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僕と彼女の探偵日記  作者: ポン酢
第一章『騒がしいジンジャーエール』
2/17

~僕と彼女と騒がし幽霊~

暗く寒い部室。視界はほとんどなく、コートを羽織って手袋を付けているというのに、身体中ががたがたと震えている。そのため、手元の装置を上手く取り付けるのにかなりの時間を要してしまった。

もうすぐ警備員がやってくる時間だ、早々に立ち去る必要がある。その場から立ち上がり、工具箱にドライバーをしまった。懐中電灯でもう一度装置を確認する、一見問題は無さそうだった。懐中電灯を消し、装置のスイッチを入れると、キーンというとても小さな機械音が聞こえた。

ゆるしてくれ、みんな。 ・・・心の中で懺悔する。決して許されない行為をしているという自覚があった。本当は今にでも装置を取り外してしまいたかった。でも、できなかった。やるしかなかった。

早々にその場から立ち去ろうとした。しかし、その時に焦ったのがいけなかったのかもしれない。『それ』をポケットに入れようとしたときだった。乱雑に突っ込まれた『それ』はポケットに入り損ね、床に転がり落ちた。慌てて拾おうとしたが、暗くて見えづらい上に、『それ』は不幸にも家具の間に入ってしまったようだった。焦りが増し、変な汗がでてきた。何とかしなければ。そう思ったときだった。警備員の足音が聞こえてきた。


    


「ポルターガイスト?」

ある日の放課後、会長席の机に向かって黙々と雑務を処理していると、“彼女”の声が生徒会室に響いた。

僕と“彼女”、そして彼女の話し相手の3人しかいない部屋で、不意にその単語を耳にした僕は、つい雑務の手を止め、彼女達の方を振り向いてしまう。

「ええ、そうなんです。」

彼女の話し相手・・・女子ネットボール部の部長、数浦さんが言った。

 彼女らは数分前からこの生徒会室でなにやら話し合っていた。どうやら数浦さんは何か相談があってこの生徒会室を訪れたらしいのだが、あいにく僕は生徒会長としての雑務で忙しかったので、代わりに彼女に応対して貰ったのだ。

 しかし、彼女の発した興味深い単語に反応し、僕はついつい聞き耳をたててしまう。

 「実は先月の初め頃から、私たちの部室で、不思議な事が起こっているんです。」

 数浦さんが話し始める。

 「夜の内に、いつの間にか家具の位置が変わっていたり、ちょっとした物が無くなっていたり・・・はじめは気のせいかな? と思っていたのですが、ここ一ヶ月、毎日のように同じような事が起こるんです。先週なんか、棚の中の物や皆の私物が部屋中に散乱していたりもして・・・それで誰かが、『ポルターガイストだ!』と言い始めたんです。

あの部室棟、元々いろんな噂があるじゃないですか。戦時中に死んだ女学生の幽霊が出るとか、関東大震災直後には一時的に霊安所として使われていたとか・・・そんな部室棟でこんな事件が起きて、部員の皆も怖がっちゃって・・・大会が近いって言うのに、祟りが怖いから退部したいなんて言う部員まで出はじめて・・・私、どうしたらいいのか・・・」

やはり心霊現象に関する相談のようだ。十月に起きた『校内連続恋文暴露事件』を生徒会書記である彼女が解決して以来。生徒会には、ちょくちょくこういう相談が来るようになった。

彼氏の浮気調査だとかポイ捨ての犯人探し、はたまたウォークマン泥棒や財布泥棒まで、定期的に様々な事件が舞い込んでくる。そして彼女はその全てを華麗に解決してしまったため、いつしかこの生徒会室は『拝銑高校の探偵事務所』というあだ名までついてしまっていた。

