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魔女話  作者: ゆきむら
裏話
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7 裏話 9

『7 魔女話7』の彼視点です。

「薬膳茶は完売だ、今日はもう店をしめるから帰れ。これ以上居座るなら、営業妨害で訴えるぞ」



 その迫力たるや、年期が違う。

 そんじょそこらの小娘ちゃんなら、びびり上がってしまうだろう。 かく言う俺も少しびびった。



 退院から約三ヶ月。

 アバラが完治した祝いにやって来ました薬屋に!

 あと一ヶ月もすれば事務方から元の部署へ戻れることも決まり、大満足。 一ヶ月くらいなら頑張れるよ俺。


 彼女に店に来るなと言われてから今日まで、怪我が完治するまではと我慢の日々……



 それを乗り越えて、病院の先生に完治の診断書を貰ったのが十日前。

 診断書を事務方の上官に示して、移動願を出したのが九日前。

 あの手この手で事務方の人達に引き止められたのが八日前。

 移動願を目の前で事務方の上官に破られたのが七日前。

 新しい移動願を、事務方の上官と元部署の上官に提出したのが六日前。

 事務方の上官に泣きつかれ、元部署の上官に喜ばれたのが五日前。

 正式に移動願が受理されたのが四日前。

 仕事終わりに事務方の上官に飲みに誘われ、色々な話を聞いていたのが三日前。

 事務方の上官に、次の休みに娘と見合いをしてくれないかと頼まれ、断固拒否したのが二日前。

 ワクワクしながら明日を待っていたのが一日前。



 そして迎えたこの日、カップケーキを買って薬屋を訪ねた。


 薬屋の扉を開けた瞬間は驚いていた彼女も、ケーキの箱を見せれば嬉々として迎え入れてくれる。

 こいつが待ってるのはいつでも俺じゃなくて甘味だよな。うん、知ってたけどさ。

  本当は、同じケーキ屋に売ってる野菜ケーキってのを買ってみようとも思ったけど、彼女に好き嫌いがあったら困るからやめた。


 伝家の宝刀『営業妨害で訴える』を駆使した彼女は強い。何より、お客の子たちの中には俺が普段はどこで働いているのか知っている子もいて、みんなわりと聞き分けよく帰っていった。


 客が居なくなるや否や、『今日は店じまいだ』と表の看板を閉店表示にして店の入り口に鍵をかけてしまう。

 ……おいおい。他意はないんだろうけど、そんな事を迂闊にするな。お兄さんはこれでも立派な成人男性なんだぞ。……ああ、何だよ……露骨に意識されてないじゃん……泣きそう。


「…………久しぶりだ……この疲れ方は……」

 様々な意味でな。


「毎度すまないな……」


 ……別に謝られるようなことじゃない。 予告なしに勝手に店に来て居座ってるのは俺の方だ。彼女の行動に傷ついてるのも俺の勝手。 本当に、彼女が罪悪感を感じるようなことはない。

 気にするなと伝えれば、彼女は何かを考えながら『しばらく待っていろ』と言って店の奥に消えて行った。


 しばらくって、どれくらい? 一人ぼっちは寂しいじゃないか。



 客のいない店内を見回せば、相変わらず綺麗にしている。 真正面には店の扉。この位置から扉を見る日が来るなんて、初めて来た時には思いもしなかった。

 彼女の手で閉められた扉の鍵を睨み付けて、少しだけ思い出す。



 いつしか常連になって、顔を会わせれば『軟膏か?』と聞いてくれるようになって。


 怪我をした彼女を家に送り届けたあの日、彼女に少し興味をもった。


 それから、じいさんに様子を見てやってくれと言われて薬屋に顔を見に行って、短い挨拶を交わして。

 怪我の具合を聞いた時は平然と『平気だ』と言った彼女が、貰った薬膳茶の礼と感想を言った瞬間、動揺しはじめた。

 照れたり、喜んだり。

 途端に薬師から、ただの女の子に変わった。


『怪我の具合はどうだ』なんて、白々しく用事もないのに何度も店を訪ねて、彼女の隣に勝手に座って。  


 最初は 何かを話しても相槌くらいしか返してくれなかった。

 そのうち一言二言返してくれるようになって。その言葉が妙にズレていて。目の前にいる彼女の感情が目まぐるしく変わっているから、きっと考えるだけ考えた末に出した言葉がそれなのかと思えば、吹き出しそうになることもあった。


