表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と彼女の探偵日記  作者: ポン酢
第一章『騒がしいジンジャーエール』
5/17

~僕と彼女と会議室~

 


―――


―――――――


――――――――――


所変わって・・・




「犯人はあなただ!」

 関係者と野次馬が多数集まった生徒会会議室の中心で、探偵小説の主人公のように、彼女は高らかに告げた。

 僕の目線が、彼女の指差す方向に向かう。その指の先では、女子ネットボール部部長である数浦さんが、肩を小刻みにふるわしていた。

 やっぱりそうなるのか。僕は先日すでに彼女と打ち合わせをしていたので、特に思うことはなかった。

 「ねぇ、どういうこと? 先輩が犯人って!?」

辻原さんが彼女を問いただす。

「そうよ! 一体なんの根拠があって!」 

ほかの部員達も騒ぎ始めた。まぁ、妥当な反応だろう。

「まあ皆さん、落ち着いて下さい。」

彼女が落ち着いた顔で場を制す。すると、彼女の持つ探偵のようなオーラからか、一旦場は静まった。

「この事件の推理に関して、最初私は簡単な事件であると思い込んでいました。正直、どっかの変態がブルマでも攫うために部室に侵入し、カムフラージュのために家具を動かした。程度の話だと。

しかし、実際はそれほど軽い事件ではなかった。」

彼女が、例のウエストポーチから、何かを取り出した。

「数浦さん。これ、見覚えあるでしょう?」

彼女が取り出したのは、マイクロSDカードだった。一昨日僕が無理矢理部室棟の床下に潜らされた挙げ句、ゴキブリやムカデの猛攻に苦しみながら、やっとの事で探し当てた物だった。

それを見た数浦さんの顔がこわばった。

「それをどこで・・・どこにあったんですか!?」

「やはりあなたのものでしたか・・・」

彼女は数浦さんから目を離し、全員の方を向いていった。

「このSDカードこそが、この『ポルターガイスト事件』いや・・・」

 ふうっと息を吐く。何かを説明するときの彼女の癖は健在だった。

「『都立拝銑高等学校、部室棟内赤外線盗撮事件』の発端です。」





「赤外線?」

「盗撮?」

会議室内の全員が、ぽかんとしていた。無理もない。ポルターガイスト事件の推理を聞きにきたのに突然そんな突拍子もない事を言われたら、だれでもそうなるだろう。

「実はこの事件の真の姿は、ポルターガイストなどではなく、非常に卑劣で悪質な盗撮事件なんです。」

彼女が言った。

「い、一体どういうことですか?」

辻原さんが言った

「では、説明いたしましょう。」

彼女が、今度はビデオカメラを取り出した。このあいだ夜の部室棟に潜入したとき、防犯センサーをかいくぐる目的で使った物だ。

「先生方は知っていると思いますが、今から十数年前、ある会社からとあるビデオカメラが発売されました。『赤外線ビデオカメラCCD―TRV82K』。このビデオカメラの最大の特徴は、ナイトショット機能という、暗視ゴーグルのように夜間でも撮影ができる機能があることです。この機能の仕組みはこうです。本来デジタルカメラなどに使用されるCCDカメラは、可視光線の他にも、人間の目には見えない赤外線を撮影することができます。しかし赤外線を映り込ませると、色が正常に出なかったりぼやけたり、様々な不都合が生じます。そこで普通のCCDカメラは、赤外線を九十パーセント以上カットすることのできる特殊なフィルターを使用することで、赤外線の映り込みを防いでいるのです。しかしこのナイトショット機能は、そのカットされる赤外線をあえて映し出す事により、赤外線暗視ゴーグルの要領で暗所でも撮影することが可能になるわけです。」

彼女が一気に話す。すると、会議室にいる内の何人かが、「あっ」と声をあげた。

「実はこのカメラ、とある問題が発生してメーカー自主回収となったため、現在では入手が非常に困難になっています。その理由、知っている人は知っているでしょうが、知らない人のためにも説明させていただきます。実は赤外線という物は、ある程度の物質透過能力を持っています。建物の中にいてもケータイの電波が届き、レントゲン撮影をするとX線で身体が透けて見えるのと同様、この赤外線も物質を透過することができます。しかし、それは精々可視光線よりかは透けるという程度。ほとんどの固形物は簡単に赤外線を反射してしまいます。しかし、薄い紙や布などは、赤外線を完全には反射できない。

