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魔女話  作者: ゆきむら
裏話
35/45

7 裏話 3

 俺が目覚めて二日後には父ちゃんと母ちゃんは故郷に帰ることになった。


「怪我が治って、時間できたらで良いから……一度家に帰ってきなさい、みんなあんたが怪我したって知って心配してくれたんだから」


 近所のおっちゃんに、幼馴染みたち、学校の先生にまで。連絡網だけは凄まじく張り巡らされてたから、家に知らせが来て一瞬で俺が死にかけていると噂が広まったらしい。

 ……ああ、これ、父ちゃんと母ちゃんが家にたどり着く頃には、俺死んだことになってんだろな。ほら、噂って尾ひれがつくし。


 頑張ってくれ二人とも。 俺が帰ったときに幽霊騒ぎが起きないように。


 必ず帰ると約束して、病室から二人を見送ったときは少し寂しかった。

 そういえばいつだって俺は見送られる側で、見送ることなんてほとんどなかったんだよな。姉ちゃんが結婚したのも、俺が他の街に移り住んで仕事をはじめた後だったから、あまり送り出すという感覚もなかったし。


 結局、退院まで姉ちゃんが付き添ってくれることになった。

 でも姉ちゃんは結婚して子供もいるのに……まさか本当に旦那さんに逃げられたんじゃないだろうな……そう思ってそれとなく聞いてみたところ、家には旦那さんのお母さんが来て、家事と子供の世話をしてくれているらしい。


 少しほっとした。と思ったら、また頬っぺたつねられた。いっでででで!


「なによ、旦那が子供連れて逃げたんじゃないかなんて思ってるわけ?」


 いや、思ってないっす! ちょっと心を掠めただけで、思ってないっす!


「あたしを家に帰したかったら、あんたさっさと怪我治しなさい!」


 そう言って心配してくれる。……少し乱暴なところもあるけど、根は優しい姉ちゃんだ。

 姪っ子の母親をとって寂しい思いをさせているのかと思うと、申し訳ない。

 姉ちゃんには沢山お菓子のお土産を持って帰ってもらおう。可愛いあの子の為なら叔父さん奮発するからな!





 父ちゃんたちが実家に帰って数日後には、ダイスとロディが病院に来てくれた。


 見舞いを持ってきてくれるのは良いんだが、それにしても量が多い。何で男二人が両腕に見舞いの品や花束を抱えて病室に入ってくるんだよ。

 ……ありがたいけどそんなに?


 二人曰く、警備隊の事務所に届いたものらしい。

 俺の助けた人やその家族からだと言う。

 あとはどこからか噂を聞き付けた女の子やら、他の同僚たちからの差し入れとかも持って来てくれた。 なんか申し訳ないな。




「おまえの姉ちゃん、美人だよなぁ……」


 ――恋慕――


 昼飯を食いに行くと言って病室を出て行った姉ちゃんの姿を見たロディの一言。

 確かに姉ちゃんは小さい頃から可愛いと言われ続けてきたが、そういう見てくれしか重視しないような男には御自慢の鉄拳制裁を加えてきた猛者だ。

 今の旦那さんに出会うまで、何人の男が地面に頬擦りさせられたことか。俺が知ってるだけでも両手じゃ足りない。


「俺たちの三ヶ月分の給料を月単位で稼ぐ優しい旦那と、旦那似で産まれた時から髪と眉毛の生え揃ってた三歳の娘がいるけど……それで良かったら紹介してやるよ」

「……何だよその負け戦、紹介されてどうすればいいんだよ俺」

「悶々とすればいんじゃね?」

「ヒデェなぁ……」


 ――落胆――


 いや、こういうのは早い段階で言っといてやった方がいいんだよ。俺の経験上。

 後から分かると『だって聞かれなかったから』なんてこと言われたって腹の虫がおさまらなくなるんだ。騙された感が半端ねぇから。マジで。




「ロディ……いい加減その惚れっぽさどうにかしろよ……」

「うっせ、クロムみたいにタラシこんでるよかマシだっつの」

「タラシこんでねーよ、俺いつでも一途よ?今も昔も」


 これは本当だ。浮気されたことはあっても、したことはない。

 たとえ病院の担当看護師さんがナイスバディのお姉さんだったとしても、俺は迷わないぞ!