 薬を求めてやって来たお客さんに対しては真摯に接して、いつだって怪我や病気の人の事を心配している。

 相手が店を出ていく時の『お大事に』の言葉はいつだって温かくて心地良い。

 お客さんの子供を睨み付けて何を考えているんだと思えば、流れてくるのは紛れもない子供への好意。可愛いと思っていても、それを素直に表に出せないから結局相手を怖がらせてしまう。落ち込んだ彼女の代わりに子供をあやせば、羨ましそうにこっちを見てきたり。あの怖い愛想笑いで泣かせた子供は数知れず、だ。


 その言葉にはいつだって、嘘がない。言葉遣いは悪いけど、素直で優しくて面白くて、傍にいるのが心地良い。

 長い髪の毛の奥でコロコロ変わっている表情を知って、彼女の知らない癖を見つけて。来るたびに新しく彼女を知るのが楽しかった。


 彼女の怪我が治ってからは、甘いものの差し入れを理由に。そのうち甘いものは訪ねる理由にならなくなって、俺が勝手に来たいから来るだけになった。彼女が喜ぶから甘味も持ってくるけど。


 ただの興味や好奇心は単純な好意に変わって、異性として意識してしまえば後は早かった。

 彼女について知りたいことは増えるし、知ればそのままに好意に変わる。これまで恋愛したことない訳じゃないのに、焦るような、急ぐような不思議な感覚を知って。

 誰よりも傍にいたくて。


 彼女に待ってる人がいるのは知ってる。

 けどさ、どんなに懐かしく思っても、その人は帰って来ないじゃないか。 今ここにいる俺を、もう少しだけ見てくれないか。


 大切な人を忘れろなんて言わない。

 ただ少し。ほんの少しで良い。


 昔の事に囚われず、前を見てくれないか。

 俯かないで、その顔を覆う髪の毛を掻き分けて、前を向いて。


 その目を見て話したいのは、過去の話ではなく、これからの話。




「すまない、待たせたな」


 彼女が店の奥からお盆を持って帰ってきた。 お茶をいれるだけなのにわりと時間かかったなと思えば、彼女の持っていたお盆の上には想定外のものが乗っていた。

 

「昼食だ……簡単なもので悪いな」


 そう言って彼女が差し出してくれたのは、ハムと野菜とチーズと炒り卵の挟まれたパンを焼いたもの。

 

「……………………」

「口に合うかは分からないが、よければ食べてくれ」


 昼食に、と彼女は言う。


「……これ、おまえが作ったの?」

「ああ……有り合わせで申し訳ない」

「いや、とんでもない」

 とんでもないぞ。大誤算だ、良い意味で。朝から来て薬膳茶売って良かった!


