7 裏話 8
『7 魔女話 6』 で、ちらっと出てきた、医務室で偶然会った日の話です。
「じーさぁん……栄養剤くれぇぃ……」
疲れた。
「ふぉふぉふぉ、またおまえさんかの」
しんどい。
「ダメだぁ……もうしんどい……向いてないんだよ事務仕事……」
アバラはもうほとんど治っているので早く元の部署に戻してほしい。
「……疲れている……のか?」
――心配――
「ああ、もう……ほんと疲れた……」
あれ?
「ふぉふぉふぉ、そう言うな。事務方の上官が言うとったぞぃ、よう働く若いのが来たとのう」
「……そうなのか」
あれれ?
「怪我が治るまでどころか、ずっと事務方にいてほしいと言うとったわい」
「……それは……良かったな……?」
全力で断りだ。 じゃなくて。
「……なんでおまえ、ここにいるの?」
しかも、じいさんと揃いの白衣着て。いつもは下ろしっぱなしの髪の毛も、後ろで緩く一つに結っている。
「……薬の配達だ」
あ、うん、そうだよな。理由はそれしか無いよな。 じゃなくて。
「なんでそんな格好してんの?」
いつもは黒い服しか着ないのに。いや、今日も黒い服来てるけど、何で白衣なんか着てるんだ?
「……先日、貴様の友人が店に来て……」
……友人? ダイスか?
「服装を改めるように言われた……『見てて暑苦しい』……そうだ」
……ロディの方だな。ダイスはそんなこと言わない。あいつめ……
「……けれど、私は黒い服しか持っていないから……先生にそれを話したら……これを」
そう言って彼女は羽織った白衣を指した。
彼女の方は白衣を着てご満悦のようだが、じいさんは少し不満に思っている。何でだ?
「これはこれで女医のようで良いんじゃが……わしゃこっちを着てほしかったのぅ」
「断る」
じいさんの近くに置いてある女性看護師用の白いスカートを見て、彼女は即答する。
ちょっと待てじいさん。そのスカートの丈の異様な短さについて、少し聞かせてもらおうか。
「悲しいのぉ……」
このエロじじい。
……まぁ確かにちょっと見てみたい気も……いや、しないしない! 俺は紳士だ!
本気で悲しむじいさんは放っておくとしよう。
それにしても、なんかいつもと少し違うだけなのに雰囲気出るもんだなぁ。
確かに女医……いや、急に大人びたように見える。
髪の毛だって、結っていると言っても顔にかかる長い髪を横分けにして、片目が隠れるようにしているから、いつもとそこまで変わらないのに。
「……」
無言で彼女は白衣を脱ぎ始めた。何故に!?
「何だよ、もう脱いじゃうのか?」
「……ああ、そろそろ帰る」
じいさんに、白衣と髪を束ねるのに使っていた紐を返すと、いつも通りの黒い服にいつも通り顔を隠して帰り支度を始めた。
「なんだよ、もう少し居ようぜ! 急ぎの用でもあるのか?」
俺が来るなり帰るなんて、つれないじゃないか。
「……いや、けれどずいぶん長居してしまったからな……先生、私は失礼する……その、白衣、ありがとう」
「ふぉふぉふぉ、まぁたいつでも着せてやるぞい……いっそこれを着て、ここで働いてくれると嬉しいんじゃがの」
『これ』と言ってじいさんが指差したのは白衣……ではなく、丈の短い白のスカート。
「拒否する」
頭の中に痛いほどに響く否定の言葉。
「ふぉふぉふぉ、残念じゃのぉ!」
懲りた様子もなく笑うじいさん。残念と言いながら諦めてないのが伝わってくる。
こら。
そんなじいさんをさらりと無視して、彼女は机の上に置いていた紙袋を俺に差し出した。
「……何? これ、くれんの?」
「ああ、貴様がさっき欲しがっていたものだ」
欲しがっていた……あ、もしかして栄養剤か?
「ありがたいけど……こんなにいっぱい?」
紙袋の中には何本かまとめて入っている。 この薬は一日一本まで、用法用量を守って正しく使いましょう……じゃなかったのか?
「ああ、持って帰れ……本当は先生に渡してもらおうと思っていたが……手間が省けた」
少し照れながらそんなことを言う。何これ愛を感じちゃうんですけど。期待してもいいですか。
「あと……」
少しためらいがちに、けれどきっぱりと彼女は言った。
「しばらく店には来るな」
………………………………は?
