7 裏話 7
『7 魔女話 5』の彼視点です。
結局、ロディが面白がってからかうもんで、彼女は始終顔を赤くしながら戸惑うばかりだった。
ただ不思議と邪険に扱う様な事はせずに、答えられる質問には素直に答えていた。
何だろう、少し会わないうちに、本当に彼女は変わった気がする。
ほぼ初対面に近いダイスとロディに対して、鬱陶しがる事もなく相手をしている。以前の彼女なら、ずっと黙って話を聞くだけに徹するか、良くて相槌を打つ程度の返ししかしなかったはずだ。
現に俺がそうだった。最初は何を話しても相槌くらいしか返ってこなくて、めげそうになったもんだ。
それを考えるとちょっと悔しい気もする。
さすがに小一時間もすると少し疲れた様子を見せたので、ダイスは『まだ少し、もうちょっと』と言って残ろうとするロディを無理やり立たせて引きずっていく。
その際、ダイスは家で待つ愛妻にと薬膳茶を一つ購入。お土産にと言って金も受け取らずに渡そうとした彼女に、『迷惑をかけたから』と無理やり金を渡して帰って行った。
まいどあり。
「……悪いな、騒がせて」
「……いや……楽しい友人たちだな……」
驚いた。
そんなふうに言われると思わなかったから。だって騒がしいの苦手だろ? いつも店の中が騒がしくなると嫌な顔してたじゃないか。
基本的に嘘のつけない、ついたとしてもすぐ顔に出る彼女が、素直にそう言ってくれるのが嬉しい。
俺の友達とこうやって過ごした時間を、少しでも彼女が楽しいと感じてくれたなら嬉しい。
「……ありがとう」
何て表したら良いのか分からないけど。 今日の事だけじゃなくて、病院に来てくれたことも……何だろう、色々な事をひっくるめて。
二人して黙り込んでしまうと、途端に静かになってしまった。
さっきまで騒がしかったから余計にそう感じるな。隣で彼女も静けさに戸惑っているらしく、そわそわし始めた。別にいつもならこれぐらい静かになっても気にしないのに。
やっぱり彼女は少し変わった気がする。
その変化は俺が入院してからなんだろうか、それとも俺が気づかなかっただけで、彼女は以前から変わり始めていたんだろうか。
……その時、ふと……悩んでるとか相談するとか、そういうのではなくて。
本当に、これだけは単純に彼女と少し共有したいと思った事が頭に浮かぶ。
少しだけ、俺がどう思ったのかを話しておきたい。
別に話したところで、彼女の考え方は変わらないかもしれないし、もしかしたら既に変わっているのかもしれないけれど。
「……落盤に巻き込まれたとき、さ……死ぬかもって思ったんだ」
どれだけ取り繕っても声が震えてしまう。
とても恐怖を感じたのに、一方では諦めている自分がいて、それを冷静に考えてる自分もいた。
彼女は隣に座って、ただ納得しながら話を聞いてくれる。
同じように思って、死んだことが何度もあるのだろう。
死にかけて、俺が至った結論はたった一つ。
「死にたくなかった」
――安堵――
彼女から伝わってくるのは胸を撫で下ろすような、染み渡るような感情。
表現しがたいけれど、とても温かい。
病院で目覚める前に見ていた夢。
彼女は口を動かして確かに言ったんだ。
生きよう。
その一言を。
ただの夢だ。俺が勝手に見た、ただの夢。
夢だけれど、俺はその手を握り返して言ったんだ。
ああ、生きよう。
本当に死にたくなかったんだ。
大切な人と、人達と、まだずっと一緒にいたい。会えなくても、元気だと知らせられるように。
俺がたった一度、その瀬戸際に立っただけで感じた恐怖を、彼女は何度も感じていて。
それが自分においては繰り返されていることを知っていて。
諦めたくなる気持ちは分からなくもない。
けれど、それは悲しいんだ。
少しでも良い、俺を悲しませたくないと思ってくれるなら、生きてほしい。
叶うなら共に。
彼女が席を立つ。 移動してしまうのかと思えば、そのまま動かず。
「そのまま、前を向いていろ」
そう言って、俺の頭に手をのせ、撫でてくれた。
「……なんか、くすぐったいな」
「……うるさい」
――慰労――歓喜――
何を労って、喜んでいるのだろう。気になるけれど、あまり深く考えると彼女の考えている事が分かってしまう。
前にやってしまった事があるけれど、出来ればそれはしたくないんだ。
――興味――
伝わってくる感情だけじゃ、推測しか出来ないんだ。
――沈痛――
気のきく子だと褒められた事もあったけど。
――懐古――
人に聡過ぎると遠ざけられた事もあった。
――諦念――
けど。
――後悔――
でもさ。
――後悔――
それでも。
――後悔――
人に分からないことが分かるお陰で、もし少しでも彼女の支えになれるならば…… こんなことが出来るのも悪くないと思える。
色々と考え込んでいる彼女に声をかけると、その手が止まってしまった。
もう少し撫でていてほしいけど、伝えておきたいと思うから構わず言葉を続ける。
あんまり考え過ぎるな、ちゃんと声に出して言葉にするんだ。何でも抱え込まないでほしい。
いつだって話を聞くから。
目の前で、そんな泣きそうな顔をして、黙りこまないでくれ。
人の感情は確かに伝わってくるけれど、何を考えているのかまでは意識して読もうと思わないと分からないんだ。
でもそんなことは、出来ればしたくない。誰にだって隠し事はあるだろう?