「いただきます」


 そう言ってありがたくいただく。 まさか手料理が食べれる日が来るなんて思わなかった。簡単なものだろうが、関係ないね。俺のために作ってくれたなんて嬉しいじゃないか。

 ゆっくり大事に味わいたいけど、そこそこ腹も減っていて。同じものを隣で食べている彼女に感謝しつつ、用意された昼飯はペロリと平らげてしまった。

 持ってきたケーキも食って、腹もふくれて大満足。


「ありがとう、ごちそうさま……昼飯、旨かったよ」


 カップにお茶を注いでくれる彼女に礼を述べる。


「おそまつさま」


 ――安心――


 そう言って恥ずかしそうに俯く。


「……この感じも久しぶりだなぁ」


 カップの中から漂うのは、どこか懐かしい香り。日頃の疲れを癒してくれる、落ち着いた香り。

 そう言ってカップの中身を一口飲んでは息を吐いた。


「あー……落ち着くなぁ……」


 口の中に広がる香りが、そのまま身体中に染み渡る。

 ……思った以上に体から力が抜けてしまった。

 彼女が作った料理を食べて、甘いものも二人で食べて、いれてくれたお茶が美味しくて。 それでこれだけ幸せを味わえる。

 好きな子が優しいだけで幸せだなんて、我ながら単純だとは思うけど。


 ――懐古――



 ……またか。

  彼女が何かを懐かしんでいる。こういう時は大体師匠がらみだ。


 おい師匠。

 この店に帰ってこないなら、せめて俺がこの店にいる間は、彼女の頭の中からも出ててくれないか。


 彼女が懐かしそうに、少しだけ口元を緩めるのを、結局見ているだけしか出来ない。

 それがもどかしい。


 俺の幸せ気分返せ。



「……おまえさぁ……」


 おまえを好きだと言った事のある男の前で、他の男の事考えるってどういう事だ。



「……何だ?」

「……や、何でもない」


 それだけ言ってカップを作業台の上に置き突っ伏した。


 正直、嫉妬してますとも。

 いつだって、いつまで経ったって彼女は師匠を待ってるように見える。

 彼女にとって師匠というのはどういう人だったんだろう。

 口では悪く言ってるけど、いつも懐かしそうに話す彼女の口元は、少しだけ笑っていて。





「……おい……」

 ちょっと今は顔あげられない。俺は好きな子の前なら少しくらいカッコつけたい方なの。嫉妬してる顔なんて見られたくない……って、女々しいな。

 ああ、でもいきなり突っ伏してしまったから、彼女が心配してる。ちゃんと顔を上げて大丈夫だって言わないと。

 別に体が辛い訳じゃないんだ。安心させてあげないと。


 少しだけ顔を上げようとしたその瞬間、彼女の細い指が首筋に当てられた。

 ……おい、一体何なんだ?


「……おい、寝ているのか……?」

 どうも脈を測られていたらしい。ビックリしたな、もう!

 今度は肩に手を当てられ少しだけ揺すられる。

 それでもそのまま突っ伏していると、しばらくして肩に何かを掛けられた。

 布……いや、タオルケットだ。


 ――心配――


 ああもう、これだから。



 これだから。





「……ふぁぁぁ……」


 観念します。隣に座っている彼女のあくびですら、可愛いと思ってしまう俺は重症だ。

 それはさておき、起きるタイミングを逸してしまった。

 動くに動けない。どうしよう。


 ――困惑――


 うん、おまえも困るよな、俺も困ってる。

 解決策は一つ、俺が起きた振りをすれば良い。 ごく自然に目をこすって『ごめん寝てた』 これでオッケー万事解決。

 嘘つくのは得意な方じゃないけど、彼女はわりと鈍感だから大丈夫。バレないはずだ。


 俺は起きるぞ、せー……


 ――興味――


 の、の前に隣に座る彼女がそわそわしはじめた。

 ……どうした、何に興味をもったんだ? そう思って薄目を開けて彼女の様子を見ようとしたら、いきなり俺の腕に自分の手を伸ばしてきた。


 え、何これ。


 そのまま少し俺の腕を動かして、こちらの顔を覗き込んでくる。


 え、ほんと何?


 寝顔に興味を持ちましたとかそういうヤツか? 

  ……どうしよう、起きて良いんだろうか、このまま寝たフリをしていた方がいいんだろうか。


 そう思っていると、彼女は立ち上がって店の奥に消えていってしまった。 ちょっと待て、俺を置いていかないで! 

 正直、動かされたこの手の行き場が分かりません。どうしたら良いんですか。



 起きるべきか寝るべきか、それが問題だ。


 悩んでいると、箱を持った彼女が戻ってきてしまったので、そのまま寝たフリ続行。

 ……何やってんの、俺。


 そのまま隣に座るのかと思えば椅子を作業台の向こう、俺の正面に移動させてしまった。


 何がしたいんだろうか。

 そう考えていると、さっき動かした俺の腕をもう一度移動させはじめる。 俺を起こさないように気を使っているのか、ゆっくりとその両手でこの手を握りながら。

 彼女のすぐ前に手を運ぶと、今度はさっき持ってきた箱の中を探り始めた。

 ……よく見えないな。


 何をしているのか気になるけれど、彼女の方を向くわけにもいかないし。 さてどうしたものかと考えていると、少しだけ服の袖、手首の辺りを引っ張られた。

 そして聞こえる小さな音。手首の方でパチンという音が何度か聞こえてきた。


 何をしているのかはよく分からないけれど、彼女の手が動くたびに俺の手を掠める。隣に座っている時よりも、ずっと近くに感じる体温。


 それに……何だ。

  なんというか、すごく距離が近いようで、その……手に、彼女の吐息がかかる。


 これは幸せという名の拷問ですか。


 これじゃ起きれないじゃないか。だって起きたらきっと彼女は驚いてしまうし恥ずかしがって離れてしまうだろ?