「なら、その一途に想ってる子に入院してること言わなくて良いのか?」


 さっきまで俺とロディのやり取りを黙って聞いていたダイスがいきなり口を挟む。


「……いーの、それは言わなくて」

 そう返せば顔をしかめられた。


「何だよ、魔女に構ってもらえるチャンスなんじゃねーの? いつも素っ気ないっつってたじゃねーか」


 ニヤリと笑って、からかい混じりにロディが言う。

 確かに、怪我したなんて言ったら心配してくれるかもしれない。……いや、絶対してくれる。これは断言してもいい。 自意識過剰かもしれないけど、それなりに仲は良いつもりだ。

 心配かけるからこそ、こんな傷だらけで包帯巻かれた姿見せられない。

 しばらく俺が店に顔を出さなくても彼女は動じないだろうと思える所が、俺にとっては切ないけれど……今回ばかりはそれで良い。

 ほら、会えない時間が想いを育んでくれるかもしれないし……万が一のその可能性に賭けよう。

 うん、この賭けには敗北の予感しかしない。



「怪我で気ぃ引くなんざ御免だね、格好悪い」

「へぇ……クロムがそんなふうに言うのは意外だな……」


 そうか? ダイスの中で俺はいったいどういう人間なんだよ。


「俺は……あいつの前では、楽しく愉快でちょっとかっこいいお兄さんでいたいわけよ。心配とかさせたくないの」


 ――苦笑――

 ――興味――


 感情そのままに苦笑いを浮かべるダイスに驚いたような顔をするロディ。

 ……ロディは何に興味を持ったんだ?


「俺さ、実は薬屋の魔女って未だに見たことねぇんだけど……すげぇ見てみたくなった」


 げ。 なに言い出すんだコイツ。


「もしかしてマジでスゲー美女なのか?」




 …………………………。



 すごく期待しているところ申し訳ないが、そのご期待には沿えない……と言ってしまうと彼女に失礼だけれど、どう贔屓目に見ても彼女は美女ではない。

 あえて言うなら可愛いタイプだ。うん、便利な言葉だな可愛いって。




「……美女かどうかすら分からないよ、あれじゃ……」


 苦笑しながら、訳知り顔でダイスは呟く。……ま、確かにあいつ髪で隠すから、ほとんど顔見えないもんな。


「知ってんのか? 薬屋の魔女がどんな女か……」

「四年と少し前に一度会ったことがあるよ。ちょっとした聞き取り調査であの薬屋を訪ねたことがあって……その頃から……なんて表現すればいいのかな、独特の雰囲気を持つ女の子だった」


 四年と数ヵ月前。 あいつの師匠が失踪したとき。

 ダイスは師匠探しに駆り出されていたらしい。その時にあいつとも顔を会わせたことがあるのだという。

 いつだったか、師匠とやらの十股話を教えてくれたのもダイスだ。

 俺もロディも他の街からこの街にやって来たが、ダイスはずっとこの街に勤めているので色々と知っている。ただ薬屋にはあまり良い思い出がないようだ。その話 になるとあからさまに嫌な顔をするし、いろんな感情が流れてくるのであまり詳しくは聞けていない。




「四年前ねぇ……ダイスもそんな詳しい訳じゃねーのか……」


「まぁね……今でも、医務室に薬を届けてる所をたまに見かけるけど……黒い服着て、長い髪のせいで顔は見えなくて……あの頃とちっとも変わってなかったな」


 ああ、そうだな。 俺と知り合った頃からも全然変わってない。相変わらず。

 顔を隠して、黒い服ばっかり着て。

 ダイスの言葉を聞いて、ロディは少し考え込む。『もしかして……』と呟いている辺り、何か心当たりがあるらしい。


「……たまに医務室に出入りしてるって、黒ずくめで籠を背負ったやつ……か?」

「もしかしなくてもそうだよ……」

「あれか! ……俺一度だけ見たことあったわ……医務室の前にじっと佇んでさ……ちょっと目を離した隙にいなくなってたから幽霊だと思ってた……」


 ……気持ちは分からなくもない。俺だって初めて見たときはちょっと驚いた。 それにしてもロディのやつ……



「魔女だの幽霊だの失礼だな、さっきから」

 本当に。 あれでもまだ十九の女の子なんだぞ。



「だって俺、噂の魔女の名前知らねーもん。他に何て呼べば良いんだよ」


 あ、しまった。余計なこと言った。


「それは……………………知らね」


 こう言うしかない。

 いつだったか勝手に名前を呼んで『忘れろ』と言われ、それを承諾した手前、勝手に名前教える訳にもいかない。


「……は?」

「だから、知らねぇの。薬師の師匠に『簡単に名前を教えるな』って言われてるらしくて、まだ聞いてない」


 本人の口からは、な。これは嘘じゃない。 嘘じゃないが……




「……マジか、マジで言ってんのかそれ!」


 ――愉快――


 何が愉快だ。こっちは不愉快だ!


