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魔女話  作者: ゆきむら
裏話
34/45

7 裏話 2

 夢を見た。


 彼女の夢。


 海の上を彼女が歩いている。

 音もたてず、波紋もたてず。凪いだ海の上を、彼女は歩いている。


 雲一つ見当たらない青空に、透き通る綺麗な海。 水平線の向こうまで、ただただ広がる青と碧。


 それ以外の何もない場所に黒を纏う彼女。

 それはあまりにも異質なものに見えて。


 なんの音も聞こえない中で、しゃがみこんだ黒衣の彼女は、口を動かす。


 何だよ、聞こえないよ。


 ただただ異質であり続ける彼女は、ゆっくりと下に向かって手を伸ばす。

 その手は水天の境界線を突き破って海の中へ。

 深く、探るように手を伸ばす。

 細いその腕を、手を、指を。深く深く伸ばして。


  掴んだのは、この手。


 碧の中から彼女を見上げる俺の手。

 まどろみの中で、ただ揺蕩うこの体を、無理やり引き上げようとする。


 無理だよ、そんな細腕じゃ。


 なのに彼女はこの手を引く。

 両の手を添えて、引き上げる。

 ゆるゆる、ゆるゆると。

 少しずつ境界線に近づくこの体は、とても重くて。


 ああ、もう離せば良いのに。

 辛いだろう、疲れただろう? もう良いよ、このまま海の中にいるから。


 けれど彼女は、この手をしっかりと掴んだまま。

 固く握りしめて離さず。

 力を緩めず。

 ゆっくりその手を、この手を、この体を引き上げる。


 この目が捉える色が、海の碧から空の青に変わって。

 目の前に彼女の姿。


 その手にしっかりと俺の手を握り。


 頼りなくも笑って言葉を紡ぐ。

 

 ああ。 そうだな。


 叶うなら共に。







「……き……よう……」


 目を開けると、見知らぬ天井と、見知った顔がそこにあった。


「おい、クロム、クロム大丈夫か?!」

「クロム、良かった……」

「あんた……心配させんじゃないわよ……」


 父ちゃん母ちゃん姉ちゃん。 おいおい、家族総出でどうした。 みんな泣きそうな顔してどうした?


 ――心配――

 ――心配――

 ――安心――


 なんかすごく心配されてる。本当にどうした? みんな揃って。

 この街は家からも遠いだろ? 観光でもしに来たのかよ……

 てか姉ちゃん、旦那と子供はどうした? ああ、とうとう逃げられたか……姉ちゃん気ぃ強いからなぁ……旦那さんも大変だったことだろう。

 俺は逃げた旦那さんを責めないぞ。


「お父さん、あたし、先生呼んでくる!」

「ああ、頼む……」


 ――歓喜――

 ――安心――


 なんかみんな喜んでる。 嬉しいことあったのか……良かったな……


「良かった……本当に……クロム」

「ええ、本当に……本当に……」


 なんだ、父ちゃんも母ちゃんもそんな顔して。

 なぁ、何で俺寝てんの? ここどこ?

 ってかなんで父ちゃんは俺の手ぇ握ってんの?

 恥ずかしいんだけど。あれ、さっきまで俺、好きな子に手を握られてる夢見てたんだけど。


 ………………いや、あまり考えにようにしよう。 父ちゃんの手と彼女の手は月とスッポンレベルだ。

 どちらがスッポンかは、あえて言わない。


 ……言わないが。


「……ここは……っっっ痛ぅ」


 体を起こそうとすれば胸に走る痛み。……何で?


「無理しないの! ……肋骨折れてるんだから」


 ………………何で?







 姉ちゃんに呼ばれてやって来た医師と看護師のお陰で、大体の事が把握できた。


 ここは病院らしい。

 先日の落盤事故での救助活動中に起きた二次災害に巻き込まれたんだと。


 うん、思い出した。 俺死にかけた。

 土と岩で塞がれた炭鉱に、やっとのことで穴を開けて怪我人を運び出して。 最後の最後に誰も残ってないか確認しに入って、偶然見つけたじいさんに駆け寄った。

 急いで炭鉱から出ようとじいさんを担ぎ上げた瞬間、地面が大きく揺れてバランスを崩してしまった。俺は大岩に体を打ち付けてしまって……それでもなんとかじいさんを連れて、死んでたまるかと思いつつ炭坑の外まで行った……のは覚えてるんだが、どうにもその後の記憶がない。 つまりそこで意識を失ったんだろう。




「ほんともう……無茶しないでちょうだい……」

「事故に巻き込まれたって聞いて慌てて来たんだから……このバカ」


 ――心配――


 母ちゃんにも姉ちゃんにも随分と心配かけたみたいだ。なんせ数日程意識が無かったのだから。

 でもさ、体張って人助けたのにバカは酷くないか姉ちゃん。


「いや、なんかごめん……」

「なんかごめん……じゃないわよ、あんたっ!」


 そう言って姉ちゃんは俺の両頬をつねる。 いでででででででで!


「お姉ひゃま、いひゃいれふ」

 いやマジで。痛いです!


「アイラ、少し落ち着きなさい……」

「っもう……」

「あでっ」


 父ちゃんに諭されると、姉ちゃんは拗ねたように俺の頬を離してそっぽ向いてしまった。

 乱暴で口うるさいけど、心配してくれてるのは伝わってくるので強くは出れない。

 何より、女性の前では常に紳士たれとは姉の言。俺が女の人に愛想が良いのは姉ちゃんに仕込まれたからだ。


「それにしてもまぁ……無事で良かった」


 父ちゃんに改めてそう言われると、実感がわくな。


「……うん、心配かけたみたいでごめんな?」


 ははははは……と、父ちゃんは懐かしいのんきな声で笑う。

 そういえば、しばらく家に帰ってなかったから家族と顔付き合わせるのは久しぶりだ。特に姉ちゃんとは久しく会ってないな……姉ちゃんの子供が産まれた時に様子見に行って以来だから……三年ぶりくらいか? 姪っ子もさぞ大きくなっていることだろう。


「母ちゃんと姉ちゃんも……悪かったよ、心配かけて」


 そう言うと二人はキョトンとした顔で顔を見合わせる。 え、俺なんか変なこと言った?


「……あんたってほんと……」


 ――安心――困惑――


「相変わらずだよ……あんたって子は」


 ――安心――唖然――


 なんだよ、素直に謝ったのにその反応は。

 別に困るようなことも、呆れられるようなことも言ってないし。


「二人とも照れ屋だからなぁ」


 ――安心――


 のんきなことを言う父ちゃんの声に、少しほっとする。




 ここは俺の守りたかった場所ではないし、守りたかった人たちもいない。


 けれどこの街に来て、この街を知って、この街の人たちに出会って。

 守りたいと思える人たちに、一緒にいたいと思える人に出会えた。


 それは時に家族と同じくらい大切で。

 その人たちの為にも、頑張ろうと思える。


 離れたあの家を、人を、風景を、たまに懐かしくも思うけど……俺が死にかければこうして家族が集まってくれる。

 それはとても嬉しいことだ。


 俺を案じてくれる気持ちが、何の迷いもなく頭に響いてくるのが心地い。


 調子の良い話だが、こういうときだけ人の感情なんてものが分かって良かったと思うんだ。

せめて姉ちゃんの手ならこんなにショックではなかった。

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