無理やり暴くようなことは、もうしないと勝手に誓ったんだ。
だから言いたいこと、言っても良いと思えることがあるのなら、言葉にして伝えてほしい。
泣きそうな顔のまま、長い髪を震わせて、彼女はゆっくりと手を降ろした。
名残惜しく思っても、彼女はもう撫でてはくれないらしい。
それならばと、今度は自分が立って彼女の頭に手をやった。 思ったよりも低い場所にあるその頭に手をやって撫でれば、嫌がる様子もなくじっとしている。
――懐古――嬉々――
何だよ、また師匠の事思い出してんのか?
……思えばいつだってそうだったよな。
師匠とは、いったいどんな人なのかを聞いてみたことがある。
呆れながら、けれどやはり懐かしそうに彼女は語ったんだ。
『好き嫌いをしてはいけない』
『知らない人について行ってはいけない』
『簡単に人に名前を教えてはいけない』
そう彼女に口を酸っぱくして言うわりには、その全てを実行している迂闊者。
人をこき使うわりには自分は遊び呆けて、あげく借金を作ってくるダメ男。
並ぶ言葉は悪口ばかりなのに、まるで大切な思い出であるかのように彼女は話したんだ。
いつだって懐かしそうに。
小さな頃から休み無く薬を作り続け、師匠以外の人と接する機会が少なかったと言う彼女にとって、俺はきっと初めてできた友人のようなものだと思う。
だからもしかしたら、このままでいたいのかもしれない。
でもごめん。俺はそれじゃ嫌なんだ。
頭を撫でられる距離までは、もう来た。
もう一歩近付きたい。
抱きしめられる、その距離まで。
彼女の頭から手を離して、声をかける。
「じゃ、俺も帰るわ……今日は騒がせて悪かったな」
そう言うと、彼女は耳を赤くして少し俯いてしまった。
「……いや……また……いつでも歓迎する」
――本音――含羞――
意外な言葉だった。店に来たときは少し迷惑そうにしていたのに。
そう思って聞いてみれば、『そんなことは……』と目を泳がせながら言ってくる。 目は口ほどにモノを言う……なんて言葉があるけれど、彼女は分かりやす過ぎる。俺じゃなくても嘘だと分かる反応だ。
その様子がおかしくて、ついつい言ってしまった。
「ほら、嘘ついたり何かを誤魔化そうとすると目が泳ぐ」
そう言って彼女の顔にかかる髪を少し持ち上げる。
「拗ねれば口が尖るし、嬉しいと耳を赤くして俯くし、恥ずかしいとそれに加えてキョロキョロし始める。悲しいと口角が下がるし、困ると腕をさする。面倒くさいとか鬱陶しいと思ったときは髪の毛をもてあそぶ」
全部、おまえの癖だよ。
見てたから知ってるんだ。
今日なんて俺たちが来てしばらくは髪の毛いじりっぱなしだった。
これは俺の処世術、とでも言うんだろうか?
人の癖を理解しておけば、感情が読めるせいで言わなくてもいい事を言ってしまっても、言い訳できたから。
まぁ、どう言い訳したって聡過ぎると気味悪がるやつはいたけどね。
「……すごいな」
――尊敬――
彼女はその目を丸くしている。
……何だよすごいって……褒められるとお兄さん照れちゃうよ。
「照れるな……すごいと、思ったんだ、本当に」
――尊敬――
だめだ、嬉しい。
言葉にならないくらいに。 そんなふうに言葉にして言ってくれるとは、思わなかったんだ。
なんでも言葉にして伝えてほしいとか思ったくせに、いざとなると本気で照れるな。
「さっき言ったのは、本当だ……また、いつでも来い」
嘘の無い言葉が、こんなにも嬉しい。
「それと……無事を、嬉しく思う……退院、おめでとう」
ありがとう、いつでも来て良いと言ってくれて。
ありがとう、無事を喜んでくれて。
ありがとう、心から、伝えきれない程に嬉しいよ。
生きることに理由はないけれど、生きたいと思う理由が目の前にある。