さて皆さんに問題です。赤外線を反射しきれない程に薄く、かつ絶対に透けて見られたら困る物とは一体なんでしょうか?」

女ネボの部員をはじめとする生徒組が、うーんと考え始めた。一方教師組は、なるほどそういうことか。と、わかりきった顔をしている。彼女によれば、十数年前にこのカメラが問題になった際、結構な報道がなされたため、年齢の高い教師組ならほとんど知っているだろう。とのことだ。

そして、辻原さんが言った。

「・・・洋服?」





「正解!」

彼女が言った。

「実はこのカメラ、条件がそろうと、被写体の洋服が透けて見えてしまうんです。強い赤外線が大量に降り注いでいる状況で、薄着をしている人間にこのカメラを向けると、洋服を透過した赤外線がレンズに入り、結果洋服が透けて見えてしまうんです。この問題が初めて取り上げられたのは、アメリカの、とある海水浴場でした。

強い太陽光線が照りつける海水浴場。無邪気に水遊びをする少女達、当然彼女達は水着を着ています。ビーチボールを投げ合い、キャッキャと笑っている。そして、父親がこのカメラでその少女達を撮影しています、『おーいアリス! こっち向いて!』なんて言いながら。

至って普通の、見方によってはほほえましさすら感じる光景。しかし、男が撮影しているのは娘の笑顔ではなく・・・」

彼女が息を吐いた後、言った。

「少女達の裸体です。」

会議室が、しんと静まりかえった。





「要するに、君はこう言いたいんだな?」

いままで沈黙していた女子ネットボール部顧問、沢沼先生が言った。

「私の命である教え子が、赤外線カメラを使用してネットボール部の部員を盗撮していたと?」

その声には、部員を疑われた事によるいらだちが感じられた。

「ええ、そうです。」

彼女が自信を感じる真剣な顔で言う。

「では聞こう。君の言う赤外線盗撮。理論上は可能だが、一つの大きなミスがある。」

沢沼先生が話し始める。それを聞き、わかりきった顔をしていた人たちが、意外そうな顔をした。

「私もその事件はニュースで見たさ。同じ男として恥ずかしかった。しかし、海水浴場で可能だったからと言っても、海水浴場とあの部室では一つの大きな違いがある。私の教え子がそれを実行することは不可能だ。」

「・・・というと?」

彼女と沢沼先生の目線が、一瞬火花を散らした。

「赤外線の量だ。」

一人の教員が、あっと声を上げた。

「いくらネットボールに使われるような薄いユニフォームでも、赤外線カメラで透過撮影するにはそれ相応の強い赤外線が必要だ。しかし、あの部室棟は松と竹の林で覆われ、太陽光線はロクに入ってこない。一階にあるあの部室ならなおさらだ。となると、赤外線盗撮をするのは赤外線照射器でもない限り不可能だ。例え犯人が照射器も同時に設置していたとしても、そんな物があればさすがに部員が気づく。」

「そんな物、部室にはなかったわ! ポルターガイストの片付けで部室中を見たけど、見つからなかったもの!」

辻原さんが同調する。

「確かにそうです。実は私も、被写体の許可を取った上で、女ネボの部室の隣にあるバスケ部の部室で服が透けるかどうかの実験を行なったのですが、服は透けて見えませんでした。」

その被写体とは僕のことだ。酷い目に遭った。

「しかしですねえ・・・」

彼女が、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「先生さっき、『赤外線照射器でもない限り不可能だ』って言いましたよね? 実はあの部室にはあったんだなあこれが。」

「そんなでたらめを!」

辻原さんが叫んだ。

「まあ、辻原さんを含む部員達が見つけられなかったのも、無理はないでしょう。犯人は、簡単に照射器が見つからないよう、巧妙な偽装を行なっていたんです。

さて、皆さんにもう一つ問題です。女ネボの部室を含む全ての教室に存在し、かつ強い光線を放つ物。それは一体なんでしょうか?」

「まさか、蛍光灯だなんて言わないだろうな?」

沢沼先生が、彼女の『問題』を遮って言った。

「確かに蛍光灯は、プラズマ化した水銀から紫外線を発生させ、それを内側に塗られた特殊な塗料によって可視光線に変換する事で光を発する仕組みだ。細工をすれば赤外線を出すことも不可能じゃない。でもそんな事をすれば、可視光線を赤外線に変換するわけだから、よっぽど高精度に変換しない限り、蛍光灯からは赤い光が出てしまう。」

