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僕と彼女の探偵日記  作者: ポン酢
序章 『恋文とオレンジジュース』 
1/17

~僕と彼女とEメール~

「犯人はあなただ。」 

探偵小説の主人公のように、彼女は高らかに告げた。

僕の目線が、彼女の指差す方向に向かう。その指の先には、はげ頭を光らせた校長が、額もとい頭全体に汗を浮かべていた。この事件、『校内連続恋文暴露事件』の犯人がまさか校長先生だったとは、しかし何故校長が? 僕は疑問だった。

「おいおい、冗談はやめてくれ。一体何故私が犯人だなんて言うんだ、君は。」

校長が若干言葉をどもらせながら言った。

「確かに、清い学び舎の長であるあなたを犯人と疑うのは失礼でしょう。しかしそれがいわれの無いものだったら、です」

 彼女は確信を言霊にのせる。

「事件の始まりは、今年の五月、ここにいる雨宮樹理さんが携帯電話で恋文・・・早い話が告白メールをある人物にむけて送信したことでした。ですが、この恋文は意中の人物に届くことはありませんでした。あまつさえ、その内容が張り出されるという、許されざることが起きたのです。

彼女が、長い台詞を話すときの癖で、ふぅっと息を吐いた。

「この時点での謎は二つ。犯人は誰なのか、そして、犯人はどうやって樹理さんのメールを受信したのか、です。」

 僕は、彼女の言葉にうなずいた。たしかにそれは、僕がこの事件に巻き込まれた時から謎だった事だ。

 「しかし、その謎はすでに片付いています。もう一度言います、犯人は貴方ですね?松木校長!」

 彼女はもう一度、先ほどよりも更に格好をつけ、その台詞を言った。

「貴方は常々こう言っていた、校内の風紀が乱れていると」

「だからなんだって言うんだ? 乱れていたことは事実だ」

 校長は顔をしかめつつ言う。

「確かに、この学校の風紀が乱れていたのは事実と言えるでしょう。その問題に関しては、生徒会書記である私も重く考えていました。少なくともそこにいる生徒会長よりは。」

彼女がぼくの方を向いていった。大きなお世話だ。会長より書記のほうが優秀なのは前からだろう。

「それで、何が言いたいんだね?」

 校長は更に不機嫌そうな顔をしてはき捨てる。彼女は反対に不敵な笑みを浮かべている。

「先生気に食わなかったんじゃないですか? 他のだれよりも」

 校長は顔を引きつらせながら、何の根拠があって…と再びはき捨てる。

「・・・まあ、実はわたしも、最初は校長の事なんてみじんも疑っていませんでした。しかし、恋文暴露事件の“トリック”を考えた結果、あなたを疑わざるをえなくなったのです。そして、モチロン証拠も発見しています」

 彼女が、小さなウエストポーチを取り出した、彼女がいつも大切なものをいれるのに使っているものだ。

しかし校長がこんな事件を引き起こしたころで、校長に何の得があるのだろうか。いかに風紀が乱れているといっても、そこまでするほどではないはずである。教育者としてならば尚のことだろう。それとも衝動的なものなのだろうか。…僕には校長の動機がさっぱりわからない。

「だ、だったら、その証拠とやらを見せてみなさい!」

校長が絶叫した。わかりやすい人だ。

「その前に!」

彼女が校長の叫びを制す。

「この証拠を見せる前に、この事件のトリックを説明する必要があります。」

彼女が、ブレザーの胸ポケットから手帳を取り出す。

「わたしがこのトリックの可能性に気がついたのは、事件の被害者たちの、とある“共通点”に気がついた時でした。実は、彼女たちがメールの送信に使っていた携帯電話はすべて・・・」

彼女は一呼吸おき、そして話し出した。

「フューチャーフォン。いわゆるガラケーだったんです。」




ガラケー? あのパカパカ開くやつか。スマートフォンが主流の中で少数派となりつつある。事実生徒会は僕を除いてスマホだ。

しかしガラケーが仕掛になるような証拠とは何だろうか。

「当初この共通点は、事件のトリックを推理する上で障害でした。もし被害者たちが使っていたのがスマホだったなら、今話題の遠隔操作ウイルス・・・とまではいかなくても、メール傍受アプリでもバックグラウンドで起動しておけば簡単にメールを傍受できますから。しかし、実際にはガラケーだった。わたしはこの点にとても悩まされました。しかし、彼女たちの携帯を詳しく観察していて、あるもう一つの共通点に気がつきました。そしてこれこそが、事件を解決するカギだったんです。」