「いつもの軟膏は少し多めに先生に渡してあるから、必要ならそれを貰ってくれ……もし足りなければ、先生に言ってくれればここに預けておく」
……え。
「な、何でまた……急に?」
ちょっと舞い上がってただけに、突き落とされた感が半端ない。
「……休日は家で大人しくしているべきだと思う……だから」
――腹立――
ちょっと待って、待ってくれ。なぁ、何を怒ってんんだ? 今俺は話についていけてない。
「しばらく店に来るな」
えっと、だ。 つまり、だ。
「……聞いているのか?」
「あ、や、ああ……」
「よし……では、失礼する」
そう言って彼女は籠を背負うと医務室を出ていった。笑いながら手を振るじいさんに小さく手を振り返しながら。
「ふぉふぉふぉ、なんじゃ放心しとるのぉ……」
じいさんは笑いながら彼女が着ていた白衣と、彼女が着るのを拒否した服を片付けはじめた。
「じいさん……俺、今……振られたの?」
「……いったい何でそんな結論になるんじゃい」
「……だって今、店に来るなって言われた……」
初めてだ、こんなの。
前にも一度『付き合おう』って言って『遠慮しよう』って言われたことあるけど、あの時は俺の事を思いやって言ってるのが分かったから、こんなにショック受けなかった……けど、今のはガチだ。
なんかちょっと怒ってたし。
しかも怒ってる理由が俺にはさっぱりわからない。
でも、店に来るなと言うことは、つまりアレだ。
顔も見たくないってことじゃないのか。
「情けないのぉ……ほれ、とりあえずこっち来て座れ」
さっきまで彼女が座っていた椅子を指差す。 足取り重くそちらに歩いていけば、じいさんは俺用にコーヒーをいれてくれた。真っ黒なカップの中に少しだけミルクを入れてかき回す。
「さっきまで……嬢ちゃんとは、おまえさんの話をしとったんじゃよ」
俺の話?
「退院してから部署が移動になって、慣れない仕事で苦労しとるようじゃと言ったら心配しとった」
え、ちょっと何話しちゃってんの!? 恥ずかしい……別に苦労してないし、事務仕事が好きじゃないだけだし。
「前に店に来たときは元気そうに見えたが、怪我人に無理をさせた……と自分に腹を立てとったわい」
前って……ダイスとロディと一緒に行った時か。
いや、確かに少しだけ疲れたけど、あれは店に来た女の子達に圧倒されただけで彼女は関係ない。それに労ってくれたし、頭も撫でてくれたし、俺としては大満足の一日でしたとも。
……もしかしなくても、さっき怒ってたのは俺に対してじゃなくて自分に対して?
「……嬢ちゃんと椅子に座って話をするようになったんは、本当に最近の話なんじゃ……前は薬を置いて説明だけしてすぐに帰っとったわい」
「そうなのか?」
ずっと前から仲が良いんだと思ってた。彼女はじいさんの事も師匠と同じように慕っているから。
「最近は椅子に座って顔付き合わせて、わしの冗談に面白い反応をしよる……実にからかい甲斐があるわい」
「……否定はしないけどな……あんまりいじめないでやってくれ」
わりとすぐに拗ねるんだ。次会う頃にはケロっとしてるけど。
「何度、この医務室で働かんかと誘っても断られるのは相変わらずじゃがの……前はただ『店を続けたい』としか言わんかったんじゃ……てっきり居なくなったあの男を待っとるんかと思ったが……」
あの男……師匠か。
実際、彼女は師匠を待ってたんだ。いつか店の扉を開けて、しれっとした顔で帰ってくるんじゃないかって。
今はどうなんだろう? 最近は俺が店の扉を開けても落胆されるようなことは無いけど。
「最近は違うようでの……」
……え?
「楽しいんじゃと……あの店に人が来て、色々と話をして、症状に見合った薬を渡して。その客が『薬が効いた』と喜んでくれるのが嬉しいと言うとった……」
……楽しい?
「それだけでなく、最近は薬や茶を求めてやって来る客と雑談をするようになったとも言うとった。」
……ああ。
「前はあまり気にしていなかった他人の一言や表情に目を向ければ、これまでに得られなかったものが得られたような気がすると」
……これだ。
「今日も……見とったか? 嬢ちゃんに手を振れば、あの手を振り返しおったよ……前は黙って頭下げて帰るだけじゃったのに」
これが、俺が感じた彼女の変化だ。
「あの子が変わったのは、何が原因かは知らんが、おまえさんは無関係ではなかろうて」
そうかな……そうだと良い。
「そういえば……その栄養剤は、おまえさん用に特別に調合したらしいぞぃ? 肋骨を折ったおまえさんの為に、骨接ぎの妙薬を混ぜてみたとかでの」
……ああ、もう。
「おお、これは内緒にしといてくれと頼まれとったんじゃったが、言うてしもうた!」
あんたもあいつも。
「内緒にしといてくれんかの……?」
ふぉふぉふぉ……
何だよもう。このじいさん、ほんとは人の考えてること分かるんじゃねぇの?
「……じいさん」
どいつもこいつも優しいな。 嬉しいことばっかりだ。
「何じゃ?」
だから、ちょっとくらいしんどくても頑張れる。
「ありがとう……俺、すごい元気でた」
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