どうやら数浦さんも“依頼人”の1人のようだ。そして、数浦さんの話を真剣に聞く彼女を見ると、彼女が本当に探偵に見えてくるから不思議だ。

 「なるほど・・・先生達にはもう話したのかい?」

彼女が問いかける。

「ええ、顧問の沢沼先生に話して、夜間の警備を厳重にして貰ったんですが、特におかしな事はなかったと・・・でも次の日の朝には」

「やっぱり部屋が荒れていた、と?」

数浦さんがうなずく。

 彼女が人差し指を口元に当て、うーむと唸った。深く考え事をするときの癖だ。今頃彼女の脳内では、様々な情報が飛び交い、思考を深めているに違いない。

数秒の沈黙の後、彼女は突然僕の方を振り向き、そして言った。

「おい、そこで決算報告書読むフリして盗み聞きしてるダメ会長。」

 僕は盗み聞きがばれたことに一瞬驚いたが、よく考えたら盗み聞きがばれるのはいつものことなので、冷静に聞き返した。

 「なんだよ、探偵書記長さん。」

すると彼女はイスから立ち上がり、背もたれにかけてあった上着を羽織った後、言った。

 「上着を着ろ、出かけるぞ。」



 部室棟は、本校舎から離れた場所にぽつんと建っている。松と竹が生い茂る雑木林の中、本校舎と部活棟をつなぐ道、通称『ロードオブマツタケ』を数分間歩くと、寂れた木造二階建ての建物が見えてくる。これが部室棟だ。

「にしても、いつ見てもぼろい校舎だなぁ。霊的な噂が出るのも無理は無い気がするよ。」

 僕は彼女に向けて言った。

「ああ、そうだな。途中、電気設備や空調設備、耐震強度なんかの関係で何回かリフォームしたらしいが、どうやら外見の古さはぬぐえなかったらしい。」

 彼女が答える。

部室棟はかなり古い建物だ。詳しい建造年はしらないが、昇降口の壁に彫ってある『拝銑国民学校』の文字を見れば、その歴史の深さがうかがえる。

 そして、その古めかしい校舎と回りのマツタケ林とが相まって、不気味な雰囲気を醸し出していた。

 僕たちがロードオブマツタケを歩いている途中で彼女が語ったうんちくによれば、この校舎は、僕たちが入学するずっと前、昭和五十年ごろまで本校舎として使われていたのを、新校舎の完成を期に部室棟として再利用したものらしい。

 その背景には、旧校舎を取り壊すと女学生の幽霊の封印が解けるから取り壊そうにも取り壊せなかっただとか、校舎の地下には戦時中に出た人骨が埋まったままだから取り壊すわけにはいかなかっただとか、様々な噂が飛び交っているが、実際の所は、単に取り壊しにかかる費用が馬鹿にならないがために、手っ取り早く部室棟として再利用した。と言うのが真実のようだ。実際最近は老朽化の影響で立て替えの話も出ているらしい。

 カビ臭い昇降口から校舎内に入る。この部室棟には、野球部から文芸部まで、ありとあらゆる部活の部室が集まっている。元々普通に学校として使われていた校舎を部活専用も同然で使用しているため、吹奏楽部が音楽室をまるまる一個使ったり、生物部が専用の研究室をもっていたり、ウルトラミラクル級にボロいことを除けば都立高校の中ではダントツの贅沢さを誇る。この豪華な部室棟を求めて拝銑高校に入学する者も少なくない。なんだかんだ言ってもこのボロ校舎はこの高校の発展に一役買っているのである。

ネットボール部の部室は1階の廊下をすこし歩いた所だ。蛍光灯がいくつか切れている廊下を数浦さんに案内されて進み、僕たちは部室に入った。元々は教室として使われていたであろう広めの部屋に、ルームランナーやエアロバイクといった運動器具に、ロッカーや机、洋服タンスなどが並べられている。床はピンク色の絨毯で覆われ、壁には昨年度の都大会に準優勝したときの賞状が飾られていた。ここも当然のように天井の蛍光灯が切れているのは、もはや不思議とは思わなかった。

「ほう・・・ここが女ネボの部室かぁ。」

「そこの体育着フェチのバ会長、にやけてるんじゃない。気持ち悪いぞ。」

中では数人の部員が腕立て伏せなどの簡単な筋トレをしていた。数浦さんによれば、体育館のバスケットコートをバスケ部と一日交替で使用しているため、今日は部室で自主トレーニングの日なのだとの事だ。

「あ、数浦センパイ。例の探偵さんを連れてきたんですか?」

僕らに気がついた1年生の部員が腹筋運動を止め、駆け寄ってきた。運動部特有の日に焼けた肌に、『HAIZUKU H.S』と書かれた黒いユニフォームを着ている。、

「ええ、例のポルターガイストの件で相談を。」

「やっぱりですか。あの現象、ホントに困りましたもんね・・・。」

 そう言うと後輩は僕と彼女の方を向き、言った。

「初めまして!1年1組の辻原と申します!」

「ああ、どうも。よろしくー。」

僕はそう答えた。この子かわいいじゃないか。健康的ショートヘアの後輩キャラは大好きだぞ、いいぞ、もっと顔を近づけてくれ、んで突然地震でも来て顔と顔がくっついてしまえ、


