~僕と彼女と京王ライン~
五月四日 午前九時五十四分 京王線 北野~京王八王子駅間
「おい、そろそろ着くぞ。降りる準備をしろ。」
『彼女』が、隣に座る僕に向かって言った。
「ん? もう目的地か。案外早いな。」
僕はそう答え、持っていたゲーム機の電源を切った。
「馬鹿言え、京王線の終点は八王子市だろうが。目的地の世河渡市までは、八王子で八世線に乗り換えてさらに西だ。」
彼女が、しれっと言い放った。
「うへえ。どんだけ山に近づく気だよ。本当にそこは東京都なのか?」
僕は、今電車の窓の外に広がる景色でさえ十分な田舎に見えるのに、ここからさらに西へ進むのか。と、不安な気分になった。
「安心しろ。西の果てではあるが、れっきとした東京都だし、一応ケータイの電波は届いてる。ソ○トバンクは知らないけどな。」
彼女が、読んでいた物理の本をたたみながら言う。
『まもなく 終点 京王八王子 京王八王子です 出口は 左側です。 京王をご利用いただき~~』
丁度、終着駅を知らせるアナウンスが流れ始めた。それを聞いた彼女が、シートから腰を上げた。僕も膝の上のリュックサックを肩にかけ、立ち上がる。
ピンポン、ピンポン、という軽快なSEとともに、ドアが開いた。彼女の後に続き、ホームへと降り立つ。
「しっかし、なんで都立の中堅校の生徒会が、山の中にある私立の金持ち優等生学校なんかに行かなきゃならないんだよ。意味わからん。」
僕はホームを改札口方面にむかって歩きながら、彼女に向かって愚痴を吐くように言った。
「別にいいだろう。むしろ光栄じゃないか。私たちの輝かしい活躍の数々が一部メディアに取り上げられて、それを見た私立校の生徒から直々に依頼が来たんだから。」
彼女が、歩きながら制服の胸ポケットから封筒を取り出し、僕にちらりと見せてきた。隅っこに、『世河渡大学付属 世河渡高等学校』と書いてある。ネットで簡単にメールが送れる現代の高校生が、こうしてしっかりと手紙で依頼をしてくるあたり、やはり育ちのよさが漂っている気がした。
「しっかし、この手紙、文章を読んだけど、本当に気品が漂う達筆な文章だった。本当、育ちの良さが漂ってるよなー。何も考えずに電車内でモンハンしてるようなバ会長と違って。」
彼女が、僕が今思ったことと同じ事を言った。最後の一言を除いてだが。
「失礼だな。そういう君はどうなんだ?」
強めに反論する。
「私はちゃーんと推理力を鍛えるために頭を使っていたさ。」
彼女も反論してきた。
「よし、じゃあ聞かせてみろよ!」
僕がそう言うと、彼女はいいとも。とうなずき、話し始めた。
「途中、拝銑駅から北野駅まで私の隣に座ってスマートフォンでツイッター開いて部活仲間と通信してた女子高生いたろ?」
「?? ああ、たしかそんな人いたな。うん。」
「私の推理が正しければ、彼女はアズサ女子大学付属拝銑女子高等学校に通ってる二年生、伊藤清美十六歳 水泳部所属の身長175センチメートル、八王子市の南大沢駅付近に住んでて、趣味は読書。現在生理二日目だ。」
「・・・は?」
僕はホームに立ち止まり、ぽかんと口を開けた。彼女はしめたと思ったか、意気揚々と解説を始めた。
「あの女の子が着ていた制服は、アズサ女子大学付属の女子校共通のものだ。さらに、胸につけられた校章のフチが青色なのは、数あるアズサ女子大学の付属校の中でも拝銑学園都市に位置する付属校であることを示している。さらに彼女のブレザーのポケットから若干はみ出ていた彼女の生徒手帳は赤色だった。これは彼女が第三十四期生であり、現在二年生である事を示している。
そして、彼女がスマートフォンで見ていたツイッターの自分のアカウント名は『ito_chan1920364』。アカウント名にitoという単語が含まれていることから考えて、イトウという名字だとみてまず間違いない。
それと、彼女のツイッターでは、水泳連盟やら水泳部部長やらを名のるアカウントが多数フォローされていた、彼女自身、制服から若干の塩素臭を漂わせていたしな。
そんで、先ほど日本高校水泳連盟のホームページから、前年度の大会の入賞者名簿を『イトウ』で検索してみたら、いたよ。アズサ女子附属高校の伊藤清美さん。50メートルで三位入賞してる。
さらに、彼女が北野駅でスマートフォンをスクールバッグにしまう際に見えた文庫本には、八王子市南大沢図書館のシールが貼ってあった。おそらくは電車代の節約のために、南大沢駅付近にある自宅までバスで帰っていたんだろうな。本はそのついでに図書館に寄って借りていると考えられる。アズサ女子の図書室は豪華で有名だからな。わざわざ市営図書館で借りているということは、立地上都合がいいからに違いない。前述のツイッターアカウントの『ito_chan1920364』の『1920364』の部分も、東京都八王子市南大沢の郵便番号だしな。
身長に関してはローファーの誤差を修正した上で電車のドアと対比させて目測で測った。誤差はプラスマイナス三センチ以内の自信がある。はい、何か質問は?」
彼女が一気に説明を終えると、彼女は一瞬間を置いて、未だにぽかんとしている僕に向けてにやりと笑った。
「おまえ・・・いつもそんなことばっか考えてんのか?」
僕がそう言うと、彼女はこう返してきた。
「何か問題でも?」
僕は、ハァっとため息をつき、歩くのを再開した。彼女も後をついてくる。
「一つ聞くとすれば・・・生理二日目ってのはどこから?」
「聞きたいか?」
「いや・・・やめとく。」
「そのほうがいい。」