7 裏話 10
引き続き『7 魔女話7』の彼視点です。
窓から夕暮れの赤い光が差し込む頃、小さく唸りながら彼女は起きた。
「……ぅぅ」
「あ、起きたか?」
彼女の顔を覗き込めば驚いたような顔をする。
ん、どうした?
「……なんで……ここにいるんだ……?」
起き抜けの一言がそれ。
おまえが寝てる横で邪心と戦って打ち勝った俺に言う一言がそれ。
おまえほんと次やったら襲うからな!
……じゃ、なくて。
「お前それはいくら何でも酷いだろ、俺今日の午前中はすごく売り上げに貢献したはずだ! あんなに頑張ったのに……」
お兄さんは悲しい。
――感謝――疑問――
何だよ? 何が不思議なんだ?
「……どうした? 寝ぼけてんのか?」
「……いや、大丈夫だ」
「ほんとか?」
「ああ」
彼女が頷くと、その肩からタオルケットが落ちてしまった。
「あ、それ……俺に掛けてくれたろ? ありがとな……あと、ボタンも」
そう言って自分のシャツの袖を指せば、彼女はイタズラがバレた子供のような顔をする。 拗ねたような残念がっているような、でもどこか嬉しそうで。
髪の毛を括っているお陰で表情がハッキリと見える。
言ったら、たぶん恥ずかしがって髪の毛を降ろしてしまうから、言わないけど。
彼女の足元に落ちてしまったタオルケットを拾い上げ、作業台の上に置いて立ち上がる。
「じゃ、俺そろそろ帰るわ」
名残惜しいっちゃ名残惜しい。顔の隠れていない彼女なんてもう見れないかもしれない。
でもお兄さんはこれ以上ここにいるのは限界です。
「あ、ああ……」
掛けていた椅子から立ち上がり、入り口へ歩いていくと、彼女も慌てて立ち上がり入り口扉の方に駆け寄る。
「戸締まり、ちゃんとしろよ?」
「……わかっている」
俺が帰った後に開けっぱなしになっていては困る。彼女も子供ではないから分かっているだろうけど、それでも心配なものは心配だ。
彼女の指が扉の鍵にかかると、いきなり動かなくなる。
おい、どうした?
――羞恥――
本当にどうした?
……ははーん、さては今さら思い至ったな? 自ら招き入れた男と二人きりの場所で鍵をかけてしまった、その行為の危うさに。
反省しろよ? 今ここにいるのが俺じゃなかったらどうなってたか。気を許してくれるのは良いけど、もう少し考えような?
これを機に思う存分反省すると良
「……ありがとう」
……え。
「ん、何が?」
さっぱりわからない。
「いや、心配をかけたのだろう?私が……」
――感謝――
心配? 心配って何だ? 『私が……』の後を言ってくれなきゃ分からん。
昼飯食べて以降、俺は基本的に煩悩の塊だったはずだ。
その煩悩に打ち勝ってくれてありがとう、か?
いやいや、そんなに鋭い子なら俺は今ごろ苦労してない。
大体、俺が悶々してる間、彼女はずっと寝てたし。
『ありがとう』は薬膳茶の売り上げに貢献してくれてありがとう?
でもそれだと、その後の『心配をかけたのだろう?』に繋がらない。
心配って何だ。全然わかんねーや。
わかんねーけど取り合えず。
「『心配してくれてありがと、クロムさん』って言い方でもう一度お願いします」
言ってもらえるなら、そっちの方が良い。ついでに名前も呼んでもらおう。
――拒否――
「なんだよ睨むなよ……言ってる内容は一緒だろ!?」
「……却下だ」
「ちぇーっ」
良いじゃんか少しくらい良い目を見せてくれても。 今日は俺頑張ったじゃん、本当にいろんな意味で。
……まぁ、いいか。今日のところは顔が隠れていない彼女を見れただけで良しとしよう。
「じゃ、あ……」
帰ろうとして思い出す。少し聞いておきたい事があるんだった。
「そうだ、おまえ嫌いな野菜ってある?」
「いや、特に無いが……」
ああ、それは良かった。
「この間近所のケーキ屋で、野菜を使ったケーキや焼き菓子を売っててさ……ニンジンとか玉ねぎとか芋とか……今日買ってこようかと思ったけど野菜食えなかったら嫌だろ? だから……」
「食える、野菜は何でも好きだ」
――嬉々――
食い付き良いな、おい。
「……っはは、わかった。次はそれ買ってくるわ」
「次は……いつ来るんだ?」
呆れるほどに嬉しそうな、好奇心と興味に満ちた顔。
「……おまえ……ほんと…………まあいいか」
甘いもんばっか食ってたら太るぞ……いや、少し痩せてるから、ちょっとくらい太った方がいいか。
次に来れる日を伝えれば、何故か身構えながら、少しだけ笑って彼女は言ってくれた。
「わかった、待っている」
店の外まで出てくれた彼女は、そのままこちらの姿が見えなくなるまで見送ってくれる。
途中振り返って手を振れば、小さく手を振り返す。
いつか怪我をした彼女をこの店に送り届けた時もそうだった。
たった一つ違うのは、キョロキョロ周りを見回さなくなったこと。俺が手を振っている相手が自分であるということを、彼女自身が知っていること。
一体いつからだったか忘れたけれど、それが当たり前になった。
次に来る約束をしたのは初めてだ。いつも勝手に来てたから。
野菜のケーキなんてのも結構楽しみにしてるみたいだし。 彼女が胸踊らせて待っているのが、俺ではなくケーキというところが少し泣けるけど。いや、あまり考えないようにしよう。
こうやって次に来る約束をするのが、そのうち当たり前になっていくんだろうか。
そうだと良い。
そうなったら嬉しい。
じっと我慢の子であった。