あわよくばそのまま押し倒してしまえ、そんでその瞬間にひとめぼれしてぼくたちがかえったあとにこっそりあとをつけてきてかえりみちでせんぱいぐうぜんですねいっしょにかえりませんかとかいってきてあるいてるうちにとつぜんてをつないできてそのあとなんだかんだでこいびとどうしになってしまえ、うん。



僕がそんな事を考えている内に、“彼女”の方は数浦さんに連れられて部室内の調査を始めていた。

「スチール製ロッカーが二十台と本棚が二架。木製タンスが三棹とその他諸々・・・全部合わせるとかなりの重さだな。これが全部動いたのかい?」

彼女がたずねた。

「ええ、日によって動き方に差はありますが、酷いときには全部ひっくり返っていた事もありました。」

数浦さんが答えた。たしかに、家具には全体的に傷跡がついている。

「うーむ・・・」

彼女が人差し指を口に当てる。視線が部室全体をなめるように移動している。きっと彼女の頭の中ではこの部室に関するありとあらゆる情報を分析し、思考しているのだろう。そして数秒の沈黙の後、不意に壁を指さし、言った。

「この穴はなんだい?」

そこには、まるで釘をさした後のような穴がいくつも開いていた。

「ああ。その穴は、ポルターガイストが始まって数日後に、家具を動かないように固定する目的で開けたんです。もっとも、効果は全然ありませんでしたが・・・」

数浦さんが残念そうに答える。たしかにその穴は、刺した釘を強引に抜いたかのように乱れていた。つまりはよっぽど大きな力で家具ごと引っ張られたのだろう。

「ん・・・この穴、何か違和感があるなぁ。」

彼女が言った。

「違和感、と言うと?」

僕は聞いてみた。

「いや、詳しくはまだわからないんだが、どうも何かおかしい気がするんだ。なんだろ・・・」

彼女がまた人差し指を口に当て、うーむと唸った。僕はもう一度その穴を見てみた。直径五ミリ程度の、何の変哲もない釘穴だ。特に不審な箇所は無いように見える。

「考えすぎだろ。なんもおかしくないただの釘穴だぜ?」

僕はそう言ったが、彼女は納得できない様子だった。まったく、天才の考える事はわからない。

僕はふと下に敷いてある絨毯を見てみた。ぱっと見た所は綺麗で、どうやら新品のようなのだが、所々に家具を引きずった時にできたであろうほつれや破れ、黄ばみがあった。

「ひどいなぁ。ポルターガイストのオバケってやつは。こんな新品の絨毯をめちゃくちゃにするなんて。」

僕はそうつぶやいた。

「新品?」

それを聞いた彼女がこちらを振り向いた。

「ああ、この絨毯、新品だろ?」

僕の言葉を聞いて、彼女は視点を足下に移した。

「たしかに新品みたいだな・・・この材質、ナイロンか。だとしたらやはり耐摩耗性を考慮しているわけか・・・しかし運動部の部室としてはすこし不適合な気がするな・・・」

彼女がその場にしゃがみ、ブツブツとつぶやく。一見すると不気味だが、こいつが変人なのはいつものことなのであまり気にならない。僕は気にせずに筋トレしているかわいい部員達の観察に入ろうとした。しかし、不意に彼女が叫んだ。

「まてよ?新品のナイロンだって!?」

その声に、僕を含めた部室内の全員が振り向いた。

「ど、どうしたんですか急に!?」

辻原さんが彼女の変人っぷりに若干おびえながらたずねた。

しかし、彼女は辻原さんには返事をせずに、その場から立ち上がると、スタスタと部室の壁際へと歩いて行ってしまった。不思議に思った部員全員が、彼女の後を追う。彼女は壁際に座り込むと、絨毯の端を思いっきりめくった。

「やっぱりな・・・」

めくられた絨毯を見て、彼女が怪しい笑みを浮かべる。

「やっぱりって・・・何かわかったのか!?」

「いや、あくまでまだ推論の段階だ、根拠も少なすぎる。不確定な情報を無闇に教えると無用な混乱を招きかねない。」

彼女はそう言って立ち上がる。しかしその怪しい笑い顔は、既に事件を解決したときのそれに近いものになっていた。

「それより会長さん。一つ聞きたいんだが・・・」

彼女が瞬時に普通のまじめ顔に切り替え、言った。

「明日の夜、空いてるか?」



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