 このまま寝たフリするしかないじゃないか。


 ああもう完敗ですよ。

 嬉しいんだ。触れられるほど近くにいるなんて。


 彼女に『店に来るな』と言われて、しばらく。店に行きたいという欲求を我慢した甲斐があったと言うもの。


 今顔なんて見られたら、きっとニヤけているだろうから、慌てて顔が見えてしまわないように隠す。 その瞬間、彼女の手が強ばって動きを止めてしまった。

 寝たフリがばれたか?


「……」


 少しの間だけ手を止めると、彼女は黙って作業を続けた。いったい何をしてるのかすごく気になる。 並々ならぬ緊張感が彼女からは伝わってくるが……




「……ふぅ」


 結局俺には何も分からないまま、満足感をもって彼女は作業を終了した。

 俺の正面に持ってきていた椅子を隣に戻し、作業で使っていた箱を店の奥に持っていくのを見計らって、先程まで彼女が触っていた辺りを見る。


 ……別に、特に変わったところは……

 あ、もしかしてシャツのボタンか? 糸の色が他と少しだけ違うように見える。

 ボタン自体は他のと同じだから……取れかかってたのをつけ直してくれた、とか。そういえば午前中、お客の子に袖引っ張られたから、その時に解れたかな……


 さっき持ってた箱は裁縫箱か?



 店の奥から戻ってきた彼女は、またいつも通り隣に座って、満足そうにしていた。 そんな彼女から伝わってくるのは。


 ――懐古――


 また師匠か。

 ……同じ様な事したことがあるのかな。


 それとも全然違う事を思い出してんのかな。


「……ふぁぁぁ」


 小さなあくびをしながら少し疲れた様子で、彼女はそのまま椅子にかけて眠ってしまった。

 寝息が聞こえてきたところで、自分の体をゆっくりと起こす。ずっと同じ体勢でいたから体が痛い。


 少し体を伸ばすと、彼女が掛けてくれたタオルケットが落ちてしまった。 それを拾って叩き、改めて彼女が直してくれた服の袖を見る。


 ああ、やっぱり糸の色が違う。 間違いない、彼女はボタンをつけ直してくれたんだ。



 ……例えば、ここに座ってるのが俺ではない別の人間だったとしても、彼女は同じ事をするのだろう。 けど、どんな些細なことでも彼女が俺のためにやってくれたってのが嬉しい。




 それにしても、だ。


 ……前にもこんなことがあったよな。


 俺が話してる途中で寝てたりとか。

 人の話はちゃんと聞きなさいとかそういう話じゃなくて……俺男よ?

 今なんて、店に鍵かけた状態で二人きりな訳。

 なんでそんなに油断できるんだよ、もう少し自分が女だという事を意識してくれないと困る。

 それ以上に俺が成人男性であることを慮ってほしい。


 何度も好意は伝えてるのに、どうしてこんなに意識してくれないかな。

 小さく聞こえる気持ち良さそうな寝息に、少しだけ腹が立つ。


 襲うぞコラ。


 ……出来ないけど。嫌われたくないし。耐えろ俺。

 この我慢がいつか実を結ぶのだろうか? ……想像できない自分が憎い。



 叩き終えたタオルケットを彼女に掛け直す。

 その瞬間小さな声で唸るから、起こしてしまったかとも思ったが、そのまま気持ち良さそうに眠り続けていた。




 いつもは顔を覆っている長い髪は、一つにまとめて括られている。どうも作業するのに邪魔だったらしい。そう思うならいつも括っていれば良いのに。


 目を覚ます様子もなく眠っている彼女の顔を覗き込めば、その顔がはっきりと見える。


 あまり日に晒されない白い肌、少し短い眉毛に、目元を縁取る長い睫毛。高くもなければ低くもない鼻に、少し色づいた頬、薄い唇。

 美女と言うほど色気はないけれど、可愛いと思う。




 少し手を伸ばすだけ。それで彼女を抱き締められる。




 少し顔を寄せるだけ。それで彼女に口付けられる。



 けれど、それをしたとして。

 彼女の気持ちがこちらに向いていなければ、きっと全てが終わってしまうんだ。


 いつだったか、勝手に髪の毛に口付けただけで、顔を赤くして怒ってたんだから。




 ああ……それにしても、この寝顔。





 結局俺は彼女が目覚めるまで、理性という弱っちい武器を片手に、強大で邪な自分の心と戦う羽目になったわけだ。



残存MP:全体の18% で挑むボス戦。

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