1 魔女狩り
『1 水 』の別視点。あまり気持ちのいい話ではないと思います。
魔女狩り。
この国の統一宗教に反し、邪な考えに取りつかれた人間を浄化し、神のもとにたどり着けるよう正道へと導く神聖なる儀式。
誰だって心の中には明と暗がある。
些細なきっかけで、心を仄暗い闇に侵食され、魔の道に堕ちてしまった人間を魔女と呼ぶ。
『魔女』と言っても、魔の道に堕ちるのは女だけではなく男もいる。
ただ、女の方が多いからそう呼ばれているだけ。
教会はいつ、いかなるときも民衆を見捨てない。
それは魔の道に堕ちてしまった人間も同じ。
なぜなら全ての人は神の愛し子であり、神のもとに還るべき存在なのだから。
その人生の途中で何かを間違え、魔の道に堕ちてしまったのならば、教会はその者を見捨てず助け出さねばならない。
神の使徒として、神の愛をもって、その魔女の邪を廃し、神の愛し子として、そのもとに送り届けねばならない。
こんな下らない魔女狩りに、感謝する日が来るなんて思わなかったわ。
今日は私が告発した魔女の審議が行われる。 村の広場で行われるそれは審議という名の拷問。
広場には村中の人たちが集まっている。
その中心にいるのは私の友達……いえ、友達だった人。
今、みんなの目の前で裸にされて焼きごてをあてられ泣き叫んでいる。
ああ、かわいそうなエミィ。
でもあなたが悪いのよ。
私がコルトンのこと好きだって知ってたくせに、その心を奪おうとしたんだもの。
いつも村外れの家で怪しげな人形を作って町で売っていたエミィ。
小さな頃に親を亡くしてかばってくれる人もいない、交流があったのなんて私とその家族くらいのものだったものね。周囲から見れば私とあなたは親友同士に見えたはず。
私もそう思っていたわ。
だから話したんじゃない、私がコルトンを好きだって。 あなたは笑って応援すると言ってくれた。
信じてたのに。
私ね、このあいだ見てしまったの。
あなたとコルトンが木陰で抱き合っているのを。 ……親友に見える私があなたを売ったなんて、きっと誰も夢にも思わないでしょうね。
傷だらけのエミィ。
今度はムチで打たれている。
でも誰も助けたりしない。口を出せば今度は自分の番だとわかっているものね。
ああ、広場の向こうにコルトンがいる。彼も傷だらけのエミィを見ている。 彼は今何を思っているのかしら。
ああ、顔がにやけそう。
「コルトン……エミィが……」
悲しそうな顔で近づけば彼も苦しそうな顔をする。
「なんでこんなことに……」
ふふ、私が売ったから。
でもそんなの言わない。 首を振って悲しい顔をすれば、彼は優しく私の肩を抱いてくれた。
……優しい人。
エミィはきっと彼のこの優しさにつけ込んだんだわ。
嫌な女。
機械で関節を外されてようやく魔女であることを認めた。
もう日暮れも近い時間。 さっさと認めないから苦しむのよ。
広場には処刑用の大きな蓋つきの水瓶が用意されていた。
並々と注がれる水にほんの一滴垂らされ聖水。その中にエミィを沈めて蓋をすれば処刑完了。教会的には浄化かしら? ふふふ、あの絶望した顔。いい気味だわ。
教会の男の一人と少し言葉を交わして水瓶の中に入っていくエミィ。
あくまでも浄化は自分の意思のもと行われなくてはいけない。
火炙りなら点火を促すのは自分。
首吊りならロープの輪に首を入れるのは自分。
入水なら水の中に入るのは自分。
そう、自分で死を選ぶことで神に許しを乞うのだもの。
神様、私は魔女となったことを反省しています。あなたのもとにお連れください……なんて。
エミィの体が水に浸かってる。
そのぶん水瓶から水が流れ出す。
ははは。
肩まで浸かった。あと少し。
ははははあはははははは。
顔まで浸かった。
教会の男たちがすかさす蓋を閉めて上に大石をのせる。
あっはははははははははははははははははははははあはははははははははは!
水瓶が小さく揺れて。
きっと中でエミィが暴れてるんだ! 無駄無駄! 死んでしまえ! 死んじゃえ! 私の気持ちを知りながらコルトンを奪おうとした罰だ!
ああ、顔が弛んでしまいそう…… でもダメ、笑ってはダメ。 悲しい顔をしなくては。
隣を見ればコルトンは泣いている。
優しい人。
肩を抱くコルトンの力が強くなる。
……あなたは騙されていたのに。
あの女。
人の気持ちを裏切り弄びほくそ笑む嫌な女に。
でも大丈夫。
これからは私が癒してあげる。
大丈夫。 エミィさえいなくなれば全部上手くいくんだから。
しばらくして、水瓶の方からは一切音がしなくなった。
やっと死んだのかしら。
ばいばいエミィ、安らかに。
教会の男が水瓶を指して一晩誰も近づかないように言った。 そして村人たちに解散を宣言する。
私とコルトンもゆっくり広場を後にしようと歩き出した。
でも。
「お待ちなさい」
教会の男たちの一人が私に声をかける。
振り返ると、彼はとても加虐的な笑みを浮かべていた。
「先程魔女は言いました。『私は魔女の集会に参加し、魔女となりました』と。けれど、彼女は浄化される寸前にこうも言いました。『私がどうして魔女の集会に参加したことを、告発者は知ったのでしょう。あの場には私たちしか居なかった』と」
うそ。
「『告発者は本当に人間か?』と」
うそうそうそ。
「『告発者もまた魔女ではないのか』」
うそうそうそうそうそうそうそうそうそ!
「あなたもまた、審議の必要があるようだ」
ニィィィィィィ…… 頬が裂けそうな程に笑う男。
コルトンの腕が私から離れていく。
「ち、違う、私は……」
違う。私は違う!魔女じゃない!
「告……発……者……? きみ、が……きみがエミィを?」
違う、ちがうのコルトン!
「私、は……」
「そうです。彼女は、親友が魔の道に堕ちていくのを止められないと泣いて教会にやってきました……魔女集会に参加しているのを見たと」
声がでない。 喉がいたい。 違うの、だって私は…ただ、ただ!
「きみが、エミィを……」
離れないで! 私はただあなたと一緒にいたかっただけ!
「ち、違……」
「違うかどうかはこちらが判断します」
ニイィィィィ……嫌な笑みを張り付けて、教会の男たちは私をとらえる。
「なに!? 放して!」
「解放して差し上げますよ? ……疑いが晴れれば」
気持ち悪く笑う。
ふざけるな、ふざけるな! エミィ、なんてことを!
「違……助けて、助けてコルトン!」
「きみ、が、エミィを……エミィ……!」
涙をながし続けるコルトンは、まるで私を見ようとしない。
違う、こんなはずじゃない……こんなはずじゃない!
「審議は明日の朝にしましょう。審議前に逃げられては困りますので本日は我々と共に過ごして頂きます。連れていきなさい」
そういって嫌な笑顔を浮かべた男に私の体はいく引きずられていく。
いや。 死にたくない! だってこれからなのに! 邪魔者はいなくなったのに!
いやいやいや。
コルトンお願い助けて! そんなところで泣いてないで助けてよ! 助けて!
これから、これからなのこれからはじまるのこれからなのこれからなのよいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けていやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいややいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや
「逃げられませんよ。」
絶望のなか、男の声だけが頭に強く響いた。