぐ終わりなんだよね。私のお世話してくれるの…」

「終わるな」

「あ、でもそれでもしたかったらしてもいいんだよ?」

「しねーよ、彼女でもないんだし…」

「あはは…」

 一気に落ち込む葵。

 蒼も失言したと気付く。

 自分の葵への気持ちが恋愛なのか、妹としての扱いからなのかは、未だにはっきりとして分からない。ただ分かっているのは、その笑っていてほしいという想いだけの状態。

 だから告白するとしても、こんな曖昧な気持ちでしていいのかは分からない。

 ただ葵の気持ちは分かっているつもりなのだ。ずっと前から好きだというアピールはしてきていた。もちろんはそれは美鳥や桃と同じように。

 あの時は家族としての意味合いでしか捉えきれてなかった。

 でも今なら三人の気持ちが分かっている。

 きっと本気だったんだろう。

 異性としての意味合いが三人の中にはあった。

 今更ながらに鈍感だった自分に嫌気がさすほどだ。

「黙らないで、そーちゃん。辛くなってくるから」

「悪い」

「…私はそーちゃんのこと好きだよ」

 蒼はその葵の告白に身体を震わす。

 きっと葵もこの空気の流れが分かっていたから、改めて告白したんだろう。

 本当の意味合いを込めて。

「知ってるよ」

「その気持ちは家族としての意味合いで?」

「いや、異性としてだったんだろう? 今までもずっと」

「うん、やっと分かってくれたんだ」

「おう」

 今は返事が出来ないことは葵も知っているようだった。

 ただそれでも気持ちを分かってくれて嬉しいという感じの雰囲気があり、ちょっと恥ずかしそうに笑っているのが印象的だ。

「返事は良いんだよ。どうせ鈍感だから、悩みに悩んでの返事だってことぐらいちゃんと分かってるし」

「なんでそこまで分かるんだよ」

「今までそーちゃんばかり見てきたからね。お世話してもらっているうちに心の中まで読めてきたんじゃない?」

「やめてくれ、そういうのは」

 冗談じゃないとばかりため息を吐く蒼。

 今まで読む側としか生きてこなかった蒼にとって、それは生きた心地がしないような感覚に少し戸惑う。

「でもさ、そーちゃんは今まで心を読んできたよね? 気持ちだけなのか、完全に人の心を読んできたのかは知らないけどさ」

 葵は悪意がない笑顔で尋ねる。

 蒼はこれに驚いた。

 いつかは誰かが気付くと思っていた俺の能力。いや、気付かれないほうがおかしいと最初から分かっていたことだ。一瞬でも目や瞬きをして、完全に読むということは避けてきていた。でも必要な箇所でその相手を喜ばせるために使ってきたのだから、勘の良い人間は気付くと分かっていたが、まさか葵に気付かれるとは思わなかったので、驚きを隠せきれなかった。

「やっぱりかー」

「なんで分かったんだ?」

「なんとなく、かな? 私の耳が良いのもそんな感じだし」

「やっぱりそれも俺と同じことに要因するのか、完全に違うとは思うけど」

「うーん、推測だけど…」

 葵は自分が耳がいきなり良くなったことについて説明し始めた。

 それはいきなり起きた現象の一つだった。

 ただ三人とは一緒に暮らしてなくて、一人だけ完全に別の家だったために美鳥や桃と違って、蒼に対する反応に敏感ではなかった。二人は蒼がして欲しいことがすぐに分かり、羨ましく思う毎日が多く、いつしか蒼のことを知りたいなどと考えながら眠ることが多くなったらしい。

 それが原因として生まれたんじゃないか、という考えのようだ。

 蒼もそれには納得できた。

 心を読めるようになったのは桃と一緒に暮らし始めるようになってからなのは間違いない。

 あの時の桃は従妹と言っても他人だから、どう接したらいいのか分からず、子供ながらに悩んだことがある。その想いから生まれたと考えれば、葵の推測は正解ということだ。

 本当にそうなのかは分からないけれど、説得された感じがした。

「きっとさ、みーちゃんや桃ちゃんも何か持ってるかもね」

「かもな、でもそれはいいんだよ。告白の答えしてなかったよな?」

「あー、いいよ。今は別に」

「一応言わせろよ」

「分かったあ」

 葵は不満そうな顔をしている。

 蒼が言いそうな答えが分かっているからだ。

 それが蒼にとって面白くないので、ちょっとだけ意地悪することにした。

「あのさ、葵の予想通りだから悔しいけどさ。俺にはまだ好きって気持ちが分からない。でもさ、そっちに寄っているってことは間違いないんだろう。だからさ、もっとアピールして俺が葵が居なくなったら生きてられないぐらい好きにさせてくれ」

「これ以上のアピールとか鬼畜じゃない?」

「中途半端に付き合うのは失礼だろう? だから微妙にはなるけど、これからも一緒にいてやるから、もっと好きにさせろって話」

「分かってたよー。その時はちゃんとそーちゃんから告白してね」

 葵は意地悪く笑う。

 この回答も葵に見透かされていたようで、蒼はなんとも言えない気分になる。

 もしかしたら、自分から告白させるように誘導されたのかもしれない。

 蒼はその時、はっきりと自分の未来のイメージが脳裏に浮かんだ。

 葵に尻に敷かれているという未来が…。

 ちょっと怖い気もしたのだが、それが未来というなら受け入れるしかないのだ。いや、受け入れる。幸せならそれで問題はないのだから。

 気分を良くした葵の機嫌はちょっと良くなってるので、蒼はそれ以上は考えないことにしたのだった。


-続く-

最後までお読み頂きありがとうございます。恋編と同じく一度区切らせて頂きました。

このまま恋編②に続きます。よろしかったら、続きもお願いします。


誤字・脱字などありましたら、申し訳ありません。

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