沢沼先生は意外と科学に詳しいようだ。僕が思いつかなかった彼女の推理の矛盾を的確について教え子を弁護してくる。しかし、彼女は自信に満ちた顔を崩さない。

「いいえ先生。正解は蛍光灯。犯人は蛍光灯に細工をし、赤外線を発生させたんです。」

「バカな! どうやって!」

「先生がおっしゃったとおり、可視光線を赤外線に変換しようとしたら、よっぽど高精度に変換しない限りは赤い光を放ち、その上出力も乏しくなるでしょう。しかしそれは、『紫外線を一度可視光線に変換し、それをさらに赤外線に変換した場合』です。もし、『紫外線をダイレクトに赤外線に変換』できたら、結果は違った物になるでしょう。」

しかしこれを聞き、沢沼先生も反論を加速する。

「じゃあ蛍光灯の特殊塗料をはがしたとでも? 冗談じゃない。そんな事はメーカーの工場にでも行かない限り不可能だ!」

「そんな事はしていません。」

彼女がニヤニヤと笑う。

「先生は今、特殊塗料をはがしたと言いましたよね。では、その特殊塗料が元々塗られていなかった。あるいは、塗られていたとしても違う種類の、可視光線を発しないタイプの塗料だったとしたら?」

「どういうことだ?」

沢沼先生が言う。

「無光誘蛾灯。ですよ。」

彼女が答えた。

「話は変わりますが、皆さん。夜のコンビニに蛾などの昆虫が集まってこないのを不思議に思った事はありませんか? 普通虫たちは光を好み、光に集まってきます、生物の授業が得意な生徒には、正の走光性がある。と言った方がしっくり来るでしょうか。

実は、虫たちの目は紫外線を視認することができます。と言うより、紫外線以外はうまく視認できません。光に虫たちが寄ってくるのは、可視光線に反応しているわけではなく、光に含まれる紫外線に反応しているのです。そこでコンビニ等の店内では、蛍光灯の紫外線をフィルターによって遮ることで、虫たちの進入を防いでいます。しかし、いくら紫外線を出さなくても、多少ながら虫は入ってくる。そこでです。」

彼女が、会議室の棚から一本の蛍光灯のような物を取り出した。

「この無光誘蛾灯の出番です。店の蛍光灯が紫外線を出さないのとは逆に、この誘蛾灯は紫外線『しか』出しません。これで店に侵入した虫たちを集め、電気ショックなどで殺傷する。そうすることでコンビニの店内には虫は発生しなくなる。

そしてこの誘蛾灯に赤外線塗料を塗れば・・・」

彼女がふうっと息を吐く。

「可視光線を含まない純粋な赤外線が採れるって訳ですよ。」





「みなさん。女ネボの部室の蛍光灯が切れていたのを覚えていますか?」

それを聴いた部員達が、ハッと顔を上げた。

「確かにいくつか、蛍光灯が切れてた!」

「じつはアレ、蛍光灯が切れていたわけではなく、単に可視光線を出していなかっただけなんです。あの蛍光灯が出していたのは可視光線ではなく、強い紫外線と赤外線です。」

彼女が続ける。

「もう一つ。女ネボの部室の絨毯は、新品にも関わらず、ボロボロになってしまっていました。あれはポルターガイストによるものではなく、変換しきれずに放出された強い紫外線によるものです。みなさん、ベランダに放置していた洗濯ばさみが紫外線劣化で突然壊れた事があるでしょう? あれと同じ事が、ナイロン製の絨毯に起こったんです。

ついでに部員達、特に辻原さんが冬にもかかわらずユニフォーム型に強く日焼けしているのも紫外線による物です。」

辻原さんが表情を変えた。

「うむ・・・なるほどなあ。」

沢沼先生が、先ほどとは打って変わって落ち着いた面持ちで話し始める。

「きみの推理は見事だ。さすが拝銑高校のシャーロックホームズと呼ばれるだけはある。しかしだな、君の推理はあくまで状況証拠だ。『できる』であって『した』ではない。一つ証拠を見せてくれないか? たとえばそのSDカードの中身とか。」

「いいでしょう。でもその前に一つ、この会議室でちょっとした実験をしてみましょう。」

すると、彼女がこちらを振り向き、言った。

「おいダメ会長。スタンバイしろ。」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