「大真面目だ……笑いたきゃ笑え」

「だっておまえ、知り合って何年目だよ!?」

「ちゃんと話すようになってからは……二年と少しくらいか」

「……うわぁ……」


 ――唖然――同じょ――


「同情なんてすんなよ」


  本気で傷付くわ! ふん! 俺はめげないぞ。


「つってもおまえ……いや……言葉もねぇわ」

「うるせ……とにかく、彼女は魔女だの幽霊だの、そんな不気味なもんじゃない」


 俺が言いたいのはつまりそういうこと。


 甘いものが好きで、可愛いものも好き。

 口が悪くて天然で恥ずかしがりで寂しがり屋、ついでに心配症。

 基本的にネガティブで、鈍感。

 前世の記憶を持ってるせいなのか、元々そういう性格なのか、少々卑屈な所があるけれど、俺の言うことを信じて案じてくれた。


「普通のその辺にいる子と同じなんだ……まぁ、ちょっと変わってるのは認める」


 長い髪のせいで顔は見えないし、言葉遣いは荒いし、愛想笑いはまだ下手だし。

 でも、その長い髪の奥でコロコロ変わる表情を俺は知ってる。荒い言葉遣いの裏にある気づかいも、下手な愛想笑いを努力して直そうとしてるのも知ってる。


「……やっぱり意外だな」

「何がよ?」


 ダイスが真剣な顔で言う。


「そこまで一人に入れ込むタイプだとは思わなかった」

「……さっきも言ったけど、俺は一途なの」

「いや……それは聞いたけど……献身的というか、言いなりというか……」

「確かにな……おい、変な契約書とかにサインさせられてねーだろうな?」


 ねーよ。

 あいつの師匠じゃあるまいし。


 どうやら二人は、俺が詐欺られてるんじゃないかと心配になったらしい。

 本気で心配してくれる、その気持ちはありがたいし、たぶん客観的に話を聞いてたら俺もそう思っただろう。 ……でも、違うんだ。


「サインなんてしてねーよ、金も貸したことねーし……契約どころか、約束すらしたことない」


 一度だけ懇願されて、名前を忘れたことならあるけど。


 いつ会いに行くとか、次は何を持って来るとか、そんな約束をしたことも一度もない。それでも店に行けば拒絶しないし、持っていったお菓子は残さず平らげる。いつもの薬膳茶を二人分いれて、俺が隣にいる事を許してくれる。俺には人の考えていることが分かるって知ってからもずっと。



「献身とか、言いなりとか……そんなんじゃないんだ」


 何て言えば良いのか分からないけど。


 ――閉口――

 ――呆然――


 呆れられたみたいだ。 分かってほしいと思わなくもない。でも上手い言葉が見つからない。


「……よく分かんねぇけど、まぁせいぜいその薬屋ちゃんに怪我の事ばれないようにがんばれ」


 まかせろ。むしろ何もしなければ、ばれない自信がある。


「それじゃ、そろそろ仕事に戻るぞ……仕事抜けさせてもらって来てるだけだから」

「えーもう戻るのかよ……もうちょっとゆっくりしてこうぜ……」


 不満と未練を隠すことなく、せめて姉ちゃんの顔がもう一度見たいと駄々をこね始めたロディに、顔をしかめるダイス。


 あの炭鉱の中で死んでいたらこんな光景も見れなかったのかと思うと、少し背筋が寒くなった。


 まだまだ、やりたいことは沢山あるんだ。会いたい人もいる。

 だから、まだ死ねない。


 炭鉱の中で余震がおきて、岩場が崩れて頭上に落ちてきた時も思ったんだ。

 死にたくないって。


 でも、どこかでそれを受け入れてる自分もいた。

 ああ、ここで死ぬのか、って。


 だからこそ、恐かった。 いくら死にたくないと思っても、これほど無情にも目の前にそれはやって来る。


 あいつの気持ちが、少しだけ分かった気がした。

 そんなものを何度も経験し、覚えてるんだ。諦めがよくなる……と言うよりも、『どうせ死んでしまうのだから諦めなくてはいけない』という思いが先に立つのだろう。

 でもな、それって違うと思うんだ。 いつか自分が死んでしまうとしても、それが早くても遅くても。 生きているのなら、その時間は楽しむべきだ。沢山の人と関わって、自分の殻に閉じ籠らずに、色々なものを見聞きして。その方がきっと楽しいから。


 ああ、そうだ。怪我が治ったらどこかに遊びに行こうと誘ってみようか。どこが良いかな……




 そんなことを考えていると、病室の入口から視線を感じた。


 ――安心――


 頭の中に響く安心感。 早いな、姉ちゃんもう帰ってきたのか?


「きっ……」


 小さく聞こえる声に入口を見れば、この場所で見ることは絶対にないと思っていた姿があった。 何でここにいるんだよ……!?


「っっっっっっさまぁぁぁあああああああっっっっっ!!!!!!」


 ――憤怒――


 弁明釈明する間もなく。



 俺の顔面で、何かが弾けた。

ドッヂボールだったら顔面セーフだったけどな。

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