ここまではなした後、彼女が不意にこちらをふり向いた。

「おい、そこのダメ生徒会長。お前のケータイ、機種番号は“SH0101”だろ?」

ぼくは予想外の質問に一瞬面くらったが、ポケットからケータイを取り出し、確認した。

「ああ、たしかにそうだけど、それがどうかした?」

「よろしい」

彼女はにやりと笑みをうかべ、校長の方をむき直した。

「技術の進歩と時代の加速。新たな概念の出現。その狭間に残されたあわれな存在・・・」

彼女がうつむき、おかしなセリフを述べる。そして、そこにいる全員に向けて言った。

「皆さん、“WI-FIケータイ”って知ってますか?」





「えっと…WI-FIケータイってなんだ?」

僕はワイファイ? ケータイなるものを知らなかったので、彼女に質問した。

「はぁ…そんなことも知らないのか」

 うれしそうな顔で僕をあざ笑った。

「まあ、ある意味知らなくても無理はないでしょう。ガラケーからスマートフォンに市場が転換する間のわずかな期間にのみ発売された上、ユーザーでさえその機能の存在を知らない場合すらあるような代物ですから。」

彼女は説明を始めた、その顔は、いつも生徒会室でうんちくを語るときのそれよりもさらに楽しそうだった。

「ワイファイケータイには、もれなくWI-FI通信という機能が備えつけられています。これは簡単に言えば、普通の通信ではなく、既存の無線LANからメールの送受信やインターネットが楽しめるサービスのことです。若干使い勝手が悪いことや、インターネットに接続された無線LANスポットが必須となる事、そもそも必要性が薄い事などから、あまり普及しませんでしたが、被害者たちはもれなくこの機能を利用していた。なぜか・・・」

彼女がまたふり向く。

「おい、お前わかるか?」

「そりゃ便利だからじゃないのか?」

 しかしこの場だれもかれも、彼女の話にくぎ付けである。

 本当に名探偵のようだ。彼女はホームズで僕はワトソンだろうか、それにしては品がなさすぎるが。

「あのなぁ・・・さっきも言ったけど、WI-FI通信は機能性にかけるんだ、要するに非常に使いにくい。」

 彼女はヤレヤレというポーズをした。悪かったな。

「彼女たちがこのサービスを利用していた理由、それは簡単。普通の通信と比べて通信料がきわめて安いからです。参考までにA社の場合、通常の通信回線を使用した場合のパケット料金が月5600円。それに対しWI-FI通信は月515円。アルバイト禁止のこの学校に通う身としては、5085円の差は極めて大きい。そのため、多少使い勝手が悪くても、そちらを使う必要があった。しかし、さっきも言ったとおり、この通信を使用するためには、インターネットに接続された無線LANが必要です。本来は学校内ではこんな通信役に立たない。でも、この学校ではソレが可能だった、なぜか。それは・・・」

彼女がふぅっと息をはく。

「それは、この学校が都の都立高校ICT計画に参加していたことに起因します。簡単に言えば、学校の授業に近代的な技術を取り入れようというものです。」

「パソコンやらPDAとかか」

「そうだ」

確かにうちの学校は最新のIT製品が備品として、多くの団体に支給されている。

文化祭の時PDA を操作していたら、中学生時代の友人である鹿山に驚かれたものだ。

しかし、これで僕にも話が読めてきた。

「そして、その計画の一端として、各教室にはプロジェクターと、ソレを操作するためのタブレットパソコンが設置されています。各教室にある邪魔な金属の箱がソレです。

そして、それらや教員用PCをリンクさせるために、校内には専用の無線LANが張られているんです。そして犯人、いえ、校長が目をつけたのがこれでした。

ここまで言えば、おおよそ察しがついたでしょう。校長は、“校内業務用無線LANを通してメールを送信させる事により、送信を阻止、傍受することで、ラブメールを手に入れた”んです。」

 その瞬間校長がさけんだ。

「そんなことあるわけがないだろっ!」

 僕は失笑してしまう。

 校長が続けて、こんなに必死に否定しては自供しているのと代わりはない。

「だ、大体、私がした証拠がない!」

そう、確かにこれだけでは状況証拠にすぎないあくまで、「できる」であって「した」ではない。

しかし、彼女は勝ちほこった顔をくずさずに言った。

「たしかにそうです。これはあくまで状況証拠、確実な決め手はない。でもね先生。さっきも言ったとおり、もう証拠は出来上がっているんです。」

校長が目を見開く

「じゃ、じゃあ見せてみろ!その証拠とやらを!」

「いいでしょう!」

彼女は右手に持っていたウエストポーチを開き、中からPDAを取り出した。文化祭の時に配られたものだ。一台紛失したとおもっていたら、こいつが持っていたのか。まったく。

 「校長。知っていますよね?インターネットも無線LANも、この学校の至る所に通っています。各教室にも、職員室にも、モチロン校長室にも。そして・・・」

 彼女がふうっと息をはく、何かを語るときの彼女の癖だ。

 「生徒会室にも。」





彼女がPDAのメールアプリを開いた。

「会長のアドレスで実験してみましょう、す、き、で、す、っと送信しますね」

 全くひどいやつである、僕だからいいものを。

 僕はケータイを確認する。まだ受信アイコンはでない。

 その時だった。

 

ピロ・・・ピロ・・・ピロ・・・

 

校長の胸ポケットから、着信音が鳴り出した。

校長の元々こわばっていた顔が、さらに強ばった。

「まさか・・・どうして!?」

「やっぱりそうだったのかー」

彼女がニヤつく。

「実は、生徒会室の有線LAN経由で、ここ一週間の校内無線LANの通信ログを集めさせていただきました。少々の犯罪行為ではありますが、お許しください。

そして、その中で被害者たちの送受信メールのログを発見しました、しかし、おかしな事に彼女らのメールは直接インターネットには向かわず、都立高校ICTセンターのサーバーをUターンしてある一台のパソコンにむけられていたんです。おかしくありませんか?

そして、厳重なセキュリティで守られ、関係者ですら容易には操作権限をもらう事ができない東京都学校内LANシステムを、唯一自由に操作できる人物、それは・・・」

また一息。

「あなたしかいないんですよ。校長!」

僕は、彼女と校長の顔を交互に見た。どちらの顔も、まさに推理小説の犯人と探偵の雰囲気をかもし出していた。

「そしてもう一つ」

彼女がまたPDAを操作する。

「都立高校ICTセンターのセキュリティサーバーの中に、おかしなプログラムを発見しました。そしてそれは、『LAN経由で送信されたメールデータを読み取り、送信元アドレスと本文の内容を自動検知した上で送信先を操作、校長のパソコンおよびケータイに送る』という悪質なものだったんです」

場がどよめき、彼女が快感を顔に表す


「そして私は、そのプログラムをすこし弄らせていただきました。そう、このPDAから送られるメールを、送信先操作リストに登録したんです。」

「はい、コレがそうです」

彼女は画面を見せた、膨大な文字列が画面に表示されている。彼女はそのうち一つを指定して開いた。

「先ほどのメールですよね、コレ」

 時刻は一分前ほど、送信元アドレスはこのPDAのものに違いなかった。

「もちろんこのプログラムを書いた人間は、LANのログ及びIPアドレスから校長である事を確認済みです。」

校長は先ほどとは打って変わって、だんまりし続けている。

しかし、彼女の手際の鮮やかさに驚いた。いつの間にそんなことをしていたのだろうか。

「まぁ皆さん、この推理にも若干の疑問点はあるでしょうが、それに関する補足は後にしましょう。

 それより校長。」

 彼女が数歩、校長に近づく。校長のこぶしがわずかに震えているのが、ここからもわかった。

 そして、彼女が言った。

「あんたなんでこんな事したの?」




「お前らに何がわかるぅっ!」

 校長が少ない髪を振り乱して言った。

「ヘラヘラヘラヘラ……浮かれやがって! なんなんだ、貴様ら! 学生の癖に! 恋だの愛だの言いやがってふざけてんじゃねえ!」

「それはこっちの台詞だっ!」

 彼女は先ほどまでと打って変わって、幽鬼の様に暗い怒りを放った。

「お前こそ、その愛だ恋だの何を知ってるんだよ! 人の心を辱めて! アンタに彼等彼女のなにがわかるってんだ!」

静寂が部屋を支配した、皆が意外そうに彼女を見ている。それはそうだ今まで楽しそうに、時には冷ややかに事件の全貌を暴いた彼女が、一番腹立たしく感じていたのだから。





――――東京都立拝銑高等学校


この学校には、ホームズと呼ばれる女書記長と、ワトソンと呼ばれる男生徒会長がいる。

『彼女』は特徴的な黒い長髪をたなびかせその頭脳で次々に事件を解決し、『彼』は不本意ながらも助手として、『彼女』の後をついて回ったという。

これは、二人の男女が高校生時代の三年間に残した、数々の難事件の記録である。

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